表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部2章『白夜の誓い』ミラジェミナβ-虚楽の双星
163/217

#2

 ギルド側の攻勢は続いた。アリサの行いはインサイダー取引に他ならず、私的な利益の追求による不法行為である、と。

 ギルド支部が指摘するように、確かにアリサが行った取引はインサイダー情報によるものであり、ヒナには反論の術が無い。


 メナを発端とする不正追及を受け、劣勢に立たされていたミラジェミナ政府もギルドの攻撃に便乗し、アリサ基金への批判を行うことで自らの汚職追及を有耶無耶にしようと画策した。事態は混迷を極め、メナ達の行いは無に帰すかと思われた。



 だが、それでもレイラは淡々と小規模なコンサートを開き、α住民に対して正しさとは何かを問い続ける。

 α住民はレイラの言葉に耳を傾け、政府とギルドの行いに疑問を持つ若者達と、メディアが報じる政府とギルドの主張を鵜呑みにする年長者に二分された。


 メナは娘の行動を見守りながら、時を待った。そして――アリサ基金の問題は、惑星政府が凍結の是非を決定するための公聴会で議論されることになった。

 参考人として召喚されるメナ。既存メディアは会場入りする彼女の表情が暗く、アリサ基金は違法なものである可能性を速報記事として書き立てた。

 メナが内心でほくそ笑んでいることを、誰一人見抜くことが出来ずに。



 公聴会の冒頭、政府側の一方的な糾弾が行われた。不正な取引によって惑星を代表する企業が不当に損害を被り、惑星自体の価値が貶められたと。

 ギルド支部長もそれに賛同し、アリサの管理官としての資質に疑念を呈する発言を行う。公聴会の模様を見守っていたヒナとレイラは、言いがかりとしかいいようのない告発に怒りの表情を隠せない。

 だが、メナは動じなかった。やがてメナに発言の機会が与えられた。不敵に笑いながら壇上に立つメナの第一声は――


「まず始めに。アリサ・シノノメ管理官による商取引には、一切の違法性が無いことをお伝えせねばなりません」


 メナは証券取引法に記載されたインサイダー取引の例外規定――すなわち、ギルド関係者にはインサイダー取引が事実上黙認されているというを事実を提示し、アリサの行いがここミラジェミナにおいて合法であることを示した。

 公聴会を傍聴していたα住民の多くはこの規定の存在を知らず、あまりにも不可解な条項に疑念を抱いた。メナは続ける。


「シノノメ管理官はこの星の搾取構造を壊すために、あえてギルドの手による不正な規定を逆手に取りました。全ては搾取される人々の苦しみを見過ごせなかったから。だからこそ、彼女は取引で得た利益をβの未来に還元したのです」


 そう言ってメナが示したのは、「アリサ基金」が管理する財産がアリサがインサイダー取引で得た利益の全額……すなわち、アリサが星外に利益を一切持ち出していないという事実だった。

 実際の所、アリサは目立ちすぎた事に焦り急いでこの星を出立したので利益を持ち出す暇がなかったのだが、メナはその事には触れず、アリサの行いを純粋な善意に基づく善行であると主張した。


「彼女は星を去る直前、こう言いました――『私はこの利益をミラジェミナβの未来に捧げる。それがこの星で生きる人々への、管理官としての責務であるから』と」


 むろん、アリサはそのような事を口にしてはいない。だが、利益に手を付けずに星を去った事実が、メナの言葉に現実味を与えていた。

 さらにメナは続ける。


「ところで……皆さんはご存じですか?最近ネットで話題になっている『女神』の噂を。ネクスの横暴を実力を持って阻止した、少女の存在を」


 公聴会の参加者にも件の動画を見ていた人間は存在していた。蒼い光の刃をもってネクスの軍勢に立ち向かい、そして単騎で軍勢を圧倒した正体不明の「女神」。

 だが、あの動画が公聴会にどのように影響するのか、理解できた人間はいなかった。会場に満ちる疑念に対して、メナが提示したのは……一本の動画だった。


 コンサートホールの壇上でレイラに対して刃物を振りかざした男の前に立ちはだかる銀髪の少女。銃撃によって男の手から刃物が弾き飛ばされ、それと同時にステージ上へ躍り出る、一人の少女。

 その手に握られているのは――ネクスを打ち破った少女が手にしていたのと同じ、蒼い輝きを放つ刃、レゾナンスブレードだ。

 レイラが抱きついた少女の顔が大写しになる。その顔は……連日ミラジェミナαで報道されているアリサ・シノノメのものだった。その動画はネットには公開されていないもので、コンサート会場でたまたま録画されたものをレイラが記念にと貰ったものだった。


「そう、彼女が――シノノメ管理官こそが『女神』の正体です。彼女はその身をもって搾取の構造に立ち向かいました。そんな彼女が私的な利益を求めると思われますか?」


 メナの言葉に、反論できる者はいなかった。自らの身を銃弾の雨に晒しながらコンサート会場を守った「女神」。その行いに私的な利益の追求というイメージを重ねることなど出来なかったから。


