#2
ヒナはトランクを持ち、これまで一度も立ち寄らなかったカルデクスのギルド支部へと向かった。
支部の建物に入ったヒナに職員の視線が集まる。ギルドの制服を着た、自分たちの支部の人間ではない存在。それが意味することを理解して。
「ヒナ・カイラニ。モーリオン・ギルドの監察官です。カルデクス支部にギルド憲章違反の疑いが掛けられています。その監察に伺いました」
これまでの観光者然とした明るく親しみのある表情ではなく、真剣な……そして冷淡とも言える表情で、ギルド章を掲げたヒナはそう告げた。
カルデクス支部では支部長不在の状態が続いていた。グレイン支部長が2年前に病没し、その後ギルド統括局から後任者が派遣されないままの状態が続いていたからだ。
かつて支部長の補佐を行っていた管理官補のウィルフレッド・グレインが暫定的に支部長代理を務めているが、彼の管理官補という役職は6年前の不祥事で剥奪されている。
そんなウィルフレッドが支部長代理の座に納まる正当な理由は支部の職員にも説明されていなかったが、前支部長の息子でもあるウィルフレッドに対して公然と異を唱える職員がいなかったことから、なし崩し的な支部運営が行われていたのだ。
ヒナの名乗りに、ギルドの職員達は監察官よりも正式な支部長を寄越して欲しいと内心では思ったが、それが無理であることも十分に理解していた。
なぜなら亜光速航行で新たな支部長や管理官といった人材を派遣するにしても最寄りの惑星からカルデクスまでは早くても数年単位で時間が掛かるのだから。
そして、ヒナが言うギルド憲章違反が6年前の決闘騒ぎに起因するものだろうと考えた職員達は、ヒナに対する興味を失った。
なにせその騒ぎなら監察官の上位者でもある二等管理官によって既に裁定が下されていたからだ。受付に居た職員の中で最も席次が高い中年男性の職員がおそるおそるヒナに声を掛ける。
「あの、監察官殿……決闘騒ぎの件でしたら、当時偶然居合わせておられた二等管理官によって裁定済みですが……」
その言葉に対するヒナの返答は、その場に居た誰もが予想しなかったものだった。
「いいえ、ワタシが監察するのは『ウィルフレッド・グレイン支部長代理』の不正行為についてです」
2年前に就任した支部長代理の不正行為。この世界には超光速通信が存在するため、情報の伝達「だけ」はリアルタイムで行える。
なので、ありえない話だが仮にウィルフレッドが就任した直後に統括局へ不正の告発が行われていれば、統括局はリアルタイムでその不正を把握することが可能だ。
だが、人員の派遣となると話は別だ。告発に対して監察官の派遣が決定されたとしても、人の移動は亜光速の壁に阻まれる。
つまり、監察官が6光年先にある最寄りの恒星系に偶然いたとしてもカルデクスへ到着するには最速でも6年……つまりあと4年は必要で、場合によってはそれ以上の時間が掛かるのが普通だ。
それなのに、この監察官は2年前に就任した人間の不正を問題視していると告げた。訳がわからないといった表情を浮かべる職員達に、ヒナは監察開始を告げると淡々と書類やデータの確認作業を開始した。
監察官の訪問を知ったウィルフレッドは焦ったが、同時に自らの不正が発覚しないことに自信を持ってもいた。なぜなら彼はやがて監察官が訪れることを予期し、考え得る限りの手を使って隠蔽工作を行っていたからだ。
かつて二等管理官を名乗ったあの忌々しい女、それも自分の求婚を断り、あまつさえ侮辱したあの名前すら思い出したくもないギルド幹部にしてやられた苦い経験がウィルフレッドを偏執的な偽装工作に駆り立てていた。
書類の改竄や資料の隠蔽は当然として、資金の流れを偽装する工作や関係者の脅迫、買収も行った。
なので、監察官が何も発見できずにすごすごと帰るだろうとウィルフレッドは信じて疑わず、それ故に監察官がどのような人物かを確認もせず、また面会しようともしなかった。
一方でヒナはギルドの官舎に泊まり込み、3日を掛けてギルド内に存在するであろう不正の証拠を探し求めた。
彼女が主に確認していたのは農業プラント事業と食料輸入に関連する資料だ。
作物の生産高の推移や人口増加、それにルクルニアとの輸出入帳簿。それ以外にもギルドの貯蔵物資やウィルフレッドの個人資産についても調査の手は及んだ。
様々なデータを確認するが、ウィルフレッドの巧妙な偽装により「不正」の証拠はどこにも見当たらない。やがて、3日目の夜に全てのデータを確認したヒナは軽くため息をついた後に独りごちた。
「頃合い、かな」
翌朝、ヒナはウィルフレッドの執務室を訪問した。悪趣味に飾り立てられた部屋は彼の虚栄心を示すかのようだった。
監察官聴取に来たと告げるヒナが若い女性であることにウィルフレッドは驚きを隠せなかったが、同時にヒナの姿を好色な目で見てもいた。
ウィルフレッドはそれなりに整った外見ではあったが、6年前のあまりにも惨めな敗北ぶりとその後の聚落は惑星中に知られていたため、決闘騒ぎの後は結婚相手は愚か交際相手すら見つけることができなかったのだ。
「ウィルフレッド・グレイン支部長代行。あなたに監察官聴取を行います」
ギルド章を掲げ、そう宣言したヒナはウィルフレッドの行っている悪事について追及を開始した。
