#2
>>Alyssa
「……ほしむすび?」
「はい。正式には星結婚言うんですけど。ウチらはみんな『ほしむすび』てよんでます」
ミリシャが口にした聞き慣れない言葉は、どうやらこの星に伝わる風習のようです。
その後の話をまとめるとこういうことでした。
まずこの恒星系には人類が入植している惑星が二つ存在しているということ。
一つは今私達がいる工業惑星カルデクス。
もう一つはミリシャの故郷である農業惑星ルクルニア。
カルデクスは地下資源が豊富ですが恒星から少し遠いため食料の生産に難があり、ルクルニアは気候に恵まれ農業は盛んなのですが地下資源が少ない。
両星を同じ行政府が治めていることもあって、互いに足りないモノを補い合う形で二つの星は長く平和に共存しているそうです。
その共存を後押ししているのが、「人材交流」と「星結婚」。
一般的にはミリシャが口にしていた「ほしむすび」と呼ばれているそうですが……ともあれ、両方の星の有力者の子女を、一定期間ごとに互いの星へ婿入り、嫁入りさせ合い、血縁関係によって星の結びつきを強化する……そういう風習だそうです。
でもそれ、政略結婚とか人質外交とかいうやつですよね?
今まさに「ほしむすび」でカルデクスへ来ているミリシャには面と向かって言えませんけど。
「ウチ、ほしむすびにずっと憧れてたんです。父様がほしむすびでルクルニアへ来て、とっても幸せそうやったから。だからウチも、カルデクスで幸せになれるんやって思ってたんです」
なるほど、ミリシャのお父さんはほしむすびで上手くいったケース。ですが、ミリシャの相手はとんでもない馬鹿男だったということですか。
「相手が悪かった」
「そうですね……でも、ウチが最初に聞いてたお相手はウィルフレッドさんとはちゃう人やったんです」
「それは、どういうことですか?」
「なんでも、急にお相手が変わったとかで……ウチも詳しいことはようわからんまま、婚約発表やって言われて。気づいたら婚約破棄されてました」
相手が急に変わったというのは少々腑に落ちません。先ほど聞いた話では、ほしむすびというのは、事前に相手を決めた上で嫁入り、婿入りさせるという話でしたが……。
「だからミリシャも急にアリサに変わった」
「そうなんですか?」
「いや、違います!というか違いますよね……いや、もしかして……」
先ほどの軽薄そうな何とかという男の事が脳裏に浮かびます。ナルシストっぽいあの男なら、もしかすると。
私は改めてミリシャの姿を観察しました。
年齢は16~17歳ぐらいでしょうか。健康的に日焼けした小麦色の肌に、少し色落ちした茶色の髪。肩の辺りでゆるくまとめられた髪は、彼女が日々の農作業に励んでいた事を物語っているようでした。
瞳は明るいグリーンで、長姉らしい包容力を感じます。背丈は私と同じぐらい、スタイルもまずまずですし、つまり……一言で言えば可愛く、素朴系の美人。
「あの、ウチ……何か変ですか?こんな服、着たことなくて……」
そういうミリシャの服装は清楚な白いドレス。確かに農業惑星で着るにはあまり適していませんが、婚約発表の場で着るには……少々質素な気はしますが、でも悪いチョイスではありません。
むしろミリシャの素朴な美しさを引き出していますね。誰が選んだのかは判りませんが、なかなかのコーディネイトです。
「いえ、どこもおかしくはありませんよ。よく似合ってますし、ミリシャさんの魅力が十二分に引き出されています」
「ありがとうございます。でも、ウチ、アリサさんみたいには全然……あはは」
はにかんだ様子でそう謙遜してみせるミリシャ。なんですか、この可愛い生き物は。
そ して、この魅力が判らないとは、あの何とかいう奴の目は節穴ですか。いえ、節穴で良かった。こんな子をあの馬の骨に嫁がせるなんて人類にとって損失ですから。
いや、それよりお相手が変わったことについてです。概ね理由の想像は付きましたが……これ、私が言うんですか?
