#3
ウィルフレッドの焦りを余所に、ヒナの追求は続く。
彼女が次に突きつけたのは私財形成……有り体に言えば、横領だ。先ほど告発した紅茶はギルドの資金で購入したものにも関わらず帳簿操作によってその存在が無かったことにされ、販売益は全てウィルフレッドの私的口座に振り込まれていた。
それ以外にもギルドが行う事業のいくつかで同種の行為が見受けられ、ウィルフレッドが不明瞭な取引によって巨額の富を私財として蓄積しているとヒナは指摘した。
「不明瞭だと?正規の手続きに則ってギルドの事業に使っただけだ。私腹を肥やしていると言うなら、証拠を見せてもらおうか」
ヒナは呆れた顔でウィルフレッドを見やる。
確かにギルド内の会計データは整合性が保たれていた。取引に関する契約書も一通り揃っていた。
だが、それらが改竄、偽装であることは明白だ。何せ既に簿外取引による改竄が紅茶の件で明らかになっており、ウィルフレッドが示すデータにはそもそも信憑性が皆無なのだから。
だが、それでも説明責任を果たすためヒナは淡々と事実を告げる。
そう、あれは倉庫の賃貸契約書を確認に行ったときだ。
――ギルドの監察官だと名乗った年若い女性であるヒナに対して不動産屋は当初門前払いの構えだったが、ヒナが提示したギルド章を見て態度を一変させ、突然の監察に驚くと共に自分は潔白だと主張した。
潔白だというなら監察に協力を、と告げるヒナに不動産屋は何度も頷き、ヒナが求めた2通の書類、すなわち秘密倉庫の賃貸契約書と、ウィルフレッドが街中に構えている豪華な私邸の不動産契約書を提出した。どちらも偽名だが筆跡は同じだった。
そして支払いに用いられた口座のデータを金融機関で追跡したところ、ウィルフレッドの隠し口座であることが判明した。
金融機関でも最初は顧客情報を明かすこと渋られたが、ギルド章の提示で協力を得ることが出来た。
そのことでヒナはギルドか持つ力を再認識すると共に、その力を悪用するウィルフレッドへの嫌悪を強く感じた。
自らの故郷でもそうだったが、どうして権力は腐敗するのだろう。忘れかけていた自らが所属する組織への嫌悪感が蘇りそうになったとき、ヒナは一人の女神のことを思い出す。
そうだ、ギルドには彼女がいる。彼女なら、いつかギルドを正しく導いてくれる。そしてワタシはたとえ微力であっても彼女の……女神の力になるためにここにいる。
そう決意を新たにし、ヒナは調査を続行する。
愚かにもウィルフレッドは全ての裏取引を同じ口座で管理しており、芋づる式に彼が行っていた不正取引の全容が明らかになった。
あまりにも取引が多岐にわたったため、想定していた以上に長い時間、金融機関に滞在することになってしまったが――。
「こちらはあなたが購入した高級住宅地の不動産契約書です。名義は先ほどの秘密倉庫と同じですね?」
「くそっ、あの不動産屋め……あれだけ美味しい目をさせてやったのに……!」
「そうそう、この取引に使われた口座の送金履歴も確認させて頂きました。ダメですよ、同じ口座で全部の不正取引を行ううなんて。ワタシとしては調査は楽で助かりましたけど。判明した不正取引の事案を一つ一つ読み上げましょうか?」
ヒナの言葉にウィルフレッドは黙って頭を振る。隠し口座を押さえられてしまっては言い逃れのしようがない。
架空取引に巻き込んだ業者には脅迫的な方法で口止めをしていたのだが、まさか口座の方を追跡されるとは……。頭を垂れるウィルフレッドだが、ヒナの追求はこれで終わりではなかった。
最期に彼女が突きつけたのは星間貿易への不当介入についてだった。
軌道ステーションでの検疫に圧力をかけ、ルクルニアから輸入された農作物に対し根拠のない品質評価の引き下げを強行。
この操作により、支払うべき金額を一方的に値引きさせ、ルクルニアに深刻な経済的損害を与えたこと。
さらにカルデクスから輸出される鉱物資源には軌道ステーションを管理するギルドの権限を悪用し、独断で「輸出関税」を課すことで価格を不当に引き上げ、取引を歪めたこと。
