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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第1部1章『いつかまた大宇宙のどこかで』CM41F3C-開端の惑星
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インターミッション『私だけの虹』CM41F3C-双虹の惑星

 ――雨が降っていた。


 辺境の惑星、CM41F3C。ギルドと呼ばれる組織が独占的に開拓を行っている……と言えば聞こえはいいが、実際の所ギルドの人間以外は興味を示さない、荒れ果てた惑星。その地表に今、雨が降っていた。

 乾燥したこの惑星では雨は年に数度しか降らない珍しい現象だ。そのため、入植から数十年が経ちこの惑星で生まれ育った住民達の間では「雨は珍しいもの」という共通認識が芽生えていた。


 なので、この星の子供達にとって雨は年に数度のお楽しみの日でもあった。多くの子供達が雨に打たれながらはしゃぎ回っている。だが、軒下で一人だけ膝を抱え、水たまりを見つめている少女がいた。銀色の髪に漆黒の瞳を持つその少女、トワ・エンライトは……雨が大嫌いだったから。



 彼女の父であったアルフレッド・エンライトはこの開拓団の保安部隊長を務めていた優秀なギルドメンバーで、開拓団長を務めるハロルド・ブースタリアの腹心であると共に親友でもあった。7年前、開拓団が新規のC3採掘場を探索するために派遣した調査隊の隊長としてハロルドが自身の最も信用するアルフレッドを充てたのは当然の人選だと言えるだろう。

 アルフレッドは部下を引き連れ探索に向かい……そして、重傷を負って一人帰還した。いや、一人ではない。彼は何故か、赤子を連れていた。


 アルフレッドがハロルドに対して語った調査隊の辿った運命は衝撃的なものだった。未知の遺跡。謎の装置。冷凍睡眠する赤子。機械生命体による襲撃。……そして、調査隊の壊滅。

 いずれも俄には信じがたい話であったが、現実に調査隊のメンバーはアルフレッド以外戻らず、アルフレッドは出自不明の女児……いや赤子を連れている。そもそもアルフレッドは冗談やでまかせを言う様な男ではなく、謎の赤子という疑いようのない物証が、重傷を負ったアルフレッドの言葉がいかに信じがたいものであっても、真実であることを示していた。


 未知の遺跡は、これまで人類が発見していない、人類とは起源の異なる知的生命体のものである可能性も考えられた。また調査隊を壊滅させたという機械生命体は開拓団の戦力では対抗できない可能性も高い。

 この惑星のC3埋蔵量がさほど多くはないと推測されていた事とあわせ、ハロルドにはこの惑星が貴重なギルドメンバーの命と引き換えにする価値があるかどうかを慎重に検討した。場合によってはギルド統括局に連絡を取り、撤退を進言するべきか。ハロルドは対応に苦慮した。

 だが、件の遺跡は大陸の反対側に位置しており、現時点で開拓団が拠点とする居留地への影響は皆無だ。機械生命体がアルフレッドを追跡してくる兆候も今のところみられない。それなら。ハロルドは状況を慎重に見極めながら、C3の採掘を継続するという決断を下した。


 次に問題になったのは出自不明の赤子だ。外見上は人類の嬰児に酷似している。だが、この赤子が異星人――他惑星を指す比喩的な意味では無く、本来の意味である人類以外の生命体――である可能性も否定はできない。そう考えたハロルドは怪しい赤子を居留地に置くことを躊躇したが、アルフレッドが命賭けで連れ帰った行為を無碍にするわけにも行かず、結局は厳密な医療チェックを行い問題が無ければ孤児として扱うことを決定した。

 医療チェックの結果、幸いにもその赤子は純粋な人類であることが判明した。つまり、遺跡は異星人のものではなく、かつてこの星を訪れた同胞のものであった可能性が高いことがわかったのだ。そのことは遺跡の謎という問題をある程度解消したが、同時に機械生命体の謎を浮き彫りにし、結局ハロルドの心は安まらなかった。


