#9
>>Iris
帰還した私達にアルカンシェルは恒星フレアの発生と地表の探査が終了したことを報告してくれた。私の予想通りフレアの方は船内に居れば影響がないということだったので、まずは地表観測データを元に次の行動をどうするか検討を行うことにする。
しかし、アルカンシェルが表示するタカマガハラの地表は……想像を遙かに超えた環境だった。
「これ、本当に人が住んでるんですか?昼側の平均地表温度は200℃以上、夜側は-150℃以下になってますけど……」
「まぁ、場所が場所だからね」
「あと、大気も……酸素こそ含まれているので即死はしませんけど、通常の居住惑星の半分ぐらいの濃度しかないですよね?」
「息苦しそう」
「それに放射線量も危険領域ですよね?これも即死はしませんけど、地表で生活してたら間違い無く人体に影響ありますよ?」
「だよね。だから、地表に人影は無いね」
「どうみても入植適合率22.6%には見えないのですが。これ、適合率0%じゃないですか?テロマーやセレスティエルでも長期居住は難しいですし、そもそも住み着きたくないですし」
アリサが指摘するのももっともだ。惑星全域の探索だと彼女が言う様な環境で、アルカンシェルが撮影した地表の様子もクレーターだらけの荒れ地にしか見えない。だけど、昼と夜の境目……明暗境界線上だけは様相が違う。
「アリサ、あそこ。植物生えてる」
「……本当ですね……昼と夜の境目にそって輪のように植生が……。すごくシュールな光景ですね」
「そこは神秘的とか言ってあげて?シュールとか言うとここの人達が悲しむよ?」
そう言って私が指さしたのは、軌道ステーションの直下に見える、小さな建造物。つまり、人類の痕跡だ。
「明暗境界線上の気温は-50℃~40℃。ずいぶんと過ごしやすそうじゃない?」
「カルデクスより寒くて、ミラジェミナβより暑いですね。一度にサマーバカンスとウィンタースポーツが楽しめそうです」
「アリサ、水着でスキーするの?」
「しません!というか、普通に凍死します!」
凍死以前に水着でうろついてたら酸欠か放射線で死にそうな気もするけど、まぁそれはいい。問題はあの地上施設が最低限のインフラしかなく、住居らしいものが見当たらないということだ。それはつまり……。
「地下、ですかね?」
「だろうね。地下なら放射線も防げるし、気温変化も比較的穏やかになる。良かったじゃないアリサ、水着で歩き回れるかもよ?」
「だから水着は着ませんって」
私とアリサが入植拠点とおぼしき箇所を見ながらそんな話をしていると、地表の映像を見ていたトワが何かに気付いたのかアルカシェルに指示を出した。
「アルカンシェル、ここを拡大して」
トワが指さしたのは入植拠点から少し夜側に寄った地点。拡大された画像がホロディスプレイに表示されると、そこには航宙船か航空機の様な人工物が映っていた。
これ……移民船から投下されたモジュール?
いや、それにしては機体としての原型を留めてるよね。墜落した航宙船……にしては破損している様子はないし。ならあれってリフティングボディ機?なら形状とサイズ的に往還艇?
「トワ様、よく気付かれましたね」
「目はいいから」
「……テロマーの方が視力は良いはずなのですが……」
「アイリス、これHLV?」
「HLVとは違うかな……。アリサ、これ往還艇だと思う?」
「形状的にリフティングボディで大気圏内を滑空するタイプの往還艇に見えますね。ですが打上げ用のブースターは見当たりませんから、一度打ち上げられて地上に帰還した機体ではないかと」
「それって、犯人が乗ってた?」
アリサとトワが言うようにこれが大気圏突入した往還艇だとすれば、C3強奪犯が軌道ステーションにいなかった説明が付く。
つまり、「彼女」はここで航宙船を乗り継いでどこかへ向かったのではなく、地上へ降りた考えるべきだろう。スゥ局長に課せられたミッションを果たすためにも、奪わたC3を発見する必要がある。
なら私はこの適合率22.6%の惑星に降下するしかないんだ。問題はHLVも往還艇も無い私達がどうやって地表に降りるかだけど……。
「トワ?アルカンシェルって大気圏突入できたりする?」
「できる。というか、したことある」
「経験済みか……で、どこでそんな無茶なことしたの?辺境?」
「辺境。というか、故郷」
「CM41F3Cで!?なんでまた」
「ステーションが修理中だった」
トワの話にはさすがの私も呆れた。よりによって故郷の星で航宙船を使った大気圏突入をやらかしていたとは。でもまぁ、実証済みなら安心して降下できるだろう。
次に考えるべきなのはどこへ降りるか、だけど……。アルカンシェルは重力制御のグラビティドライブだから、滑走路は不要。なので着地点に対する地形的な制約は緩いけど……問題は入植拠点の地殻に降りるか、距離を置くかだね。
「あれの横は?」
私が着陸地点について相談すると、トワは即断で地上にある送還艇を指さした。
