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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部4章『現理の円舞曲』タカマガハラ-憎愛の惑星
204/220

#22

>>Iris


 再び訪れた地下都市タカマガハラは前日と全く違う様相を見せていた。

 昨日は秩序だったスラムという印象だったが、今日はカオスに包まれた墓地といったところか。指導者層が一度に暗殺されるという未曾有の事態に、信徒である民は皆混乱を隠せない。

 昨日は殆ど聞こえなかった噂話が飛び交い、そして指導者達の死を悼む重い空気が街中を覆っている。


「御遣い様!」


 神殿へ至る道を歩いていると、前方から声を掛けてくる人影……アキラだ。よかった、彼は無事のようだ。

 まぁ、彼は黒巫女の仲間のような立場だから、とりあえず危害を加えられる心配は無いのだろう。……今は。


「アキラ、神官長は見つかった?」

「いえ、まだです。神官長様が行かれそうな場所とか、祭祀場や儀式の間なんかもみんなで探したのですが、どこにも……」


 アキラの話を聞いて、少し違和感を感じた。

 会議の場には現れなかった。

 立ち回り先にはいない。

 儀式関連の場所にもいない。

 そして、行方不明。もしかして……。


「ねぇアキラ?神官長の私室は探した?」

「いえ、そんな恐れ多い……それに、これだけ騒ぎになっているのに、私室に籠もられているなんてありえません」

「それは、アキラの考え?それともみんな同じ考え?」

「え……?たぶん、みんな同じように考えると思いますけど」


 なるほど、そういうことか。じゃあ……手遅れだろうね。

 でも、さすがにトワに見せる訳にもいかない。左手のフォトンタブが痛覚を刺激してくるが……判っている。これは『絆』の意向であり、私の意向でもある。

 極力さりげない様子を装って、私は提案する。


「アキラも合流したことだし、手分けして探しましょうか。アリサ、儀式の間へは行ったことあるよね?トワを連れてそっちを確認してきてくれない?もしかしたら天剣も奪われているかもしれないし」

「……わかりました。アイリスさんは?」

「アキラに案内して貰って、まだ調べてない場所を探してみるよ。トワもそれでいい?」

「お姉ちゃん、無茶しないでね」

「もちろん。じゃあ、何かあったら通信で」

「うん」


 私はアキラを促し、幹部用の居室がある建物へと向かう。やはり、アリサには気付かれていたようだけど、私の気持ちを汲んでくれたようだ。あとでお礼を言っておかないと。


「それで御遣い様……」

「アイリス、でいいよ」

「……では、アイリス様、どちらへ?」

「神官長の居室。できれば、他の神官も何人か連れてきてくれると助かるかな。私がやったんじゃないって証明して貰うためにね」



 そして数分後。神官長の居室には、私が想像していた通りの――いや、それ以上に無残な光景が待ち受けていた。


「トワ、アリサ?こちらアイリス。聞こえる?」

『聞こえる。天剣は無事』

「よかった。こっちも見つけたよ、神官長と巫女頭」

『無事?』

「ダメだった」

『……アイリス』

「うん?」

『気を遣ってくれて、ありがとう』


 通信機越しに聞こえるトワの声が、とても優しかった。

 やっぱり、誤魔化せなかったか……。そう思った瞬間、左手の痛覚アラートが止まった。


「……バレてた?」

『うん。付き合い、長いから』

「だよね。……ごめんね」

『いいよ。黒巫女は?』

「いないね。たぶん、昨夜のうちに……たぶん、会議より前に襲われてる」


 二人の服装や血の固まり具合から見て、間違いないだろう。

 つまり、神官長と巫女頭が対策会議に現れなかったのは既に殺されていたから。おそらく黒巫女はリナの死が神殿に報告され、警戒が強まる前に先手を打ってきたんだろう。

 戦闘力だけではなく、状況分析のセンスもいい。正直、手強い。私達が場を離れていたこともあるけど、全てが後手に回っている。


 しかし、彼女は一体私達になにを求めているんだろうか?C3の強奪が追跡者を……アリサを呼び寄せることを黒巫女は予知していた。

 その上でC3を強奪したということは、強奪事件自体が私達をこの星へ呼び寄せる餌だっと考えるのが妥当だろう。なら、彼女の描いたシナリオで、私達はいったい何の役回りを演じさせられるのだろうか。


