#8
>>Towa
苔モモのジャムを使ったタルトを手に入れた。二人の姉と一緒に食べたいと思ったけど、我慢できずにミリシャとひとつずつ先に食べる事にした。
これは……味見だ。食い意地がはってるわけじゃない。そう言い訳をしながら。
「美味しい」
「ほんまや……これ、ここで一番おいしい!」
これまでの食事が何だったのかというぐらい、甘酸っぱいタルトは美味しかった。少しパサついたクッキー生地にしっとりとしたジャムが程よく馴染み、食感と味を引き立てている。
もしかしたらここの食材、料理方法でもっと美味しくなるのでは?
そんな事を考えながら、宿に戻るとアリサとイゼルドさんが居た。あれ、イゼルドさん、仕事に行くって言ってなかったっけ。それにアリサの服装は……
「アリサ、それ制服?」
「ええ、何十年かぶりに着ましたけど……似合ってますか?」
「すごく綺麗。さすが閣下」
「トワ、閣下はやめてください……」
いや、でも冗談抜きでビシッと制服で決めたアリサは綺麗だった。普段のドレスやほんわりしたガーリーな服装と違って、髪を下ろして黒を基調としたタイトな制服に身を包んだアリサの姿は、凜とした美しさに溢れている。
そうか、これがお仕事モードのアリサなんだ。
「アリサさん、綺麗……こんなんウチが勝てるわけないやん……」
「いえ、先ほども言いましたがミリシャさんはとても魅力的で――」
あれ、ミリシャをフォローしているイゼルドさん、ちょっと顔が赤くなってる?もしかして彼女のことを意識し始めた?
ミリシャの可愛らしさにようやく気付いたのかな。
「トワ、そろそろ行きましょう。馬の骨とて待たせるわけにはいきません」
「アリサ、格好いい」
「これからもっと格好いいところをお見せします。あとで、たっぷり褒めてくださいね」
そして正午まであと少しという時間のギルド支部中央広場。そこには大勢の野次馬が集まっていた。
聞くところによるとウィルフレッドによる決闘はこれまでにも何度も何度も……なんと76回も行われていたらしい。
そして、その殆どがウィルフレッドによる一方的な言いがかりや、我が儘によるもので、それを力尽くで押し通すための決闘だったそうだ。なので星の住民達も皆呆れてしまっていて、関係者以外は見物にもこないらしい。
だけど今回は決闘相手が美人のアリサということで、いつもとは違って野次馬が集まっている……ということらしい。
「よく来た、アリサ。花嫁衣装ではないのか?……うん?その服は……ギルドの制服?まさかお前、ギルドの人間なのか?」
「呆れました。そんな事も知らずに求婚したのですか?」
「誰であろうと関係ないからな。それに、お前がギルドの人間なら好都合だ」
「はぁ、そうですか。それで、決闘のルールはどうされますか?血が流れるまで?それとも死ぬまで?」
「面白いことを言う女だ。殺しては意味が無いだろう?刃引きの剣を使い、相手の胴に一撃を入れれば勝ちだ。なに、嫁入り前の体だ、傷は付けない様にしてやる」
「それは、どうも」
アリサは平然とウィルフレッドに応じているが、周りの野次馬……それにミリシャとイゼルドは気が気ではないようだ。
うん、普通に考えればアリサには勝ち目は無いよね。見た目だけなら、アリサは華奢な女の子だから。
「じゃあ、始めましょうか。何か宣誓でもしますか?」
「不要だ。どうせ一撃で終わる」
ギルド職員が手渡した試合用の剣を手に、二人が向き合う。正午の鐘が鳴り始めると同時に決闘が始まるらしい。
「鐘の音が終わるまでに、全てが終わる。今夜を楽しみにしていろ」
「……」
ウィルフレッドの言葉にアリサは睨み付けるでも無く、ただそこに何も存在していないかのような視線を送っている。
そして――鐘が鳴った
「見よ、我が必殺の一撃っ!」
そう言って踏み込むウィルフレッドの斬撃は確かに鋭い。――人間としては。
アリサは立ち位置はそのままに体の重心だけを少しずらして、ウィルフレッドの一撃を躱す。そして、ウィルフレッドの持つ剣に、自らの剣を叩き付けた。
「ぐっ……!?」
重い一撃にたまらず剣を取り落とすウィルフレッド。野次馬達は何が起こったのか判らずに、誰も声を上げない。
隣に居るミリシャが大きく目を見開いていた。必殺の一撃があっさりと躱され、あまつさえ剣まで叩き落とされたのだから、普通に考えればこれで勝負は終わりだ。
少なくとも私の目には、そう映った。だけど……。
「ぐ、偶然だ……たまたま手元が狂っただけだ!私はまだ一撃を受けていない!」
「……そうですね。では、続けましょうか」
悪あがきを口にするウィルフレッドに、アリサの冷たい声が応じる。周囲の気温が少し下がった気がする。
あ、これ……アリサのキリングオーラが出る予兆じゃないかな。
「偶然は二度も続かない!今度こそ……喰らうがいい!」
「……」
そう言ってウィルフレッドは再度アリサに斬りかかる。初撃は多少手加減していたのか、二度目の攻撃は先ほどよりも素早く、鋭い。
というか、あれアリサの急所を狙ってない?
