#10
>>Alyssa
着地をアルカンシェルに任せ、私達はブリッジから地表の様子を観察していました。
地表に駐機されている機体はやはり小型の往還艇のようです。ブリーズと同じぐらいのサイズなので、搭乗可能人数は多くても数人、もしかすると2、3人乗りかもしれません。
単独で大気圏離脱のできるタイプでは無いでしょうから、やはり航宙船に乗っていたのは1名だけの可能性が高そうです。
夜側に近いので周囲は薄暗いですが、これといった建造物も人影も見えません。ただ往還艇が着陸している地面は整地されいるようにも見えますから、この星の発着場跡なのかもしれませんね。
地表を見ながらそう分析していると、アイリスさんがアルカンシェルに指示を出しているのが聞こえました。
「アルカンシェル、着陸後の防衛体制だけど、武装した人間が接近してきた場合はレゾナンスフィールドを展開して船体の防御を――」
「アイリス」
私は彼女の名を呼んで、アルカンシェルへの指示を中断させました。
「アルカンシェル、防衛指示を変更します。船体を損傷する可能性がある攻撃が加えられた場合、緊急離脱して高度1000mまで上昇。私達が戻るまで上空で待機。できますね?」
[Affirmative]
アルカンシェルが指示を理解したことを確認し、アイリスさんに振り向きます。
「地上で人間相手に船体保護のフィールドを展開すれば、余波で殺傷してしまいますよ」
「でも……」
言いつのる彼女に歩み寄り、そっと抱きしめて耳元で囁きます。あまり、トワ様には聞かせたくなかったので。
「先ほどの失敗を気にしているのは判ります。ですが、焦らないで。何も問題は起きていません」
「……ごめん」
おそらく本人は自覚していないのでしょうが、先ほどの荷電粒子の一件で自分自身の判断力に自信を無くしているのでしょう。
なので、損害を防ぐために無意識に過剰な防御を行おうとしている。そう感じました。
「責任感が強くて真面目すぎるんですよ、アイリスさんは。時々気を抜かないと」
「アリサみたいに?」
「ええ、そうです。あまり背負い込まないでください。私もいますから」
「……これじゃ、どっちが姉かわからないね」
「なら、長姉の座を今から交代しますか?」
「それは、パスかな」
軽口が叩ける程度には落ち着いたようなので、アイリスさんを抱擁から開放します。ふと横を見るとトワ様が不満げな顔でこちらを見ていました。
「アリサ、ずるい。私もぎゅっとして」
「はい、喜んで!」
アイリスさんを抱きしめて独占していたことを非難されるのかと思いましたが、まさかのボーナスタイム発生です!
ああ、これが因果応報というものなのですね!トワ様を抱きしめながら、私は神に感謝しました。
船内でしばらく様子を見ましたが、周囲に変化が見られないので私達は下船することにしました。
惑星探索になりますので、サバイバルパックに何食分かの食料と簡単なツール類を持って行きます。私はレゾナンスブレードを背面に固定できる剣帯を、アイリスさんはいつものサイホルスターを装備しています。
トワ様はコスモスーツの上からいつものジャケット。ポケットが膨らんでいるので、色々と詰め込んでいるのでしょう。たぶん、グリットとかを。
着地点が開けた場所なので、降機順は銃撃に秀でたアイリスさんが先頭です。
アルカンシェルのタラップを降り、周囲を見回しますが、ただ強風だけが平坦な地面を吹き抜けていくばかりでやはり何も反応はありません。
観測データ通り大気の酸素濃度は低く、まるで高地にでもいるような息苦しさは感じますが、テロマーやセレスティエルの体であれば酸素供給フィールド無しでも問題なく活動はできそうです。
「まずは往還艇を調べておこうか。場合によっては破壊も視野に……で、いいよね?」
「はい、妥当な判断だと思います。自信を持って下さい、お姉ちゃん?」
「……アリサに姉呼びされると違和感がすごいよ」
「じゃあ私が呼ぶ。自信もって、お姉ちゃん」
「ありがとう、トワ」
「あの、私へのお礼は……?」
そんなことを言いながら往還艇へ慎重に歩み寄ります。搭乗口とおぼしき箇所は閉じられてますが、軌道ステーションと違って動力が生きているらしく、パネルに触れると簡単に扉が開きました。代表して私が中を覗き込みます。