 そんな事を考えていると、いくつもの手がかりを残しながらも未だ姿を見せようとしない黒巫女が……どこかで戸惑う私達を嘲笑っているような気がした。



 神官長と巫女頭の遺体は運び出されて、部屋には私とアキラだけが残っている。手がかりといっても、すでに暗殺は成されたあとで、犯人も確定している。

 この星には官警のような治安当局が存在しないらしく、現場検証なども行われないようだ。そして、そんな部屋の中でアキラは、茫然とした様子で佇んでいる。

 ……私、トワの事ばかり気にしててこの子に配慮するのを忘れていた……。


「あの、アイリス様……」

「ん……ああ、どうしたの、アキラ」

「これ、本当に姫巫女様が……?」


 アキラは神官長達が殺されていた事よりも、それが姫巫女の仕業であることの方がショックな様だ。

 確かにアキラにとって姫巫女は自分の道行きを照らしてくれた人でもあるから、信じたくない気持ちはわからないではない。だけど……。


「刀傷」

「え?」

「この部屋に刻まれている二つの傷はどちらも刀傷だよ。そして、私が見た限り神官や街の人で刀を持っている人、いないよね」

「あ……」

「それにここ。巫女頭の体ごと鋼鉄製の柱が切断されてるよ。普通の刀じゃ絶対に無理だよね。ヒヒイロカネ、だっけ?」

「そんな……まさか、地剣で……」


 アキラは綺麗な切断面を晒している柱に悲しみとも絶望ともとれる表情を浮かべた。

 だが、私は……その切断面に戦慄していた。リナがビークルごと一刀両断にされたとは聞いたけど、あくまでも比喩表現だと思っていた。

 だが、この威力なら……リナは本当に車体ごと両断されたのだと理解したからだ。


 おそらく黒巫女の正体はテロマーだ。ならアリサと同レベルの黒巫女が繰り出す神速の斬撃を、私が回避するのはほぼ不可能だろう。

 なら……防げるだろうか?トワに託したレゾナンスシールドなら、物理攻撃は遮断できるはずだけど……。話し合いが決裂した場合は、死を覚悟する必要があるかもしれない。


 一瞬、リブートという言葉が脳裏をよぎるが、ダメだ。この局面で不確実な力に頼る事はできない。トワを二度と悲しませないために……私は、もうこれ以上死ねないんだ。


 私が決意を新たにしていると、フォトンタブからアリサの声が聞こえてきた。なにかあったのだろうか?


『……アイリスさん、いいですか?』 

「アリサ?どうしたの?」

『幻視が……また、見えました』

「え?だって昨日……」

『こんな事、私も初めてなのですが……でも、一刻を争います。アキラはそこにいますか?』

「うん、ちょっと気落ちしてるけど……」

『なら、アキラを連れて守りを固められる所へ移動しましょう。私達もすぐにそちらへ向かいます』

「ちょっとアリサ!?」


 そう言うとアリサは一方的に通信を切った。かなり焦った様子だったけど……アキラ?

 もしかして、アリサが視た幻視って……まさか!私はアリサの言葉の意味を理解し、即座にブラスターを抜いた。


「アキラ、壁を背にする位置へ移動して!」

「え?どうしたんですか?」

「早く!」

「は、はい……わかりました」


 アリサが視た光景は……おそらく、黒巫女がアキラを殺すというものだろう。正直、石造りの外壁程度では、鋼鉄を切り裂く地剣の斬撃を防げるとは思えない。

 だけど、何も無いよりはマシだ。私はブラスターを手にアキラを後ろへ庇い、辺りの様子をうかがう。

 アキラの息づかいだけが静かな室内に響き渡る。何も起こらないまま時間が過ぎる。いや、このまま何も起きないで……。


 と、……近づいてくる足音が聞こえた。黒巫女!?いや、足音は二人分……なら!


「アイリスさん!」

「アリサ、トワ……助かったよ」

「アキラ、無事?」

「はい。あの、でも……これは、どういうことですか……?」


 それぞれ手に武器を持った二人がいきなり部屋に飛び込んできたこともあり、訳がわからないという顔をするアキラ。まぁ、当然だよね。アリサはそんな彼の目を見てゆっくりと語りかけた。


「落ち着いて聞いて下さい。私にも、黒巫女と同じ予知の力があります」

「そうなんですか!?さすがは御遣い様……あれ?じゃあ、今急いで来られたのは……えっ?ボクの名前……」

「そうです。先ほど、あなたの死を予知しました」

「ボクが……死ぬ……ですか?どうして……?」

「私が視た幻視では、あなたは黒巫女に殺されます」

「……!!」


 アキラは絶句している。神官長達の一件があって黒巫女への信仰が揺らいでいるとはいえ、まさか自分も命を狙われるとは思ってもみなかったのだろう。

 だが、黒巫女の狙いが宗教統治の「根絶」だとしたら?


 守り手達が現体制の後釜に座り権力の座を掴むことになれば、自らが旗印として担ぎ上げる次期神官長のアキラもまた黒巫女の粛清の対象となりうる。

 だが、今確認すべきは黒巫女の意図じゃない。もっと大事な事がある。


「アリサ、その未来……変えられる?」

「はい、この幻視はいつもと同じものです。大丈夫、アキラの死は回避することが出来る未来です」

「それだけ判れば十分だよ。トワ、ごめんね。もしかしたら黒巫女とは、対話できないかもしれない」

「アキラまで狙うなら、話なんかできない。それは私でも判る」


 トワはそう言い切る。だけどね、トワ。

 対話ができないということは……恐るべき強敵と戦わざるを得ないということなんだよ?


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