#11
[Voice recognition, activated.]
アリサの言葉に反応し、フォトンタブが無機質な機械音声で応答を始める。同時に、黒水晶を象ったギルドの紋章がアリサの頭上に投写された。
これ……前にアイリスがやった、フォトンフラッグ?
「アリサ・シノノメの名において命じる」
[Voiceprint, matched.]
[C3 internal data, verification initiated.]
[All personal data, verified.]
ギルドの紋章を取り巻くように、アリサの名前を意匠化した文様が浮かび上がる。知性と気品、そして気高い勇気。理性と情熱。矛盾した二つの属性が螺旋を描き、永遠を司るかの様な複雑で荘厳な紋章を描き出す。
「我が身の証を光と共に示せ」
[Photon Flag, deployed.]
[Honor the name of Shinonome, Second-Class Administrator.]
浮かび上がったフォトンウラッグは……アリサ・シノノメ二等管理官の身分を示すものだった。
アリサ、管理官の資格をとったとは言ってたけど、まさかアイリスと同じ二等管理官だったの?言ってくれればお祝いしたのに。
私がそんな事を考えている間にも、夕暮れ時の広場がアリサの紋章によって明るく照らし出されていた。
お姉ちゃんのフラッグも威厳に満ちあふれていたけど、アリサのフラッグは神々しさすら感じる。周りで見ていた人達が驚愕の表情を浮かべ、そして……ギルドの関係者が一斉に跪いた。あれ?私も跪かないとダメなやつ?
周りを見ると、ウィルフレッドは呆然と立ち尽くしていた。なら、私も立ったままでいいか。だってアリサは私の姉だし。
「ばかな……二等……管理官だと……?高位幹部が、どうして……しかも、こんな小娘が……」
「二等管理官は監察権と司法権を有します。あなたに対する監察権の行使に異議はありませんね?」
あくまでも冷静に、アリサはそう告げる。でもアリサ……内政干渉ってことは、ウィルフレッドを処分しないといけないんだよね?
いいのかな、アリサに手を下させて。止めた方がいいんだろうか。そんな事を考えていた時だった。
「何の騒ぎだ!……これは……?」
「ち、父上!」
ウィルフレッドが父上と呼ぶって事は、今官舎のほうから出てきた年配の人はここのギルドの支部長ってことかな。無数の野次馬に囲まれてフォトンフラッグを掲げているアリサの姿を見たら驚くよね、やっぱり。
「……二等管理官殿、これは一体?」
「グレイン支部長。あなたのご子息はカルデクス、ルクルニアの両惑星で取り交わされる星結婚へ不当に介入するというギルド憲章違反を犯しました」
「星結婚……?ウィルフレッド、お前まさか……見つけてきた婚約者というのは!?」
「……決闘で、正式に――」
「馬鹿者!決闘だと?ギルド内のお遊びだと思って大目に見ていたが、まさかギルド外の方にまで迷惑を掛けていたのか!」
「だが、俺は……」
「黙れ!貴様が行った決闘とやらは全て無効だ!奪ったものは全て速やかに返却しろ!二等管理官殿、誠に申し訳ない。私の監督不行き届きだ」
「……では、釣書を賭けた決闘はそもそも無効だと?」
「はい。……そのようにさせて頂ければ」
ああ、なるほど。アリサが監察権でウィルフレッドを断罪するなら、ほしむすびへの割り込みは内政干渉に相当する重罪だ。ギルドでは内政干渉を固く禁じていて……その罰は0号処分、すなわち処刑だ。
なので、支部長としては監察対象となる原因そのものを無かったことにすることで、手打ちにして欲しい……って事だね。
アリサの表情は監察権の行使を宣言したときから変わってないけど、支部長の申し出を受けるつもりなんだろうか。
「いや、待ってくれ!俺は……そうだ、俺は農業に興味があるんだ、だからミリシャに――」
「ほう、農業に?」
「そうだ、だから決闘を……」
「判った。ウィルフレッド」
ウィルフレッドはまだその場しのぎの言葉で事態をなんとかごまかそうとしている。往生際が悪いよね。
それに対して支部長の方は凄く渋い顔をしていたけど、農業に興味があると聞いて一瞬、目を細めたように見えた。
「なら、お前の希望を叶えてやろう」
「有り難うございます、父上!ミリシャ、お前は俺の――」
「ウィルフレッド・グレイン管理官補。現時点をもって管理官補の職位を剥奪し、カルデクス支部からの追放処分とする。追放先はルクルニアの出張所だ」
「……!どうして俺が、ルクルニアみたいな田舎へ!」
「農業が好きになったのだろう?出張所の見習いとして出直してこい。……二等管理官殿、これでご容赦頂けぬか」
農業が好きなんて事を口走ったせいで、自分が見下していた農業惑星へ飛ばされることになったウィルフレッドはがっくりと膝を付いて放心している。
支部長はこの処分で勘弁して貰えないかと言ってるけど、アリサは……。
「不十分です」
「……そう、ですか……」
「これまでの被害者への弁済が最優先です。特に、ギルド外の方に対する誠意ある弁済が行われる事が全ての前提条件になります」
「……ありがとう、ございます」
その後、ウィルフレッドが持っていた釣書――電子データが記録された専用の端末らしい――は支部長によって、アリサに返却された。
「アリサ、本来の持ち主って?ラボの人?」
「ラボ……?いえ、違いますよ。ミリシャさん、あなたの本来の婚約者はどなたでしたか?」
「えっと、ファリウス家の方で……ごめんなさい、ウチ、名前覚えてへん」
「ミリシャさん。あなたの婚約者の名前は……イゼルド・ファリウス、ですよ」
え?イゼルドさんが、ミリシャの元婚約者?
