#3
>>Iris
条件付きの職位復帰。それは予想してたケースの中では最良のものだった。
なにせ状況が状況だから、拒否されて再度試験を受けること求められることも覚悟していたぐらいだし。ただ、問題はスゥ局長が提示するミッションというのが何か、だけど……。
「時元標準時で52ヶ月前の事です。入植が予定されている惑星に向けて輸送する予定であった恒星間通信用のC3が何者かによって強奪されました」
「C3の……強奪、ですか?」
それは本来あり得ない犯罪だ。確かにC3は極めて高価な物資だけど、その扱いにはクリスタルシンガー、すなわちギルドの関与が必須。
さらには高額故に略奪された側が確実に奪還のために討伐隊を編成するし、ギルドから援軍が出来るケースすらある。それ故に盗品のC3には闇マーケットでも買い手がつかない、いわば盗り損になる事が確定している「お宝」なのに。
それを、強奪した……?
「あなたの疑問は良くわかります。ですが、実際にC3は強奪されました。死者こそ出ませんでしたが、負傷者は多数。ギルド職員にも負傷者が出ています」
ギルドメンバーに負傷者が出たと聞いて、私は自分に与えられるミッションの大筋を理解した。
経過した日数を考えれば、既にギルドは追っ手を放っているはず。だが、まだ手がかりがつかめておらず……私にも援軍としてその奪われたC3を追え、そして犯人に対処しろということなのだろう。
「それで、犯人は?」
「若い女が一人だそうです。恐るべき手練れとの事でしたが……問題はそこではありません」
「では、何が問題なのでしょうか?」
「犯人が向かった先です。旧式の航宙船で逃走した方向には、人類の居住する惑星が存在しないのです」
「途中で方向転換した可能性は無いのですか?追っ手が掛かる事は予想している筈です」
私の質問にスゥ局長は頭を振った。何か、裏があるのだろうか?
「記録映像から逃走した航宙船が1000年以上前に建造された旧式艦である事が確認されています。あの当時の船は、一度の航行で複数回レゾナンスドライブを起動することが出来ません」
「では、真っ直ぐ飛んでいる、と?」
「ええ、そうです。そして、その航続距離も決して長くはありません。映像解析の結果では完全にメンテナンスされた状態であったとしても、30日以上前には亜光速航行を終えているはずとのことでした」
その話が事実なら、出発地点からドライブ停止予定位置を結ぶ直線上のどこかで漂流している航宙船を探すという、途方も無いミッションになる。
航路が正確に計算されていたとしても漂流地点が予測不能である以上は捜索に途方も無い時間が掛かるし、少しでも航路がずれていたら発見は不可能だ。
これは……無理なミッションを押しつけて、職位復帰を有耶無耶にしようという事だろうか?
「アイリス。私はあなたの敵ではありませんよ。そんな怖い顔をしないで」
「……顔に、出ていましたか?」
「ええ、とても不満そうな顔でした。せっかく可愛いお顔なのに」
「スゥ局長」
「あなたに、もう一つ伝えるべき情報があります」
まるで悪戯でも企む様な表情で、スゥ局長はそう切り出した。彼女のいうもう一つの情報とは、俄には信じがたいもの――ロストプラネットに関するものだった。
ロストプラネット。それは人類が入植していたにもかかわらず、何らかの理由で人類文明圏との連絡を絶ち、その存在すら刻の彼方に忘れ去られた星々の事だ。
連絡を絶つ理由は様々だけど、疫病や災害で全滅した星であったり、内戦が起きて滅んだりするケースが多いとも聞く。
私達が以前訪れたヴェリザンも、疫病を原因とした秩序崩壊から危うくロストプラネット化する寸前だった……いや、既に一部ではロストプラネット扱いされていたらしいけど。
「では、その航宙船が向かった航路上にロストプラネットが?追跡部隊にはその事は?」
「正確な位置までは判りませんが、かなり古い記録に特定思想を信奉する一団が入植を目指して旅立った恒星系の情報が残されていました。今回の航路上に位置する、人が居る可能性のある場所はUEX0D153Aと呼ばれる、そこだけです。そしてこの情報は追跡部隊を派遣した後に判明した事実なので、彼らはまだこのことを知りません」