 タイミングを合わせてレイラがその動画をネットに公開する。閲覧数を示す数字が急激に増加し、多くのα住民がアリサの行いをその目で確認する。


 「マジ女神」

 「美しすぎる救世主爆誕」

 「どうやったらギルド入れる?」

 「ファンクラブ設立する!」


 軽いノリのコメントが並ぶ。しかし一方では……


 「ギルドの管理官が、無関係の星にここまでしてくれるのか?」

 「オレたちは、何もしなかったのに」

 「個人でネクスを止めた?なら、オレたちにも何かできるのか?」

 「『女神』に続こう、私達も」


 少数だがアリサの行いを正しく解釈し、賛同するコメントも寄せられていた。そしてそのコメントに対する返信として、真摯な議論が行われはじめた。

 そんな様子を見てレイラは小さく微笑む。自分の想い人が、世論を動かしている事を実感して。



 ギルドが主張する「アリサの個人的利益を目的とした不正な行い」という主張は完全に崩れ去った。内心ほくそ笑みながら、沈黙するギルド支部長に目をやりメナは逆襲を仕掛ける。

 そもそも、何故このような規定が存在するのか、と。アリサの行動を問題視するギルドこそ、この不公正な規定を作り搾取の構造を助長してきた張本人ではないか、と。

 ギルド支部長は自分たちの告発が藪蛇になった事に気付き、冷や汗を流し始めたが既に手遅れだった。公聴会の模様を中継するネット配信にギルドを批判する書き込みが殺到する。


 そして――傍聴席に座っていたヒナが立ち上がった。


「モーリオンギルド、ミラジェミナ支部長バイマン・ミラーズ。ワタシ、ヒナ・カイラニは、モーリオンギルドの……か、監察官補として、あなたが行った内政干渉の……疑いに対して……監察権を行使、します!」


 震える声でそう宣言したヒナの手には黒水晶のペンダントが握られていた。


 ギルド章。


 統括局に承認された高位のギルドメンバーだけが保有できるもので、本来であればヒナのような下っ端職員が持つことなどあり得ない、ギルドの権威そのものが具現化された証。

 傍聴席だけでなく、公聴会の参加者の間にも動揺が広がる。あのような年端もいかない少女がギルド章を持つ監察官?そのような事がありえるのかと。

 だが――ネットで公聴会を見ていたα住民達の感想は違った。「女神アリサ」の姿は、公聴会で声を上げたヒナと同年代に見える。なら……この少女も、もしかしたら何かを成してくれるのではないか。

 そんな期待が静かに広がっていく。


「下っ端が監察権などと、でまかせを……だが、なぜ、お前がそれを……?」


 動揺しながらヒナを否定しようと試みるギルド支部長ミラーズに、ヒナは答えた。


 アリサが星を去る前に自分を管理官補に任命してくれたこと。

 そして緊急対応として、ギルド資材部にヒナのギルド章作成を直接依頼していてくれたこと。


 つまり、ヒナが口にした監察権はでまかせなどではなく、ギルドの幹部であるアリサによって与えられた正当なものであり……監察権は支部長の持つ権限よりも優先されるものだと。

 ヒナの言葉に自らの失策を理解し、頭を垂れるギルド支部長。冷たい目を彼に向けていたメナは、公聴会の議長を振り返ると口を開いた。


「今回の公聴会はシノノメ管理官の行いについて議論する場であることは承知しております。ですが、ここで少し発言をお許し頂きたい」


 メナが何を言うつもりなのか。ここまでの彼女の発言に圧倒された議長はメナの不規則発言を制止する立場ではあったが、ただ黙って頷くことしかできなかった。

 議長の同意を得たメナは静かに語り始める。この星に蔓延する真の病巣について。


 それは搾取を行う企業ではなく、不正に手を染めるギルドや政府高官でもない。メナが淡々と告げる言葉に、会場の人間も、中継を見つめる住民達も、固唾をのんで耳を傾ける。


「――例えば軌道エレベータ。二重惑星の重力的な優勢関係を考えれば、ミラジェミナβへ向かう路線は『上り』であるべきです。にもかかわらず『下り』と呼ばれ、さらにはゴンドラを回転させることでその印象を強調しています。これは、無意識のうちにβを下に見ている証左ではないでしょうか――」


 メナの言葉は踊る。かつて扇動者として自らの星を滅ぼしかけた時と同じように。

 だが、今回彼女の言葉がもたらすのは、滅びではなく再生への道しるべだ。



 ジュミナポートの案内カウンターでこっそりと公聴会の中継を見ていた案内嬢はメナの言葉をにはっと気付いた様な表情を浮かべた。

 自分がこれまでに何度も案内した「上り」「下り」が無意識の差別に基づいていたことに。

 そして数日前に彼女が案内した少女――そういえば、その場に今話題の「女神」がいた気がする――が、自分の案内に不審げな表情を浮かべていたことに気付いて。



 星に潜む無意識の悪意を告発するメナの言葉は続いた。多くのα住民は、自分たちがこれまでに普通だと思っていたことが普通ではなかったことに気付き、驚きと後ろめたさを感じた。

 自分はミラジェミナβを未開の観光地だと見下していなかっただろうか?

