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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部2章『白夜の誓い』ミラジェミナβ-虚楽の双星
161/217

#39

>>Iris


 ドックの前にはヒナが待っていた。私達がジュミナポートで買い求めた大荷物を持って。


「ヒナ?どうしたの?」

「はい、ワタシはポーターですから!」


 ……そういえばギルドで使いっ走りみたいな仕事させられてるって言ってたっけ。でもこれ、ギルド職員の仕事じゃないよね?


「いえ、大事なお客様の荷物ですから、ワタシが運ばせて欲しいとお願いしました」

「そうなの?」

「はい!アリサ様にはとてもお世話になりましたし、メナ様の憧れの英雄様のお荷物ですから」

「いや、だから英雄はやめて?私そんな大それた人間じゃないから」


 そんなことを言っている間にも、トワとアリサがブリーズに荷物を運び込んでいる。いけない、私も手伝わないと。

 残っていた荷物を手に、艇内へ戻るとトワが少し逡巡したあとで私に声を掛けてきた。


「あのね、アイリス」

「ん?どうしたの?」

「これ……持って行ったらダメな気がする」


 そう言ってトワが差し出したのは、私がトワにプレゼントしたルミナリーフの髪飾り。よほど気に入ったのかミラジェミナβに居る間はずっと髪に付けてたんだけど。

 ……そうか、ネクスの環境破壊を目の当たりにした後だし、ルミナリーフの星外持ち出しは心が痛むよね。優しいトワなら、特に。

 なら、私はトワの決心を後押しするだけだ。


「いいよ、トワが思うようにして。ヒナに返してあげたらいいんじゃないかな」

「いいの?これ、すごく高かった」


 確かに、私の全財産をはたくことになった買い物だったけど、トワの気持ちはプライスレスだ。それにここでお金を惜しんでダメとか言ったら姉の立場が台無しじゃない。


「気にしなくていいよ。それはもうトワのものだから。トワが思うようにして」

「……ありがとう、アイリス。好き」

「はいはい。アリサが焼くから早く渡しておいで」

「うん」


 そう言うとトワはブリーズの外で待っていたヒナにルミナリーフの髪飾りを手渡しに行った。


「ヒナ、これ」

「なんですか……ってルミナリーフ!?ど、どうしたんですか!?」

「これ、私が持ち出すのは良くないから。ヒナに」

「でも、これワタシのお給料一年分ぐらいの値打ちがあるんですけど……」

「受け取って?」

「……わかりました。皆さんの思い出と共に、大事にしますね」


 後ろ姿でも判る。トワの瞳はきっと今、金色に輝いているに違いない。


 ヒナの見送りを受けて私達はジュミナポートを離れた。アリサの操船するブリーズはアルカンシェルへ向かって短い航路を飛ぶ。


 どうやら不審船の接近もなかったようで、当初の投錨位置にアルカンシェルの白い機体は静かに佇んでいた。


「ところでこれ、どうやってドッキングするんですか?」

「アイリス、知ってる?」

「いや、私も知らないけど……」


 そういえば発進プロセスは確認していたけど、着艦方法までは確認していなかった。迂闊だった……。

 でもまぁ脱出艇ではなく艦載艇だから、一度射出したら再ドッキング不能なんて事はないよね?私が若干焦りながらそう考えていると、ブリーズのコクピットにホロディスプレイが表示された。


[Welcome Back, Mam.]

["BRISE" Docking Process Started.]

[How Was Your Vacation?]


「ただいま、アルカンシェル。うん、楽しかったよ」


 メッセージはトワ宛てのようなので、トワが代表してアルカンシェルに「帰宅」の挨拶をしている。そして懸念していた着艦処理はどうやらアルカンシェルが行ってくれるみたいだ。

 いやホント気が利くね、この子。どうやってブリーズを艦内に収容するのかと思っていると、アリサが不意に声を上げた。


「舵が利かない……いえ、勝手に動いてますね、ブリーズ」


 見ると確かにアリサが操縦桿から手を離しているのに、ブリーズは勝手に移動しているように見えた。遠隔操縦かと思ったけど、少し違う様な……。

 ふとアルカンシェルの方を見ると何やら光線が放出されている。ガイドビームか何かだろうか?私の視線に気付いたトワも、アルカンシェルから放たれる光線を目にし、何か納得したかのように頷くと口を開いた。


「アルカンシェル、これトラクタービーム?」


[Affirmative.]


 アルカンシェルがまた何気に凄いことを言っているよ……。トラクタービームって、あのフィクションに登場する牽引ビームだよね?

 アルカンシェルにはそんなものまで装備されているのか……。いや、重力制御にグラビティアンカー、果てはジャンプ航法までを使いこなす船だ。トラクタービームぐらいは朝飯前なんだろう。



 思ったよりも簡単に着艦処理は終了し、私達は再びアルカンシェルに――私達三姉妹の家へと戻った。


 今回は買い込んだ荷物が多いので、手分けをして収納を行った。

 日用品、衣料、食料品。

 トワは主観時間で一年近くアルカンシェルで旅をしていたと言っていたけど、本当にこの船には何も無かったからね。


 今回運び込んでいる品々の豊富さが、逆にトワの一年間の旅が過酷で空虚だったことを意味しているように思えて、私はつい作業中のトワを抱きしめてしまった。


「どうしたの、アイリス」

「ううん。なんとなく、抱きしめたくなっただけ」

「へんなの。でも、嫌じゃないよ」


 今回のリゾートはトワのメンタルケアが目的だったけど、それは果たせたんだろうか。むしろ、私が不安定になったことでトワに迷惑を掛けたんじゃないか。

 そんな事を思いながら、私は黙ってトワを抱きしめ続けた。



 トワが再調律(リチューン)してくれたおかげで私の中の『絆』はずいぶんと落ち着いたように思う。でも、それでも私は自分がまだ暴走するのではないかという懸念が拭いきれなかった。

