#9
>>Alyssa
今ので、74回目。あと2回です。
私は、ウィルフレッドに剣を落とさせた回数を数えていました。たぶん他の誰もが……当のウィルフレッドすら数えていないとは思いますが。
完全に表情を失ったウィルフレッドは、もはや立ち上がる気力も失ったようです。ですが……まだ、あと2回足りません。
「拾いなさい」
「……」
既に返事すらありません。仕方ないですね、少しアプローチを変えましょう。
私は少しだけ……ほんの少しだけ、ウィルフレッドに向かって殺気を放ちました。
「ヒイィッ!」
「死にたくなければ、拾いなさい」
私の威圧に怯えたウィルフレッドは、地面を這う様にして剣を拾いに行きました。座り込んでいたところに水たまりが出来ていましたが……まぁ、武士の情けです。見なかった事にしてあげましょう。
再び剣を叩き落とし、虚ろな目をしたウィルフレッドに再度剣を拾わせます。膝をガクガクと震えさせ、どうにか剣を手に立ち上がったウィルフレッドに視線を送ります。これが、最期の1回です。
「来なさい。ケリを付けて差し上げます」
「な……」
ウィルフレッドの瞳に喜びの光が宿ります。これで終われるという喜びが。
剣を手に立つウィルフレッドに向かって、私は距離を詰めます。決闘が始まってから始めての移動。少々距離はありましたが、私にとっては一足飛びで移動できる程度。
そして。私が上段から振り抜いた刃引きの剣は、ウィルフレッドの刃を根元から切り落とし……折れた刃は地面に跳ね返るとウィルフレッドの鳩尾を打ちました。
「ガッ……」
「あなたがこれまでに決闘で他人を苦しめた回数、覚えていますか?」
白目をむいて崩れ落ちたウィルフレッドから返事はありませんでした。私はただ、ウィルフレッドを嬲っていた訳ではありません。
この愚かな男が76回もの決闘でイゼルドさんのような被害者に与えた苦しみと、奪ったもの、そして傷つけた人達……その重さを自らの罪として感じさせるために、懲罰として剣を拾わせたのです。
それは、彼の敗北宣言などで中断できるものではありませんでした。
野次馬達は静まりかえったまま倒れたウィルフレッドを見つめています。たぶん、私は彼らに恐れられるでしょう。かつて故郷でバケモノと呼ばれていたように。だけど……。
「アリサ、お疲れ。格好良かった」
「ありがとうございます、トワ様」
「『様』は……ううん、いいや。76回分、お疲れ」
たとえ周囲からどのように思われようとも、私の大切な人が……愛する妹が、理解してくれていれば、それでいい。そう思いました。
それにしても……ちゃんと数えていてくれたんですね。そして私の意図も汲んでくれている。トワ様。さすがです。さて、私には後始末がありました。
「決闘の見届け人はどなた?勝者としての権利を行使したいのですが」
「私が見届け人ですが……ただ、ウィルフレッド様が、その、気絶されているので……」
見ると白目をむいたウィルフレッドはそのまま意識を失っているようです。軟弱な。
「では本日の日没時に、改めて勝者としての権利を行使させて頂きに参ります。ではご観覧の皆様、ごきげんよう」
そう言って私が一礼すると……野次馬の中から小さな拍手が上がりました。目をやると、ミリシャが拍手を送ってくれていました。そして、その横にいたイゼルドさんも。
野次馬達は私とミリシャを見比べて……やがて少しずつ拍手が上がり、最期には大歓声が上がりました。あれ、私……意外と恐れられてない?
