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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部2章『駱駝に捧げる女神のアリア』キャメル067-初冒の星船
18/62

#2

>>Iris


 その日は一日暇を持て余していた。ライブラリに入っていたホロムービーをトワと二人で見ようと思ったけど、どうもこの船のライブラリにある作品は私の趣味には合わない。

 まぁ、それもそうか。元々男所帯の貨物船なんだから、女の子向けの番組が記録されてるはずもないし、むしろ男性向けコンテンツ(エロ動画)であふれていないだけ紳士的だと評価すべきところなんだろう。


「むしろ、そっちのほうが見てみたい」

「……一応、私達は成人だけどね?妹がそんなもの(エロ動画)見だしたら、さすがにドン引きだよ?」

「アイリスは興味ない?」

「……ないよ」

「返事に間が空いた。怪しい」


 ……そりゃ私だってお年頃なんだから、多少は興味が……っていやいや、そんな事はない。私はギルドの管理官だし、何よりトワのお姉ちゃんだからね。妹の前では清く正しい行いを貫かないと。


 そんな事を言いながら、興味を惹かれないホロムービーを見ているうちに就寝時間が近づいた。そういえば今日は船員さん達が船内点検で忙しいとかで、まだ誰とも話をしていなかったっけ。たまにはそんな日があってもいいかと思っていると、ボースンさんがラウンジにやってきた。


「おお、嬢ちゃん達、暇そうだな」

「暇。超暇」

「そうか、超か」

「うん、超」


 超超となんの会話をしてるんだ、この二人は。


「なら、そんな嬢ちゃん達に俺が超面白い話をしてやろう」

「超感謝、超期待」

「……いいかげんその超乱舞やめない?それでボースンさん、その面白い話って?」

「おう、超面白い話だ」


 そう言ってやたら超にこだわるボースンさんはにニヤリと笑うと、何故かラウンジの照明を薄暗くしてから語り始めた。第一印象からそうだったけど、この人かなり面白い人だよね。見た目は厳つくて強面だけど。


「これは俺が新人船員だった頃にベテランの先輩から聞いた話なんだがな……。この船のエアロックには『見えない手』が住み着いてるらしいんだ。嬢ちゃん達が乗ってきた乗降用の方とは違う、作業用のエアロックなんだが……あそこに近づくと、時々冷たい手が首筋や肩に触れる感覚があるんだってよ。その瞬間、心臓が一瞬止まりそうになる怖さだって聞いてな……」


 ……あ、これ、もしかして。


「貨物デッキにいる『漂流者』って話もある。嬢ちゃん達の荷物が積み込んである2番デッキに昔な、遭難中の宇宙船から救出された漂流者が運び込まれたんだが、助からなくてな……。で、そいつの幽霊が住んでいるらしいんだ。夜中にデッキを通ると『助けて……』って囁く声が聞こえるらしい」


 ああ、やっぱり。いわゆる航宙船七不思議的なやつだ。それからもボースンさんは語る。


「誰も触らないのに鳴り響く警報音」

「廊下に漂う謎の花の香り」

「作業服のポケットから出てくる消えたボルト」


 いや、ボルトはたまたまポケットに入ってただけでしょ?私は内心で冷静につっこみを入れるが、トワの方は話が進む度にどんどん顔が青ざめていく。

 そうなんだ、この子……この手の怪談が苦手なんだよね。今も真顔だけど、瞳の色がどんどん蒼黒い絶望の色になっていってるし、冷や汗もすごいし。

 そんなことを思っている間にもボースンさんの話は続く。


「冷凍庫の幽霊」

「タンクから聞こえるすすり泣き」

「星に還る小さな影」


 普通に船内環境が劣化してるインシデントだよね?内心そんなつっこみを入れながら話を聞く。最初は「ヒィ」とか「ひぇぇ」とかリアクション入れてたトワは5個目あたりから無言になっていた。


「って言う航宙船七不思議だ。な、超面白かっただろ?」

「そうだね……七不思議なのに八つあるところとか、興味深いね?」

「なんだ、でっかい嬢ちゃんの方はこういうの平気か……」

「……トワは目を開けたまま気絶してるけどね」

「ちょっとやり過ぎたか?