関税の支払い自体はカルデクスの業者が行うが、この負担は価格に転嫁され、ルクルニアの輸入業者が高値で購入せざるを得なくなる。結果としてルクルニアの経済は打撃を受け、損害を被ることにつながる。
それだけでなく、法外な関税で得た利益は全てギルドの……いや、ウィルフレッドの懐に入る。これは横領の枠を超え、惑星統治への内政干渉という、ギルドにおける最大の禁忌に相当する悪行だった。
「待ってくれ!ルクルニアからの輸入品の品質が下がっていたのは検査担当者たちの報告に基づいた正当な判断だ!私は軌道ステーションの管理者として惑星間の平等な取引を目指していただけで、これが内政干渉だなんて心外だ!関税についても、カルデクスの農業改善のために必要だった!苦渋の選択だったんだ!カルデクスが破綻すれば、ルクルニアも共倒れになる。私が行ったのは惑星間の安定を保つための調整だ。私の行為が過剰に映ったのなら、それは全てカルデクスのため……いや、人類全体のためだったんだ!」
必死に熱弁を振るうウィルフレッドに対するヒナの視線は氷の様に冷ややかなものだった。
なぜなら彼女はウィルフレッドの言葉が詭弁でしかないことを知っているだけでなく、その「調整」の為に彼が行った非道な行為をも知っていたからだ。
――街の消防団員から火災の原因を聞いたヒナは焼け跡で悲痛な表情を浮かべていた。
そこは軌道ステーションで通関業務を担っていたトーマスと言う名のギルド職員の自宅で、半月ほど前に彼は火災で命を失っていた。公的には失火による火災と報告されていたが、消防団員は不自然な火の回り方からこれが放火であると確信しているという。
「ワタシがもう少しだけ、早く来れていれば……」
被害者であるトーマスはヒナが派遣される理由となったカルデクス支部の内部通報者だったのだ。
「火事」はヒナの派遣が決まる以前の出来事だったが、それでも彼女は心を痛めた。そして、心ある告発者を手に掛けた張本人への深い怒りを感じた。
だが、監察官は怒りによって行動してはならない。ヒナは冷静を旨とする教官にそう教えられた。だから彼女は怒りの炎を心の奥底へしまい込み、冷徹な証拠を持って犯人を追い詰めると決めた。
軌道ステーションでの聞き込みは難航した。火災のことは多くの職員達も知っており、何が「火元」であるかを察している者も多かったから。
それでもヒナの懸命な聞き込みにより断片的ではあるが事態のあらましが明らかになり……やがて彼女は、告発者が命を賭して隠した貿易介入の決定的な証拠データを発見する。
それは「ほしむすび」でカルデクスへ来たトーマスが密かに故郷へ逃がした家族の写真の裏に巧妙に隠されていたものだった――。
「トーマス・ベネット……いえ、ソウ。知らないとは言わせません」
「なっ……!何故お前がその名を……奴は、死んだはずだ!俺が……」
「……口を封じた、からですか?放火で彼の家ごと証拠を消し去れたと思いましたか?」
「くっ」
トーマスの家族写真を手に、ヒナが口にしたのは告発者が統括局へ通報する際に使っていたコードネームだ。
統括局はソウがトーマスである事を突き止めるために時間を要し、結果として彼を守ることが出来なかった。
ヒナはソウという名前を慚愧の念と共に口にしたが、ウィルフレッドにとってその名は消し去ったはずの忌まわしいモノだった。
ウィルフレッドにとってルクルニアと農業は憎悪の象徴だった。自らの尊厳をズタズタにしたあの決闘は、ルクルニアから来た小娘と農業馬鹿のせいで起きたことだ。
あの夫婦に直接復讐するのは最期でいい。まずは奴らの大切にしているモノを壊してやりたい。その憎悪がウィルフレッドを突き動かしていた。
しかし、その身勝手な逆恨みでしかない「復讐」も終わりを告げる時が来たのだ。
「ここにあなたのやったことが全て記録されています。ソウが……トーマス・ベネットが命を賭した告発の全てが」
ヒナの言葉はあくまでも淡々とした事務的な口調であるが、その視線には激しい怒りが渦巻いている。
ウィルフレッド個人への怒りと、そして彼の暴走を許したギルド支部への怒りが。
一方のウィルフレッドは消し去ったはずの罪の証拠を突きつけられ、パニックになっていた。視線を彷徨わせ、何か事態を取り繕う方法が無いか混乱した頭で考えを巡らせる。
