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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部2章『駱駝に捧げる女神のアリア』キャメル067-初冒の星船
20/62

#4

>>Iris


 出発から1ヶ月が経った。船長の見立てによると到着が予定より少し遅れる可能性が高いらしい。そういえばCM41F3C(うち)へ来た時も2日ほど到着が遅れていたっけ。これまでに何十年も運行されている定期航路なら到着予定はかなり正確に割り出せるはずなのに、立て続けに遅れるというのは、何か原因があるのかもしれない。

 トワが船酔いだか頭痛だとか言って寝込んでいるので、暇を持て余した私は船長に話を振ってみた。


「この船の名前はキャメル067、つまりうちの会社で運用してる輸送艦、キャメル級のナンバーシップの一つってことになる。嬢ちゃん達の星とペレジスの間の定期航路は半年ごとに船が到着するように15隻の船が就航してるんだが、他の惑星との航路もまぁ似た感じでな。キャメルトレーダー(うち)は結構手広く業務展開をしてる会社なんだ」


 確か彼らの所属するキャメルトレーダーという恒星間企業は私達が向かうペレジスのお隣にあたるヘリオスという交易ハブを担う惑星に本部があって、ヘリオスのギルド広域支部と提携して近隣の星との輸送網の維持を委託されていると聞いた記憶がある。今の船長の話からすると、ギルド以外とも提携しているのかもしれないね。

 でも子の話と遅延に何か関係があるんだろうか?


「で、運行してるキャメル級もかなりの数になるんだが、今うちで一番新しいやつは確か300番台の前半なんだ。……まぁ、そこまで言えば嬢ちゃんならわかるだろ?」


 ああなるほど、そういうことか。この船はキャメル「067」、つまり67番目に就航した船。どれぐらいのペースで船が就航、退役するのかはわからないけど、300番台の新しい船と比べたらかなりの年代物である可能性は高い。つまり……。


「この船はかなりの老兵(ベテラン)ってことだよね?」

「そういうことだ。俺も正確なところは知らんが、二桁ナンバーの船で現役なのはこいつとあと数隻しか残ってないらしい」

「なるほど、つまり老朽化で予定通りの航行速度が出ていない、と」

「情けないことに、その通りだ。まぁこれまでに大きな事故を起こしたことはないから、会社としては多少の遅れは気にせずに使えるうちは使おうっていう腹づもりなんだろうぜ」


 船長の言葉を聞きながら、私はふと考える。老朽化した船でも事故がないというならそれは安心材料かもしれない。しかし毎回少しずつ遅れるといることは、決して無視できない要素だ。いや、そもそも老朽化の影響って航行速度に出るものなんだろうか?


「これまでも到着遅れはあったの?」

「数時間単位なら。これまでにもちょくちょくあったな。だが2日も遅れたのは今回が初めてだ。ペレジスについたらこの老いぼれ駱駝もオーバーホールしてやらないといかんだろうな」


 オットー船長はそう言うと、まるで古い友人を撫でるかのように優しく船の壁に手を触れた。少しばかり荒れた、長年の経験が刻み込まれた船乗りの手に込められた愛情は見ていてもわかる。船が老朽化していることは事実だが、それでも船長としては何度も航行を共にしたこの船には特別な思いがあるのだろう。


 確かに、この船はどこかくたびれた印象がある。壁やテーブルには小さな擦り傷がいくつも刻まれているし、収納パネルのハッチにガタが来ているような箇所も見受けられる。それでも船内設備に明らかな故障や大きな不調は見られないし、少し古びてはいるけど手入れは行き届いていて、むしろ温かみさえ感じる。

 内装の色褪せも長い年月が過ぎた証だし、私にはどこか懐かしくすら思えた。船長とクルーがキャメル067(この船)を大切に扱っていることは肌で感じられるし、老朽化が進んだ老いぼれ駱駝であってもこの船は彼らの誇りであり、仲間であることがひしひしと伝わってくる。


 だけど、ふと胸の奥に小さな疑念が芽生える。もし、この遅れが単なる老朽化以外の問題だったら…?そう考えると、私も少し頭が痛くなってきた。トワほどでは無いけど、航宙船酔い(ふなよい)したのかもしれない。



