#37
>>Iris
私はコテージのデッキで、一人夜空を見上げていた。今日はいろんな事があった。
私がトワとの約束をないがしろにしてしまったこと。
『絆』の影響を自覚したこと。
再び人を手に掛けてしまったこと。
アリサすら手に掛けそうになったこと。
そして……衆人環視の元で盛大に恥をさらしたこと。
メナに泣かれたこと。
トワによる『絆』の再調律。
そして――。
「夜風は体に悪いですよ?」
「セレスティエルなら、風邪も引かないんじゃないかな」
――アリサと義姉妹になったこと。
今日は本当にいろんな事でアリサに助けて貰った。
「アリサ、今日は本当にありがとう。それに……これからは姉妹としてよろしくね」
「はい、もちろんです。でも……」
アリサが小首をかしげて何かを考えている。
「トワ様……いえ、トワとアイリスさんは妹・姉の関係がはっきりしていますけど、私の立ち位置はどうなるのでしょうか」
言われてみれば、そうだ。その辺りは何も考えてなかった。でも、トワなら――。
「トワなら、きっと姉妹加入順でアリサが一番下の妹って言い出しそうな気がするかな」
「……私もなんとなくそんな気がしました。でも、私一番年上ですよ?」
「でも、トワがセレスティエルとして産まれたのは何千年も前だよね……そういえば、私がセレスティエルとして再生されたのは4日前だから、生後4日?」
「もう、訳がわかりませんね」
星空に負けないような綺麗な笑顔でアリサはそういう。本当に複雑で訳のわからない関係だ。でも、そういう理路整然としていない、混沌としている方が私達の関係に相応しいような気がした。
なにせ、私達の色を混ぜ合われた「白」こそが、私達の新しい関係の象徴だから。
「まぁ明日、トワが起きたらどうしたいか聞いてみようよ。私はあの子が思う様にさせてあげたいから。だめかな?」
「いえ、私もそう思っていました。出来れば妹扱いされるよりも姉扱いのほうを希望しますが」
「トワの姉呼びはキくわよ?」
「なんですか、その違法薬物みたいな感じは。いえ、なんとなく判る気はしますが」
そんな事を言いながら、二人で星空を見上げる。ふと気になり、アリサに声を掛けた。
「アリサ、トワへの気持ちは……良かったの?」
「……正直、まだ完全に整理が付いた訳ではないですけど……。私、そもそも100年前にフラれてますからね。それに私はトワと家族になりたかったんだと思います。なので、姉妹という関係で家族になれるなら……それは……たぶん……でも……」
そう言って言葉を詰まらせたアリサの瞳には涙が浮かんでいた。家族になったとはいえ、恋心を完全に諦めるのは辛いんだろう。
私も今日、「恋」がいかに強い感情であるか、そしてそれは理性でどうにかできるものではない事を学んだところだ。アリサが身を焦がす想いを感じているなら、私はそれに寄り添いたいと思った。
友として。姉妹として。家族として。
「アリサ、無理しなくていいよ。急に何かが変わるわけじゃない。これまで通りでいいと思う。たぶん、トワも急にアリサの態度が変わったら困惑するだろうし」
「……はい」
――それにトワは『恋愛』が理解できないように造られているのかもしれないから。
私はその言葉を口にせず、そのまま飲み込んだ。エレメントによる強制力は自我を上書きする程の力を持つ。もしあの子が「人」ではなく、「C3」だけを愛するように造られていたら……?
