#38
>>Iris
コテージを引き払い、管理人さんに鍵を返したことで私達のミラジェミナβ滞在は終わった。
私達はこのままミラジェミナ二重惑星を去るけど、レイラとメナはもう少し残ってやることがあるらしい。いや、私とアリサが頼んだ事なんだけどね。
ただ、2人はこの後はメナが宿を取っているα側へ移動するそうなので、ジェミナポートまでは一緒に移動することにした。
「上り」線の軌道エレベータに乗ると、眼下に遠く離れていくミラジェミナβが見えた。トワは名残惜しそうにβを見つめている。
この星は、私達3人にとって忘れられない場所になった。いつの日かまた訪れて……そのときは、現地の人達もみんな笑って暮らしている、本当の楽園になっていればいいなと思った。
「あの……もしかして、昨日ビーチで……」
「違います!私、痴女じゃないです!」
アリサが観光客に声を掛けられている。自分から痴女とかいうと余計に目立つと思うんだけど。いや、元々眼鏡を掛けて地味目にイメチェンしていても衆目を集める容姿だけどね、私の新しい妹は。
ふと、私達の隣のボックス席に座っているレイラとメナに視線を送るとレイラが緊張した面持ちでアリサを見つめていた。
どうやら、ジェミナポートで告白するつもりらしい。玉砕必至だとは思うけど、それでも私はレイラの決意を応援したいと思い、彼女に向かって小さく頷いた。
メナの方は……何事か考えているようだ。そういえば彼女はこの軌道エレベータのことを気付いているだろうか。
「メナ、ちょっといい?」
「ええ、何かしら」
「このエレベータの事、気付いてる?」
「……ええ、もちろん。これがおそらく搾取構造の象徴だわ」
やはりメナは聡い。この「降りていく上りエレベータ」の存在こそが、α側の差別意識、そしてβへの搾取を許容させる心理的な要因になっていることを彼女も気付いていたようだ。
「何とか出来る?」
「私はただのジャーナリストよ?あなたみたいな英雄じゃないわ」
「私だって英雄なんて大それた者じゃないよ。ただの通りすがりのお人好し。でも、お人好しになら……あなたもなれるんじゃない?」
「……そうかしら。いえ、そうなれたら……」
私は英雄なんてガラじゃない。たぶん、メナだってそうだ。でも、通りすがりのお人好しが気まぐれで手を貸したことで救われる人がいるなら、それはそれで良いんじゃないかと思った。
だから、私はメナにもお人好しになってみてはどうかと勧めてみたんだ。まぁ、彼女がどこまでやるのかは判らないけど、決めるのは彼女だ。
そんな事を考えていると、軌道エレベータはジェミナポートへ接近し……再び半回転した。
ギルドに用事があるというアリサと一旦別れ、私とトワはアルカンシェルに積み込む生活用品の買い出しを行う事にした。メナとレイラも買い物するそうだけど、彼女たちは生活用品を必要としないので別行動。
トワの話によるとアルカンシェルにはあの美味しくないことで有名なグリットしか積んでいないそうで、アリサが旅の途中で涙に暮れていたらしい。
私だってグリットしかない旅は嫌なので、せっかくだからグラットとか、あとは何故か航宙船なのにキッチンがあるらしいアルカンシェル用に生鮮食品なんかをまとめて仕入れた。
いや、今の私は無一文だからトワの財布に頼ったんだけどね。
結構な大荷物になったので荷物はポーターに頼んでブリーズの停泊している露天ドックまで運んで貰うことにして、買い物を終えた私とトワは集合場所へ向かった。
>>Alyssa
ギルド支部での要件はまた一悶着ありましたが、私が身分を明かしたことで無事に解決しました。
これでヒナも……いえ、どうするかは彼女の判断に任せるべきですね。私に出来るのは、彼女が自分の意思で動けるように手助けすることだけです。
基金の話については、空売りによる利益がヒナの想像を遙かに超える金額だったらしく、途方に暮れていました。まぁ、彼女が一人で背負うべきものではなく、信用できる誰かと共に故郷を少しでも良くしてくれれば、私としては満足です。
そしてギルドの用事を終えた私のフォトンタブに、レイラからのメッセージが入っていました。用事が済んだら話がある、と。
ミラジェミナαとβが一望できる、人気の無い出発デッキの外れにレイラの姿がありました。
惑星明かりだけに照らされたレイラの姿からは普段の快活さは窺えず、とても儚げに見えます。
窓の外に見えるミラジェミナβを見つめていたレイラは、私に気付いたのか視線をこちらに向けるとゆっくりと歩み寄ってきました。
「来てくれてありがとう、アリサ」
「こんにちは、レイラ」
当たり障りのない挨拶を返します。昼夜の無い宇宙空間でこんにちは、というのは少し違和感はありますが。
私からはそれ以上言葉を続けず、レイラの言葉を待ちます。無言の時間が流れ――私は確信しました。レイラの言いたいことが、旅立ち前の別れの言葉ではない事を。
「ねぇ、アリサ。……私、ずっと言えなかったけど――」
涙をこらえるような表情で、レイラは声を振り絞っています。勇気が要ることですものね、自分の想いを告げる事は。私も100年前、そうでした。
ですが……。
「言わないで、レイラ」
私は一歩前に進み、レイラの体を抱きしめながら、そう囁きました。私の言葉と抱擁ににレイラの体が軽く震えたのが判りました。
「……どうして?どうして聞いてくれないの?」
「レイラ、私は永遠の女帝 です。あなたと同じ刻を生きることができません。あなたのことは、大切に思っています。だから――」
そうすべきでない事は判っていましたが、それでも。私は静かにレイラの頬に口づけしました。愛情と、離別の儀式として。
「あなたにはあなたの刻を生きて欲しい。それは永遠で無くても、いいえ。永遠ではないからこそ、価値のあるものだと私は信じています。あなたには永遠がなくても――大丈夫です」
私の言葉は、それがたとえどれだけ美しく飾られていたとしても、レイラの恋心に対する完全な拒否でしかありません。
彼女が私に想いを寄せてくれている事は察していました。
でも、私はレイラと共に歩むことが出来ません。ああ、ウォルター。私はどうしてテロマーに生まれたのでしょうか。
大事な人と同じ時間を生きられない。
私は永遠よりも、普通に恋をして、愛する人と共に老いてゆける人生が欲しかった。
――いえ、今の私は……愛する家族を手に入れました。それで十分です。
「……ありがとう、アリサ。私、忘れない。あなたのことを。私が出会った永遠の女帝の事を」
私の腕の中でそう呟いたレイラの体をいま一度強く抱きしめてからそっと押し出し、私は一歩後ろに下がります。
レイラは静かに涙を拭いながら微笑んでくれました。その姿は、どこか儚く、それでも強く、そして美しく感じられました。
私達は互いの目を見つめ合い、別れの挨拶を交わします。
「「いつかまた、大宇宙のどこかで」」
それが悠久の刻を生きることを運命づけられた私、アリサ・シノノメと、希代の音楽家、レイラ・クロウリーの別れでした。
大切な姉妹達、そしてメナと合流した私達は5人で出星ゲートまで移動しました。色々な事があったこの星ともこれでお別れです。
アイリスさんは何かを察しているようでしたが、何も言わずにただレイラの手を握り、肩を優しく叩いています。私は黙ってそれを見つめることしか出来ませんでした。
全員で別れの言葉を交わし……そして、私達は思い出深いミラジェミナを離れました。




