インターミッション『憧憬の英雄』ミラジュミナα-継承の惑星#1
ネクサス・ダイナミクス、通称ネクス。
崇高な理念を掲げたクリーンな企業イメージを武器にミラジェミナαの経済を支え、重工業からミラジェミナβにおける観光リゾート開発までを手広く事業展開するミラジェミナ二重惑星を代表する巨大企業。
その影響力は経済界だけでなく、惑星統治機構にまで広く及んでいる。
……ただし、それは昨日までのことだ。
ネクスと関係の深い観光業の経営者が主催した銀河的に有名なオルガニスト、レイラ・クロウリーを招いたミラジェミナβの環境保護チャリティコンサート。それがネクスの聚落を招いた。
レイラとその母、高名なジャーナリストであるメナ・クロウリーによってネクスが持つ裏の顔が、惑星全土に放映されたコンサート中に暴露されたのだ。
深刻な環境破壊とβへの経済的搾取に加え、政府高官との黒い繋がりも示された。
さらに致命的だったのは企業倫理の欠片も無い児童強制労働の実体。ネクスがなまじクリーンなイメージを掲げていた企業だっただけに、その薄汚い実態は多くの人を驚愕させ、失望させた。
ダメ押しになったのがメナが雇ったとされる、レイラの護衛である二人の少女の活躍だった。
圧倒的な戦闘力でネクスの私設軍隊を壊滅させるその姿が複数の動画としてネットに公開された事で、ネクスの威信は完全に地に落ちた。
その結果、翌日の寄り付きでネクスの株価は前日比-64.7%という史上希に見る大暴落を記録。ネクスは崩壊への一歩を踏み出すことになった。
主要取引先が次々と今期限りでの契約解除を表明。ネクス経営陣は全員辞任を表明。ネクスの信用は完全に失われ……そして遠からず企業体としてのネクスが終焉を迎えるであろう事は想像に難くなかった。
この転落劇にクロウリー母娘が関与している事は誰の目にも明らかだったので、コンサート後にβからαへ移動した二人にメディアが殺到したのは当然のことだろう。
告発の華々しい成果とは裏腹に何故か沈んだ様子を見せる娘レイラを庇い、メナがインタビューに応じる。
「クロウリーさん、素晴らしい告発でした!これでミラジェミナを蝕む病巣は完全に取り除かれ、β側への不平等も解決しますが、その事について――」
若い記者の言葉を聞きながら、メナは酷い頭痛を感じていた。昨日、深酒してしまったためひどい二日酔ではあったが、その影響ではない。
α市民であるメディア記者の、あまりにも無邪気で軽薄で――そして、本質を見極められていない、曇った視点に強い幻滅と憤りを感じたのだ。
「英雄」が言っていた通りだ。ネクスを打倒してもこの星は結局何も変わらない。おそらく、時を待たずに新しい企業がネクスの後釜に座り、再びβを搾取するだろう。
そんな未来予想にメナは内心でため息をつきながらも、表面上はにこやかに取材を受けた。この愚かな記者達は、愚かであるが故に利用することが出来ると考えて。
その日、メナが取材――受ける側だ――に出かけている間、レイラは滞在しているホテルで電気も付けずに一人ネットに公開された動画を見つめていた。
映し出されているのは、アッシュブロンドの髪を持つ「殺戮の女神」が超絶的な力でネクス私設軍を圧倒する動画。
それは現在ネット上で絶大な注目を浴び、ミラジェミナ中で視聴されている最もホットなコンテンツだ。だがレイラにとってそこに映っているのは名も知れぬ女神ではなく、親しい特別な人で……そして、つい先ほど失恋したばかりの相手でもあった。
心の痛みを感じながらもアリサの姿を追うレイラ。動画に対してリアルタイムで追記されているコメントが彼女の目に留まる。
そこに記されていたのはアリサの美しさと圧倒的な強さに対する称賛。ネクスの不甲斐なさへの嘲笑。そしてこんな少女がネクスを倒せるなら、自分たちにも社会を変えられるのかもしれないという、一抹の期待。
レイラの想い人の姿が、この星の未来に影響を与えようとしている。そのことにレイラは誇らしく思うと共に、胸の痛みが抑えられず――一人で涙した。
その頃、ヒナはギルド支部の資材部へ呼び出されていた。連絡係という名の荷物運びであるヒナにとって資材部への出頭要請は日常的な業務命令だ。
