#12
すっかり日の落ちた中庭へ戻った私が目にしたのは、向かい合って固まっているミリシャとイゼルドさん。そしてその脇で所在なげに佇むトワの姿でした。
沢山いた野次馬もみな解散して、今は3人だけです。あれ?話が進んでいないようですね。私としては今頃、挙式の日取りを決めるところぐらいまで話が進んでいることを期待していたのですが。
「トワ?どこまでお話は進みましたか?ミリシャさんなら純白のドレスが似合うと思うのですが」
「何も決まってない。二人とも、口きいてない」
あらら。こちらも思ったより……いえ、思った通りの展開でした。ミリシャはともかくとして、イゼルドさんは色恋沙汰には縁がなさそうでしたからね。
いえ、恋愛経験値0の私も人のことは言えないのですが。とはいえもう日も暮れました。ここでずっと黙って立っている訳にもいきませんので、とりあえず二人を連れて宿に戻ることにしましょうか。
……そういえばフォトンタブのメッセージ受信をオフにしたままでした。アイリスさん、怒ってますよね。
そう思ったのですが、意外にも私が「AFK」と送って以降メッセージは一件も入っていませんでした。きっとラボでのデータ測定が忙しいのでしょう。
「あの、イゼルドさんがウチの婚約者って、ほんまですか?」
「はい、黙っていて申し訳ない。ウィルフレッドに決闘で負け、釣書を奪われたときに、あなたに自分が婚約者候補だと名乗ることを禁じられていたのです」
「じゃあ最初からウチのこと気付いてたん?」
「……はい」
宿に戻り、とりあえず営業の終わっていた食堂を借りて話をすることにしました。やはり男性を部屋に招くことには抵抗がありますからね。
飾り気の無い食堂のテーブルに着き、私が二人に話を促すとミリシャが口火を切りました。
ちょっと膨れっ面をして、イゼルドさんを睨んでいますが……まぁ彼女が自分の婚約者だと知って黙っていたとなれば不機嫌になるのも致し方ありません。
ですが、このまま話がこじれるのもよくありませんから、少し助け船を出すことにしましょうか。トワは……興味津々と言った様子ですが、口を挟む気はなさそうです。ええ、私と同じで苦手そうですものね、この手のお話は。
「ミリシャさんは気付いていなかったのですか?イゼルドさんの事」
「ウチは……うん。そうやね。釣書に写真なかったし、データもすぐウィルフレッドのに書き換わってしもうたし」
「なら、おあいこということで良いのではないですか?」
「……そうやね」
このままイゼルドさんに話を継いでもいいのですが、こちらもこの手の話は苦手そうですし、もう少し後押しをして差し上げましょうか。
「イゼルドさん、あなたが婚約のことをミリシャさんに話さなかったのは、禁じられていたという理由だけですか?それとも他に理由があるのですか?」
私が問いかけると、イゼルドさんは一瞬驚いたような顔をしました。そして言葉を探すように考え込み始めました。
彼が悩む理由はおおよそ想像は付きますが……あまり黙っているとミリシャが不安に思いますよ?
「私は……見ての通り農業と研究のことしか頭にない人間です。正直、人付き合いも得意ではありません。今回は星結婚で彼女との縁ができましたが、釣書だけでこんな男が婚約者だと言われも、彼女が困るのではないかと……。それに……」
「それに?」
「……その、嫌われるのが、怖かったんです」
イゼルドさんは随分と素直に告白しましたが……なんですか、これは。二十歳過ぎの大人がする恋愛ではなく、まるでティーンエイジャーの初恋じゃないですか。
でも、彼の言葉はミリシャに好意を持っているということの裏返しに他なりませんし、そもそも彼は私にミリシャとの婚姻の意思ありと告げてますからね。なら、縁結びのために、もう少しだけ背中を押しましょう。
「ミリシャさん、聞いての通りです。イゼルドさんは見た目こそ大人ですが、中身は純朴な少年のようですね。とても素敵だと思います。……そうですね、私が彼の婚約者に立候補しても良いですか?」
「あかん!イゼルドは、ウチの婚約者や!」
「……!」
私の挑発に思わず独占欲が出てしまうミリシャ。その言葉にイゼルドさんは一瞬、目を見開きましたが、すぐに嬉しそうな表情になりました。、可愛いですね、二人とも。
「あの、アリサさんは、ほんまにイゼルドのこと……?もしそうやったら、ウチ勝たれへんやん……」
「冗談ですよ、もちろん。私は心に決めた人がいますので」
「よかった……ほんまよかった……」
ミリシャは少し涙ぐんだ目で安堵の言葉を漏らしています。
――心に決めた人、ですか……。その言葉は口にすべきでは無かったかもしれません。
ふとトワに目をやると、私の方をじっと見つめていました。ごめんなさい、トワ。私……やはり姉妹になってもあなたのことを……。
いえ、今は私のことよりも目の前の二人です。脳裏に浮かんだ想いを振り払い、私は言葉を続けました。
「ミリシャさん?イゼルドさんに何か言うことはありませんか?」
「……ウチも……釣書見て、素敵な人やなって。カルデクスで農業が軽視されとるのは知っとったけど、研究一筋のこの人はちゃうんやって。ホロは無かったけど、でもこの人なら一緒に土いじりして、作物育てて……家庭を持てるんちゃうかって」
「私は……自分に自信が無かった。農業のことも含めて。でも、それでも良いと……?」
「ううん。ウチは、そんなイゼルドがええねん」
「ミリシャ……」
「――では、ミリシャ・エリアンデル。あなたに問います。イゼルド・ファリウスと婚姻を結ぶ意思はありますか?」
「――はい。不束者ですが、よろしゅうお願いします」
私の問いにミリシャはそう答え、はにかみながらイゼルドさんにそう告げました。
イゼルドさん?笑顔で何度も頷いてましたよ。でも、そういうときはちゃんと気持ちを言葉にすべきだと思いますけどね。
ともあれ、農業が二人を上手く結びつけてくれたようです。慣れない恋愛指南は決闘よりも疲れますね。深く息を吐いて張り詰めた気持ちを解きほぐしていると、トワが声を掛けてきました。
「アリサ、仲人?」
「いえ、違いますよ」
「恋愛カウンセラー?」
「いえ、恋愛カウンセラーでもありません」
「お義父さんは仲人も、恋愛カウンセラーもしてた」
トワのお義父さんということは、確か開拓団長さんでしたよね。団長ってそんなお仕事もしてるのですか?
いえ、私も支部長時代にこの手の相談を持ちかけられたことはありますが……お義父様がいたときは彼に、彼が不在の間はギルドのカウンセラーに丸投げしていましたから。
いえ、もちろん婚姻の儀における支部長としての祝福は与えていましたけど……って、もしかしてそういう対応だったから、私の恋愛経験値は0のままだったのでしょうか?
今さらながらに気付く敗因に私は打ちのめされました。




