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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部2章『駱駝に捧げる女神のアリア』キャメル067-初冒の星船
21/64

#5

>>Towa


 目覚めは最悪だった。ぼんやりとした感覚が頭の奥に広がり、覚醒したことを自覚すると同時に頭に鈍い痛みが響く。頭が重くて、まるで深い闇の底から無理やり引き上げられるような感覚。視界がぼやけていて、天井の光も霞んで見える。


「……ここ、は」


 自分の声とは思えないぐらいかすれた声が出た。声はシンガーの商売道具なのに、こんな声じゃC3に嫌われてしまう。そんなどうでも良いことを考えながら、私はゆっくりと目を瞬かせる。そうだ、ここは航宙船のラウンジ……。


 体中をかき回すように響いたあの不快な共鳴は……たぶん、C3の暴走によるものだ。だけど、今はその異常な共鳴波は全く感じられない。C3を使った装置が停止しているのか、それとも……。

 頭痛はまだ残っているし、体中が鉛のように重い。無理に動こうとすると、全身の力が抜けてしまいそうだ。周囲の様子を確認しようと身をもたげた私に気付いたジョウが飛び寄ってきた。


「トワちゃん、大丈夫!?」

「ア、イリス……は?」


 周囲を確認するが、姉の姿は見当たらない。シンガーの能力はC3との共鳴を起こす能力。C3に与える影響も、C3から受ける影響も、どちらもシンガーとしての能力によるものだ。C3の異常共鳴は普通の人には感知できないものだけど、シンガーには極めて大きな悪影響を及ぼすと聞いたことがある。

 今にして思えばこのところずっと続いていた頭痛はC3が暴走する予兆だったんだろう。どうして気付かなかったんだろう……。そして、アイリスもまたシンガー能力を持っている。当然、彼女も異常共鳴の影響を受けているはずだ。


「彼女も意識を失ったけど、直ぐに目を覚ましたよ。いまはボースンさんと機関室の様子を見に行ってくれている」

「……わかった」


 アイリスが無事だったことに安堵する。私は深く息を吸い込み、軽く頭を振る。痛みは引かないけど、今はそれでもいい。とにかく、状況を確認しなきゃ。そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと体を起こした。


「トワっ! 良かった、目が覚めたのね!」


 開け放しになっていた後部への扉からアイリスが飛び込んできた。顔色は少し悪いけと元気そうな様子を見て、少しだけ安心した。たぶんアイリスも同じように思っているのか、緊張していた顔がどことなく緩んだように見えた。


「ジョウさん、船長達を呼んできてくれる?状況を報告したいし、この後の対策も考えないと」

「わかりました!」

「トワ、具合はどう?大丈夫?」

「まだ少し頭痛い。でも大丈夫。アイリスは?」

「大丈夫、私はトワよりシンガー能力低いからね」

「という事は、やっぱりアレは」

「「C3の異常共鳴」」


 私とアイリスの言葉が綺麗にハモった。


「予兆はあったんだよ……船の遅延、航宙船(ふな)酔いにしてはおかしな頭痛」

「あと美味しくない宇宙食」

「それ、関係無いよね?」

「食事のストレスで頭痛が酷くなった」

「そう言われると無関係とも言い切れない……?いや、異常共鳴には関係ないよね?」


 私達がそんなことを話していると、船長を含めた全クルーがラウンジに集まった。


「ちっこい嬢ちゃんも気がついたか……良かった。で、状況はどうなってる?」

「まず迅速にレゾナンスドライブを停止してもらった事に感謝を。たぶん、あのまま航行を続ければ異常共鳴の影響で推進装置のC3が崩壊、行き場を失ったフォトンエネルギーによって連鎖的にドライブが爆散していた可能性がありました」