なので、彼女は特に気にすることもなく資材部を訪れ――そこで、想像しなかったモノを受け取る事になった。
アリサの置き土産。確かに彼女から話は聞いていたが、現在進行形で「女神」と称されているギルド幹部たる管理官が、自分の様な木っ端職員にそこまでの事を本当にしてくれるとは思ってもみなかったのだ。
ヒナはこれまでにも何度もギルドを信用しようとしては裏切られるという経験をしていた。だが、あの管理官は……ヒナとの約束をちゃんと果たしてくれた。
そして、それ以上のことも。あの人は――アリサは言っていた。かつて自分もうそしてもらったから、と。なら、自分もあの人の期待に応えたい。決意を新たにしたヒナは、メナに連絡を取った。
メナの宿泊先で合流した3人は今後の活動について話し合った。といってもメナとレイラは星外からの訪問者に過ぎず、一月もしないうちにこの星を去る。
ヒナにしてもこの星の生まれたはいえ身分は一介のギルド職員であり、ギルドが内政干渉を禁じていることもあって大手を振って活動する事ができない。普通に考えれば、星の搾取構造を変革することは困難、いや不可能だ。
だが、彼女たちにはいくつかの手札があった。例えばメナが掴んだネクスの不正の証拠。これには政府側の人間に繋がる情報が含まれている。
アリサが発見した、ギルドの政治介入を示す証券取引法の恣意的な加筆。
ア イリスが指摘したエレベータの構造に根ざす無意識の差別意識。
取材活動を通じて知り合った、星の未来を案じるα住民のグループ。
そして……アリサが残した、巨額のβ救済基金。これらを使い、βの現状を改善する一手を打ちつつ、搾取構造の根幹を指摘する。それが今の彼女たちに出来る最善の手だった。
部外者であるメナには星の仕組みを変える資格はないが、誤りを指摘することはできる。その結果、ミラジェミナが改革を選ぶのか、それとも現状維持を選ぶのかは……その選択までは自分が立ち入ることでは無い。そうメナは考えた。
「英雄」が言っていた。
自分は英雄などではなく、ただの通りすがりの「お人よし」だと。そんなお人好しが気まぐれで手を貸したことで、救われる人がいるなら――それはそれでいいだろうと。
自分は「英雄」にはなれない。でも「お人好し」になら。そう思い、メナは活動を開始した。
メナは自身がネクスの不正に関わる告発を行った件でメディアから取材を受ける立場である事を利用したアプローチを開始した。
メディアに問われる質問に答えるだけでなく、その中へ巧みに「暴露」では使わなかった新しい証拠を織り交ぜて証言を行ったのだ。
取材を行うメディアにはメナの仕掛けに気付かなかった者も多かったが、中にはメナがさらに情報を掴んでいることを察知し、より深い質問を試みた者もいた。
メナはそんなインタビュアーに対してはネクスに繋がる悪徳政治家の存在をほのめかし、資料の一部を開示した。
ネクス事件はα住民が最も注目しているホットニュースだ。問題に続きがあると知ったメディアは独自で証拠を追い、そのことがまた新たな不正と証拠を明らかにしてゆく。
巨大企業と政治家の癒着はメナが直接手を下すまでもなく、白日の下に晒されて行く。
時を同じくしてヒナも行動を開始していた。ミラジェミナαに拠点を置く企業やNPOの中から、真の意味でミラジェミナβの利益となる活動を行っているものをいくつか選び、アリサ基金とヒナが命名した巨額の資金を用いたミラジェミナβの環境改善プロジェクトを発足したのだ。
ルミナリーフを含めた環境の保護を大前提にした新しい観光リソースの開発。β現地住民の生活基盤の改善。子供達の権利保護と学校教育の充実。
これまで構想だけが存在していたり、細々と行われていたりしたβ支援の活動に、基金の財力が加わることでそれらの活動は一気に活性化した。
投資の効果が出るのはまだ先の事だが、これまでは夢物語だと半ば諦められていた事が、少しずつ動き始めた事にヒナは喜びを隠せなかった。
一方でレイラはしばらくホテルに籠もっていた。何をするでも無く、母とヒナが活動する様をほーっと見ているだけ。
そして時折、ネットの動画を見ては涙する。メナは娘の姿に何かがあった事を察したが、何も言わなかった。なぜなら自分の娘が自分よりもずっと強い人間であると知っていたから。
