#7
>>Alyssa
その後もイゼルドさんと色々なお話をしました。私が気になったのはカルデクスで行われている人口抑制政策について。ええ、これでも元政治家ですからね、惑星の施策には関心があるのです。
彼の話によると、この星では夫婦1組に子供は2名までと定められているとか。理由は間違いなく食糧供給でしょう。食料自給率が極端に低いこの星では、万が一にもルクルニアからの輸入が途絶えることを考えて人口抑制を設けるのは妥当な判断です。
ただ、その話を聞いたミリシャはとても悲しそうな顔をしました。そういえば彼女は大家族の出身。カルデクスでは大家族は持てないと言うのはショックなのだと思います。
しかし、食糧不足なのに農業プラントを閉鎖するというのは良くわからない考え方ですね……ここのギルドは農業に偏見でも持っているのでしょうか。
トワが気にしていたのはイゼルドさんが口にした、この星で唯一美味しい食べ物についてでした。苔モモのジャムというそうですが……。
コ ケモモという名前を聞いて私はベリー系の果物を想像したのですが、そうではなくこの星に固有の植物だそうです。まるで苔のように見える低木に、小さな果実がなるそうで。
それを集めて作られる甘酸っぱいジャム。タルトにして食べるのがおすすめだとイゼルドさんが口にした瞬間、トワの目の色が変わりました。ええ、もちろん物理的な色彩変化です。
「売ってる?」
「ええ、何カ所かで購入できますが、星外の方にはあまりおすすめは――」
熱心に場所を聞いてますね、トワ。たぶん、このあと買いに行かれるのでしょう。さて、そんな話をしているうちに結構良い時間になってしまいました。そろそろ解散を、と告げるとトワが勢いよく立ち上がりました。
「私は苔モモしてくる。ミリシャも行こう」
「うん、ええよ」
「気をつけて行ってきてくださいね」
お二人を見送りながら、私も席を立ちます。
「では私も準備を……」
「準備、ですか?」
「はい、この後決闘がありますので」
私がそう答えると、イゼルドさんは一瞬訳がわからないという顔をしましたが、すぐに事情に思い当たったのか焦った様な表情で口を開きました。
「もしかして、ウィルフレッド・グレインと?」
「ええ、ご存じなかったですか?割と話題になっていたようですけど」
「いけません!危険です。あなたは旅行者だ、すぐにこの星を離れた方がいい」
気軽に答える私に、イゼルドさんは強い口調で決闘を思い直す様に説得してきました。
「どうして、そこまで止めるのですか?」
「あの男は……自分の剣の腕が優れていること理解しています。そして、欲しいものがあればなんでも決闘で奪い取るのです。決闘を断ればギルドの権力で圧力を掛けてくる。だから、誰もがあの男と関わるのを恐れている」
「イゼルドさんも、決闘を申し込まれたのですか?」
「……ええ。情けないことに、私は敗北し、大切にできると思っていたものを奪われました」
後悔と悔恨。そして屈辱。そんな感情が入り交じったイゼルドさんの言葉は、まるで血を吐く様な苦しみを伴っていました。そうですか、そんなに……。なら、私がその苦しみを救えるかもしれません。
「あなたが決闘で奪われたものは、釣書ですね?」
「……!!どうして、それを!?」
そう、釣書……すなわち「ほしむすび」による契約の元となる書類です。星結婚と言う仕組みに疑念を抱いた私は昨夜のうちにほしむすびがどのような制度なのかを調べました。
そして得た知識によると「釣書」は一見すると華やかで素敵なものに見えて、その実態は奴隷契約、隷属契約に似た意味合いを持つ契約書であることがわかりました。
この釣書を持つ者は釣書に書かれた相手と結婚することができる。それは言い換えれば……この釣書を持つ者としか結婚できない、ということでもありました。
つまり、イゼルド・ファリウスはミリシャ・エリアンデルとの星結婚を行う権利を……ウィルフレッド・グレインに奪われた。
つまり、彼こそがミリシャの本来の結婚相手ということです。
「釣書の内容はともかく、星結婚については行政が情報開示していますからね。修正前のデータを辿るのはさほど難しくはありませんでした」
そう。ミリシャが略奪された花嫁だと知った私は、彼女が誰から略奪されたのかを調べました。その結果、浮かび上がった名前がファリウス家の跡取りである、イゼルド・ファリウス。
つまり、今目の前にいる男性です。
彼がミリシャと面識があり、接触してくるとは思ってもみませんでしたが。
「そこまでご存じでしたか……ええ、その通りです。私は、彼女の婚約者候補だった。だが、決闘に敗れ……その権利を奪われた。そして、自分が婚約者候補であった事を彼女に告げる事を禁じられた」
「略奪だけで無く追加条件まで付けていたのですか……」
「彼は私を嘲笑しました。『負け犬には役立たずの農場がお似合いだ』と。彼の言葉が、今でも耳を離れません」
「あの馬の骨、そんな事まで……。イゼルドさん、ミリシャさんが婚約破棄された事はご存じですか?」
「え!?そんな事が……ではミリシャさんは……」
知らないだろうと思っていました。そうでなければ、平然とミリシャと会話できるような人ではなさそうですからね、彼は。
きっと知ればミリシャの事を心配し、言動に出るでしょうから。心配を押し殺して暢気に農業談義をしていられるような器用な人ではないことは一目見て判りましたし。
「あの男が一度手に入れたものを手放すようには思いません。きっと、婚約破棄しても釣書は手元に置き続けるでしょうね。ミリシャさんは故郷にも帰れず、この星で誰かと結ばれることもない。まるで手折られた花がそのまま枯れていくように」
「なんということだ……私が、不甲斐ないせいで……。いや、だが今は私の事よりあなたのことだ。ウィルフレッドをそこまで知っているなら、一刻も早くトワさんをつれて星を出て――」
「イゼルドさん」
私は彼の言葉を遮りました。
「私は、故郷の星では永遠の女帝と呼ばれていた存在です。女帝として、敵前逃亡はありえません」
「なっ……」
ああ、自分で口にしてしましたよ、忌まわしい二つ名を。レイラが笑っている姿が脳裏に浮かびました。ですが、私はあの馬の骨に負けるつもりはありません。
「イゼルド・ファリウス。あなたに問います。ミリシャ・エリアンデルと婚姻を結ぶ意思はありますか?」
「……それは……可能なら……はい」
「よろしい。ではこの私、アリサ・シノノメがお二人のキューピッドになりましょう。あの馬の骨から、あなたが奪われた釣書を取り返して差し上げます」
私はそう言うと、イゼルドさんにウィンクを飛ばしました。




