#16
>>Alyssa
トワ様の買い物も済み、星を去る私達をミリシャとイゼルドさんが見送りに来てくれました。二人には繰り返しお礼を言われ、お礼だと言って農業プラントで生産している作物を沢山譲り受けました。
私はただ、巻き込まれてイラっとした相手を叩きのめしたまでで、むしろC3の再調律を行ったトワ様にお礼を言って頂きたいのですが。
「アリサ、大活躍。格好良かった」
「トワ様にそう言って頂けるなら、何度でも決闘いたします!いえ、決闘よりも結婚のほうが良いですけど!」
二人のことを見ていて、私は少し吹っ切れました。よくよく考えれば義姉妹も夫婦も人間の定めた関係性でしかありません。
テロマーにセレスティエルという、人間ではない私達がそんな人間が定めた関係性に縛られる必要性など最初からなかったのです!と言う感じでアイリスさんに強弁してみたのですが、思いっきり呆れられました。
実際の所、私は自分がトワ様と結ばれるとは思ってはいません。でも、口にするぐらいなら……。アイリスさんも、それぐらいならありかな、と言ってくださいましたし。
「ほんまに仲ええね、二人は」
「アイリスとも仲がいい」
「あ、ごめん!ウチ、アイリスさんのことはよう知らんかったから」
「いいよ、別に。ともあれ、婚約おめでとう。お幸せにね」
「アイリスさん、ありがとうございます。ほら、イゼルドもお礼いいや」
「ああ、そうですね。本当に感謝してます」
この二人は割と年の差がありますが、この様子だとミリシャがイゼルドさんを尻に敷く関係になりそうですね。
二人の新婚生活を見られないのは少し残念ですが、私達には私達の旅が、彼女達には彼女達の人生があるのです。今回は、たまたまそれが交わっただけ。なので……私達は別れを告げます。
おそらくこれが今生の別れではありますが、それでもいつか再会することを希って。
「いつかまた、大宇宙のどこかで」
["BRISE" Docking Process Completed.]
[Welcome Back, Mam.]
「アルカンシェル、ただいま」
「良い子にしてた?不審船はこなかった?」
[Yes, No Problem, Lady.]
トワ様とアイリスさんがアルカンシェルとやり取りをしているのを見ると、帰ってきたと言う感じがします。この船に乗り始めてまだそう長くはありませんが、もうすっかりここは私達の家になりました。
「じゃあ次の目的地は予定通りオラクルオラクルXVIIIだね。アルカンシェル、オラクルの現在位置を再確認の上、ジャンプ可能宙域まで移動したらFLT起動。よろしくね」
[Yes, Lady.]
[Destination -Oracle #XVIII-]
[Destination Setting Completed.]
アイリスさんが手際よくアルカンシェルに次の目的地を指示し終えたのを確認し、私達はラウンジへと移動しました。
トワ様が早速藻茶を入れに行き、アイリスさんがげんなりした表情を浮かべています。そんな様子を微笑ましく思いながらソファに座った私へアイリスさんが真面目な顔をして話しかけてきました。
「アリサ、農業プラントの温度管理のことだけど」
「はい」
「トワが温度を2℃上げたでしょ?あれ、問題にならないかな」
アイリスさんの言う「問題」は、確かに星の行く末を左右する可能性のある大問題でした。
「しばらくはそう問題にならないと思います。温度上昇で見込まれる収穫量の増加はおそらく年間数パーセント程度でしょうから。ですが成長期間が長くなりますし、これまで栽培できなかった生産性の良い作物も作付けできそうですし」
「年間数パーセントでも、累積すると結構大きな変化になるよね?10年もあれば3割……ううん、4割ぐらい生産性向上しない?」
「あの農業プラントに限って言えば、おそらくそうなりますね」
カルデクスがいくら農業を軽視しているとは言え、イゼルドさん一人で管理しているプラントに全てを依存している訳ではありません。私が調べた限りでは大小合わせて全部で7カ所に農業プラントが設置されていましたし。
ちなみにそのうちの一つはウィルフレッドがこれから一人で担当することになるのですが。
「カルデクスがいくら農業軽視とは言え、生産量が激増するならきっとエネルギー政策も変更するんじゃないかな。そうしたら、星全体の食料生産量が増えることになる」
「可能性は高いですね」
そう答えながら、私はアイリスさんが何を心配されているのかに気付きました。惑星統治の経験がある私と違い、アイリスさんは聡いとは言え普通の女の子です。
そこまで大局的に物事を見られるのかと感心しながら、彼女が話すであろう「問題」に耳を傾けます。
「もし、カルデクスの食糧自給率が十分に高まったら……ルクルニアとの共依存関係が崩れたりしないかな?二つの星は資源のやり取りを通じて友好関係を築いてるでしょ?そこが壊れるんじゃないかと心配なんだよ」
「そのことなら……たぶん、大丈夫だと思いますよ」
「本当に?気休めじゃなくて?」
やはり、私が思ったとおりのことを懸念されているようです。アイリスさん、政治家向きですよね。
いえ、彼女には政治家よりももっと高尚な「英雄」と言う役割がありました。そんなことを考えながら、私は彼女の疑念に答えます。
「ええ。カルデクスは食料不足に陥ることを懸念して人口抑制政策を採っています。長期的に食料自給率の改善が見込めるのであればおそらく人口抑制は段階的に緩和されるはずです。そして、人口が増えるのであればルクルニアからの食料輸入はこれまで通り必要ですからね」