「ええ。でも、止めなかった私も同罪かな」


 さすがに就寝時間に近いのでラウンジに気絶したトワを放置しておくわけにもいかず、揺り起こすことにした。しばらく揺すっていると我に返ったトワが私にしがみついてきた。


「……はっ!!ア、アイリス、ボルトが……ボルトがナットも無いのに、ポケットに!」


 いや、よりによってソレか。どの話もネタは大体想像が付くとはいえ、もう少し怖そうな話があったろうに。


「ポケットに入れっぱなしにしてたのを忘れてただけでしょ?それに、そもそもコスモスーツにポケット付いてないし」

「でもボルトが……!ボルト怖い!」

「はいはい、わかったわかった」


 ボルトの何が怖いのか良くわからないけど、真っ黒に近い色の瞳で錯乱しているトワをなだめすかして睡眠スペースへと連れて行くことにした。



 睡眠スペースで横になったものの、寝付けなかった私はフォトンタブを起動してギルド憲章の復習をしておくことにした。時々復習しないと忘れるからね、こういうのは……。

 ある程度読み進めたところで、偏光シールドをノックする音に気がついた。シールドを少し偏光させて様子を見ると、そこにはトワが立っていた。


「どうしたの?」

「あのね。トイレ」


 怪談を思い出してトイレに行けなくなったのだろう。何というか、こういう所は可愛いんだよ、うちの妹は。


「『トイレに付いてきて、お姉ちゃん』って言ってくれたら付いて行くよ?」

「トイレに付いてきて、お姉ちゃん」

「……わかった、お姉ちゃんに任せなさい」


 トワの様子にちょっといたずらしてみたくなって条件を出してみたんだけど……まさかノータイムで姉呼びされるとは思ってもみなかった。そんなに怖かったのか、あの七……いや八不思議。少し微笑ましく思いながら、私はトワに付き添ってトイレへ――ほんの10mほど先まで一緒に行くことにした。


「ちゃんとここで待ってて」

「了解」

「絶対だよ?」

「はいはい」


 私が頷くのを確認すると、いそいそとトイレに入るトワ。こんな怖がるトワを見るのは何年ぶりだろう。小さい頃にジョッシュ達と一緒に怪談大会したとき以来かな……?そんな事を考えながらドアの外で待っていると、近くのタンクから物音が聞こえてきた。


「シュー……ヒクッ」


 なんだ、この不気味な音は……。まるで何か喋ってるような、泣いているような……。そういえばさっきの七不思議にこういうのがあったっけ。「タンクから聞こえるすすり泣き」ってやつ。確か友達のトイレに付き添っていた女の子が……って、そのシチュエーションってまさに今の私っ!?

 いやいや、あれはボースンさんの作り話だし。こういうのは水循環のシステムに不具合があるときに発生する音の一種だし!そう思いながらも、つい恐る恐るタンクに耳を近づけた瞬間…。


『帰りたい……』

「きゃぁぁぁぁ!」


 ふいに耳元に聞こえた老婆のようなしゃがれ声に、思わず叫び声を上げてしまった。



 何事かと駆けつけてきたボースンさんとアドバーグさんに、腰を抜かした私が声が!声が!と訴えかけると、ボースンさんが会心の笑みを浮かべた。


「まさかでっかい嬢ちゃんの方が引っかかってくれるとはな!」

「……へっ?」

「おいボースン、お前またやったのか?」

「なに、暇を持て余した乗客へのサービスって奴さ」

「へ?」

「すまんな、嬢ちゃん。こいつ乗客に女の子がいるとこうやって仕込みを入れてからかう悪い癖があるんだ……ほら、そこに小型のレコーダーがあるだろ?」


 アドバーグさんが指さす所には確かに小型の音声レコーダーらしきものが置かれていた。見事に引っかけられた……!まさかトワもグル?そう思って、恥ずかし紛れにトイレのドアを叩く。


「トワっ!出てきて!」

「……」

「いいから早く出てきなさい!」

「……」

「……あれ?」

「どうした、嬢ちゃん」

「返事が無い」

「ちょっと待て……ロックを強制解除する」

「中は見ないでね!?私の妹なんだから!」

「それはもちろん……っと開いたぞ」


 2人が後ろを向いているのを確認し、ドアをそっと開けると……中でトイレに腰掛けたままトワが気絶していた。……そっか、私の悲鳴で驚かせちゃったか……ごめんね、トワ。


そして翌日。


「ボースンさん、昨夜のはちょっとやり過ぎだと思います!」


 私とトワは揃ってラウンジにいたボースンさんを責めた。


「いやいや、嬢ちゃんたちの反応が可愛くてな。ちっちゃい嬢ちゃんなんて目を開けたまま気絶するし、でっかい嬢ちゃんも柄になく叫ぶしで、俺もびっくりしたぜ」

「びっくりしたのはこっち!トイレじゃなきゃ、大惨事だった!」


 トワが珍しく声を荒げている。よほど怖かったんだろうね……2回も気絶してたし。いや、2回目は私のせいなんだけど。でもね、トワ……お姉ちゃんは、後ろの台詞は乙女としてNGだと思うよ。


「まぁいいじゃねぇか、船旅の暇つぶしってやつさ。次はもっと派手な仕込みを――」

「「やめて」ください!」


 私たちの声を揃えた叫びに、ブリッジからジョウさんが何事かと顔をだした。


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