だけどウィルフレッドの一撃はアリサに届くことなく、剣も弾き飛ばされる。アリサは、やはり一歩も動いていない。
「拾いなさい」
「くそっ……調子に乗りやがって……!もう許さん、殺してやる……!」
プライドを傷つけられて、アリサに対して怒りの表情を向けるウィルフレッド。だけど、アリサの表情は最初から全く変わっていない。
そこには何も――脅威など欠片も存在していない。アリサの目はそう語っていた。
「うぉぉぉ――!ぐわっ!」
「拾いなさい」
「くそぉぉ――!ぐはっ!」
「拾いなさい」
「おのれ……!ぐっ!」
「拾いなさい」
ウィルフレッドはアリサに何度も剣を振るうが、全ての攻撃は通じず、毎回剣を弾き飛ばされる。最初は威勢良く向かって行ったウィルフレッドだったか、十数回それを繰り返したあたりから、かけ声を上げなくなっていた。
「……ぐっ」
「拾いなさい」
アリサの力量を持ってすれば、一撃……いや、一瞬で決闘は終わる。だけどアリサは、徹底的にウィルフレッドの心を折るつもりなんだろう。
私がそんな事を考えている間にも、ウィルフレッドは剣を拾い、そしてまた弾き飛ばされる。周囲の観客達は、黙ったままその有様を見つめている。どことなく、アリサに対して恐怖を感じているようにも見えるけど。
そして、ついにウィルフレッドが折れた。数えられないほどの回数、剣を弾き飛ばされたウィルフレッドが、ついに剣を拾うこと無く座り込んだまま頭を垂れて呟いた。
「……もう……許してくれ。俺の、負けだ」
敗北宣言。ミリシャとイゼルドさんの顔に笑顔が浮かぶ。周囲の野次馬からも、どよめきが上がる。
これまで負け知らずだったウィルフレッドが、負けを認めたことは……きっと大きなニュースになるのだろう。
私がそう思った時だった。冷たい声が聞こえたのは。
「拾いなさい」
ああ、アリサ……まだやる気なんだ。アリサ、まだ本気で怒ってる感じじやないけど、ウィルフレッドの敗北宣言を受け入れる気は無いってことだね。
「……いや、俺は……もう……」
「『相手の胴に一撃を入れれば勝ち』。そう言いましたね?私はまだ、あなたの胴に一撃を入れていません」
「そんな……」
泣きそうな顔でウィルフレッドはそう言うが、アリサは動じない。そして……
「拾いなさい」
「ぐっ……」
威圧を込めたアリサの言葉に、ウィルフレッドは一瞬怯えた表情を見せた。敗北宣言で盛り上がっていた野次馬達も水を打った様に静まりかえっている。
そして……しばらくの後、ウィルフレッドはのろのろと立ち上がり剣を拾いに行った。そして、構えた瞬間に再び弾き剣を飛ばされた。
「拾いなさい」
感情の全くこもらないアリサの言葉に、ウィルフレッドは絶望の表情を浮かべた。