「アリサ、殺気押さえてたから」
「殺気が無いと支持されるんですか……?」
「エンタメ?」
「いや、違うと思いますけど……」
そんな事を言いながらトワと二人、一旦宿へ戻ることにしました。あ、ミリシャとイゼルドさんも一緒に来ていますね。
いや、なぜ女性の部屋に男性がくっついてきているのですか。そういう所は直さないとダメですよ、イゼルドさん。
「アリサさん、すごいです!ウチ、ほんま感動しました!」
「まさかあのウィルフレッドをああも簡単に……」
「私のアリサは強い」
「トワっ、今私のアリサって……!」
「間違えた。私の姉のアリサ」
ぬか喜びさせられました。いや、知ってましたけどね、トワがそういう人なのは。
「さてお二人に伺いたいのですが……あれでウィルフレッドが諦めると思いますか?」
「ウチの事はあきらめる思いますけど、アリサさんには執着しそうやね……」
「彼は今まで挫折するということを知らなかったはずです。初めて挫折が良い方向に行けばいいのですが……性格的に、難しいでしょうね」
「となると、夕刻にも一波乱ありそうですね」
「そうやね。巻き込んでしもうて、ほんまごめんなさい」
ミリシャは申し訳無さそうにそう言いますが、まぁ想定内です。一度で足りなければ何度でも心を折る。この二人に二度と手出しをしようという気にならないように、それはもう完膚なきまでに。
一瞬、事故を装ってさくっと片付けた方が楽ではないかという悪魔の囁きが聞こえましたが……私が調べた限りではあの馬の骨は今はまだ「事故」を起こしていないようなので、そこはちゃんと線引きしておく必要があるでしょう。
「アリサ、こちらから仕掛けないの?」
「相手が悪党ならともかく、ギルドの人間ですからね……監察権を発動するにしても、今は手持ちの情報もありませんし」
「そっか」
トワにはそう言いましたが、実のところ発動できる案件はひとつあります。ただ、それを使うと……少々寝覚めの悪い話になる可能性があるので、それは奥の手としておきます。
そんな事を考えているとフォトンタブに受信通知が。アイリスさんからのメッセージですね。
>>Iris
「決闘!?アリサが?ギルド支部長の息子と!?どういうことです、それ!」
「いや、我々に聞かれましても……」
思わずラボ研究員の胸ぐらを掴んでしまった。
いや、でもどういうことよ。私が居ない間にあの子は何してるの?そして、トワはどうなってるの?不安と焦りが心の中に満たされていく。
いけない、これは『絆』が動き出すサインだ。……あれ?もしかして私、アラート無しで『絆』に気づけてる?
「おお、今精神波の反応が!」
「!!急いで測定して!」
「やってます!」
怪我の功名ってやつかな。でも、心は焦る。早く終わらせて妹達の所へ戻らないと。アリサがいれば大丈夫だと思ってたけど、まさかアリサが暴走している?
昨日メッセージを送ったときは「万事問題なし、姉妹仲良し」って返事があったんだけど、あれから一体何があったんだろうか。
いや、アリサが滅多なことで負けるとは思わないけど……。
「波形パターンの記録終了、これまでの波形との照合を行います」
「じゃあ、よろしく!私、ちょっとアリサに連絡してきます!」
ラボの測定室を飛び出して、通信端末へ向かう。改造用にフォトンタブを預けているのが地味に痛い。いつもなら手元で調べ物も通信もなんでも出来るのに。
ラボの共用端末を使って生体情報を通し、ギルドネットにアクセス。メッセージアプリを起動して……アリサからもトワからも連絡無し。
状況確認と報告を求めるメッセージを打鍵……ああ、キータイプがもどかしい!打ち終わったメッセージを即送信。あ、推敲してなかった……まぁ、伝わればいいか。
アリサのフォトンタブは眼鏡型だから、あの子が眼鏡を掛けてさえいればすぐにでもメッセージは届く。
すぐに返事は来た。なになに……。
『支部長の息子と決闘、徹底的に心を折っておきました』
……って何これ!?なんで支部長の息子さんの心を折ってるの!?それも徹底的に!?
訳がわからない。あ、追加メッセージが届いた。
『AFK』
AFKっていうのはAway From Keyboard、つまり離席中ってことだけど。
アリサのフォトンタブは眼鏡型だからキーボード付いてないし、眼鏡の前から離席するっていうのも意味不明なんだけど!要するにしばらく返信しないってことだろうけど……ということは、まだ何かやらかす気だ!
だけど、私が今いるラボがあるドームはギルド支部のある星都のメインドームから遠く離れた雪原に置かれている。
エアロプレーンを飛ばしても1時間は掛かる。いまから駆けつけても間に合わないか……。お願い、アリサ。あまり無茶なことしないでよ……。