メナが活動を始めた3日目の夜、ホテルへ戻ったメナはレイラが外出している事に気が付いた。部屋に残されていた一枚のメモ。そこには「少しオルガン弾いてくる」とだけ、書かれており、メナはそのメモの文字にただ優しく微笑んだ。
レイラが向かったのは近くの宗教施設だった。クリスタルオルガンは高価で大がかりな楽器なので設置場所が限定される。
その限定的な設置場所の一つが宗教的な施設で、レイラはそのオルガンを借りて小規模なコンサートを開催できないか、交渉に出向いたのだ。
クリスタルオルガンを設置している施設の管理者が銀河的な奏者であるレイラ・クロウリーの名を知らぬ訳がなく、また今まさに惑星上を揺るがしているネクスの不正を暴いた立役者の一人であるレイラの申し出は、本人が思っていた以上にあっさりと受け入れられた。
丁度翌日に施設の利用予定が空いていたことから、急遽レイラのコンサートが決定され、告知されることになった。
コンサートの告知はネット上のみ。それも施設が開設した小さな広報サイトで行われたが、あっという間にコンサート開催の報は惑星上に広がった。
無理もない。なにせレイラは二重の意味で話題の人だったのだから。
翌日のコンサートは当然の事ながら満員で、それどころか施設に入りきれない程の多くの人が押しかけていた。
メディアの取材も殺到しコンサート会場はお祭り騒ぎとなったが、周囲の騒ぎを余所に――レイラの奏でる調べと、そこに込められたメッセージは静かに、しかし厳粛なものであり、そしてαの住民に環境保護の意味を問うものであった。
演奏を終えたレイラは挨拶の中で施設を訪れた聴衆と、メディアを通じてコンサートを聴いていた多くのα住民に対して問うた。
「――私は、ミラジェミナの観光保護に賛同して、この星を訪れました。皆さんは、本当にミラジェミナβの環境を保護するおつもりは、ありますか?」
レイラの問いを、単なる挨拶の一環として聞き流したα住民は多かった。だが、それでも。
一部の住民は、自らの胸に環境保護の意味を問い直し、そして……お題目だけの環境保護が無意味である事を改めて意識した。
3人の活動は周到に計画されたものではなかった。3人がそれぞれ自らの想いに従い、自らが正しいと思う事を行ったに過ぎない。
だが、その活動の根本が同じ所――すなわち、ミラジェミナ二重惑星の根幹に根ざすものへの問題提起であった事から、活動はシナジーを得て大きく広がっていく。
例えばメナが訴えたβにおける労働環境問題はヒナのプロジェクトの必要性を裏付けた。
そして労働環境改善の必要性は、レイラが問いかけた内容が理想論ではなく現実の問題であるとことをα住民に突きつけた。
そしてレイラの問いによってα住民が抱いた疑念は、メナによる告発により裏付けされ――疑念は問題意識へと昇華されてゆく。
このような流れの中、彼女たちの活動が意味する本質について気付いた人達は少しずつではあったが、確実に増えていった。
頃合いだと思ったメナは、ヒナの協力を得てジュミナポートで集めたβ出身の労働者の声を公開するという形で攻勢に打って出た。
彼らの過酷な労働環境や待遇の不公平を訴えることで、二つの星が決して平等では無いという事実をミラジェミナαに突きつけたのだ。
この一手は、格差の存在を意識さえしていなかったα住民達に大きな衝撃を与え――そして、メナがさらなる手を打とうとした時だった。
「我々モーリオンギルドは『アリサ基金』なるものが、不正に略取されたものであると認定し、惑星政府にこの基金の凍結を進言する!」
これまで沈黙を守っていた、ギルド支部からの思わぬ横やり。それも、ヒナの活動を支える原資たるアリサ基金に対する攻撃だった。
確かにアリサがこの原資を得た方法はインサイダー取引と呼ばれても仕方のない方法で、そこを突かれると正当性が揺らぐことは否定しようのない事実だった。
だが、ミラジェミナβにとって恩人とも言えるアリサに対する、ギルドの同胞の裏切りにヒナはショックを受けた。そして女神と呼ばれたアリサの行いと、この星の支部のあまりにも大きな違いに……絶望した。
ギルドは正義を成すのではなく、自らの保身と既得権益を守ることを選んだのか、と。




