#29
>>Iris
アリサの推測は当たっていた。調べるまでも無く。なぜなら、アルカンシェルを駐機した場所から少し離れた所に……今朝がた出かけた時には無かったはずの、地下への入口が開いていたからだ。
「これ、カレンが判るように開けてくれてたんじゃない?」
「……たぶん、そうですね。場所をいちいち言い残さずに、目立つように開けっぱなしにしておくのは……あの子のやりそうな事です」
呆れ半分に私が言った言葉に、アリサが感慨深げにそう返してきた。
どうやら刃を交えたことで、カレンのことを随分と深く理解したらしい。テロマー同士ということもあって、わかり合える部分もあったのだろう。
私も、彼女とは少し話してみたかった。どうしてそこまで苛烈に、そして強くあれたのか、聞いてみたかった。もう、今となっては叶わないことだけど。
地下への入口を見ながらそんな事を考えていると、後ろに居たはずのトワが入口に足を掛けてこちらを見ていた。
「降りよう」
「ちょっとトワ!?そんないきなり……罠とかあったら」
「ない。多分」
そう言うとトワはさっさと地下へと降りていった。こういうときの踏ん切りの良さは見習うべきなのかな。
内部は明かりも消えていたので、私とトワがフォトンタブのライトモードを使って照らした。私達だけなら必要なかったんだけど、アキラのためのサービスだ。
地下は思ったより広い空間になっていた。どうやら開拓最初期に移民宇宙船から投下したブロック構造をそのまま地面に埋め込んでいるようだ。
いくつかのブロックは吹き込んだ砂に埋まっていたけど、それでも人が長年生活していたかのような形跡が見受けられた。そして……。
「これは、往還艇のメンテナンスドックですね」
「そうか、長年放置されていた割にちゃんと飛べたのはここに格納してあったからか……。それに、メンテナンス用の工具や備品もある。きっと手入れしてたんだろうね」
「でも、彼女が産まれたのは……この星の時間で数十年前ですよね?開拓初期からだと、随分と間が空いていますが」
言われてみればそうだ。アリサが言う様に、カレンはこの星の入植初期からいた訳じゃない。
なら、誰か他の人間が往還艇の保守を行っていた……?
「アキラ、開祖についてはどう言い伝えられていますか?」
「開祖様ですか?300年ほど前にお隠れになられたと……」
「お隠れ?」
「その、普通の言葉で言えば亡くなられたということです」
トワの質問に、言いにくそうにアキラは答える。だが、その「お隠れ」が言葉通りだったら?
開祖が予知の力を持つテロマーである可能性は既にアリサからも報告を受けている。なら、開祖が「宗教ごっこ」に飽きて、民を放置してここへ引きこもっていた可能性はないだろうか。
そして、時間を掛けて往還艇を修復し……自分だけはこの星を去ろうと準備をしていた。
入植当時から生きている開祖ならここに地下ドックがある事を知っていて当然だし、科学技術の知識もあるかもしれない。まぁ、全ては私の憶測に過ぎないけど。
一通りドックの中を調べてみたけど、C3の運搬ケースらしき物は見当たらなかったので、地下施設の探索を再開する。
いくつかの部屋でしばらく使われていない生活の痕跡を目にした後、ようやく目当ての部屋を発見した。最近まで使われていた痕跡のある部屋。
質素な寝台に机がひとつ。小さな衣装棚。なんとも地味で、実用一辺倒の部屋だ。見ると、衣装棚に女性物の衣類が丁寧に畳んで置かれていた。
ここがカレンが使っていた部屋なのだろう。
「アイリス、あそこ」
トワが指さした部屋の奥には、見慣れたC3の運搬ケースが置かれていた。ギルドの封印が施されたままで。
よく見ると、ケースの上に紙が一枚載せられていた。手に取ると文字が書かれている。
――世話を掛ける
几帳面そうな達筆で、一言だけそう書かれていた。
私の隣でその文字を読んだアリサが、泣きそうな顔で言った。
「……ほんと、不器用な子」
おそらく、これはカレンが私達に残したメッセージだろう。C3を奪った事への謝罪と、星の行く末を託す事への感謝。
