インターミッション『紅が夢視た未来』タカマガハラ-現理の惑星 #1
千年以上続いたタカマガハラにおける宗教統治は、僅か30日という短い期間で崩壊した。
始まりは一人の女性の帰還だった。カレン・キサラギ。かつてこの星を統治した開祖ヒコマロ・キサラギの血を引く正当な後継者。
開祖と同じ予知の力を持つ彼女が突然失踪してから数十年。カレンは再びタカマガハラに姿を現した。それも、驚くべきことに失踪した当時と変わらぬ姿のままに。
カレンの帰還はタカマガハラの民にとって奇跡であると同時に、開祖の再臨であると捉えられた。なぜなら彼らの開祖もまた、数百年の時を経て老いることなく健在であった超越者だったから。
帰還したカレンに対する評価は真っ二つに分かれた。
彼女が自分達の権力を奪おうとするのではないかと考えた神殿上層部、すなわち主流派達はカレンを忌まわしい不吉な存在として扱い、黒巫女と呼んだ。
一方で、現行の体制に不満を募らせる反体制派は既得権益を打破する希望の象徴として、カレンを失踪前の称号である姫巫女と呼んだ。
そしてカレンが予知した「御遣い様」の降臨を発端とした一連の騒動を経て、タカマガハラの宗教統治体勢は血と炎によって終焉を迎えることになった。
後に残されたのは従うべき「預言の教え」と「指導者」を同時に失い、困惑するタカマガハラの民と、御遣い様に星の未来を託された、一人の少女……反体制派によって性別を偽らされ、次期神官長だと祭り上げられていたアキラ・キサラギだ。
アイリスがもたらした支援物資、特にコンストラクターと呼ばれる機械によってタカマガハラの復興は順調に進んだ。
コンストラクターが産み出す新たな機器は老朽化していた生活インフラを改善し、タカマガハラは物理的には宗教統治時代よりも明らかに生活レベルが向上した。
だが……コンストラクターには「心の支え」や「生きがい」を造ることはできない。
教義という道標を無くし生きる目的を失い無為に過ごす民や、掟の縛りが無くなったことで身勝手な振る舞いをする民が現れ……宗教と言う箍の外れたタカマガハラの秩序には崩壊の兆しが見え始めていた。
宗教という拠り所を失ったアキラもまた困難に直面していた。もちろんアキラは宗教統治を終わらせるというカレンの遺志は理解していた。
しかしタカマガハラの民は教義への依存に慣れきっており、自分達で考えて先に進むということには不慣れだった。そんな彼らを導くためには新しい「道しるべ」が必要になる。
だが、アキラは道しるべを示すことを躊躇した。なぜなら新たな道しるべがやがて「掟」に、そして「教義」となれば……それは宗教統治の復活に繋がる芽となりうるものだったから。
タカマガハラの未来に思い悩むアキラは、御遣いの一人であるアイリスがタカマガハラを立つ前に残した言葉を思い出す。
「私はね、宗教と信仰は違うと思うんだ。それにね、信仰を強要することも、信仰を禁じることも、それはどちら同じだと思う。だって、自由が無いって事だからね」
アキラにもアイリスが言いたいことは理解できる。だが……実際に民を導くためには、どうすれば良いのだろうか?
