#23
>>Alyssa
短期間で幻視を立て続けに視たのは初めてでした。ですが、前回の燃える――今ではそれがこのタカマガハラであると確信できます――都市のビジョンと、今回の幻視には明確な違いがありました。
それは、回避の可能性。
これまで私が視た幻視について、私は一度もそれを回避出来ないと確信したことはありませんでした。そして、多くの場合は……一番大事なあの時を除けば、私は予知した危機を回避することが出来ました。
今回私が視た幻視はアキラが赤い瞳の巫女に斬り伏せられるというもの。場所は……おそらく、この神殿のどこかでしょうか。
崩壊しつつある建物と炎が視えたので、おそらくはタカマガハラへ降下する前に視た光景の続きか、もしくはその最中の出来事なのだと思います。
トワ様との再会を予知した時のように、複数のビジョンが連続して見えることはこれまでにもありました。
なら……今回の幻視は、昨日の幻視の続きが時間を空けて視えた?いえ、それでは回避不能という確信に説明が付きません。考え得る可能性は……黒巫女の存在。
おそらくテロマーである彼女が幻視を視ることは既に判っています。もしかしたら、私が見た光景は……彼女が見た光景なのでは?そんな風に思えました。
テロマー同士で予知の共有……共鳴のようなものが行われるかどうかは判りません。なにせ、私はこれまで一度もテロマーの同胞と出会ったことが無いので。
ですが、昨日の予知が共鳴なら、「回避不能」である理由に説明が付きます。
なぜなら、その未来は……私のものではないから。思えば私がこれまでに視た幻視は全て私自身にまつわるものでした。私自身に起こる出来事。私に関係する人の未来。
私がそこに関わっているからこそ、その未来を変えることができたのです。
だけど、あの燃える都市のビジョンが……「黒巫女が視た未来」だとしたら?その未来には本当であれば私は関わっていないないはずです。
だから、関わりのない私には、その未来を変えられない。たまたま今回は彼女視た光景の中に私がいますが、未来を視た本人がその幻視を実現しようと動くのであれば……私にはその未来を変えることが出来ない。
そう思うと不思議と納得がいきました。なら、私に出来ることは……私が視た「アキラの死」を回避することです。
私はトワ様とアイリスさんに……そしてアキラにも、自分の推測を説明しました。テロマーと幻視について初めて聞くアキラは訳がわからないという顔をしていましたが、今は詳しく説明している暇はありません。
「じゃあ、タカマガハラの崩壊は回避出来ないとしても、アキラだけは守る。トワもそれでいい?」
「うん」
「あの、どうしてボクは姫巫女様に狙われるのですか……?」
そういえばアキラにはまだ黒巫女の意図を説明していませんでしたね。私は要点をかいつまんでアキラに説明します。
黒巫女が望むのは、宗教統治体制の改革ではなく根絶だということを。
「でも、姫巫女様はタカマガハラを救いたいって……」
「アキラ、彼女が言った言葉は『どんな犠牲を払ってでも、この星を救う』ですよね?」
「……はい」
「彼女が救おうとしているのは星の未来であって、神殿やこの星の統治機構ではありません。むしろ彼女は……それらが星の未来に不要だと考えているのでしょう」
「そんな……」
「だからこそ、宗教統治の象徴である預言の偽りを暴き、神官長や八柱を躊躇無く排除したのです。そして、もし『守り手』が統治の後釜に座れば……どうなると思いますか?」
「……排除の、対象になります」
「そして、その新体制におけるあなたの立場はなんですか?」
「次期……神官長……です」
アキラは聡い子ですが、それでもまだ子供です。自分が置かれた立場を理解したのか、改めてその顔には恐怖の表情が浮かびました。
「大丈夫。私達が守る」
「まぁ本当は……手出しをするとギルド憲章違反になりかねないんだけどね。アリサ、見逃してくれる?」
「ええ。美少女を助けるためなら」
「ん?美少女?」
私の言葉にアイリスさんは不思議そうな顔をされます。……ああ、そういうことですですか。
「女の子ですよ?アキラは」
「え?ええ!?」
「……どうして、それを?」
確かに服装は少年用のもので一人称もボクですが、体つきや身のこなしはどうみでも少女のそれです。
宗教体系的に神官長は男性が務めると聞いていたので違和感を感じていたのですが、おそらく守り手は彼女を神官長という神輿として利用するために性別を偽っていたのでしょう。
「いや、確かに男の子にしてはまつげ長くて綺麗な顔立ちだとは思ってたけど……」
