#15
>>Iris
神官の案内で私とトワは官舎の一室へと通された。この星には都市がここにしかないらしく、当然惑星外との交流もない。
なので、都市が迎賓館や宿屋といった機能を持つ必要も無く、あるのは神官達が寝泊まりするための簡素な部屋だけだった。
アリサは神官長に挨拶をしに行ったけど、私とトワは慣れない「降臨」で疲れたと言って、休める場所へ案内して貰った。アリサも挨拶が終わったら合流してくるだろう。
「アイリス、お腹空いた。そろそろ晩ご飯?」
「大気圏突入する前に食べたところじゃない……」
トワの言葉に恒星の見えない地下都市では昼も夜もないだろうと思ったけど、よく考えたらタカマガハラはそもそも自転していない星だ。
ここは永遠に昼と夜の境界線にある都市。そして、その光と闇が描き出すコントラストは、宗教国家であるこの星の社会自体にも及んでいる。そんな風に思った。
私達を乗せた御霊輿とかいう装飾ビークルの車列が地下都市に入ったとき、車窓から私が見たのは、宗教的な意味を持つであろう揃いの衣装を身に纏った住民が跪いて車列に頭を垂れる姿だった。
タイミング的に「御遣い様」がビークルに乗っている事を彼らは知らないはず。なら、それは車列そのものに対する恭順の意を示している事になる。
降車後にトワに聞いたところでは車体後部の社には窓の類いは無く、外の様子は見えなかったらしい。つまり……住民達は中に乗っている人物が誰かも知らされぬまま、礼を行っているということだ。
そして八柱は住民達の礼を顧みることすらしない。私達の乗ったビークルの主である、民に優しいと評されていたリナとやらですらも。
街の様子は正直酷いものだった。資材に乏しい惑星だということは判っていた。だが儀礼ビークルが通るような表通りだというのに、街並みや生活レベルは質素を通り越して貧困に近い有り様。
私達の文明圏で言えば……貧民街と同程度だろうか?
ただ、スラムと違いがあるとすれば……みすぼらしい家屋や通りにも秩序が見えた事だろう。同じ髪の色、同じ瞳の色。そして同じ衣装。
画一化された外見を持つ住民達の姿からも、まるで押しつけられた抑圧的な秩序が存在しているかのように感じられた。
ここは宗教という規律に統治された星。カオスに支配されたスラムとは本来全く異なる場所だ。それでも、私はこの都市が整然としたスラムにしか見えなかった。それがいかに矛盾しているかを自覚しながら。
そんな事を考えていると扉がノックされ、開いた扉からアリサの姿が見えた。
「……では二刻後にお迎えに上がります」
「ええ、ありがとう」
案内の神官にそう言葉を返し、アリサが部屋に入ってくる。神官の足音が遠ざかるのを確認し、扉の鍵を掛けたアリサが大きくため息をついた。
「で、どうだった?御遣い様劇場は?」
「正直、やってられるかコノヤロー!という感じでした。……でも、あまり時間がありません。2時間後に晩餐会へ招待されています。それまでに情報共有と今後の方針検討を」
アリサの口調が荒れるのはよほどのことだ。うんざりした様子のアリサが語ったのはこの星の統治機構とその問題点だった。
タカマガハラは「八柱」と呼ばれる幹部神官が神官長夫妻の下で統治を行う宗教国家で、独自の宗教を中心とした掟と神官長による「預言」が絶対とされ、民衆は恭順を強いられている。
しかし内部では腐敗が進んでおり、特権を持つ八柱は宗教儀式や自らの権益にしか興味がなく、住民は資源不足と不平等に苦しんでいる。
神官長は具体的な事を口にしなかったが、宗教体制の権威が揺らぐ事態が発生しているらしく、宗教的な権威を保つために「御遣い様」の降臨が彼らにとっては渡りに船の状況だったらしい。
つまり、私が予想したように連中は私達を民衆の信仰を取り戻す象徴として利用しようとしているよう。聞く限りでは、彼らが私達を必要とするのは、宗教的な求心力を再建し、自らの権力を維持するために他ならなかった。