確かに昨日ミリシャは「ファリウス家の御曹司」って言ってたけど……。それ、イゼルドさんの事なの?
>>Alyssa
馬の骨の心を完全に折りました。真っ白に燃え尽きたというのはまさに今の彼の様子に相応しい言葉です。
爽快感?ありませんよ、そんなもの。ネクスの軍勢を叩きのめしていた時の方が爽快でした。それよりも、今はグレイン支部長の方です。私は彼に少し文句を言う必要がありました。
支部の建物に戻った支部長を追い、声を掛けます。
「グレイン支部長、よろしいですか」
「シノノメ管理官……先ほどは寛大なご裁定、感謝いたします」
「内政干渉の件、正直なところ完全に納得した訳ではありません。この支部で他にも同様の案件が無いかはきっちりと確認させて頂きますし、今回の件も内政干渉未遂として統括局へ報告を行います」
「はっ、それはもちろん」
「あと、あなたに一つ苦言を呈しなければなりません」
「はい……息子に甘いこと、でしょうか」
あ、どら息子に甘いという自覚はあったのですね。たぶん甘やかして育てた結果としてあんな風に育ったのだと思いますから、グレイン支部長にも半分ぐらいは責任があると思いますが……ですが、私が言いたいのはその事ではありません。
「それも、ですが。あなた、追放先をミリシャの故郷にしたのは意趣返しですか?ウィルフレッドがルクルニアでミリシャの家族に危害を加えないという保証はあるのですか?」
「それは……」
「そもそも、この星とルクルニアは対等な関係のはず。なのに先ほどのあなたの言葉は、まるでルクルニアがカルデクスよりも格下であるかのような発言に思えました。あなた方は……ルクルニアに、いえ農業に偏見があるのですか?」
「いや、そのようなことは……だが……」
私の指摘にグレイン支部長は否定の言葉を口にしますが、どうやら思い当たることがあるようです。
「ギルドが管理していた農業プラントを閉鎖したと伺いました。効率性が問題になったとか?」
「ええ、確かに。この星で生産できるフォトンエネルギーには限りがあります。ですので、効率の悪い産業ではなくギルドの業務にエネルギーの割り当てを行おうと……」
「一方で、この星は食料が十分ではない。そうですね?」
「はい。それは……確かに」
「効率を重視するのは結構ですが、自助努力が求められるギルドの責任者が生命線である食料自給を疎かにするのはいかがなものかと思います。ただ、私は星外の人間ですから、この星やこの支部の方針にあえて口出しはしませんが」
アイリスさんも言っていました。私達は旅人。そして……ただのお人好しでしかありません。星のことは星の人が解決しないといけないのです。ただ、お人好しとして……解決の糸口ぐらいなら。
「ですが、効率の悪い農業プラントを再稼働させる、丁度良い人材がいるではないですか。公衆の面前で農業が好きだと宣言した人間が」
「ウィル……フレッド……」
「では二等管理官としての裁定を伝えます。ウィルフレッド・グレインのルクルニア追放処分は却下。代わりに奉仕刑として、カルデクスの閉鎖農業プラントの再稼働を命じます。刑罰の期間は農業プラントが再稼働し、食料の生産が軌道に乗るまで。なお再稼働が完了するまで星都への帰投は禁じます」
「……承知いたしました。管理官の裁定に感謝いたします」
「あと、これは忠告ですが……もしもう一度ウィルフレッドが同じようなことをしたら、その時は0号処分が下されることをお忘れなく」
「はい、心に銘じます。あやつにも強く言い聞かせます」
あの馬の骨が本当に農業好きになれば良いのですけど。たぶん無理でしょうね。
そして、おそらく懲りずにまた何かをやらかすことでしょう。……予知ではありませんが、そんな確信がありました。さて、支部長と馬の骨の方はこれでいいでしょう。あとは……ほしむすびの行方についてです。