これを口にしたら私が悪役令嬢みたいじゃないですか。とは言え、黙っているわけにもいかないので、とりあえず推理の前半だけでも話すことにしましょうか。
「これは私の推測ですが……あの何とかという馬の骨、ミリシャさんの写真でも見て、自分のモノにしたくなったんじゃないでしょうか。本来の相手から略奪する形で」
「え……?」
「先ほどのお話だと『ほしむすび』は星の有力者の間の慣習ということですよね?でもあの馬の骨はギルドの人間。つまり、本来であれば星の慣習とは関係がない外部の人間のはずです」
そう。そこが一番気になっていた所なのです。私達のギルドは内政干渉を固く禁じています。
もちろん、自由恋愛なら……まぁ、ギルドは血統主義なので反対はされると思いますが、恋愛自体は一応憲章違反にはなりません。
ですが、今回のアレは星の慣習にギルドが割り込んでいるように私には見えました。
「つまり、ミリシャが魅力的だから、略奪した」
「たぶんですが、そうだと思います」
あ、この流れ。私が口にしなくても済みそうですか?お願いします、トワ様。私の代わりにばーんと言ってやってください。
この先を私が口にしたら、私が悪役になってしまいます。
「それで、アリサが美人だから、乗り換えた」
「ああ……なるほど。ウチなんかより、アリサさんのほうが、ずっと綺麗ですもんね」
「いえいえい、そんな事は……」
良かったです、これで好感度が下がらずに済みました。いえ、トワ様とだけ話しているのならならストレートに「私の方が美人なので」と言い切ってもあまり気にはされなかったとは思いますが。
「それで、ミリシャさんはあの馬の骨と結婚されたいのでしょうか?もしご希望であれば、明日の決闘報償として――」
「いえ、それだけは絶対に、いりません」
ええ、そう答えるとは思っていました。というか、ここで「お願いします」なんていう女子はいませんよね。
それにしても絶対に、ときましたか。随分と嫌われましたね、馬の骨。
「では私がアレを徹底的に叩きのめしても?」
「はい、それでお願いします!」
元婚約者がらゴーサインが出たので、明日の決闘は楽しいことになりそうです。でも、叩きのめした後に何をさせましょうか。
まぁ、私に対してというよりミリシャに対する謝罪や補填をさせるのが筋だと思いますが……。
「ではミリシャさん、明日、馬の骨に何を要求するか考えておいてくださいな」
「え?ウチが……ですか?そんな、いいんですか?」
「もちろん。被害を受けているのはあなたですし」
「でも……それにウィルフレッドさん、ギルドでも一番の使い手やって聞いてますよ?アリサさん、危険じゃ……」
控えめで、私の事も心配してくれる。いや本当に素敵な子ですよね。もし私がトワ様に心奪われていなければ、嫁に欲しいぐらいです。
「大丈夫。アリサは強い。超強い」
「超、ですか?」
「うん。この前は一人で軍隊全滅させた」
「トワ様、全滅じゃないですよ。壊滅です。あと、アイリスさんもいました」
「え……?お二人で……?」
まぁ普通はそういう反応になりますよね。でも、馬の骨ごときでは私はどうにもならないということは理解して頂けたようです。
「ところでアリサ」
「はい、なんでしょうか」
「妹に『様』を付けるの、良くない」
「うっ……ごめんなさい……トワ」
「それでいい」
「仲良しさんなんですね」
「うん。アイリスも含めて、超仲がいい」
トワ様……トワがそんな姉妹自慢をしていると、丁度噂をしていたアイリスさんからフォトンタブにメッセージが着信しました。内容は……。
「トワ、アイリスさんから連絡です。技術的な目処は立ったけどデータの採取と野暮用に時間が掛かるそうです。速くて明日いっぱい、手間取ると明後日まで掛かりそうだと」
「わかった。アイリス、今日は帰ってくる?」
「時間節約のためにラボで泊まるそうです。私達は……ここで宿を取るか、アルカンシェルへ戻るかですね」
「アリサ、決闘あるよね?」
「ですね。じゃあ、宿を取りましょうか。そういえばミリシャさんはどこへ泊まられているんですか?」
「ウチはギルドの官舎に泊まらせてもらって……あっ、そういえば……出て行かないといけませんね、ウチ」
そう言うとミリシャはしょんぼりしてしまいました。ですが人材交流で呼んだ人を放り出すとか、ギルド幹部として見過ごすことが出来る訳がありません。
「ではとりあえず私達がここに滞在している間、ご一緒にどうですか?袖すり合うも多生の縁と言いますし」
「……ええんですか?」
「もちろんです。ね、トワ?」
「ええんやで」
「ありがとう、ございます……」
ミリシャの様子に、私は馬の骨に要求するべき事を思いつきました。「それ」が必要かどうかは、後でミリシャ本人に確認する必要はあるとは思いますが。
……それにしても、ここのお茶は美味しくないですね。なんでしょうか、このドロっとした感じは。私がカップに入ったお茶を睨んでいると、それに気付いたのかミリシャが口を開きました。
「この星……農作物がうまく育たへんのです。お茶も、藻を加工して作られてるって聞きました」
「藻、ですか……それでこんな海藻スープのような感じに……」
「スラリーみたいで、好きかも」
そういえばトワは宇宙食マニアでしたっけ。
言われてみればスラリーと呼ばれる基本宇宙食に似ているかもしれません。トワには良い星でも、普通の人にはちょっと大変そうですね、この星。