 心や自我という曖昧なものに対して、精神論的な対策だけで本当に大丈夫なのか、と。


 もちろん、トワの事を信じていない訳じゃない。トワは本当にすごい。トワ可愛い。好き。愛おしくてたまらない。抱きしめたい――。

 ああ、やはりまだダメだ。いや、トワの事を愛おしく思うのは構わないけど、その事が私の判断を鈍らせるのは結果としてトワを危険にさらす可能性があるからダメだ。

 なら、どうする?外部的な……例えば技術的な補助を検討するべきだろうか?


 自分の事なのにどうすべきか決めかねた私はアリサに、頼りになる妹に相談を持ちかけた。


「技術的なアプローチで『絆』を押さえ込む……ですか?」

「うん。現実的じゃないかな?」

「そうですね……人の感情や心の部分ですから、難しいような気もします」

「何かないかな、方法」

「太古のオカルト的なトンデモ文献でロボトミー手術というのを見たことがありますが」

「それ、私も見たことあるけど……脳の一部を切除するやつでしょ?それはちょっと」

「ですよねぇ。効果があるかどうかもわかりませんし」


 不確実な要素を押さえ込むためにより不確実な方法に手を出すのって、本末転倒だよね……。私がげんなりしていると、ラウンジを通りかかったトワが声を掛けてきた。


「何の話?」

「アイリスさんが『絆』の暴走を技術的になんとか出来ないかと……」


 あ、馬鹿アリサ!トワにそれ言っちゃダメなのに!


「アイリス、私の再調律(リチューン)じゃだめだった?」

「そんな事ないよ、トワのおかげでずいぶん落ち着いたよ!?」

「……ごめんなさい、失言でした」


 そうなんだ。トワにこの話を聞かれると、私がトワを信じていないように思われるんじゃないかって思って……だからまずアリサに相談したのに。

 思わずアリサを睨み付けてしまったけど、もちろん彼女に悪意が無いことは判ってる。


「技術……アイリス、『排熱』が恥ずかしいって言ってた」

「トワが好きなことは恥ずかしくないけど、でもさすがに惑星中に中継されたのはちょっとね……」

「なら『排熱』中は隠蔽装置(クローキングデバイス)で姿を隠すといい」

「なにそれ……そんな技術聞いたことないよ?存在しないでしょ?」

「あるよ。G15の星がまるごと隠蔽されてた」

「ロストテクノロジーじゃない、それ」


 妹好き好きを人目から隠すためにロストテクノロジーを使うとか、いくらなんでもそれはない。いや、手に入るなら使ってみたい技術ではあるけど。


「じゃあ『絆』が暴走したら、蒼のC3で強制冷却」

「それ、氷漬けになるよね?まるで冷凍睡眠だよね?」

「どこでもれいとうすいみんー」


 なんでアリサは妙に平坦な声で唐突なことを言い出したんだろうか……。いや、そういうトンチキな方向じゃなくて、もう少し現実的な……。


 そんな議論とも呼べないようなたわいもないことを言い合いながら、その日の夜は更けていった。正直アリサやトワが言う方法は無理だけど……でも、話をしていて方向性が見えた気がした。

 そう、こんな風に外部の意見を参考に、私の事は私で決めるべきだ。だから、私が思いついた対策は――。



「フォトンタブにモニタリング機能……ですか?」

「そう。たぶん私が『絆』に飲まれそうになると心身に変化が出ると思うから、それをモニターして私に知らせる」

「アイリスに?私じゃなくて?」


 トワやアリサに知らせて、サポートして貰うというのも確かに考えはした。だけど、それは私が望む解決方法じゃない。


「ううん。自分に知らせるんだ。自分で『絆』に飲まれかけてることが意識できれば、きっと対応できると思うし、感覚に慣れればモニタリングが無くても対応できるようになると思うから」

「なるほど、アイリスさんらしい解決方法ですね。でも私、アイリスさんならそんな補助が無くても大丈夫だと思っていますけど」

「良くわからない。でも、お姉ちゃんが言うなら、正しいと思う」


 そういうことで、私はフォトンタブにモニタリング機能を搭載することにした。問題は、どこでそれを行うか……だね。


 私はギルド籍を復籍するために一度統括局のある「オラクルXVIII」へ立ち寄る必要がある。

 ミラジェミナからオラクルXVIIIの現在位までは一度のジャンプではギリギリ届かない距離のようなので、どこかで一度中継するか寄港する必要がある。なら、その寄港先で――。


 アルカンシェルの航法データを調べると、上手い具合に私のニーズに合う惑星が見つかった。工業惑星「カルデクス」。次はここを訪れよう。

 トワとアリサの合意を得て、私達三姉妹の次の目的地は決まった。


「行こうか、アルカンシェル。目的地カルデクス、FTL航法起動!」


[Yes, Lady.]

[Destination Setting Completed.]

[Destination -Kaldekus-]

[FTL-Drive Start.]


 ブリッジから見える空間が歪み、遠くに見えていたミラジェミナ二重惑星の光がにじむ様に消えてゆく。

 さあ行こう。新しい星へ――。


これにて第2部2章は終了になります

次回はミラジュミナ編の後始末「メナ案件」の行方を巡る物語を前後編にてお届けします


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