地下の入口が開いていたことを合わせて考えれば……やはり最初からカレンは命を捨てるつもりだったのだろう。
机の方を見やると、いくつかの冊子とデータカードらしき物が置かれていた。
年代はまちまちで、古い物は朽ちそうな程、新しい物は最近の物に見えた。古い冊子を手に取って中身を斜め読みする。どうやら日誌のようだ。
おそらくこれは……開祖と呼ばれた人間のものだろう。彼が何を思い、この星へ入植したのか、アキラ達が知る参考になるだろう。
新しい物は……カレンの日記の様だった。日記と言っても毎日付けている訳ではなく、気が向いたときに、気の向いた事を記している程度だった。ぱらぱらとめくると……そこに知った名前が登場した。
プレストン・バジャー。
それは、私がかつて世話になった航宙船の船長の名だ。トワに聞いたところだと、彼は「私」の葬儀も行ってくれたとか。
どうやら、カレンは私達が世話になった後にプレストン船長の船に乗っていた時期があるらしい。
何という偶然だろうか。もし彼女がパジャー1に乗っていた時期が少しずれていたら……私達は同じ船に乗り合わせ、彼女の悩みを共有し、共に立ち向かい……共に旅をする仲間になっていかもしれない。
そんな事を思った。
だけど、この世界にIFは存在しない。
私達とカレンの乗船時期は重複せず、彼女は破滅の道を歩み、私達と敵対し……そしてその命を散らした。
これが、これだけが事実だ。カレンの日誌を読み込めば、彼女がとった行動の意図をより理解することはできるかもしれない。
だけど、これ以上彼女の心に踏み込むのは……許されない気がした。だから私はその日誌をそっと元に戻し、その部屋を後にした。
タカマガハラへアキラを送り届ける前に、ひとつだけやっておくことが……いや、やってもらうことがあった。
「トワ、お願いがあるんだけど」
「なに?」
「この恒星間通信用のC3、ペアで調律してくれる?」
「いいけど、どこへ設置するの?」
私が告げた二つの設置場所と2点間の距離に、トワは少し思案したあとで答えた。
「大丈夫だと思う。じゃあ、始める?」
「うん、お願い。でもゆっくりでいいからね」
「わかった」
その後、私は調律疲れで倒れ込みそうになったトワと、C3の片割れをアルカンシェルへ運び……アリサと共にアキラとC3の片割れをタカマガハラへ送り届けた。
アルカンシェルへの帰り道、アリサが私の方を見ずに声を掛けてきた。
「持ち帰らなくていいんですか?」
「いいんじゃないかな。『C3奪還』は必須目標じゃ無かったし」
「タヌキババア……じゃなくて、タヌキ老婦人に文句言われますよ?」
「スゥ局長には、まぁなんとか説明するよ。自由裁量の範囲だって主張して。あと、スゥ局長の前でタヌキとかクソババアとか言うの止めてね?」
「私、タヌキババアとは言いましたけど、クソババアは言ってませんよ?」
「そうだっけ?」
そんなことを言いながら、しばらく無言で歩く。アルカンシェルが見えてきた時、アリサが再び口を開いた。
「……カレンの望みを叶えるため、ですよね?」
「それもあるけど、ここはギルドの直轄地になるからね。必要な事だよ」
「でも……ありがとうございます。この星の一部になったあの子も、きっと喜ぶと思います」
カレンの遺体は荼毘に付され、タカマガハラの大地に散骨されることになった。
故郷の星を憎み、そして命がけで愛した彼女は……この星に還るべきだとアリサが主張したから。そして、アキラもそれに賛同してくれた。
「まだ、終わりじゃないよ。スゥ局長に報告する前に、後戻りできないぐらい話を進めておかないと」
「いいですね、それ。あのタヌキに吠え面をかかせるのは楽しみです」
「アリサ、スゥ局長の事……実は嫌いでしょ?」
「前は苦手でしたけど、最近嫌いになりました」
「お願いだから、本人の前では言わないでね?」
「善処します」
「それ、善処する気ないでしょ?」
そんなことを言いながら、私達はアルカンシェルへ……我が家へ戻り、タカマガハラの地を離れた。
私達がアルカンシェルを向かわせたのは、工業力に優れた最寄りの――といっても、アルカンシェル準拠での――惑星だ。