 赤子は銀色の髪に、虹色としか表現のしようのない不思議な瞳をしていた。アルフレッドは彼女に「トワ」と名付け、自らが引き取ると宣言した。名前の由来を問うハロルドに対してアルフレッドは答える。


「遺跡でこの子を呼ぶ声が聞こえた。確か、エトワとかアトワとか言っていた」


 だからこの子はトワなのだと。ハロルドはその名付けの安直さに苦笑したが、アルフレッドがその言葉がこの子の本当の名前かもしれないから、いずれこの子が出自を知りたがるときの手がかりとしたいと言ったことで、自らの短慮を深く反省した。


 アルフレッドは独身者であったため、ハロルドは居留地の住民達にトワはアルフレッドが旅先で部下との間に作った子供だという、やや苦しい説明を行うことにした。ハロルドは指導者として信頼されていたし、アルフレッドも優秀な男だと評価されていた。それでも、居留地の住民達が遺跡から発見した謎の子供を仲間として受け入れることは難しいとハロルドが判断したためだ。

 幸いにもトワにはシンガー能力があり、アルフレッドの娘としてギルドに登録する事には何の問題も無かった。むしろトワのシンガー能力は……そして身体能力もまた異常なほど高く、アルフレッドとハロルドは相談してトワの能力を隠す方向で教育することを決めたほどだった。

 居留地の住民達の多くは強面のアルフレッドに遠征中に子をなすような甲斐性があったのかと不思議に思ったが、実際にトワがそこに存在しているので、そんなものかと納得し、この話は平穏なうちに終わった。


 ところでハロルドには娘がいた。雨上がりの虹が綺麗な日に生まれた、アイリスという遠い古代における虹の女神と同じ名を持つ娘が。

 娘が生まれてしばらく後に妻は病死し、ハロルドは幼い娘と二人暮らしだった。同世代の子供よりも体が小さかったアイリスは病弱で、しばしば体調を崩した。開拓団長として多忙なハロルドにとって娘は愛しい存在ではあったが、同時に心労の種でもあった。

 一方でアルフレッドは遠征時の負傷が元で保安部隊長の勤めを果たせなくなっており、比較的暇な内勤の事務職を務めていた。そのためハロルドが多忙な時にはアイリスを預かり、トワと共に遊ばせることも多かった。


 トワの年齢は不明だったが、アルフレッドが冷凍ポッドからトワを救出した日を誕生日とした結果、トワはアイリスの一つ年下ということになっていた。肉体年齢はともかく、戸籍上の――もし存在するならば、だが――年齢でいけばトワは居留地の誰よりも、いや、ひょっとすると銀河に現存している人類の誰よりも年上だったかもしれないが。


 トワとアイリスの二人は幼なじみとして仲良く成長した。体は弱いが活発で行動的なアイリス。健康だが口数も少なく何を考えているか判らないところもあるトワ。二人の性格は全く似ていなかったが、不思議と喧嘩をすることもなく、家族ぐるみの幼なじみとして、半ば姉妹として二人は良好な関係を築いていく。

 だが、そんな幸せはトワが6歳の時に終わりを告げた。


 アルフレッドの死。元々負傷の影響で体力は落ちていたが、流行病に罹患したアルフレッドは周囲が驚くほどあっけなく命を落としてしまった。そして、アルフレッドが死んだのは、丁度雨の日だった。久しぶりの雨に浮かれて遠くまで出歩いていたトワが帰宅したときにはすでにアルフレッドは息を引き取った後で、結果としてトワは慕っていた父親の死に目に会えなかった。

 それ以降、トワは雨を嫌う様になった。


 唯一の身寄りである父親を亡くしたトワは、ギルドが運営する孤児院へ預けられることが決まった。孤児院は採掘事故で親を失う子供をギルドが責任を持って養育するための施設で、身寄りの無いトワが孤児院へ入るのは皆が当然だと考えていた。だが、アイリスだけはそれに反発した。トワは私の妹だから、私と一緒にここで住むんだ、と。

 娘であるアイリスの言葉にハロルドは困惑した。団長として多忙な自分はアイリス一人ですら満足に面倒が見られていないのに、そこへトワを引き取って育てられるとも思えなかったからだ。アイリスにその事を告げて、トワを引き取ることは難しいと説得を試みるハロルド。それに対して娘は答えた。


