#26
>>Iris
肝を冷やすとはこのことだ。塔の最上階に陣取ったというのに、突然塔が爆破され、おまけに上階からの奇襲。
トワのレゾナンスシールドが間に合ったから良かったものの、少し遅れたら……考えるだけでも恐ろしい。そして『絆』に突き動かされるまま私が放った攻撃は全て無効化されてしまった。
塔の崩落が無ければ、危なかったかもしれない。黒巫女……やはり手強い。
アキラを抱えて飛び降りたトワをサポートしようと思って私も飛び降りたけど、さすが『絆』でブーストされたセレスティエルの身体能力。
落下する瓦礫を踏み台にし、まるでアクロバティックのように軽々と地表まで降りる事ができた。途中、塔の瓦礫に紛れていたイグナイトが目に入り銃撃で発動させてトワ達を救えたのは僥倖だったけど……結果的には私の完敗だ。
黒巫女を追っていったアリサが心配だけど、彼女なら深追いしすぎる事は無いだろう。アリサが戻ってきたら一時この星を撤退しよう。事態が混迷しすぎている。これ以上は無理だ。
私がそう考えていると、手を引いていたトワが立ち止まり、私も足を止めることになった。
「アイリス、あれ。街が燃えてる」
トワの言葉に目をやると、確かに民の居住区から火の手が上がっているのが見えた。
黒巫女はあんな所にまで爆発物を仕込んでいたんだろうか?支配層以外は狙わないと思ってた私の分析は外れていたのか……。
黒巫女への信頼めいたものが裏切られた気がして、苦い思いが胸中に満ちていく。
「……暴動」
「え?」
トワの言葉に、火元の様子に目をこらす。火災で逃げ惑う民の姿と共に……たいまつの様なものを持って騒いでいる人間が何人か見えた。
支配層がいなくなり、抑圧されていた不満が噴き出したのだろうか?なら、あれは黒巫女の仕業ではない?
「アキラ、あれ、どういうことかわかる?黒巫女の仕込み?」
「違います!あの方が民を害するなんて……。あれは……たぶん……神官長様の逝去を知って、現状に不満を持っていた人達が……その、暴れているのだと……」
口ごもる様子を見ると、あの連中はたぶんアキラ達「守り手」の支持層なんだろう。神殿や神官を攻撃する度胸はないけど、爆発騒ぎで興奮して……といったところか。
だが、周囲の民は逃げ惑うか茫然と見ているだけで、誰も暴動を止めようとしない。神官達も民に混じって棒立ちで暴徒を見ているだけだ。
「警察とか、治安維持部隊とかは?」
「けい……さつ?なんですか、それ?」
警察を知らない?……そうか、宗教国家で神殿の抑圧が強いこの星じゃ、これまで官警が必要とされるような犯罪が発生していなかった可能性がある。
囲われ、飼い慣らされた羊には番犬は不要だったんだろう。だけど、今は違う。このまま誰も止めずに連中が暴れ続けるとタカマガハラが崩壊してしまう。
「ちょっと行ってくる!」
私はトワにそう言い残して、ブラスターをショックモードに切り替えながら、暴徒の元へと走った。
……が、棒立ちになっている民が邪魔で暴徒へ近づくことが出来ない。こんな時、自分の背の低さが恨めしい。
しかたがないので三角飛びの要領で建物の屋根に飛び上がる。よし、ここからなら見える!視線さえ通ればあとは何とでもなる。
私はブラスターの掃射で暴徒達を気絶させる事に成功した。これ以上の被害拡大は抑えられそうだが……状況は良くない。
このタカマガハラは地下都市だから、火災の煙は地下空洞内に滞留する。しかも出口から緩やかに下った所に都市がある位置関係上、出口側は既に煙が充満している。となると……下り側、奥へ逃げるしかないが……。
「アイリス様、煙が!」
いつの間にかトワとアキラが火災現場に来ていた。
「判ってる!アキラ、街の奥はどうなってる?」
「水晶の採掘鉱へ続いています」
「そこから、外に出られる?」
「……えっと、確か緊急用の出口があったはずです」
「じゃあそこから脱出」
とは言うものの、棒立ちになったままの民を放置していくわけにもいかない。だが、部外者である私の言葉が彼らに届くだろうか?