内部は……復座艇ですね。パイロット用とナビゲータ用らしきシートが二つ。ナビゲーター側のシートは保護材が掛けられたままであるところを見ると、やはり強奪犯は単独行動のようです。
狭い艇内には身を隠す場所もありませんし、他に手がかりになるものもありません。船体そのものを壊すと大変そうなので、一旦外に出た私は中の様子を二人に伝え、そして「処置」を行うためにレゾナンスブレードを起動しました。
「アリサ、船を斬るの?」
「さすがにこれを一刀両断は無理ですけど、こうすれば使えなくなります」
私はそう言って、ブレードを扉の開閉装置に突き立てました。蒼い刃がパネルを破壊し、扉の開閉操作が不能に……つまりすぐには飛べなくなりました。
「なるほど、修理可能、かつしばらくは飛べなくなる絶妙な壊し方だね」
「でしょ?トワ様、褒めて下さい」
「アリサ、すごい。強い」
強くはない気はしますが。褒めて頂けてアリサは満足です。そう思っていたときでした。ただでも強い風が、突風の様に吹き荒れたのは。
「わっ」
「きゃっ」
「ぎゃっ」
どれが誰の悲鳴なのかはトワ様の名誉のために伏せるとしますが……。コスモスーツを着ているのでスカートの裾が捲れ上がる心配はありませんが、髪がかなり風にあおられてしまいました。
私達は全員髪が長めですが、アイリスさんのライトブラウンの髪は背中で一本三つ編みになっていますし、私のアッシュブロンドの髪は肩上で二つ結びにしています。
なので、私達二人は風で髪が酷く乱れるという事は無いのですが……。問題はトワ様です。見ると、ストレートロングでヘアアレンジをしていないトワ様の銀髪がむちゃくちゃに乱れていました。
「風、強い」
「いや、風もだけど髪型も気にしようね?すごい事になってるよ?」
アイリスさんがトワ様の髪を梳かそうとしています。はっ、これはヘアアレンジタイムなのでは!?
ミラジェミナではポニーテールになった女神トワ様を拝見できましたが、今回は……。
「やはり三つ編みでしょうか?それともポニーテール?いえ、ツインテールとかシニヨンとかお下げ髪とか、編み込みもいいですね。あ、盛り髪もいいかもしれません!」
「アリサ、心の叫びが声に出てるよ」
脳内で様々なヘアアレンジを施したトワ様の姿を妄想していた私ですが、アイリスさんの声にふと我に返ると……すでに髪を一つ結びにしたトワ様の姿がありました。
「あれ?どうして……?」
「いや、もう終わったよ……」
なんと言うことでしょう、このアリサ・シノノメ不覚にも再びヘアアレンジタイムを逃してしまいました!先ほどのハグで油断していましたが、これが好事魔多しというやつなのでしょうか。
「さすがにここは冷えるね。周りに隠れ家らしきものもないし、入植拠点の方へ行ってみようか」
「うん。美味しいもの、あるかな」
「いや、食べ物自体あるかどうか微妙だよね……」
お二人のそんな言葉を聞きながら、私は軽い違和感を感じていました。どうしてこんな何も無いところが整地されていたのでしょうか。
そして、こんな場所に往還艇が駐機されているのでしょうか。何かを見落としているような気がしました。
ですがどれだけ周囲を見回しても、やはり何も異常は見当たりません。
いえ、異常が無いことが逆に異常なのだと思いあたりました。これまでも「彼女」は航宙船や往還艇という目立つ痕跡は残しているのに、それ以外の痕跡は綺麗に消し去っています。
それはすなわち……私達が得ている情報が「彼女」にコントロールされたものである可能性を示唆しています。手練れと評される「彼女」ですが、その手腕はもしかしたら武術の腕前だけではなく、情報操作にも発揮されているかのしれません。
となると……もしかしたら、今もどこかで「彼女」は私達を監視している?そんな事を考えたせいか、一瞬、脳裏に歩み去る私達の姿が幻視のように浮かび上がった気がしました。
「アリサ、行くよ?」
「あ、はい。判りました」
後ろ髪を引かれる思いで、私はその場所を後にします。先ほど脳裏に浮かんだ光景と同じように……誰かの視線を感じるのは、きっと気のせいだと自分に言い聞かせながら、私は二人の後を追いました。