 自分達がカネを落とさなければ生きていけない連中だと侮っていなかっただろうか?

 静かに疑念が広がる。そして、メナは演説をこう締めくくった。


「――私はこの星の住民ではありません。この惑星がどう進むべきかを決めるのは、あなたたち自身です。しかし、二つの惑星が『一つの未来』を築く日を、私は切に願っています」


 これは公聴会であり、メナの演説はあくまでも不規則発言にすぎない。だが……傍聴席から、小さな拍手が上がる。そしてその拍手は瞬く間に傍聴席に……そして、公聴会の委員達にも広がっていく。


 星の仕組みに深く根付いた搾取の構造や差別意識はすぐに解消される訳じゃない。だけど、それでも……。

 レイラは、母親の演説に笑顔で拍手を送りながら、星の未来が動き始めた事を感じていた。



 その後、α住民、特に若者達がネットで展開した「上下表現を廃止する署名運動」が多数の支持を受け、ジュミナポートは公的に便名を「α行き」「β行き」に変更。

 エレベータの回転については技術的に必要な要素であったため、回転位置を軌道の中央へ変更することで配慮を行う形となった。


 ギルド支部長の去就についても大きな話題となっている。監察官補による捜査の結果、証取法への介入こそ現支部長の手によるものではないとされたが、支部長自身が悪法を利用して個人的な利益を上げていた――つまりアリサへの濡れ衣は自らの罪の告白であった事が判明し、彼はギルドから追放される事になった。

 また、同様に汚職に手を染めていた職員達にも処分の手は及ぶだろうと報じられた。


 そしてアリサ基金の支援を受けたNPOが企画したαとβの子供達の交流イベントには双方の惑星から申し込みが殺到している……。


 ――メディが報じる、改革の兆しを不敵な笑みを浮かべながら見ていたメナに、レイラは呆れたように声を掛けた。


「ママ、昔みたいに悪い顔してるよ?」



 星が変化する兆しを見届けたクロウリー母娘がミラジェミナを離れる日がやってきた。オーガストと言う惑星からレイラに対するコンサートの依頼が入ったのだ。


 旅立ちにあたりヒナが礼を言いたいと二人を呼び出した。その場所はミラジェミナαとβが一望できる、人気の無い出発デッキの外れ。そう、レイラがアリサに想いを告げようとした、その場所だった。

 叶わなかった想いを思い出し、思わず涙ぐむレイラ。だがヒナはレイラの様子に気付けず、メナに礼を述べていた。


「メナ様、本当にありがとうございました!メナ様はワタシにとって『英雄』です!」


 その言葉にメナは一瞬、あっけにとられたが……やがて、何かに納得した様に呟いた。


「そうか……『英雄』、か……」


 かつて「英雄」に憧れた「お人好し」のメナは、いつの間にか「英雄」と呼ばれる立場になっていた。

 自分が憧れた存在である「英雄アイリス」に一歩近づけた気がして。そしてアイリスが自分は英雄ではないと言っていた気持ちが理解できた気がして。


 メナのように不正を正せる人になりたい。だからミラジェミナを離れ正式な監察官になる訓練を受けるために監察官が常駐している最寄りの支部へ旅立つつもりだと告げるヒナの言葉は、かつて「英雄」に憧れた自らの姿のようでもあった。

 「英雄」への憧憬は継承されていく。そんな事を思い、メナは満足そうに笑顔を浮かべた。



 ――航宙船の窓から、徐々に小さくなるミラジェミナ二重惑星をぼんやりと見つめている娘の姿に気付いたメナは優しく声を掛けた。


「今回は色々とあったわね」

「うん。ほんと色々あったね」

「ツアー、楽しかった?」

「……うん……とっても」


 母の方を振り返り、満面の笑顔を浮かべたレイラの瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。



 レイラ・クロウリー。

 希代のクリスタルオルガニスト。

 彼女の奏でる調べは聞く者の魂を揺さぶり、未来への希望を与えると言われている。だがある時期を境に、彼女の奏でる音色に変化が生じたとする評も多い。

 曰く、それまでの美しい未来への希望だけでなく、儚げで切ない現実の色味と共に、永遠を感じさせる深みを得たと。


 そしてその変化は、彼女の芸術性をさらに昇華させた、と。


 生涯にわたって独身を貫いたレイラは、永遠を感じさせるその音楽性が評価され、音楽界における永遠の女帝(エターナルエンプレス)と呼ばれるようになった。


 晩年、そんな彼女が残した言葉がある。


「私は永遠と共にあることはできませんでした。ですがそれでも、私の中に永遠はあり続けます」


 後世の音楽評論家達はこぞってレイラの言葉が意味することを考察し、批評した。

 しかし、彼らが論じた言説の中に――レイラの想いに辿り着けたものは、ひとつもなかった。

次回からは工業惑星、カルデクスでの「婚約破棄」物語が始まります!

え?誰が婚約しているか、ですか?それは次回のお楽しみです


よろしければ★評価やブックマーク、感想などで応援頂けると嬉しいです


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