 船長達に報告するアイリスの口調がいつもより固い。それだけシリアスな状況だったと言うことなんだろう。


「俺には何も感じられなかったが……副長、ボースン、ジョウ、何か感じたか?」

「俺は船長と一緒だったからな、特に何も感じなかった」

「嬢ちゃん達が倒れるのを目の前で見てたが……俺にも何も感じられなかったな」

「自分もわかりませんでしたが、あ、でも船長達が話している時に通信機に軽いノイズが入ってたようにも思いました」

「ふむ……。と言うことは、もし嬢ちゃん達がいなければ俺達は異常に気付かず、そのまま……」

「そうなっていた可能性が高いと思います」


 アイリスの言葉に青くなる一同。確かにシンガー、もしくは最低でもモーリオンギルドの人間が乗船していなければ、C3の異常共鳴に気付ける人はいなかっただろうからね。


「嬢ちゃん達は命の恩人だな。礼を――」

「いえ、礼を言われるのはまだ早いです。爆発は未然に防げましたが、レゾナンスドライブが使えなければ船は――」

「この宙域で漂流する事になる、か」

「残念ながら」


 船長の礼を遮り、アイリスが現実を突きつける。宇宙空間での漂流。それも、辺境で恒星系からも遠く離れた、誰も通りかからない無人の深宇宙。ここで助けを求めても誰にもその声は届かない。


「ボースン、船の状況はどうだ?」

「さっき機関室周りを確認したが、フィールド発生ユニット周りと超光速通信装置には問題があるようには見えなかった」

「私も船内に配置されたC3の確認に立ち会いましたが、どれも問題無さそうでした」


 レゾナンスフィールドはC3を使った航宙船用の航行システムと連動した防御システムで、宇宙塵や小隕石、スペースデブリといった小規模の障害物から船体を守る重要な装置だ。本来はレゾナンスドライブ本体と連動して動作する仕組みになっているらしいけど、緊急時に備えて単体でも動作する予備系が用意されているってボースンさんに聞いたことがある。

 機関室でアイリス達が確認したのはその予備系で、これが稼働できれば航宙船が浮遊物で破壊される危険を大幅に低減することが出来るってことだ。


 超光速通信はその名の通り光速を超える速度でのリアルタイム通信を可能とする装置で、こっちにもC3が使われてる。本来なら惑星上に設置されるもので恒星間通信を行うための大規模装置なんだけど、航宙船にはそれを小型化したものが搭載されている。でも出力が小さいから通信可能距離はせいぜい1光日程度で、今いる場所からは光年単位で人類の居住地が存在しないから、現状では救援を呼ぶこともできない。


「防護フィールドが動くなら差し迫った命の危険はなさそうだが、このままではじわじわと追い詰められて死を待つだけだな」


 オットー船長の言葉が静寂を呼び、重い空気が船内に漂う。亜光速航行ができなければ、いずれ水や食料が尽き、酸素も枯渇する。そうなれば、ここで全員が命を落とすことになる。


「……とりあえず障害部分の切り分けをしておきたい。通信機とフィールド発生ユニットを最小限の出力で試験稼働だ。嬢ちゃん達、すまないが俺達には異常が感知できない。おかしなところが無いか、耳を澄ませておいてくれ」


 その後、オットー船長の指示で二つの装置の試験稼働を行った。幸いな事にどちらも異常は無いようで、出力を上げて平常運転に戻しても不快な共鳴波は全く感じなかった。という事は、問題はやはりレゾナンスドライブなんだろうね。


「それで、本命のレゾナンスドライブの状況はどうだ?」

「船内からチェックできる限りでは、ドライブ機構そのものには異常は見当たらなかった。だが問題がC3ユニットにあるなら少々厄介だな。あれは船尾……というより船外の推進装置に取り付けられている。外に出て確認しない限り、状況は分からん」

「こんな大宇宙のド真ん中でEVA(船外活動)か……ぞっとしないな」

「軌道ステーションの周辺ならまだしも、辺境域での航行中EVAはなるべくなら避けたい。だが今回ばかりはそうも言ってられんだろう。それに前回と今回の遅れの原因がもし推進装置のC3なら……全部辻褄が合う」

「なら、ほぼ確定だ。あとはどうなってるか、だが……」


 船長達が言うように、原因はおそらくレゾナンスドライブの中核となる推進装置のC3で間違いないと思う。だけど現状がどうなっているのかがわからなければ手の打ちようがない。ただでさえ危険な船外活動、それも外部からの支援が期待出来ない銀河辺境。おまけに単なる宇宙遊泳ではなくいつ崩壊するかわからない推進装置を相手にした作業。

