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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部4章『現理の円舞曲』タカマガハラ-憎愛の惑星
183/221

#1

>>Iris


 機動要塞オラクルXVIII。

 私達が所属する第18星域(セクター)を管理するギルド統括局が置かれた、モーリオンギルドの拠点。その威容が私達の眼前に広がっていた。


 漆黒と銀の鋭利なラインが交錯する、八面体の巨大な軌道ステーション。いや、あれはもう小さな衛星と言っても良いかもしれない。

 無数の光が幾何学模様を描きながら流れる外壁はまるで要塞が生き物であるかのように明滅している。下部には複数のドッキングポートが開き、多数の航宙船や小型艇が停泊しているのが見えた。


 要塞の頂点には塔のようにそびえるクリスタル状の構造物。おそらくあそこに統括局が置かれているのだろう。自航能力を持つオラクル型の機動要塞は星域ごとに配備されているという話だけど、こんな巨大なものを複数運用出来るほど、ギルドという組織は強大だったのか……。

 私は改めて自分が所属する組織の力と、自分がその幹部である――いや、あったことを意識した。背後に浮かぶ星々を霞ませるオラクルの姿は、それほど圧倒的な存在感を放っていた。


「アイリス、あれ……八面ダイスみたい」

「トワ?お姉ちゃん、あなたの事を尊敬するよ……。あれを見てそんな感想を抱けるなんて」

「さすがトワ様としかいいようがないですね。しかし、これほどまでとは、私も思いもしませんでした」


 私とアリサがオラクルに抱く感情は似たものだったようだが、トワだけは違っていた。この子は決して感性が鈍い訳じゃない。

 きっとトワにとってはオラクルの象徴する力など眼中に無く、ただ大きいだけの――単なる八面体でしかないという事なんだろう。


『こちらオラクルXVIII第7管制室。接近中の艦艇は申告のあったシノノメ管理官の座乗艦「アルカンシェル」か?申告データより随分と小さいようだが』

「こちらアリサ・シノノメ管理官です。アルカンシェルは近隣宙域に投錨し、艦載艇で着艦予定です。まさかオラクルがこんなに大きいとは思いませんでしたので」

『こちらコントロール7。データ相違の理由を了解した。管理官ご本人でしたか……これは失礼いたしました。初めてのお客さんは皆そうおっしゃいます。では管理官、ガイドビーコンを発振しますので、誘導に従って着艦願います』

「ありがとう、コントロール7。ではこれより着艦に入ります」


 アリサと管制官のやり取りには若干の嘘が混じっている。

 オラクルが予想より大きかったというのは事実だけど、私達がアルカンシェルをオラクルに近づけず、ブリーズでの着艦を決めたのは……言うまでもなくアルカンシェルの事を知られないためだ。超光速船でオラクルに乗り付けたら揉め事が起こることは火を見るより明らかだからね。

 とは言え、完璧な重力制御を行えるブリーズだって、精査されれば十分騒ぎになる技術レベルなんだけど。まぁ、私達が悪目立ちしない限り小型艇をいちいち調べる人間はいないだろう。

 ……いや、悪目立ちは避けられないか。



「ようこそ、シノノメ管理官。……お連れの方は……?」

「私の姉妹です。二人ともシンガーですので、丁重な扱いを求めます」

「失礼しました。ではご連絡がありましたとおり、人事局へ案内させて頂きます」


 出迎えに来た係官は私とトワの姿を見て、部外者かアリサの従者だと思ったのだろう。

 まぁそれも仕方ない。なにせアリサはギルドの制服をきっちりと着こなしているけど、現在ギルド籍がない私は失礼にならない程度の礼装ではあるけど私服だし、トワに至ってはいつも通りTシャツの上にワークジャケットを引っかけただけの格好だ。

 さすがに今日は厳命して下着は履かせているけど。まぁこんな姿の小娘二人を見て、元二等管理官だとか、Sランクシンガーだとか見抜ける眼力があるなら出迎えの使いっ走りなんかしてる筈もないだろうからね。


「アリサ。丁重な扱いだと、ご馳走して貰える?」

「そうですね、トワ様が希望されるなら当然用意されると思いますよ。ですよね?」

「えっ……はっ、はい!担当部署に連絡を――」

「すみません、この二人の話を真に受けなくていいですから。本当にすみません」


 アリサがトワの無茶ぶりに応えようと真顔で指示をしたものだから、案内係の人が慌てて担当部署に連絡を入れようとした。私がそれを止めたけど……どうしてトワとアリサは不満げなんだろうか。


「ご馳走……」

「トワ、アルカンシェルに戻ったらお説教だかね?もちろん、アリサも」

「どうして……私はトワ様の希望を叶えようと!」

「だから、悪目立ちしないでって言ってあったでしょうが……」


 高位幹部である二等管理官(アリサ)に説教をする、という私の言葉に案内係はぎょっとしたような視線を向けてくる。

 うん、いくら姉妹と名乗ったとは言え、ただのシンガーが高位幹部に対して取る態度じゃないからね。


 ともあれ、そんな事を言いながら、私達は係員の誘導の元オラクル内の複雑な通路を進む。すれ違う職員はアリサの姿を目にすると、姿勢を正して静かに一礼する。さすが二等管理官ともなれば扱いは違うよね。