「なら、わたしがトワのめんどうをみる」


 アイリスはとても聡明な子供で、5歳の頃から既にハロルドの管理官としての業務を手伝い始めていた。5歳といえば、他の共達がようやくスクールへ通い、勉強を始める年頃だ。それなのに、アイリスは既にスクールで習う基礎的な知識を独学で習得し終えており、複雑なギルドの商取引やギルド憲章についても早い段階から知識を身につけていた。実際、アイリスはトワと遊ぶ時間以外の全てを、様々な勉強に充てていたのだ。

 ハロルドは何が娘をそこまで駆り立てるのか不思議に思ったが、アイリスはハロルドの問いかけに黙って首を振るばかり。ただ、ある時アイリスが小さな声で「わたしは、トワのとなりにいたいから」と呟いた事を耳にして、アイリスの努力は全てトワへの無償の愛であるということを理解した。


 結局トワはハロルドがアイリスに説得されるまでの1ヶ月間だけ孤児院で生活し、その後はブースタリア家に引き取られる事となった。そのときからトワ・エンライトはトワ・ブースタリアとなり、戸籍上もアイリスの実の妹になった。

 だが、ブースタリア家に引き取られたトワは以前に輪を掛けて口数が少なくなっていた。会話もまともに成立しないほどで「うん」と「ううん」以外の言葉をしゃべらない日が何日も続いたことすらあった。トワの事を良く知るハロルドとアイリスは、彼女のもう一つの変化に気がついていた。トワの瞳の色が、漆黒になっていたのだ。


 トワは元々表情の変化に乏しい少女であったが、その代わりに彼女の感情は瞳の色に表れていた。嬉しいときは金色に。興奮している時は赤に。悲しんでいるときは群青色に。くつろいでいる時は緑に……元々虹色の瞳は光の加減で色合いを緩やかに、そして多彩に変化させる。そのため、トワと付き合いの浅い居留地の住民達はたまたまその色に見えているのだろうと気にもしていなかった。だが、ハロルドとアイリス、そして父親のアルフレッドだけは瞳の色がトワの感情を示している事に気がついていた。

 そして現在トワが瞳に宿している漆黒は……彼女が深い絶望の中にいる証であった。



 ある雨の日も膝を抱えてトワは外を眺めていた。本来であれば今日はスクールで勉強をする日だったが、トワは雨天の外出を頑なに拒むためその日はスクールを欠席していたのだ。この日はたまたまアイリスも風邪気味でスクールを欠席していたので、ブースタリア邸では姉妹二人が揃って留守番をする形になっていた。

 黙って雨を眺めるトワにアイリスは尋ねる。雨は嫌い?と。それに対するトワの答えはアイリスの予想とは違っていた。


「あめ、こわい」


 トワは口数こそ少ないが、その言葉に曖昧さや誤りは無かった。嫌いではなく怖いと答えたということは、雨に対する恐怖がトワの心を支配し、それが瞳を黒く陰らせているのかもしれない。アイリスはそう思った。たぶん、雨の日に自分が外出すると誰か大事な人がいなくなるかもしれない……トワはそんな思いを抱いているのだろう、と。


 乾燥した惑星には珍しく、その日は夜遅くになっても雨は降り止まず、夕刻に一度帰宅したハロルドが採掘現場の降雨対策のため今日は現場に泊まるといって再び出て行き、トワとアイリスは二人きりで夜を過ごす事になった。

 昼間はまだ症状の軽かったアイリスだが、雨による気温低下で体調が悪化し、夜半頃には高熱を出してしまう。アイリスの枕元で彼女の手を握っていたトワは、姉の体温がどんどん上がっていくことに不安を募らせていた。