 あまりにもリスクが大きすぎる。それでも、誰かが状況を確認しにいかないといけないんだ。


「ボースン、頼めるか?」

「それはもちろんかまわんが……ただ、俺ではC3のことはわからんぞ?」


 船長に指名されたボースンさんは承諾するが、彼の言うとおり船外活動はともかくC3については彼らではどうしようもないだろうね。これは、C3は、私達(ギルド)の専門領域だ。


「それはシンガーの役目。だから、私が同行する」

「ちっこい嬢ちゃん……いやシンガー殿。すまない、助力の申し出に感謝する」


 私は椅子から立ち上がり、船外活動に自ら名乗り出た。船長の感謝の言葉に頷き返そうとしたが、頭の奥にまだ鈍い痛みが響いていて、無重力なのに少しよろけてしまった。それでも、気にしないふりをしてみせた。


「待って、トワはダメ。この子はEVAの経験がないし、何よりまだ体調が万全じゃない」

「アイリス?」

「私が行く。私は管理官だけど、Cランクのシンガーでもあるから調査はできる。それにEVAの経験があるから」


 アイリスが強い口調で私を止めた。一度立ち上がった私は、少し悔しさを感じながらも彼女の言葉に押されて座席に戻った。そんなに私、頼りないのかな……。


「……違うよ。トワには、この後に大事な役目がある。だから、今はしっかり休んで力を蓄えておいてほしいんだ」


 絶対アイリスは私の心を読んでる。私は少し頷き姉の思いやりに感謝しつつ、船内に留まることにした。


 でもね、アイリス。私、知ってるよ?


 アイリスが船外活動なんてしたことないって。ずっと一緒にいたんだし、それにそんな経験をしてたら、絶対私に話してるはずだから。



 ラウンジの大型モニタには船外の映像が映し出されていたけど、推進装置はカメラの範囲外にある。エアロックを出て確認に向かうアイリスとボースンさんの姿が一瞬映ったけど……その後は星もまばらな冷たい宇宙が広がっているだけだ。

 画面にはただの暗闇と無音が続いているだけなのに、私はそこに何かが見えないかと、じっとモニタを見つめ続けた。


 ――もし、何かが起こったら。


 何度も頭の中に不測の事態が浮かび上がる。アイリスの命綱が何かに引っかかったら? 宇宙塵の小さな破片がアイリスを襲ったら? もしかしたら、推進装置が突然崩壊して飛び散った欠片が…?そんな現実味のない空想が次々と頭に押し寄せ、胸が締め付けられるような感覚に襲われる。


 私は無意識にモニタに向かって耳を澄ましていたけど、もちろん真空の宇宙では音なんてしない。ただ静かに時間だけが過ぎていくけど、その時間はあまりにも重く、鈍い。時計を見てもたった5分しか経っていないのに、アイリスが船外に出てからもう何時間も経ったように感じられる。一秒一秒の時間経過が、私の中の不安を少しずつ大きくしていく。


 と、船外カメラにわずかな動きが映り込んだ。画面の隅、暗闇の中にライトグレーに赤いラインのコスモスーツ。


「お姉ちゃん!」


 気づいたら、声が出ていた。普段なら冗談で言う以外は姉呼びなんてしないのに、今回は抑えきれなかった。胸の中に溢れた感情が、言葉となって飛び出してしまった。一瞬で身体中に安堵が広がった。無事だった。本当に、無事だった!


 カメラがアイリスの姿を捉えると、彼女はそれに気づいたのかモニター越しに笑顔でこちらに手を振った。その笑顔を見た瞬間、今まで抱えていた不安と緊張が一気に解けた。

 と、同時に私は慌てて口を押さえた。船長達には聞かれてしまったけど、モニターが双方向でなくて本当に良かったと胸をなでおろしながら。


 モニターの中のアイリスがエアロックに向かってゆっくりと戻ってくるのを見ながら、私は画面に映る彼女に向けて小さく手を振り返した。船外活動なんて初めてなのに、まるでベテランのように宇宙を進むアイリス。どんな事でも簡単そうにこなしてみせる。本当に天才だ、私の自慢のお姉ちゃんは。


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