#2
>>Alyssa
物わかりの悪い人事局員を相手に苦労しているアイリスさんを見やりながら、どう介入したものかと悩んでいたその時でした。後ろから声を掛けられたのは。
「お帰りなさい、アイリス。あなたにまた会えて嬉しいわ」
この声は……もしかして、いやもしかしなくても、メラニー・スゥ!
慎重に振り返った私の目の前に居たのは、確かにギルドを牛耳る老女……いえ、お年を召された素敵な婦人、スゥ局長でした。
側近も取り巻きもおらず、一人だけのようです。噂では彼女が行くところにはまるで大名行列のように大人数が随行すると聞いていたのですが……。
「あら、アリサも一緒なの?初めまして、でしたね?」
「はい、ご無沙汰しております。そして対面では初めまして、スゥ局長」
ベルンハルトの一件以来、スゥ局長とは通信で何度かやり取りした事はありました。時に朋友として、時に政敵として。
どちらかというと友好的な関係を築けていたとは思いますが、完全なる味方とは言い切れないのが彼女の底が知れない部分です。たぶん、向こうもそう思っているとは思いますが。
「レゾナンスブレードの調子はいかが?気に入って頂けたのなら嬉しいのだけど」
「ええ、とても良い感じでバッタバッタと……いえ、なんでもありません」
思わずミラジェミナでの事を口にしそうになりましたが、さすがにそれは言うと不味いですよね。慌ててごまかしましたが……。
「企業の私兵程度では物足りませんでしたか?とても勇ましい姿、見ていて心躍りましたよ」
「え゛っ……は、はい……アリガトウ、ゴザイマス?」
思いっきりバレてますし。背筋に冷たい汗が流れますが、まぁ動画を撮影されていた時点でこうなる事は覚悟していました。
とりあえず怒られそうな気配は無いので一安心です。ですよね?
「ところでアイリス。あなたにお話があります。ここでは何ですから……そうですね、お話は七番会議室で」
七番会議室!あの、ご招待されるとやばい所ではないですか。やはりスゥ局長、激おこでしたか?
私が暴れたことでアイリスさんを巻き込んで……とそこまで考えて、私はある違和感に気付きました。とても友好的に私達に接しているスゥ局長ですが、先ほどからトワ様には一言も声を掛けていないのです。
それどころかあえて視線を向けていないようにも感じました。これは……どういうことでしょうか?
少なくとも私が知る限りメラニー・スゥという人物は相手の立場や職位によって態度を変えるような器の小さい人間ではありません。
それなのに、視線すら向けないのは……。私が疑念を抱いている間にも、スゥ局長は人事局員に軽く手を振り退室しました。ゆっくりと歩くスゥ局長にそっと寄り添う影がひとつ。
あれは……秘書でしょうか?あれ、でもあの動きは……機族?どうしてオラクルに、ギルド内に機族が?そんな事を考えているうちにスゥ局長達は通路の先に姿を消しました。私達も慌ててあとを追いますが……。
「お姉ちゃん。今の、誰?」
「スゥ局長!ペレジスで通信くれたでしょ?」
「……ああ、あの超――」
「「ダメ!」」
私とアイリスさんの声が綺麗にハモりました。トワ様が言いたいであろう「超おばあちゃん」はいくら何でも不味すぎます。なにせ本人がすぐ前を歩いているのですから。
致命的な結果を招きかねないトワ様の失言に心臓をバクバクさせながら、私達は伝説の七番会議室へと案内されました。
私達が室内に入った事を確認したスゥ局長は秘書――やはり機族でした――に合図をし、退出した彼?が外から扉の鍵を掛けた音がしました。
あ、これ本気で怒られるやつですね。しかも逃げられないやつです。私は覚悟を決めました。しかし、私の意に反してスゥ局長は私とアイリスさんでは無く、トワ様の前に歩み寄ります。そして――。
「初めまして、セレスティエル。メラニー・スゥと申します。あなたの帰還を心よりお喜びいたします」
そういってメラニー・スゥが……あの、老獪なギルドの支配者が、トワ様の前に跪き、臣下の礼を取りました。
「うん。また帰還を喜ばれた。これで3回目」
「また……ですか?」
「そうですか、既にあなたに接触した者がいるのですね。トワ様、それはどのような存在であったか、このメラニーにお教え頂けますか?」
トワ様のあっさりとしたリアクションに、思わず合いの手を入れてしまいましたが、私の声を無視してスゥ局長がトワ様に声を掛けられます。
というかなんですか、その謙った姿勢は。
「きき……カルティアと、あとはG15」
「機姫カルティア……G15というのは、拠点衛星管理用人工知性体グリーフのことでしょうか」
「そう。知ってるの?」
「カルティアとは長い付き合いです。グリーフとは面識はございませんが」
機姫カルティアはクレリスの大図書館を管理するデータベースちゃんの事ですね。G15は……たしかトワ様がアルカンシェルと出会った施設を管理していた存在だったはず。
カルティアと面識があるのは当然だと思いますが、G15の事まで把握しているとは、メラニー・スゥ、本当に底が知れません。
そこまで考えて私はある事に気付きました。慌ててアイリスさんの方を振り返ると、彼女も同じ事に気付いたようで目を見開いています。
そう、G15の存在を知っているということは――メラニー・スゥは、アルカンシェルの存在を知っている可能性がある。
「局長?」
「アリサ、そのお話はまた後で。ではトワ様、少し失礼して先にアイリスの用件を済ませさせて頂きます」
「うん。お姉ちゃんの事、よろしく」
「はい、賜りました」
私が何を言おうとしたのか察しているらしく、スゥ局長は私の言葉を先回りして押しとどめました。そしてトワ様に一礼した後、立ち上がりアイリスさんに向き直ります。
「では、アイリス。統括局局長として、あなたに職位復帰の可否についてお知らせします」
「……はい」
短時間で色々な事があって動揺しましたが、ようやく本題です。スゥ局長はトワ様の願いに賜りましたと応えましたから、無碍に否定はされないと思いますが……それでも、彼女の決定は絶対です。万が一、職位復帰が出来なければ……。
「暫定的にあなたの職位復帰を認めます。ただし、正式復帰にはギルドが課すミッションを達成して頂く必要があります」
「……はい」
条件付きで職位復帰を認める、ということですか。そのミッションとやらが無理筋で無ければ良いのですが。