トワの特異な能力を思えば、そんな理不尽な事がまるで事実であるかのように思えてくる。ただ、トワが私に向けてくれる姉妹としての愛情は本物だ。
なら、アリサの恋を成就させるには……トワが抱くことができる「家族愛」の中にアリサを含めることが、最善ではないにせよ次善なのかもしれない。そんな事を思った。
「さ、中に入ろうか。眠れないならお姉ちゃんが添い寝してあげるよ?」
「アイリスさん相手なら、私の方が全面的にお姉ちゃんだと思いますけど」
「ははは……そうだ、アリサ?私へのさん付けも止めてね?あ、それともお姉ちゃんって呼んでくれる?」
「それはお断りします、お姉ちゃん」
いつの間にか日付が変わっていた。今日から、私達は新しい関係になる。
願わくばこの三人での旅が……いつまでも続きますように。
そう言ってコテージに戻った私達だけど、一度は寝室へ入ったアリサがすぐにリビングへ戻ってきた。
「どうしたの?」
「寝る場所が、ありません」
そうか、そういえば寝室では酔い潰れたメナとレイラが寝ているんだっけ。寝室にあるベッドは二つ。さすがに二人のどちらかを起こしてどける訳にもいかないし、アリサとしてはレイラやメナと添い寝する訳にもいかないだろう。
私達が使っている寝室ではトワが眠っている。となると……。
「私、リビングで寝ますね。仕事が忙しいときは良く執務室のソファで仮眠を取っていたので、慣れていますから」
アリサはそう言うが、まさか彼女一人だけをソファで寝かせるわけにもいかないだろう。なら……。私はアリサの肩をぽんと叩き、告げた。
「じゃ、姉妹仲良く一緒に寝ようか。それとも、お姉ちゃんと一緒じゃ嫌?」
「えっ……でも……その……」
照れているのか、迷っているのか。もじもじとしているアリサは普段の凜とした雰囲気とは違った、女の子らしい可愛らしさを振りまいている。
いや、本当可愛いね、私の新しい妹は。それこそ、間違いを起こしてしまいそうなぐらいに。
「では……その……よろしく、お願いします。お姉ちゃん」
「うん、素直でよろしい。じゃ、寝よっか」
「はい。……優しく、してくださいね?」
「いや、何もしないよ?」
目を見合わせて、二人でクスクスと笑い合う。私達は姉妹になったけど、関係はこれまで通り。関係が変わるんじゃなくて、そこへ互いへの家族としての愛情が加わるだけなんだ。
そう思いながら……私とアリサは同じベッドで眠りに就いた。
>>Alyssa
目覚めたとき、寝室には私一人しかいませんでした。昨夜の信じられない出来事は本当にあったことなのでしょうか?
それとも、私が夢で見た妄想なのでしょうか?そんな事を考えながら辺りを見回します。壁に吊されたハンガーに見慣れたワークジャケットが掛かっていました。あれは、トワ様の……。
ということは、ここはトワ様とアイリスさんが使っている部屋で、昨夜「姉」と一緒に眠るという気恥ずかしい選択をしたのは現実だった。
つまり、私はトワ様とアイリスさんの姉妹になった。そういうことなのでしょう。戸惑いと喜びを感じながら、私はベッドから身を起こします。
……でも、お二人とどう接すれば良いのでしょうか。昨夜アイリスさんと話していた感じでは…これまで通りが良いようにも思いますが。
とりあえずはこれまでと同じ感じで、様子を見ながら徐々に変えていくのが良いかも知れません。「姉妹方針」をそう決めた私は、寝室をあとにします。
リビングではアイリスさんが備え付けのホロビジョンでニュースを見ておられました。
チラリと画面に目をやると、ブラックホールに吸い込まれるかの様な急落チャートが目に入りました。トワ……いえ、やはり頭の中では呼び捨てにできません。トワ様は……アイリスさんの腕に抱きついて一緒にニュースを見ておられますが、退屈そうですね。
済ニュースのようですし、俗世の汚れとは無縁なトワ様にとって退屈でも仕方ありません。そんなトワ様の様子が愛おしく、私は微笑みながらお二人に声を掛けました。
「おはようございます。なにか面白いニュースでもありましたか?」
「アリサ、おはよう」
「おはよう。昨日の暴露が効いてネクスの株式が大暴落してるよ。前日比-64.7%だって」
「あら、それは大変ですね」
二人とも昨夜のことには触れず、普段通りです。その方が私も助かりますが。
そして、暴落の話。人ごとのように言っていますが、暴落の原因を作ったのはもちろん私達です。それにしても65%近く下がるとは思いもしませんでした。
ネクスの不正にここまで反応するとは、意外とこの星の人達は見る目があったのかもしれませんね。
信用失墜の影響は恒常的なものになりそうですし、おそらくネクスは解体とまでいかなくとも、大半の事業を手放す事になるでしょう。
今日はまだ大企業を名乗れていますが、そう遠くない未来に中小企業クラスまで事業規模が縮小するだろうと私は予測しました。