 翌日のランチメイトはボースンさんだ。アドバーグさんはブリッジで船長と航行計画の見直しを行っているらしい。

 今日はトワも同席しているけど、彼女の顔色はお世辞にも優れているとは言えない。瞳の色は心底疲れているのか黒に近い色になっているし、時折眉間やこめかみを押さえる仕草からも体調が芳しくことが見て取れる。それでも食事だけは欠かさないのはさすがだと思うけど。


「むー。頭痛い」

「うん、見るからに調子悪そうだよね。もう少し寝てたら?」

「寝てても頭痛い……」


 船医も兼務しているボースンさんは眉をひそめ、少し考え込むように腕を組んだ。彼の視線がトワの顔色や姿勢を細かく観察しているのがわかる。


「航宙船酔いにしては、少々腑に落ちない点がある」

「というと?」

「普通、航宙船酔いってのは出航して直ぐに発症するもんだ。重力の変動に不慣れだと三半規管が異常を感知してバランスが崩れちまって、そいつが原因で頭痛や吐き気が起こる。だから普通なら出航後数時間から半日で一番ひどくなって、時間が経てば自然と体が順応して改善される。なのにちっこい嬢ちゃんは出航してずいぶん経ってから発症したし、それからしばらく経つのにむしろ悪化してるたろ?」


 顎に手をやり考え込んだ表情のままボースンさんは、トワの目を見ながらさらに続ける。


「もちろん、個人差ってのはあるぜ?だが、ここまで普通と違うってのはお目に掛かった事がねぇし、聞いた事もねぇ。重力環境――というか無重力状態や気圧も今は安定してるし、航行中に大きな変動があったわけでもねぇ。そもそも無重力に対する感覚の問題なら酔い止めが効くはずなんだが、それでも改善しないってのは……」


 いつもなら真面目な顔をしてジョークを飛ばすボースンさんだが、今日ばかりは表情に真剣な色が浮かんでいた。船員の健康管理を任されている彼が腑に落ちないと言うからには、何か別の原因があるのだろうか?


 実のところ、ここ数日は私もずっと頭痛に悩まされていた。トワほど酷くはないけれど、どこか鈍く響くような痛みが断続的に襲ってくる。初めての宇宙空間へのストレスか、はたまた2人揃ってウイルス性の感染症にでも罹っているのだろうか。そんな風に考えていた矢先だった。「それ」が、突然襲いかかってきたのは。


「ガッ……っ!」


 椅子に座ったままのトワの体が突然ビクンと跳ねた。まるで見えない何かに弾かれたように変調を来した彼女の大きく見開かれれ、瞳の光が次の瞬間には闇色に染まってゆく。


「ト、トワ…うッ!」


 声をかけようとしたその瞬間、私の体にも「それ」が襲いかかる。耳鳴りが響くような、不協和音の波が頭の奥で弾け全身に痺れが走る。まるで神経の一本一本に針を突き刺されているような、そして体そのものが引き裂かれるような衝撃。頭だけじゃない、胸の奥、腹の底までかき乱される。


「これ……は……!」


 喉の奥から苦鳴が漏れる。体が震え足が震える。息が詰まり空気が喉を通らない。衝撃の波が繰り返し襲い全身を容赦なく揺らす。


 だが、全身の痛みが逆に頭の働きをクリアにしてくれた。これは……この共鳴波(・・・)は…!

 ……警告しないと!


「レ、ゾナンス……ドライ……ブッ!とめ、て……ばく……は……つ……する……!」


 肺の中に残っている空気をかき集めるようにして、絞り出す。

 警告は届いたはず。ボースンさんか、あるいは船長なら、すぐに気づいて対応してくれる。そう信じるしかない。

 視界の端でトワの体が力を失ったようにラウンジに漂うのが見えた。私よりもシンガー能力が高く、敏感な感覚を持つ彼女はもう限界だったのだろう。私の視界も徐々に狭まり、意識が遠のいていく。


 ――ここで私が倒れても、最悪の事態は避けられる。


 どこかで、冷静に計算する自分がいることに気付く。もし今意識を失っても、警告が間に合っていれば。まだなんとかなる。


 視界は完全に暗転し、意識は闇に沈んだ。


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