#3
>>Towa
出発から2週間ほどが経った別のある日。その日のランチメイトは副長のアドバーグさん。バディを組んでるボースンさんは半舷休憩中だというのに機関室でお仕事らしい。
それを聞いて、休憩中であっても働かないといけないぐらい忙しいなら、暇を持て余している私達が何か手伝った方が良いんじゃないか、と言う話しを持ちかけてみた。ボースンさんには乙女の尊厳的な恨みはあるけど、まぁそれはそれだ。うん、私は心が広いからね。
もちろん私は航宙船の操作なんて出来ないけど、たとえば監視用レーダーを見て異常が無いか確認するぐらいのことなら出来そうな気がしたんだ。だからそれをアドバーグさんに提案してみたんだけど、忙しい合間を縫って逆に話をしてくれることになったんだ。おかしい、手伝いをしたかった荷に邪魔をしてる気がするのはどうしてだろう……。
「まず最初に嬢ちゃんが知っておくべきなのはこの船も含めた航宙船のセンサーの話だな。実は広域探査センサーは流星雨みたいな小物はかなり近づかないとはっきり探知できねぇんだが、実際の所レーダーに引っかからない程度のモノならレゾナンスフィールドで防げちまう」
「レゾナンスフィールド、すごい」
「ああ、全くだな。で話をセンサーに戻すぞ?センサーに引っかかって、かつ探知して回避する必要があるのは岩塊や氷塊、小惑星とかの大きめなヤツだが、そういうデカブツなら大体1光日先ぐらいまでなら見つけることができるんだ」
レゾナンスドライブで航行する船の航行速度は光速の99.9%。そして1光日先の障害物を見つけられるということは、衝突する1日前には見つけられるってことだ。うん、その程度ならスクールの授業で居眠り常習犯だった私でも判る。それぐらい余裕があるなら、私達が監視業務を代わっても対応できそうな気がする。
「あー、ちっこい方の嬢ちゃん。安心してるところ悪いんだかな、実際のところは嬢ちゃんが思ってるほどの余裕は無いんだ」
私の考えていることが判ったのか、アドバーグさんは苦笑しながらそう言った。あれ、私アイリスだけじゃなくてアドバーグさんにも心を読まれてる?故郷では無表情で何考えてるかわからないってよく言われてたはずなんだけど。
「航行速度が光速に近づく程、船内の時間は遅くなるってのは知ってるだろ?つまり『船外の時間』としては1日の猶予があるんだが、『船内にいる俺たちの体感時間』でみれば……」
「……光速の99.9%だと、64分ぐらいかな?体感の猶予時間」
「まさか暗算で計算したのか?すげぇな、でっけぇ嬢ちゃん…」
良くわからないけど、何やらアイリスはすごい計算をサラっとこなしたようだ。さすが私のアイリス。うん、私の親友にして姉な事はある……私の親友で姉っていうのはアイリスの優秀さとあまり関係はない気はするけど。アイリスのすごさは一旦横においておいて、問題はそこじゃない。
この前から気になってたんだけど、どうしてアイリスが『でっけぇ嬢ちゃん』で私が『ちっこい嬢ちゃん』なのか。どうみても私の方が背が高いのに。腑に落ちない。
いや、そのこともどうでも良かった。今は時間の話だ。
「1時間強しか余裕が無いから、障害物を見つけても回避できない?」
「いや、1時間って言うのは亜光速で飛び続けた場合の時間だ。ヤバそうだと判ったらその時点で減速するなり、亜光速航行を停止すればなんとでもなる。問題は減速やら停止やらを判断し、実行できる人間がコクピットにいるかどうか、って事だ」
うん、私は素人だからそんな操作も判断もできないね。
「コクピットに素人しかいないと、判断は遅れる」
「まぁ、そういうことだ。だからコクピットでの当直は俺達航宙士に任せておいてくれ。嬢ちゃん達は大人しくお客さんをやっててくれた方が、俺たちにとっても嬢ちゃん達にとっても安心安全ってことだ」
「わかった。余計なこと言った。ごめんなさい」
「なに、俺らを気遣ってくれたんだろ?気持ちだけでも十分嬉しいぜ。それにな、実際の所俺達が今飛んでるような場所は深宇宙って呼ばれるんだ。深宇宙の意味はわかるか?」
「何も無い所?」
「まぁ、概ねそうだな。ヴォイド空間みたいな大規模に虚無が広がってる場所とは違うが、基本的に深宇宙もまぁ何も無い所だ、それに探検航行ならまだしも俺達が飛んでるのは定期航路だからな。基本的にセンサーが反応するような障害物はこの先もまず出くわさないってことだ。だからまぁ、安心してホロムービーでも見ててくれ」
そう言うとアドバーグさんはぬるぬる……じゃなくてどろどろのチューブを機関室のボースンさんに届けに行った。
どうやらいくらここが定期航路とは言え、私が手伝いをすると逆に大変な事になりかねないらしい。まぁ私は宇宙の素人だから仕方ないかな。たぶんアイリスはそのあたりの事を判っていたから、口出ししなかったんだろうな。
「さ、今日はもう寝ようか?」
「うん」
反省している私の肩にぽんと手を乗せてアイリスがそう言った。口には出さないけど、私の気持ちを理解して、ただ受け入れた上で慰めてくれてる。私の姉、いい女すぎるでしょ。
その後、割り当てられたスペースで寝ようとしたものの、どうにも眠れなくてつい起き出してしまった。ふと、アイリスもまだ起きているかもしれないと思い立ち、彼女のブースを軽くノックしてみた。返事がありシールドが開くと、案の定アイリスも起きていて、左手にはめたフォトンタブのホログラムに何かを映し出していた。
「アイリス、それなに?」
私が指さすと、アイリスは私にも見やすいように投影していたホロディスプレイをこちらに向けてくれる。
「思い出」
優しく微笑むアイリスの視線の先には、故郷の景色が映っていた。どこか懐かしい、荒涼とした星の風景。CM41F3Cは名前すら与えられていない辺境の星だけど、そこは私たちの生まれ故郷で……あれ?私は生まれてなかったっけ?ともあれ育った場所で、たくさんの思い出が詰まった場所だ。
「出発前の思い出作り、これ?」
「うん……色んな場所をまわって、風景とか会った人たちとか撮影したんだよ。記憶って、いつか薄れちゃうかもしれないでしょ?だから残しておこうと思って」
そう言ってアイリスは映し出す写真を切り替えてゆく。
見知った風景。見知った人。
見知らぬ風景。見知らぬ人。
全部、私達の故郷の一部だ。
何枚か画面が切り替わった後、急にアイリスのウィンク写真が現れた。ばっちり決め顔した自撮りだね。
「……これも思い出?」
「ち、違うよ! これはカメラの写角を確認してただけで……!」
「でも、完璧な決め顔」
「もう……!いいでしょ、別に!後で消しておくから、勘弁してよ……」
「消さなくていい。アイリスのドヤ顔は、宇宙の宝」
「ドヤ顔なんかしてないし!」
お互い笑いながら、いつものふざけ合いが続く。こうして「夜」が更け、私たちの一日は終わった。
――その日は久しぶりに、故郷の夢を見た。