アキラ自身が宗教と言う拠り所を失い、進むべき道を見失っている中で。
答えを求め日々模索を続けるアキラはアイリス達と訪れたカレンの隠れ家のことを思い出した。あそこには……開祖とカレンが残した日誌が残っているとアイリスが言っていた。
アキラは藁にもすがる思いで、地下施設へ足を運ぶ。
アキラが施設から持ち帰ったのは3冊の冊子だった。1冊目は航宙船の整備マニュアル。タカマガハラには古びた往還艇が1艇と、軌道上に故障した航宙船が1隻しか無いが……それでもいつか、これが必要になるとアキラは信じていた。
もう1冊は開祖が記したとおぼしき手記。
最後の1冊はカレンが付けていた日記のようなものだった。
アキラはまず、開祖の手記を手に取った。この惑星の、タカマガハラの成り立ちを知れば自分の悩みに対する答えが判るかもしれないと考えて。
だが、アキラの期待は裏切られた。開祖であるヒコマロ・キサラギの個人的な手記に書かれていたのは、タカマガハラへの民に対する欺瞞と冒涜の歴史だったから。
乱雑な文字で書き殴るように記されていた手記によると、確かに開祖ヒコマロには幼い頃から予知能力があったことは事実のようだった。
だか、彼はその力を善行に用いるのではなく、あくまでも私利私欲に使う人物だったのだ。
彼は予知の力を巧みに利用してカルト教団を結成、その教祖として好き放題に振る舞っていた。
金、女、権力。
自分の欲を満たすためだけに、ヒコマロは力を使った。それは言うならば「奇跡の力をもつ詐欺師」とでも呼ぶべき行いで、手記らかもヒコマロが凡夫であり小物であることが伝わってきた。
「なんだ……これ……これが、あの気高き開祖様……?」
ヒコマロはあるとき星図に記されていない星に、莫大な富を産む希少物質C3が眠っていることを予知の力によって知った。
しかしそれをギルドに悟られるとヒコマロ自身の利益にはならないため、彼は一計を案じた。
信者を先導し「新天地」を求めるとの理由で、後にタカマガハラと呼ばれるその惑星への移住を計画したのだ。
先に入植してオリジネーターになってしまえば、内政干渉を禁じられているギルドは手出しが出来ない。そうなればギルドの連中もヒコマロの言い値でC3を買い取らざるを得ないだろう。
そんな皮算用が手記には記されていた。
旧式の移民船を詐欺同様の方法で調達したヒコマロと教団の信者達だったが、到着したタカマガハラは赤色矮星近傍の潮汐ロックが掛かった惑星で、到底人類の入植に適しているとは言いがたい環境だった。
不安を口にする信者達に対し、ヒコマロはこの環境こそが神の試練であると高らかに告げ、入植を強行した。
だが実際は進化した人類であるテロマーとして高い環境耐性を持つ自分なら、薄い大気も、放射線すらも問題にならないと彼は知っていた。
つまり、ヒコマロは自分は安全であることを知った上で、信者達には危険な環境へ入植することを強要したのだ。
信者を半ば使い捨てにするつもりであったいうヒコマロの意図を手記は告げる。そして、ヒコマロは、そのことに対して一切の罪悪感を覚えていなかったことも明らかだった。
幾多の犠牲を払いながら、地下都市タカマガハラは建造された。ヒコマロは自らの支配体制を強固な物にするため宗教統治の仕組みを作りだし、長く開祖として君臨すると同時に目当てであるC3の採掘を試みる。
しかし何百年掛けても鉱山からは無色の水晶しか産出されず、絶望したヒコマロは300年ほど前にタカマガハラでの採掘作業を断念する。
「昇天」と称して民の前から姿を消したヒコマロは人払いのされた入植当初の拠点へ引きこもり、惑星外への脱出に必要な往還艇の修理を開始する。
長年放置されていた往還艇は部品不足やヒコマロの能力の低さから遅々として発進可能な状態にはならなかったが、それでも200年以上の月日を掛けたことで、ヒコマロがタカマガハラから脱出できる環境は整いつつあった。
単調な日々やまずい保存食に対する愚痴めいた記録が続く中、手記の末尾付近に新たな変化が記されていた。
ヒコマロと同じテロマーとして産まれた巫女の少女……カレンが、予知によって知った「開祖」の居場所を訪れたのだ。
久しぶりに会う人の姿に、ヒコマロは人恋しさから様々なことを語り、そして最期には自分がこの星を脱出するつもりであることを語った。手記の末尾に書かれていた言葉はこうだった。
「このくそったれな星にもう用はない。だが、このカレンという小娘はなかなかいい女だ。俺のモノとして連れ出してもいいな。新しい星で、新しい女と楽しむ。ツキが回ってきたぜ!」
アキラにとっての開祖ヒコマロはタカマガハラへの道行きを示した偉大な人物であり、長く民を導いた聖人であった。
だが……その正体が、私利私欲に溺れる人間であったことにアキラは強い衝撃を受けた。これが他人からの伝聞であれば、即座にアキラはこの話を否定しただろう。
だが、彼女の目の前にあるのは開祖本人の手記。つまり、この話が事実である明確な証拠だ。
そして……アキラはそんな人物が自分の祖先であることを恥じ、自分と同じ血を引く大伯母であるカレンが開祖ヒコマロと直接対峙した時に何を感じたのだろうかと、思いを馳せた。
「これが……ボク達の、タカマガハラの……真実?もし、大伯母上が……これを知っていたなら……」
アキラはカレンが苛烈な手段でタカマガハラの統治を終わらせようと考えた理由の一端が理解できた気がした。
自分の祖先が産み出した、恥ずべき過ちの精算。それは、直接の当事者ではないアキラ自身にすら責任を強く意識させるものであったから。
アキラはヒコマロの手記を汚らわしいもののように投げ捨て、カレンの日記を手に取った。そこにアキラが抱いた疑問の答えが記されていることを願って。