まぁ、因果応報というものです。経済的な悪事には経済的な制裁を。私にとっては法と経済原理の支配下にある企業など、いくら悪徳大企業とは言え所詮は与しやすい相手でしかありませんでしたから。
「株主の人、みんな損した?」
「ええ、共犯ですからね。おそらくは一人を除いて大損だと思います」
「一人?」
「アリサ、あなた……もしかして空売りした?」
「はて、なんのことでしょうか」
さすが私の姉、アイリスさんです、ちょっとしたヒントで私の仕掛けに思い当たったようですね。
空売り。それは「自分が保有していない株」を借りて売る行為です。
高値の時に売り、安値の時に買い戻すことで差益を得る、投資術の一つですが……今回、私はギルド管理官の信用をフル活用してネクス株を大量に空売りしておいたのです。
なにせ、大暴落する事は判っていましたからね。
「それ、インサイダー取引だよね?」
「うふふ……」
笑ってごまかしましたが、ジト目でアイリスさんが行う指摘はもっともです。私達がネクスの株価暴落を仕掛けたのですから、通常であればこれはインサイダー取引だと糾弾されるべき行為でした。ですが――。
「アイリスさん、これを」
そう言って私がホロディスプレイに投影するのはミラジェミナの証券取引法の一項目、インサイダー取引に関する規定の細則でした。
「……なに、これ」
その項目を読んだアイリスさんは、眉をひそめて不快げにつぶやきました。ええ、気持ちはわかります。
昨日、私がこの条項を発見したときにも、呆れて思わず「はぁ?」などという品の無い声が出てしまいましたから。そこに書かれていた一文は……。
「――ただし、当規定はモーリオンギルド関係者には適用されない。……アイリス、どういうこと?」
項目を読み上げたトワ様がアイリスさんに説明を求めておられます。まぁ、書いてある通りなのですが。
この一文はギルド管理官である私のインサイダー取引を免責するものであると同時に、もう一つの事実を告げています。すなわち、この星における搾取の構造にギルドが深く関わっている、ということを。
もの言いたげなアイリスさんに軽く頷きます。アイリスさんもそれで理解したのか、それ以上は追求してきませんでした。ええ、これも「メナ案件」として処理して頂きましょう。
もちろん、私の行いは個人的な儲けのためのものではありません。空売りで得られる利益は投資家から巻き上げたお金という事になりますが、ネクスに投資しているα側の人間は、ネクスを支持する間接的な加害者だと私は考えています。
その彼らに対する制裁という意味が一つ。もう一つは……ネクスが不当に得ていた利益は本来、βの人達が得るはずの逸失利益です。それを私が代理徴収して、βへの投資や環境保護にあてる基金として還元するという訳です。
それに……強制労働させられていた子供達の保護にも、もちろんこの基金は使います。
リーダーであるザックが死に、ダーククロウの連中が官警に捕縛されたことで現状はひとまず落ち着いていますが、βの環境そのものが改善されなければいずれまた同じ事が起きるかも知れませんから。
この辺りの具体的な処理はこの星の住人であるヒナに任せることにしていますが……。
まぁ、私は正義の味方ではないので手数料分ぐらいは頂いても良いかも知れませんけど。
「アリサ、悪い顔してる」
「トワ様!?酷いです!今日も朝からトワ様のためにばっちりスキンケアする予定ですのに!」
「いや、悪い顔ってお肌の状態じゃないよね?というか、そもそもアリサはスキンケア要らないでしょ?あ、そういえば私も要らないんだっけ……便利だね、セレスティエル」
自分の頬に触れながら気楽な様子でアイリスさんは言いました。その様子を見ていると、ご自身のエレメントである『絆』との折り合いはうまくついたように見受けられました。
私としてはネクスや投資家のことよりも、そちらの方が重要事項です。なにせ「お姉さん」の事ですからね。
「そういえばメナさんはどうされました?レイラの姿も見えないようですし」
「ああ、二人なら散歩に行ってるよ。バタバタしてたし、母娘水入らずで過ごしたいんじゃないかな」
「そうですか。では、私達は姉妹水入らずで……」
「姉妹……」
丁度良いタイミングなので、私は昨夜の話を切り出しました。ですが、トワ様はきょとんとした表情をしておられます。もしかして……昨日のこと、忘れてますか?
「アリサ、私がお姉ちゃん」
「いえ、出来れば私が姉でお願いします」
「えー。加入順だと、アリサが妹」
良かった、覚えておられたようです。それにしてもやはり加入順を主張されますか。アイドルグループではないのですが……。
その後3人で話し合って、長姉がアイリスさん。次姉が私。トワ様は妹という事になりました。トワ様はとても不服そうでした。元々姉妹だったお2人の間に割り込む形になったのは若干心苦しいですけど、でもこれが一番自然だと思うのです。
3泊4日のリゾートは思ったよりも波瀾万丈でしたが、いよいよ私達のバカンスも終了です。