「まったく、面倒な時に降下してしまいましたよね……」
アリサはそう言うが、私にはこのタイミングが偶然ではないように思えた。アリサの話は一段落した様なので、私がビークルの中で聞いた黒巫女の話を二人に説明した。
黒巫女という名称そのものは二人も耳にしていたようだが、それがタカマガハラの統治機構から外れた存在……いや、敵対する不吉な存在であると言うことはおそらく知らないだろうから。
「では、それが例の『彼女』ですか?」
「十中八九そうだろうね」
彼女が強奪現場から旧式の航宙船で航行し、タカマガハラにたどり着いたであろう時期は、航行距離からおおよそ30日前だと考えられた。
口が重くなった運転手を説き伏せて聞き出した黒巫女の噂が流れ始めた時期と、彼女の到着時期は概ね合致していたし、何よりこの星で赤い瞳を持つのは彼女と私だけだ。
問題は、その黒巫女と呼ばれる彼女が何を行っているのか、そしてそこに奪われたC3がどう関係するのか、だが……。
私の言葉にアリサが何かを思い出したように、腰に付けたポーチをからいくつかの小さな水晶を取り出してきた。
「C3といえば……これ、ここの通貨だそうです。神官に頼んで分けてもらったのですが」
「これは……C3?」
「私もそう思って驚いたのですが、どうやら違うようです」
地元通貨にその土地で採取される希少資源を充てること自体は珍しいことではない。
ただ、ギルドが存在する惑星では水晶とC3が混同される事を避けるため、水晶を貨幣とすることを回避するのが一般的な判断だ。なにせ、シンガーではない普通の人には水晶とC3の見分けは付かないから。
だから、この星で水晶が通貨として用いられているということは、それだけこの星は私達の文明圏とは異質だと言うことを示している。そう考えていると……。
「待って、アリサ」
「どうかしましたか、トワ様」
「これ、一つだけC3が混じってる。Fランクだけど」
そう言ってトワが指さしたのはアリサがもつ「貨幣」の一つ。私の目には他の水晶と代わり映えしないように見えるけど……。
私がそう思っていると、トワはアリサの手のひらに自分の手を重ね、軽く歌を歌った。一小節に満たない短い歌を終えたトワが手を離すと……確かに、水晶が一つだけ、碧に色づいていた。
「ね?」
「確かに、調律に反応してるね」
「どういうことでしょうか?偶然C3が混じり混んでいたのでしょうか……?」
「判らないけど、でも面倒なことになりそうな予感はするね」
「面倒なこと、もう一つある」
貨幣に混じり込んだC3の存在に困惑を隠せない私達に、トワが告げたのはこの星の統治の根幹である「予言」が揺らいでいるという話だった。
「つまり、その予言は作り物の可能性が高くて、黒巫女が噂されるようになった頃から止まってる……って事?」
「うん。リナがそう言ってた」
「生活の隅々まで予言ですか……そんなものまでいちいち幻視してたらストレスで倒れますよ」
自身も予知の力を持つアリサがぼやくが、まぁそれはいい。
リナは末席とは言え八柱の一人だ。彼女が口にした政の根幹に関する話なら、単なる噂話ではなく一次ソースによるファクトとして扱っていいだろう。
直接事実に接することが出来るリナが動揺しているのなら、尾ひれの付いた不確かな噂話でしか情報を得られない信者達はさぞ混乱しているだろう。そうなると、神官長が御遣い様を欲している理由は……。
「繋がってきましたね」
「そうだね。黒巫女が偽りの予言にまつわる何かを破壊した。そしてその影響で予言が止まり、支配体制が揺らいだ神官長は『御遣い様』を欲している。ここまでは多分、間違いない」
「あとは……ここに奪われたC3がどう関係するか、ですね」
この先、まだ大きな波乱が起きそうな予感がする。私は淡い碧に色づいた「貨幣」を見つめながら……そんな事を思った。