「人口抑制か……そういえばミリシャ、子供は沢山欲しいって言ってたよね」
「はい。トワ様がそこまで考えていたかは判りませんが、あの再調律は結果としてミリシャの希望を叶える足がかりになると、私は思っています」
アイリスさんと違ってトワ様は政治や貿易のことにはあまり興味は示されません。ですが、彼女の行動は結果として星の運命を好転させてしまいます。
アイリスさんが能動的に状況を改善する英雄だとしたら、トワ様はその行いが自然と幸せをもたらす、幸運の女神と言ったところでしょうか。
「でも、そう上手くいくかな?」
「そのための『ほしむすび』なんだと思いますよ。これまでに何世代もの人達が星結婚で二つの星を行き来していますから、あの二つの星はいわば親族同士です。どちらかが豊かになって一方的に利益を得るのではなく、双方が共存共栄するような舵取りが行われると思います。……まぁ、ギルドが余計な干渉をしなければ、ですけど」
「私達はお邪魔虫ってことかぁ」
「いいじゃないですか。ギルドは内政干渉禁止ですし」
「それもそうだね。そういう干渉禁止なら私も異議はないよ。まぁ、そもそもアリサが黙って見てたんだから、私が心配することもなかったね」
それは買いかぶりというものですが……それでも、大切な「姉」に信用して貰えることは、とても喜ばしいことでした。
そういえば私もアイリスさんに話がありました。こちらは……おそらく答えは出ない話だと思うのですが、確認だけはしておかないといけません。
「ところでアイリスさん。レゾナンスシールドの件ですが」
「ああ、ギルドの機密情報へアクセスできた件でしょ?」
「ええ。ご存じの通りレゾナンスブレードの開発には莫大な予算が掛かっています。ギルドネットから簡単にアクセスできる筈がないのですが……」
「うん、私もそれは思った。ダメ元でアクセスしたら普通に表示されて拍子抜けしたからね」
「それにもう一つ奇妙なことがあります」
レゾナンスブレードの件については、技術保護期間の満了等の理由があるのかもしれませんが、もう一つは本来あり得ない事です。私がそれを口にする前に、アイリスさんが先に口を開きました。
「……私がギルドネットにアクセス出来ること、でしょ?」
「気付いておられましたか」
「そりゃ、まぁね。最初はフォトンタブの認証が通って安心したぐらいだったけど、口座が凍結されてた時点で異常に気付いたよ」
そう、フォトンタブを介したギルドネットへの直接アクセス権。本来、それはギルドの管理官にしか与えられていない特権の一つで、アイリスさんの使用するフォトンタブにもその権限が付与されています。
一方でアイリスさんが死亡した時点でトワ様による死亡除籍報告がギルドに行われ、結果として「アイリス・ブースタリア」と言う人物のギルドにおける権利は全て凍結ないしは剥奪されています。
実際、彼女が保有していたGC口座も凍結扱いになっているようですし。なら、どうしてフォトンタブからギルドネットにアクセスが可能なのでしょうか?
「私も最初はアクセス権の解除忘れかと思ったんだけどね。でも、再生された日からずっとアクセスしてるけど、警告もアクセス禁止もされてないんだ」
「幹部のアクセスを統括局が確認していないとは思えません。死亡したとされる高位幹部のアカウントが数十年ぶりに活動を始めたら、普通は不正アクセスを疑って即座にアクセス禁止されるはずですよね?」
「うん。だからね、レゾナンスブレードの件も含めて……『誰か』がこっそり配慮してくれてるんじゃないかと思ってる」
「『誰か』ですか……」
おそらくアイリスさんの言う「誰か」は私が思っている人物と同じでしょう。なにせ、ギルドでそれだけの権力を行使できる人間なんて他にいるはずがありませんから。
ですが、その「誰か」の意図が何であるのかを知る術は私達にはありませんでした。
「まぁ、丁度いいじゃない。どういうつもりかは教えて貰えるんじゃないかな。今から会いに行くんだし」
「それは、そうですね」
統括局局長、メラニー・スゥ。
私達が今から向かうオラクルXVIIIの主にして、この星域におけるギルドの最高権力者。彼女はアイリスさんの再生を知っているというのでしょうか。
いえ……地獄耳と言われる彼女に隠しごとが出来ると考える方が間違っているのかもしれません。もしかしたら、私達の言動も全てフォトンタブを介して筒抜けになっているのかもしれない。
そう考えると、眼鏡型端末が急に重たくなったような気がして、私は無意識のうちに眼鏡を外していました。
アイリスさんも監視に思い当たったのか、複雑そうな表情で左手のフォトンタブを見つめています。でも、今さらフォトンタブ無しといわれると不便ですしね。
そんなことを思っていると、トワ様がラウンジに戻ってこられました。何故か、手ぶらで。気分を変えるためか、アイリスさんが明るい様子でトワ様に声を掛けました。
「あれ藻茶は?」
「入れ方、判らなかった。お湯に溶いたら凄く増殖した。キッチンが凄いことになった」
「それ、海藻のお湯戻し的なアレだよね?どれだけ入れたの?」
「やかんいっぱいに藻を入れた」
ああ、きっとキッチンが藻にまみれて大変な事になっているはず。
私とアイリスさんは陰鬱な気分を振り払うかのように勢いよくソファを立ち、惨状が待ち受けているであろうキッチンへと急ぎました。
婚約破棄を巡るカルデクスのお話はこれにて終了です
次回は少し未来のカルデクスを舞台にした幕間『信天翁は羽撃く』を前中後編の3回でお届けします
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