と言うことは追跡部隊はあてもなく宇宙を彷徨っている訳か。どこかへ寄港してオラクルに中間報告するまでは手がかりを知ることも出来ないとは……大変だな、追跡部隊の人達。
いや、私もその一員に加わることになるんだけど。いや、それよりも気になるのは入植者の事だ。
「特定思想……とは?」
「有り体に言うと、宗教です。天に住まう神々を信奉すると。我々はまさにその『天』にいるのですけどね」
つまり特定の宗教を信じる人間が、自分達だけの新天地を夢見て旅立ち、そして消息を絶ったと言うことか。
それにしても天の神々か……地上から見れば宇宙はまさに天上だけど、ここに神はいない。なら、天界の海を渡っていった彼らは何を思い、何を求めて旅立ったのだろうか。
そして、彼らは目指していた新天地に辿り着けたのだろうか。
「ギルドに残された記録によると、彼らは入植する星に『タカマガハラ』と名付ける予定だったそうです。彼らの教義では神々が住まう土地の名なのだとか」
「わかりました。では、その『タカマガハラ』と呼ばれるロストプラネットを対象とした探索ミッションと言う理解でよろしいでしょうか?」
「ええ、半分は」
半分、と来たか。やはり一筋縄ではいかない。なら残りの半分は――。
「残り半分はC3の奪還と、強奪犯の討伐でしょうか?」
「アイリス。残りの半分が何であるかは、あなた自身が考えなさい。それが、あなたが職位復帰するための条件です」
……どういうことだろうか?スゥ局長の言葉を額面通りに受け取るなら、C3の奪還と強奪犯討伐は必須条件ではないように思えた。
そして、達成すべき条件そのものの設定を私の判断に委ねると……?
おそらく、聞いても答えは教えて貰えないだろう。なにせこれはただのミッションではない。私が二等管理官――すなわち、ギルドの高位幹部の一員たりうるかという資質を示すためのものなのだから。
人命の掛かった判断か、それとも高度に政治的な判断か。いずれにせよ、私自身の判断力が問われる場面に直面するとスゥ局長は考えているのだろう。
「……判りました。ミッションを受領します」
「よろしくね、アイリス」
スゥ局長は話は終わった、と言う顔をしているけど、私の話は終わっていない。今聞かないと聞く機会が無いかもしれないからね。聞いておこう。
「スゥ局長、お聞きしたいことがあります。ミッションの件ではありません」
「ギルドネットのアクセス権と、技術情報の閲覧権限について、かしら?」
彼女のその言葉だけで、私の問いたい事の答えが得られた。これは、彼女の仕業だ。
そうでなければ、私がその二点に対して疑問を持っている事を把握している筈がないから。
「理由を教えて頂けませんか?」
「あなたに……いいえ、トワ様に必要だと思ったからよ」
「トワ、ですか?」
なぜ、そこで妹の名が出てくるのか、一瞬理解できなかった。だが、先ほどスゥ局長がトワに膝を折ったことを考えれば……。そうか、そういうことか。
「局長は……私を、トワを守るために管理官にしたのですか?」
「アイリス」
「アイリスさん!?」
私の言葉に、これまで黙っていたトワとアリサが同時に口を開いた。だけど、それだけは聞いておく必要があった。
私が、史上最年少の管理官となった理由を。
だが、スゥ局長はゆっくりと頭を振ると言った。
「今はその問いに答えるべき時ではありません。アイリス、その答えはこの試練を通じてあなた自身で見つけるべきです」
「……わかり、ました」
否定も肯定もされなかった。だけど、スゥ局長が言いたいことはわかった。
もし私がこのミッションに成功できれば、それは私は実力で二等管理官になったという証拠になる。
だけど、もし失敗したら……私にはもともと管理官の資質なんて無くて、ただトワを守るために……あの子の手近な人間に対してトワを守るために必要な権力を与えたにすぎない、と言うことなんだろう。