ヒナがまず手始めに提示したのは農業プラントの生産量改善に関するギルド統括局への虚偽報告だ。
ヒナはウィルフレッドが不誠実にも農業発展の手柄を独占したと非難する。だが、それに対してウィルフレッドは平然と答えた。
「何のことだ?俺は農業プラントで懸命に働き、その成果をまとめて報告しただけだ。プラントの作業員も俺が指揮を執っていたことを証言しているぞ」
実際には部下として働いていた証言者なる者はウィルフレッドがギルドへの報告用に買収したサクラであり、報告そのものも虚偽だったのだが。
ウィルフレッドの言葉にヒナは自分が農場プラントを訪問したときのことを思い出す。
――農場プラントでヒナが出会ったファリウス夫妻は自分達がこのプラントを何年も前から管理しており、ウィルフレッドはここへ足を運んだことすらないと証言した。
そしてギルドに報告されていた「作業員」は街でいかがわしい客引きをしている男で、農業とは無関係だとも。
プラントの中を元気に走り回る2人の子供を見守りながら、お腹が大きくなったファリウス婦人は呆れた様子でこう言った。
「この人、自分の手柄を誇るの嫌がるねん。ウチはいっつも、もっと胸張れいうんやけどね」
だが、そう言いながらも婦人が夫を見る目は優しさと愛情に溢れていた。
2人に礼を言い、ヒナは次にファリウス夫妻に教えられた、ウィルフレッドが任されたという遠方の農業プラントにも足を運んだ。
そこはファリウス夫妻の管理するプラントとは違い、完全に機能を停止した廃墟と化していた。その荒れ具合から、放置されたのはここ数年の話ではないとヒナは見当を付け、プラントの様子を証拠として撮影する――。
「では、この写真を。これはあなたが働いていたとされるプラントの現状ですが……素晴らしい『発展』ぶりですね。中を確認しましたが、少なくとも10年は放置されているようでした。それにギルド統括局の資料ではあなたが懲罰として一人でプラント管理を任されたと明記されていますが、どうして作業員がいたのですか?それも農業経験の無い、客引きを本業とされている方が」
予想外の追求にウィルフレッドは悔しげな表情を浮かべるが、ヒナの追求は始まったばかりだ。
次にヒナが指摘したのはギルドに報告されている帳簿外での取引にまつわるものだ。
本来ギルドが星外から輸入できるものはギルド内で消費する物品に限られている。これは資金力のあるギルドが現地惑星の商取引に介入しないために行われている取り決めだが、ウィルフレッドはこれを破ってギルドが仕入れた品を市場に流通させているとヒナは指摘した。
「何のことだか判らんな。その物品とやらの輸入量と消費量は帳簿に正しく記載されているだろう?なら、ギルドで輸入し、ギルドで消費した正当な取引だということだ」
確かにヒナが確認した「ルクルニア産高級紅茶」の在庫量は帳簿上での帳尻は合っていた。かなり無理筋な消費量で、毎日ギルド職員全員が3リットル以上紅茶を飲みでもしないと辻褄が合わない数値ではあったが。
その言葉に、ヒナは街中にウィルフレッドが設けた秘密倉庫へ忍び込んだ時のこと、そして食料品店での出来事思い出した。
――ウィルフレッドが偽名で借りていた倉庫の中には、告発にあった「ルクルニア産高級紅茶」の木箱が山積みにされていた。統括局に提出された資料では常時在庫無し、もしくは僅少になっていたはずのものが。
どう見ても私的に飲用する分量を貯蔵しているとは思えないほど大量に貯蔵された在庫が。
そして、ヒナがカルデクスの輸入データを確認したところ、そもそもカルデクスの貿易商社はルクルニアの紅茶を輸入すらしていなかった。
なぜならカルデクスでは惑星の名産である「藻茶」が一般的で、紅茶をたしなむ文化が無かったからだ。
だが、高級住宅街で商いを行う一部の食料品では、何故か輸入されていないはずのルクルニア産高級紅茶の取り扱いがあった。
なんでも、星外からの旅行者や星外の文化に憧れを持つ一部の富裕層に対する需要があるらしく、「2年前」から高値で取引されているのだとか。
実際、ヒナも宿で旅行者向けというその紅茶をオーダーし、それが地元の「藻茶」ではない高級茶であることを確認している。
紅茶の味は美味だったが、ヒナはそこに不正の匂いを感じ、あまり味は楽しめなかったが――。
「では写真をもう一枚。こちらはこの星ではギルドしか輸入していない『ルクルニア産高級紅茶』が保管されている倉庫ですね」
「それは……貿易商社の倉庫だろう。ギルドには関係ない!」
「倉庫の借主は……アルフレッド・ビーンズですが、賃貸契約書を筆跡鑑定させたところ、あなたの筆跡であることが確認されています。そして、この紅茶、街中で出回っていますよね?ワタシも宿で頂きましたけど……とても高価でした。さぞ儲かるのでしょうね、紅茶の横流しは」
ウィルフレッドは抗弁を試みるが、ヒナの指摘は鋭く彼の弁解を一刀のもとに斬り捨てる。
偽装して借りた倉庫の場所を突き止められた上に、契約書の筆跡鑑定だと?
しかも街の店舗での販売確認に、実際に試飲まで?
監察官がそんなことをするなど聞いたこともない。それは……監察官では無く、スクープを探すジャーナリストのやり口ではないか。