 ……というか、ブリーズに乗るまでアリサが二等管理官になっていた事を知らなかったんだけど。どうしてトワもアリサも教えてくれなかったのよ……。



 やがて私達はギルド職員の登録管理を行っている人事局へと案内された。

 出生時や成人時のギルドメンバー登録は原則的に各支部で行われるので、オラクルで手続きを行うのはこの拠点内で生まれ育った生粋のギルド関係者ぐらいのものだ。なにせ何年も亜光速で航行して手続きに来るなんて非効率的だからね。


 だから普通は支部で登録したデータを人事局へ送って一括登録が行われる。

 だけど、今回私の復籍は支部で処理できる話ではない。おそらくギルド始まって以来の話だろうから……なので、イレギュラーだけど人事局を直接訪問したという訳だ。

 入室した私達に職員の視線が集中する。アリサに頼んで事前に訪問の予約と用件を伝えて貰っているからから、その視線は興味と不審が入り交じったものだた。


「シノノメ管理官、ようこそおいで下さいました。それで、復籍というのは……そちらの方でしょうか?」

「ええ。復籍手続きをお願いできますでしょうか?」

「……その、事前にご連絡頂いていた内容が、少々特殊でして……」

「承知しています」


 少々特殊、か。ずいぶんと言葉を選んでくれている。いや、違うな。事前に連絡した内容があまりにも突拍子もない話だから、真実かどうかを疑っている……むしろ、虚偽申告だと考えているのだろう。

 無理もない。数十年前に死んだと報告されている人間が復籍を求めてきてるのだから。私が担当者だったら一笑に付すか、保安部員を呼ぶレベルの戯言だからね。

 担当者がそうしないのは単にギルドの高位幹部であるアリサが同席しているからで、私の事を信じてくれているからじゃない。だけど、これは私の事だからアリサだけに任せておく訳にもいかない。


「私が復籍を希望している本人、アイリス・ブースタリアです。惑星CM41F3C所属、除籍前の職位は二等管理官です」

「ブースタリア二等管理官……?お名前は伺ったことがあります。ですが、彼女は冷凍睡眠の事故で……」


 そう、彼が言うように私は確かに冷凍睡眠の事故で死亡した。トワが言うにはクレリス支部によって死亡確認も行われているらしいし。

 だけど今私はここにいる。さぁ、人事局はこれをどう判断する?


「はい、確かに私は一度事故で命を落としました。ですが、今このようにここにおります。身の証を立てるのは難しいですが……これではいかがですか」


 私はそう言うとフォトンタブを起動した。ギルド章が無いからフォトンフラッグは展開できないけど、音声認識とバイタルデータの認証……つまり、生物学的に私がアイリス・ブースタリア本人であることは示すことが出来る。


「確かに、生体認証データはご本人のものですね。それに、数日前からギルドネットにもアクセスされている形跡を確認しています。おかしいな……どうして除籍された人間がアクセスできるんだ……?」


 私が提示したデータを確認した担当者はそれが間違い無く「私」本人のものであると認めた。

 彼が小声で独りごちた疑念を聞き取れたのはセレスティエルの聴力によるものだけど……でも、その気持ちは私にもわかる。なにせ私だってどうしてアクセス出来るのか不思議に思ってたからね。


「それで、復籍手続きはして頂けますか?」

「ええと、その……なにぶん初めての事ですので。我々では決定しかねる部分もありまして……上層部の意向を確認する必要が――」


 どうやら担当者は簡単に復籍を認める気はないようだ。さて、どうしたものか。そう思っていると、アリサが担当者の言葉を遮った。


「なら、私が彼女の身元を保証します。これで何も問題無いのでは?」

「シノノメ管理官……確かに二等管理官であるあなたの保証があれば、はい。復籍手続きは大丈夫だと思います」

「『復籍手続きは』と言うことは、職位復帰は難しいということですか?」


 アリサが助け船を出してくれたことで、私の復籍手続きは進みそうだ。だけど、私が指摘したように二等管理官としての職位復帰にはまた別のプロセスが必要なようだ。

 面倒なことだけど、トワを守るために二等管理官の役職は必須だ。どんな条件を課されてもそれに応じる以外の選択肢は無い。


「はい。その、通常の役職であれば復籍時に同時に職位復帰できるのですが、さすがに高位幹部の職位までは想定外でして……」

「では、どのようにすれば私は二等管理官に復職できますか?」

「――その手続きには、私の承認が必要です」


 後ろから声を掛けられた。優しくも威厳のある声。耳にした途端に背筋が伸びる。この声は……


「お帰りなさい、アイリス。あなたにまた会えて嬉しいわ」

「……こちらこそ、お会いできて光栄です。……スゥ局長」


 振り返った私達の前にいたのは、このオラクルXVIIIの主である統括局局長、メラニー・スゥその人だった。


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