そこで私はタカマガハラから持ち出したC3の一部を換金し、復興に必要な物資と、コンストラクターと呼ばれる万能工作機械を購入した。
コンストラクターは惑星への入植時に使用される特殊な機材で、鉱石をはじめとした惑星の資源を投入することで様々な物資や機材を製造できる優れものだ。
ただ、構造が複雑で損耗部品が多いため耐用年数は保って数年と非常に寿命が短いこと、そしてそれぞれの物資の専用製造ラインと比べると、汎用的ではあるけどそれに見合わないコストパフォーマンスの悪さから都市開発が進んだ惑星上では利用されない代物だ。
つまり、判りやすく言えば、惑星開拓専用の機材ということになるだろうか。
タカマガハラは既に入植から長い期間が経って都市自体は形成されているけど、技術レベルは低く、工作機械の類いもまともに稼働していなかった。
あの星を再生するには再入植と同じ労力が必要だと考えて、私はコンストラクターを手配した訳だ。
当然のことながら一般向けではないコンストラクターは通常、受注生産なので市場には出回っていない。だけど、この星には1つだけ……旧型で型落ちしたコンストラクターのデッドストックがあった。
もちろん偶然じゃ無いよ。事前に調べて、在庫のある星を探して……そして、そこへ跳んだんだ。
あとは恒星間通信用の通信設備も購入しておく。C3だけあっても、機器が無ければ通信はできないからね。
これらの物資があればタカマガハラの再生は……たとえそれがゆっくりであっても確実に進むし、仮にスゥ局長が私の判断を否定しても、タカマガハラの歩みを止めることは出来ない。
なぜなら、私の判断を拒否するということはタカマガハラは独立国家だということになり、そこへギルドが直接介入することは内政干渉に他ならないからだ。
今?今はいいんだよ。だって今はタカマガハラには行政を行う組織が無いからね。詭弁だとは判ってるけど、そう言い通すと私は決めていた。
手配した物資の取り寄せを待つ間に、オラクルXVIIIにはミッション完了の報告と、数日後には帰還するという連絡を入れておいた。
ただし、どのように完了したかは詳しく報告せずに。アリサは壊れたレゾナンスブレードの修理が出来ないか惑星上の技術ラボに相談していたようだけど、さすがにギルドの最新技術は修復不能だと断られていた。
まぁ、アキラから地剣を正式に譲り受けていたから武器には困らないと思うけど。
そして、取り寄せた物資が――コンストラクターの取り寄せに時間が掛かり予想より3日ほど遅れたけど――全て搬入され、私達はタカマガハラへ舞い戻った。
トワとアリサに恒星間通信装置の設置を任せ、私はアキラと神官……いや、元神官達にコンストラクターの使い方を説明した。
鉱石や壊れた資材を投入すると、新しい工作機械やビークルが製造される。そんなコンストラクターを見て、元神官達は神の奇跡だと騒いでいたが、これは単なる技術で、これからタカマガハラにはこんな技術がいくつも流入してくるのだと改めて説明をした。
「アイリス様、このような施しにどのようなお礼を……」
「施し?違うよ、アキラ。これはタカマガハラの資産で購入したものだから、あなたたちタカマガハラの民の正当な輸入品だよ」
アキラの言葉に、これが正当な対価を支払い、タカマガハラが初めて星外から「輸入」したものであることを告げる。
そして……遠からず、もっと多くのものが、この星が産出するC3と引き換えに入ってくるだろうとも。
潮汐ロックという星の過酷な環境そのものは変わらないけど、それでもタカマガハラの住民達は……もっと快適に、もっと自由で幸せな生活を送れるようになるはずだ。
カレンが望んだ未来のように。
アルカンシェルにオラクルXVIIIへの帰還航路を設定しながら、私はそう願わずにはいられなかった。
これにで第2部4章『現理の円舞曲』は終了になります
次回はカレンから惑星の行く末を託されたアキラの奮闘を描く幕間『紅が夢視た未来』を前後編でお届けします
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