#20
アキラは私の申し出に感謝し、部屋を去って行った。念のため持ってきてきた小型の通信機――以前ヒナに貰い、アルカンシェルを通信ハブにして使えるように改造した、アレ――を渡しておいた。
他の守り手や神官長には通信機のことがバレない様に釘を刺しておいたけど、最悪の場合こちらから通信回線を遮断できるからバレてもまず問題は無いだろう。
とりあえず一段落だと思い、寝台に倒れ込んだ私に、アリサが申し訳無さそうに声を掛けててきた。
「あの……お姉様?申し上げにくいのですが」
「何なの?ちょっと休ませてよ……」
「実はですね、私、晩餐会でやらかしまして」
「うん、さっき言ってたよね、薬を盛られた……って……まさか」
そう、アリサは「やらかした」と言っていた。だが、薬物混入は神官長の手によるもので、むしろ「やらかされた」だ。ということは……。
「アリサ、まさか……晩餐会で武器を振り回したりしてないよね!?」
「……しました」
「誰か斬ったの?」
「トワ、平然と聞かない!ちょっとアリサ!早く報告!」
平然と帰ってきたから、薬物混入に怒って席を立ったぐらいに思ってたけど、武器を振り回してきたって……それ、思いっきりここの統治機構に喧嘩売ってるじゃない!内政干渉とか言うレベルじゃないよね!?
「えっとですね、乾杯の酒に自白剤的なものを盛られまして」
「それはさっき聞いた!」
「イラっとしたので、全部飲み干してですね」
「なんで飲むの!?普通捨てるよね!?」
「で、レゾナンスブレードを起動しまして」
「薬物飲んだからだよね!?判断力失ったの!?」
「つい、十枚に下ろしてしまって……」
「三枚じゃないの!?というか、人体みじん切りだよね!?」
「それで、お土産として置いてきました」
「どこの猟奇殺人者よ!」
「アイリス、おちついて」
「いや、なんでトワは落ち着いてるの!?猟奇殺人だよね!?」
うちの妹達の倫理観が崩壊している。これは、再教育……いや、アリサは殺人罪で裁かないといけないかもしれない。
どうしよう。C3強奪犯どころじゃなくなった!
「あの、アイリスさん」
「アリサ?お願いだから自首して?私も情状酌量の嘆願するし、薬物のせいだって弁護士にもちゃんと言うから。ね?」
「いえ、私が斬ったのは薬物混入されたクリスタル製の杯なんですが。十個に切り分けて、突き返してきました」
「……は?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。もしかして、からかわれたの?トワの瞳が金色になってる。これ、トワは気付いてた……?
「お姉ちゃん、アリサがそんな事する訳ない」
「ほんとですよ、私が殺人なんて……いえまぁ経験無いとは言いませんが」
「そこは無いって言って!?……でもなんで?」
「ちょっと煮詰まってたようでしたので。軽い宗教ジョークというやつです」
「宗教関係無かったよね!?」
そうはいったけど、ここの内政問題やらC3強奪やら、そもそも職位復帰やらで少し頭の中が混線しているのも事実だ。
アリサに怒鳴ったおかげで少しだけストレスは発散できた気がする。だけど、それとこれとは別だ。
「アリサ、トワ!お姉ちゃんをからかうのはダメ!あとでお説教だからね!」
「はーい」
「私も?」
「連帯責任!」
まぁその件はいいとして、アリサがわざわざ冗談だけを言うとは思えない。他にまだ何かあるんだろうか。彼女を見る目が少しきつくなるのは仕方ないよね?
「あと、報告すべき事は……薬物混入の件は神官長とアカサカの主導で他の八柱は無関係のようです。そういえばリナという御巫は欠席してましたね。」
「リナが?いえ、それより神官長とアカサカって事はここのツートップだよね?」
「ええ、そういうことになります。強引な手を使ってでも御遣い様を手中に収める必要があるのでしょうね。おそらく『偽りの予言』とやらは機械的な演出で、その装置を黒巫女に破壊されたのでしょう」
確かに、それらしき事はアキラも言っていたっけ。黒巫女が地剣とやらを手にした時期から予言が止まっているって。
「なるほど。それに地剣とかいう剣が関係してるってことね?」
「おそらく。アカサカが言っていましたが、ヒヒイロカネと呼ばれる不滅の金属で打った刀だとかで、恐ろしい切れ味を誇るそうです」
「不滅って……宗教的なヨタ話でしょ?第一、1000年前の技術なんだし……」
この星の技術力はお世辞も優れているとは言いがたい。
目にした施設やビークルを見る限りでは1000年前の技術レベルから進歩していないように見えた。冶金術についてまでは調べていないけど、普通に考えれば冶金術も総合的な技術レベル相応のものしか保有できないはず。
なら、私達の技術で作り出せない「不滅の金属」を彼らが作れるとは思えない。
「現物の刃までは確認できませんでしたし、黒巫女が手にしている地剣がそのヒヒイロカネかどうかも判りません。ですが……少なくとも機械装置を破壊できる程度に強力な事は間違いないですね」
「それは、黒巫女の技量が優れているってことじゃないの?」
「実体剣で金属を斬るのは無理ですよ。少なくとも私はできません。もし彼女の技量が金属を斬りうるなら……勝てませんよ、私達」
深刻そうに告げるアリサの言葉に、再び撤退の文字が脳裏に浮かぶ。
「なので、地剣がヒヒイロカネで、金属を斬れる超凄い剣だと思った方が精神衛生上よろしいかと。あと、レゾナンスブレードなら余裕で金属も斬れますから安心です」
「アリサ……あまり驚かさないで?あと金属斬れてもあんまり安心できないからね?」
「それに」
「まだ、何かあるの?」
「神剣は二刀一組なんです。もう一振りの『天剣』は残されていましたから、いざというときはあれをかっぱらえば」
「お願いだから犯罪行為は止めてね?」
これ以上問題ごとを増やされるとストレスで胃に穴が空きそうだ。だけど、本当にいざというときは拝借するしかないのかな。もちろん、後でちゃんと返すけど。
「ああ、それから」
「まだあるの!?」
「ここ、引き払った方が良いかもしれません。夜這い……いえ、寝込みを襲われる可能性があります」
「そっか、薬物仕込んでくるぐらいだからね……」
「一応、キツ目にお仕置きはしたんですけどね。立ち直ったり根に持たれたりすると面倒ですので、一旦アルカンシェルへ撤退しませんか?」
「……そうだね」
「お姉ちゃん。お腹空いたし、お風呂入りたい」
「はいはい。じゃあ、荷物をまとめて夜逃げしようか」
「外、明るいよ?」
そんな事を言いながら、私達は官舎を抜け出した。神殿の方がなにやら騒がしかったけど、アリサが晩餐会やらかした事を思えば騒ぎになっているのは当然だろう。
なるべく人目に付かない様にその場を去ろうと思っていたけど、さすがに髪色も服装も目立つ私達では隠密行動は無理だ。途中であっさりと神官に見つかり呼び止められたけど、アリサが「聖なる力を補充する必要がある」とか適当なことを言ってその場を切り抜けた。
いや、どこからそういうホラ話が出てくるんだろうね……。
ともあれ、私達は無事に地下都市タカマガハラを脱出し、我が家へと戻った。安全確保のために船体を上空に上げ、「聖なる力」改め食事と熱いシャワーで鋭気を養い、一休みすることにした。
――この行動が正しかったのか、それとも間違いだったのか……。タカマガハラでの一件が終わった後、私は何度もこの時のことを思い返したが、未だに答えは出ていない。




