#4
少し濡れたけど、大丈夫だろう。そう思っていたら、ミリシャが小ぶりなタオルを私に差し出してくれた。
「トワ、濡れとるよ。ほら、タオルつこうて?」
「大丈夫」
「大丈夫ちゃうよ。風邪ひくよ?ほら、拭いたるから」
ミリシャに掴まってゴシゴシとタオルで拭かれた。結構力強いね、ミリシャ。農業してるから鍛えられてるのかな。
あと、この手慣れた様子はきっと故郷でも弟や妹にこうやってたんだろうな。アイリスになんとなく似てる。これが、姉属性ってやつなんだろうか。
私にはやっぱり姉は無理かもしれない。次姉の座をアリサに譲ったのは正解だった。
「おや珍しい。見学の方ですか?」
私達が入り口で騒いでいる事に気付いたのか、ドームの中から表れた男性が声を掛けてきた。
短く刈り込んだ黒髪に、20代ぐらいの若々しい顔立ち。汚れを気にしない動きやすそうな作業服を着ていて、腕まくりした袖からは筋肉が覗いてる。体格だけ見れば肉体労働者っぽいけど、強そうな度の入った眼鏡がミスマッチな雰囲気だ。
ぱっと見だと農場で働く人だけど、知的な空気感も纏ってるし……一言で言うなら……知的肉体労働者?そんな言葉があるのか知らないけど、目の前のこの人にはぴったりだと思った。
「うん。見せてくれる?」
「ええ、構いませんよ、お嬢さん。でもお二人とも、見慣れない方ですが……観光客ですか?」
「そんな感じ」
「ウチは人材交流できました」
「ああ、そういえばそんな時期でしたか。私はイゼルド。ここの責任者をしています。まぁ、私しかいないんですけどね」
そう言うとイゼルドさんは手を差し出してきた。握手する手は農作業で鍛えられているのか、少しゴツゴツしていた。
「ミリシャです。よろしゅうお願いします」
「……ミリ、シャ……」
「あの、ウチがなにか?」
「いや、失礼。こちらこそよろしくお願いします、ミリシャ、さん」
「トワ。ギルドのシンガー」
「おや、シンガー殿でしたか。しかしギルドの方が農業プラントに興味を持たれるとは……」
私の名乗りにイゼルドさんは意外なような、少し困った様な微妙な表情を浮かべた。
シンガーと名乗ると畏敬の目で見られるか、怯えられることがあるとは聞くけど、困った顔で見られるのは初めてな気がする。これは……ここのギルドが何かやらかしてるのかな。
「ギルドが迷惑掛けてる?なら、ごめん」
「あ、いえ。そうではなくて……この星では農業は誰も見向きしないので、むしろギルドの方に興味を持って頂きたいのです」
「ウィルフレッド、興味なさそう」
「ああ、グレイン支部長のご子息ですか……彼は全く農業に興味は無いですね。彼をはじめとしたギルド上層部はこの星で農業を行うのは効率が悪いと言って、遠方にあったギルドが管理していた農業プラントを閉鎖したぐらいですから……」
「さもありなん」
「ああ、失礼。入り口で立ち話もなんですから、どうぞ中へ。ここよりは少しは暖かいですよ」
イゼルドさんに案内されてドームの中へ足を踏み入れた私は、気温sを感じてようやくこの星の外気が結構寒かったことを実感した。アイリスが言うにはセレスティエルって耐候性が高い……要するに暑さや寒さに鈍感らしいし。
そんな事を考えながら、ふと背後を振り返り灰色に埋め尽くされた外の光景に目にやったとき、私は何故かアルカンシェルと出会ったG15の星を思い出した。あの星も恒星から遠く離れた所にあって、薄暗くて寒い印象だった。
もっとも実際は遺失技術のおかげで寒くは無かったけどね。あの不思議な星とG15は今も宇宙を彷徨っているんだろうか。またいつか会えるかな、彼女に。
イゼルドさんにプラントの中を案内されながら、私はそんな事を考えていた。
「――低温多雨だと随分植生が変わるんですね」
「ええ、雨の方はドームで管理できるのですが、温度はまだ難しくて。地熱を併用してやっと栽培が可能なレベルなんです。今栽培できるのはこの辺りの作物ぐらいで……」
「温度管理は、どのようにされてはるんですか?」
「C3を使った暖気を行っています。ただ、この星はフォトンエネルギーの生成効率が悪いので、限界がありますね」
「日照時間も短いんですか?ウチのところやと、一日平均で6.7時間ぐらいなんですけど」
「こちらは4.8時間です。ルクルニアぐらいの日照時間があれば、もっといろいろ育つでしょうね」
プラントの中を歩きながら、ミリシャとイゼルドさんの会話が弾んでいる。いや、弾んでいる……と思う。
専門的な内容だから何を話してるのか私にはさっぱり判らないけど、盛り上がっている様子だし、少なくとも喧嘩をしてるようには見えない。
あれ?実はこの二人、結構お似合いなのでは?
二人とも農作業に適した格好がよく似合っているし、農場の若夫婦みたいな感じに見えるし。
でも、私が拙い言葉で余計な口出しをすると、きっと2人の関係がギクシャクするだろうから、ここは暖かく見守ろう。
「暖かく」といえば、C3があるって言ってたっけ。周りを見渡して、C3を感じようと心を解放する。
……あった。プラントの中央に、中ぐらいのサイズの朱が一つ。あれがドーム内の空気を暖めてくれてるのかな。
でも、流れ込むフォトンエネルギーはイゼルドさんが言っていたように確かに少ない。C3も頑張って熱を放っているみたいだけど、外が寒いこともあって大変そうだ。なんとかしてあげたいけど……勝手に弄って作物が育たなくなったら大変だし、手は出さないでおこう。
私がそんな事を考えているうちに私達はドーム内を一蹴していたらしく、いつの間にか二人の話も終わっていたようだ。
「イゼルドさん、色々と教えて頂いてありがとうございました」
「こちらこそ、参考になるお話を聞かせて助かりました。また、来られますか?」
「ええ……たぶん」
「そうですか。再訪を楽しみにお待ちしていますね。それでは」
ミリシャが言いよどんだのは、たぶん婚約破棄の影響があるんだろう。元婚約者候補をどうするのかは判らないけど、なんとかっていう相手とは結婚しないみたいだし、結婚相手が居なくなったら自分の星へ戻る事になるかもしれないからね。
イゼルドさんの方はミリシャに聞いた話を元に何か実験でもしたいのか、目を輝かせて研究ブロックへ走って行った。
悩める美少女を放置して研究とか、ちょっとどうかと思うな、イゼルドさん。そんなことだと女の子にもてないよ?
……あれ?そういえばイゼルドさんって独身なのかな?
先ほどまでの楽しそうな様子から一転して気落ちしているミリシャの気分転換になればと思い、私は農業に関する話題をふってみた。
「さっきのお茶、ここで採れる?」
「え?あの藻?あれは、自生しとるよ?」
どうやらドロドロしたお茶の原材料になる藻は屋外で自生しているらしい。あとで採取してみようかな。アイリスにも飲ませてあげたいし。
その後も私はよくわからないながらも農業っぽい話題をミリシャにふり、ミリシャが苦笑しながら答えるなか、再びビークルに乗って宿のあるドーム都市へと戻ることになった。