「そうですね、この星と関係性のある強奪犯が選んだ着陸拠点ですから、追随する意味はあると思います」
「人任せの決定は好きじゃないけど、地上の状況が判らない以上は仕方ないか……」
「星に入りては星に従え」
「トワ?たぶんそれ微妙に間違ってるからね?」
そういうことで、私達は往還艇の近くへアルカンシェルを降下させることにした。
もしかしたら、あの近くに強奪犯の潜伏先があって、入植拠点に関わらずに済むかもしれない……なんていう淡い期待を抱きながら。まぁ、その場合は「彼女」に気付かれて即座に戦闘になるだろうけどね。
降下後に事態がどうなるか全く予測できないので、私達は一旦休息と軽く食事とをってから大気圏への突入を行うことにした。
惑星上の環境は人体に有害なので服装はコスモスーツのままだ。まぁ最初の船旅では2ヶ月間コスモスーツを着たままだったし、慣れっこだけどね。
なるべく騒ぎにならずに地表へ降りるため、アルカンシェルには可能な限りゆっくり静かに大気圏突入を行うように指示をした。
トワが言うにはさくっと降りても静かだったらしいけど、いくら重力制御とはいえ高速で降下すると上空から火の玉が降りてくるように見えるだろうからね。大気との摩擦を最小限に、目立たないように。
――それが裏目に出るとは、思いもしなかったけど。
[Warning: CME Approaching.]
[180 Seconds to Arrival.]
大気圏に突入して数分。ゆっくりと降下するアルカンシェルのブリッジに突然アラートが表示された。CME……コロナ質量放出?さっきのフレアの荷電粒子?どうして今!?
「アルカンシェル、どうして今頃!?」
[Sorry, Sensor Sensitivity is Low During Atmospheric Entry.]
アルカンシェルが申し訳無さそうにそう表示している。確かに大気圏突入中でセンサー感度が落ちてるのは事実だろうけど……ちがう、これは私の判断ミスだ。
アルカンシェルは最初からフレアの事を警告してくれていたのに、私はフィールドで防げるとそれを軽視した。そのせいで、最悪のタイミングで荷電粒子の直撃を受けることになる……!
窓の外に目をやるとすでに大気のイオン化が始まっているのか周囲の大気が青白く発光しているのが見えた。
心なしかアルカンシェルの機体表面にもスパークが走っているように見える。どうして気付かなかった、私!
「レゾナンスフィールド緊急展開!トワ、アリサ、衝撃が来るかもしれない。姿勢を低くしてどこかに掴まって!」
「わかった」
「はいっ!」
[Resonance Field...Deployed.]
[30 Seconds to Arrival.]
船体のスパークとイオン化が一層激しくなる。……来る!
[Arrival in 5. 4. 3. 2. 1. Now.]
アルカンシェルの表示と共に、船体が激しく揺れる。思ったより振動が大きい!?
窓の外では踊る様なプラズマの発光が断続的に続いている。フールドで遮音されているから船内に音は届かないけど、きっと轟音が鳴り響いているはずだ。
「アルカンシェル、損害報告!」
[Effect on Hull: None]
誇らしげにアルカンシェルが影響なしを告げる。よかった、幸いにも被害はないようだ。物理的なものは。
「アイリス、外どうなってるの?」
「たぶんこれ、地上から見たら派手なオーロラを纏って降りてきてるように見えてるんじゃないかな」
「なんというか、宗教画的な光景ですね……」
「この星、宗教の人達がいるよね?」
「生き残ってるならね。……天使として見てくれるといいね。まぁトワは天使だけど」
「ええ、それは私も同意します」
船体に被害が無いということで安心したトワやアリサは気楽な様子だけど、これ、思いっきり目立ってるよね。ちょっと頭が痛くなったのは、たぶん荷電粒子の影響ではない筈だ。
スゥ局長にこの判断ミスが知れたら、間違いなく減点されるだろうな……。そう考えると、私がトワのために二等管理官に任命されたのではないかと言う疑念が再び心の奥底から浮かび上がってきた。
アリサに指揮を任せていればこんな失態は演じなかったかも知れない。そう思ってアリサの方を見ると、彼女は優しく微笑んでくれた。
「いいじゃないですか。神様の使いとして派手に登場すれば歓迎してくれますよ」
「そうだといいんだけどね。余計なことに巻き込まれる予感しかしないよ」
「それは、いつものことでしょう?」
確かにそうだ。行く先々でトラブルに巻き込まれている事を思えば、今さらかもしれないね。そう思って、私は気持ちを切り替えることにした。
どちらにせよ、今ので「彼女」にも気付かれた可能性が高い。ゆっくりと降下する必要は無くなった。
「アルカンシェル、レゾナンスフィールドを解除して全速降下へ移行。目標地点は変更なし」
「Yes, Lady.」