そうだ、この事態は「ほしむすび」から始まった。それなら……!彼が口にしたのは――。
「お前、お前と結婚してやる!その肌の色、お前は下賎なルクルニアの田舎女だろう?カルデクスを治める俺の妻になれ!支部長の妻だぞ!?そうすれば、監察官ごっこなどせずに済む!な、悪い話ではないだろう!?」
荒唐無稽としか言い様のないウィルフレッドの言葉はルクルニアと、そして女性を侮蔑するものでしかない。
だがヒナはその言葉に怒りを見せることは無く、目を細めてあくまでも事務的に答えた。
「申し訳ありませんが、ワタシは既に心を捧げたヒトがいます。女神、アリサ・シノノメ。ご存じでしょう?」
「その……名……は……!やめろ!やめてくれ!その名を口にするな!」
ヒナが口にしたアリサの名は、ウィルフレッドに決定的な敗北の記憶とトラウマを呼び起こし、すでに追い詰められていたウィルフレッドに残っていた最後の理性を崩壊させる引き金となった。
髪を掻き毟り、デスクに頭を叩き付け訳のわからないことを叫びだしたウィルフレッドを冷ややかな目で見ながら、ヒナは思い出していた。
――ギルド内に残されたデータ類が「改竄されている事実」を確認しながら、平行して支部長代理の人となりについて聞き込みをしていたヒナに対し、若手の女性職員は声を潜めて言った。
「その名前、支部長代理の前で出さない方がいいですよ。取り乱して大変な事になるらしいですから」
ヒナが問うたのは6年前に起きたアリサとウィルフレッドの決闘について。当事者であるアリサの名を出した途端に、皆その話題を避けることに気付いたヒナは、噂話の好きそうな女子職員に聞き込みを重ね、ウィルフレッドがアリサの名を聞くだけで平静を失う事を知った。
アリサを女神と崇拝するヒナにとって、その事実は不快極まりないものであったが、それでもこれは何かに使えるとヒナは考えた――。
錯乱したウィルフレッドの様子をまるでつまらないものでも見るかの様に一瞥し、ヒナはポケットから取り出した携帯端末を使い、保安部のスタッフを呼んだ。
連行されるウィルフレッドは譫言の様に自分は支部長だ、自分が支配者だと口走っていた。
ヒナは、そもそもウィルフレッドは支部長代理を勝手に名乗っているだけの平職員だろうと思いながらも、あえてそれを口にすることは無かった。
「監察部に0号処分が相当って所感を付けてレポート出しておかないと。これならアレクシス教官に合格点貰えるかな。あとは……そうだ。この写真、返してあげないと」
そう言うとヒナはソウの残した写真をトランクにしまい込み、突然の事態に混乱するギルド支部を顧みることすらなく立ち去った。
その後、ヒナは言葉通りルクルニアへ立ち寄るとトーマス・ベネットの家族を探しだし、写真を返却すると共に告発によって正義が成された事を、そして父であり夫であるトーマスを守れなかったことを詫びた。
礼を言う遺族に向けたヒナの表情は、決して晴れやかなものではなかったが、それでも……この件に一つの区切りが付いた。
ルクルニアの軌道ステーション、小型艇停泊デッキ。ヒナは彼女の故郷の星鳥である大きな鳥がマーキングされた漆黒の小型艇に一人乗り込んだ。
ステーションの管制官はヒナがカルデクスへ戻るものだと思って彼女を送り出したが、彼女が向かったのは恒星系外縁。
やがて主星の重力圏を抜けた事を確認したヒナは、乗船「オンブル」に命令を下した。
「オンブル、レゾナンス・ジャンプドライブ起動」
ヒナの言葉に船体が虹色のフィールドに包まれる。輝きはどんどん激しくなり、周囲の空間がまるで歪んだように見えた後――その空間には無だけが漂っていた。
――かくして雛は穀物を喰らい、1人前の信天翁として大宇宙へと羽撃いた。
1人前の監察官へと成長したヒナの活躍については、いずれ改めて
次回からはアイリスが二等管理官復帰を掛けて極めて難易度の高いミッションへと挑むお話、『現理の円舞曲』をお届けします
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