 だが、外は雨だ。もし、自分がアイリスを置いて出かけてしまったら、今度はアイリスまで失ってしまうかもしれない。そう考え、トワはその場を動くことが出来なかった。

 だが、アイリスの体調は悪化の一途をたどる。苦しそうな姉の姿に耐えきれなくなったトワは……雨の中、深夜の屋外に飛び出した。

 目指すのは、医療部の建物。だが、夜も遅くすでに医療部の建物には明かりも付いていない。それでもトワは雨の中、医療部の扉を叩き続けた。おねえちゃんをたすけて。そう叫びながら。


 夜警の保安部員がたまたまトワを発見したのはしばらく時間が経ってからだった。雨に打たれ、泣きじゃくりながら扉を叩き続けるトワを保護するが、トワの言葉は要領を得ない。ただ、彼女が団長の養女であることはその保安部員も知っており、泣きじゃくるトワが口にする「おねえちゃん」が団長の実子であるアイリスを指しているであろう事にも気が付いた。

 たすけて、という言葉から異常事態を察知した保安部員はブースタリア邸へ急ぎ、肺炎で危険な状態になっていたアイリスを発見した。無線による緊急手配で当直の医療部員が駆けつけ、アイリスは一命をとりとめた。だが、アイリスはかなり重篤な状態で、もしトワが朝まで自宅でハロルドの帰宅を待っていれば、アイリスは命を落としていた可能性すらあった。

 そのことを朝方に帰宅したハロルドは知り、自分の不在時に娘が生命の危機に陥ったことに後悔し、そして養女であるトワがそれを救ってくれたことに深く感謝した。


 一方のトワはアイリスの元を離れようとはせず、ずっとアイリスの手を握っていた。もう大丈夫だと告げる医療部員にトワはただ「やくそくしたから」とだけ答え、手を離そうとはしなかった。


 アイリスが目を覚ましたのはその日の夕方で、既に雨は上がっていた。薄日の差す室内で目覚めたアイリスは枕元でトワが眠っている事に気付く。そして、トワが自分の手を握りしめていることに気付き、優しい目でトワを見つめる。


「手、にぎってくれてたんだ……」


 前日、熱に浮かされ不安を感じていたアイリスはトワに「手を握っていて欲しい」と願い、トワはずっと握っていると約束したのだ。やがてトワも目覚め、アイリスが元気になったことを喜ぶ。トワの目はいつの間にか漆黒では無くなっていたが、悲しみや後悔を示す深い青になっていた。どうしたのかと問うアイリスに、トワは答える。


「やくそく、まもれなかった」


 助けを呼ぶためとは言え、アイリスの手を一度手放した。そのことをトワは悔いていたのだ。そんな妹の姿に、アイリスはトワが助けを求めてくれたから自分は助かったのだと告げる。しかしそれでも納得しないトワに、アイリスは新しい約束を提示する。


「じゃあ、かくしごとしないって、やくそくしよ?」


 トワが黙っていれば、アイリスはトワが手を離したことに気付かなかった。それでもトワは自分が約束を守れなかったと告白した。そんな誠実なトワの心を救いたい一心でアイリスは新しい約束を申し出たのだ。その提案は決してベストなものではなかったが、それでも……幼いアイリスは少しでもトワが感じている心の負担を減らすために、自分が思いつく最善の方法として、そう告げた。


「わかった……やくそく、する」


 ――かくして二人が生涯にわたり大切にし続けた「約束」は交わされた。



 それから3ヶ月程が経ち、久しぶりにCM41F3Cに雨が降った。相変わらずトワは軒下にしゃがみ込んでいる。黙って雨を眺めるトワにアイリスは尋ねる。雨は嫌い?と。それに対するトワの答えは……。


「きらい。ぬれると、さむい」


 アイリスを救うために雨の中を走ったあの夜。風邪こそ引かなかったがトワは随分と寒い思いをした。そのことを思い出しての発言だったのだろう。だが、アイリスはトワの答えが「こわい」から「きらい」変化した事に、瞳の色が漆黒ではないことに、安堵の笑みを浮かべた。


 やがて雨が上がる。日の差す空を見上げるトワの瞳は虹色に輝いていた。


 アイリスは――その瞳の色が、空に掛かる本物の虹よりもずっと綺麗だと思った。

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