そう思った時だった。
「タカマガハラの民よ!ボクはアキラ、アキラ・キサラギです!ここは危険です、煙を避けて坑道奥から外へ!」
アキラの名乗りに民や神官が反応する。キサラギと言う名は彼らにとって影響力が強いのだろう。アキラの言葉に従い、移動を始めるタカマガハラの民。
これなら彼らも煙に巻かれずに済む。民の移動を確認し、私はブラスターのフルチャージショットで燃える建物の周囲を粉砕した。応急処置だけど、これで多少は延焼が防げるといいんだけど。
煙が激しくなってきた。私もそろそろ移動しないと……。待っていたアキラとトワに合図をし、私達もその場を離れる。
「アキラ、やるじゃない」
「ボクは……お飾りですけど、それでも、次期神官長候補ですから」
そう言って微笑むアキラの顔は煙で少し煤けていたけど、とても魅力的だった。
アキラの案内で水晶採掘鉱を進む。
民の集団は既に先に行っているので、あたりは移動速度の遅い子供や老人ばかりだ。燃えるタカマガハラと宗教指導者層の壊滅に、彼らの顔は暗い。明かりに照らされ切れ煌びやかに輝く水晶坑道とは対照的だ。
暗い空気に耐えきれず、アキラに話を振ってみた。
「ここで取れた水晶が貨幣や食器に使われてるの?」
「はい。ただ……昔は純度が高かったのですが、100年ほど前から混じり物が多くなって……」
「混じり物、ねぇ」
「ええ、当時の神官長の信仰心が不足しているから水晶が黒く濁るのだ、不吉だと八柱から糾弾されて……失脚する原因にもなりました」
「もしかして、それってアキラの曾祖父……」
「はい。鉱床の件と、跡取りであるご令嬢だった姫巫女様の失踪が続いたので……」
濁った水晶の件も気になるけど、ここで姫巫女の名がでる?
ちょっと待って?今の話だと姫巫女……つまり黒巫女は神官長夫妻の娘で、アキラにとっては大伯母にあたるってこと?
「アキラ、姫巫女ってアキラの大伯母にあたる人?」
「はい。姫巫女様……カレン様は、ボクの……大伯母上、です」
なんということだ。この子、尊敬していた大伯母に命を狙われたのか……。それに黒巫女の名はカレン……ということは、カレン・キサラギ?
記憶に無い名前だが、覚えておこう。
「アイリス」
「どうしたの?歩くの疲れた?」
「違う。ここ……C3があるよ」
足を止めたトワが鉱床の脇を指さす。その先にあるのは粗末なコンテナだ。
「あれは、屑水晶を捨てるところですね。濁って使いものにならない不浄な屑はそこへ入れて、後でまとめて地表へ捨てるんです」
「中、見てもいい?」
「ええ、かまいませんけど……本当に使い物にならないですよ?」
アキラの言葉を聞き流し、トワは「屑」のコンテナを覗き込む。そして彼女が引っ張り出してきたのは……大きな、黒っぽい水晶だった。
「わっ、それ……かなり不吉な色ですよ。捨てた方がいいです」
「トワ、それ……もしかして?」
アキラは黒い水晶に眉をひそめるが、私はむしろ目が点になりそうになった。
「B……ううん、Aランク」
Aランク!なら、この水晶採掘鉱はC3の鉱山でもあるということだ!
そうか、この地元通貨にFランクのC3が混じっていた理由がわかった。この星で価値があるのは、たぶん宗教的に清浄を意味するであろう「透明な水晶」だけ。
C3鉱床から切り出されたなかでも清浄――つまり透明に近い、FランクのC3だけが持ち帰られていたんだ。
「他にもまだある?」
「うん。Cランクぐらいがメインだけど」
「でも、これかなりの資源よね……」
大量のC3が無造作に放り込まれたコンテナの中を覗き込みながら、私とトワが首をひねっていると、アキラが不思議そうに声を掛けてきた。
「あの、アイリス様?」
「詳しい事は後で話すけど……アキラ的には……いえ、タカマガハラ的はこれ、全部『屑』なのね?」
「はい」
アキラの明確な答えに、希望と謎の両方が見えてきた。気になるのは謎の方だ。
AランクのC3が採掘できる星なのに、どうして黒巫女……カレンは、恒星間通信用のC3を星外から奪ってくる必要があった?
採掘すればこの星からも産出する可能性は高いのに。アキラ達はC3の価値を理解していないけど、カレンは明らかにC3が持つ価値を理解している。
なら、どうして?
……いや、待て。彼女は私達が来ることを予知していたとアキラは言っていた。私達、すなわちギルドの追っ手が。
もしかして、カレンは……ギルドの人間を呼び寄せ、この星の価値を知らしめるために、わざと強奪劇を演じたのだろうか?
だが今の彼女の行動とC3の件がどうしても繋がらない。何かを見落としている気がする。そしてその何かは……たぶん、カレンしか知らない、何かだ。