「だまされた」
「……ごめんなさい、女の子だと神官長になれないからって……」
「なるほどね。結局『守り手』も改革とか口では言いながら既存の枠組みからは脱却できないって事か……」
「それは、知ってた」
トワ様が言うように、アキラの性別を偽装することも含め、守り手の連中が謳う改革は結局の所権力闘争のためのプロパガンダでしかないのでしょう。
「だから、ボクは……神官長なんて無理だって……でも、みんながボクしかいないって。キサラギの血を引く、ボクだけが……正当な後継者なんだって……」
性別は短期的ならごまかせるかもしれませんが、アキラが成長して体型が女性らしさを帯びるようになれば誰の目にも明らかになるでしょうに。
現に今ですら私には一目でアキラが女性だとわかりましたからね。それに、血筋を引くためには子をなすことが必要ですが、まさか男性である神官長に「婿」をあてがう訳にもいかないでしょう。
そう考えればいかに守り手が浅慮な連中かが判るというものです。
……いえ、もしかしたらアキラに「嫁」をあてがい、守り手の幹部が自分達の子を養子として送り込むことで将来的に神官長の血筋を簒奪する……なんてことを考えているかもしれませんね。
「……ちょっと予想外の事態でびっくりしたけど、アキラを守る方針には変更無しだね。あとはどこで迎え撃つかだけど……」
「いつまで守り続けるかも考えないと行けませんね。私達はあくまでもミッションで訪れているだけの異邦人ですから」
「ああ、それはたぶん問題無いよ。神官長のケースを考えると、たぶん黒巫女は警戒態勢が整うのを避けるために最初に頭を潰しに来るはずだからね。だから狙われるならまずアキラだと思う」
アイリスさんが言うには神官長夫妻は昨夜、リナ暗殺の知らせが神殿に届く前に既に殺害されていた可能性が高いとのことでした。確かに計画的な彼女ならそう動くと考えるのが妥当かもしれません。
「なら、そこで私達が黒巫女を撃退できれば、一連の騒動は一区切りになりますね。奪ったものを返して貰えれば、私達もミッション完了です」
「そう……だといいんだけど」
私の言葉に対するアイリスさんの返事は歯切れの悪いものでした。そう言えばメラニーがミッション目的の半分は自分で考えろとか言ってましたっけ。
あの耄碌タヌキ、ミッション指示ぐらいちゃんと出せばよいのに。
その後、アイリスさんの提案で私達は神殿上層階、地底空間の天井近くまでそびえる尖塔に陣取ることにしました。
この星にはエアロプレーンの類いはありませんし、地下ですから往還艇で飛んでくる訳にもいきません。なら、塔の頂点に陣取り、階段を上がってくる彼女を迎撃するのが地の利を活かせるだろうという判断です。
アキラの案内で幹部用官舎から神殿へと移動する最中、神殿前に多くの民が集まっている事に気付きました。適当な民を捕まえて話を聞いてみると、なんでも現状に対する説明が行われるとの事。
さすがに神官長夫妻が暗殺された事まではまだ伝わっていませんが、リナと八柱の件はすでに広く噂になっており、民の間には不安が広がっているようです。
話を聞かせてくれた民に礼を言い、神殿に近づく私達の前に神官が立ち塞がりましたが、アキラを伴っている事に気付いたのか素直に道を譲ってくれました。
これは……既に神殿内部を守り手が掌握しつつあるということでしょう。そう思いながら私達が神殿に足を踏み入れたタイミングで、守り手の演説が始まりました。
「タカマガハラの民よ!今日は誠に残念な知らせがある。神官長様が、不逞の輩によりお命を奪われた!そして八柱の方々も!だが、案ずることはない、我々には希望がある。私を含めた新たな八柱が既に任命され、そして次なる神官長として、キサラギの血を引く――」
キサラギの名が出た事で、隣を歩いていたアキラの肩が小さく震えました。今の彼女にとっては二重の意味でその名は重荷なのでしょう。
少しでもその荷を軽くしてあげたいと思い、私はアキラに声を掛けます。
「大丈夫です。私達があなたの未来を変えてみえせますから」
「はい。でも……」
「私は御遣いですよ?黒巫女もそう言っていたのでしょう?」
「……はい」
「彼女の予知は正確です。なら私は御遣いとしての役目を果たし、あなたを救えるということです。そう信じてくださいな」
「……ありがとう、ございます」
儚げに微笑む彼女の肩をぽんと叩き、私達は決戦の場へ向かいます。
後ろでは意気揚々とした守り手の演説が続いていますが、もう何を言っているのか内容までは聞き取れませんでした。




