#36
明日に備えて英気を養うといって、レイラも寝室へと去った。私もそろそろ寝ようかと思っていると、今度はトワが声を掛けてきた。
そういえばこの子、打ち上げの時から殆ど話してなかった気がする。
「アイリス。私を守るために、無理した?」
「無理というか……ううん。隠し事はしないって約束したからちゃんと話すね。実は――」
私は自分の意思を上書きする『絆』について、自らの判る限りのことをトワに話した。
そして、トワを守るという意思が暴走して、ザックを手に掛けたこと。さらには危うくアリサまでも殺してしまうところだったことも。
全てを話すとトワに嫌われるんじゃないかという恐怖はあった。でも、隠し事をしないというのは、私とトワの間で一番大事な――そして、私が一度破ってしまった約束だ。
もう二度とこの約束は破らない。その覚悟を込めて、全てを包み隠さず話した。
私の話をじっと聞いていたトワは、しばらくうつむいて無言で考えていたようだけど、やがて意を決した様に顔を上げるとはっきりとした口調で告げた。
「アイリス、話したいことがある。外で。アリサも来て欲しい」
トワの意図は良くわからなかったけど、私とアリサは無言で頷き、トワの後について……夜のビーチへと向かった。
今日も夜空には雲ひとつなく、ミラジェミナαの惑星明かりが白い砂浜を優しく照らしていた。トワはしばらく無言で星空を眺めていたが、やがて私の方を向いて、言った。
「私、言葉だと伝えられない。だから、歌で伝える」
そういうとトワは私の手を取り、歌い始めた。落ち着いたアルトでトワが歌うのは、スクールで最初に学ぶ友愛の歌。
血統主義を掲げるモーリオンギルドにおいて、同胞は友であり家族である。そしてその家族を守る事が自分達の誇りである――そう高らかに歌いあげる、ギルドの象徴ともいえる歌だ。
スクールに在学中、私はこの歌詞にギルドが与えたプロパガンダの意志を感じてこの歌を毛嫌いしていた。
こんな歌が無くても、当時義理の姉妹になったばかりだった自分はトワとちゃんと姉妹に、家族になれると思っていたから。
だけど今、トワが歌うその歌は私の心の中に予想外の温もりを与えてくれた。落ち着いたトワの声は、彼女が私を受け入れてくれている事を伝えてくれている。
そして目を見開いてトワの歌を聴いていた私の耳にもう一つの歌声が聞こえた。
澄んだソプラノの歌声。神々しさと清廉さに満ちたその声は――アリサの歌声だった。
私とトワの手に自らの手を重ね、にっこりと微笑むアリサ。彼女の落ち着いた歌もまた、私の中に流れ込んでくる。彼女を殺そうとした私を、赦してくれている。そう感じられた。
思わず、私も口ずさんでいた。これまで軽視し嫌悪していた歌を。私の中で滾る想いがメゾソプラノの歌声として開放されていく。
歌いながら、気がついた。
トワの体が碧の輝きを帯びている。
その隣で歌うアリサは蒼の輝きを。
そして……私自身の体からは朱の輝きが。
三色の輝きは大きくなり、やがて取り合った手の上で渦を描く様に混じり合い、溶け合い……ついには純白の輝きとなった。
そして、その光は……ゆっくりと、私の中へと吸収されていく。これは……調律?
昨夜トワが行っていた、混合と再調律のプロセスが私の眼前で再現されている。
私の中の『絆』が、トワの再調律の影響を受けていることを感じる。
――やがて三重唱は終わり、私たちを包んでいた光はゆっくりと消えていった。
「……お姉ちゃん。大好きだよ」
そういって微笑んだトワの瞳は温かい白い光に包まれていた。この瞳の色は……初めて見る。
とても綺麗な色だけど、どういう感情なんだろう。そう考えていると、トワはゆっくりと、私に向かって倒れ込んで来た。
「トワ様!?」
「……調律疲れだね。トワ、大丈夫?」
「うん。少しだけ、このままでいさせて」
「ええ、もちろん」
トワが危険な目にあったというのに、私の心は朱色に満ちることもなく穏やかだった。
ああ、私の中の『絆』は私と一つになった。私は自分の『絆』をコントロールできる。そう感じられた。
感謝と愛おしさの気持ちに、私は目を閉じたトワの体をそっと抱きしめる。
しばらくそうしていた時に、ふと気がついた。
「……アリサが歌うの、初めて聞いたよ」
「私も一応、シンガーのはしくれですからね。でも、恥ずかしくて歌えませんよ、トワ様の前でなんて」
まぁ、確かに最上位のSランクシンガーであるトワの前で歌うのは、よほどの自信家でないと無理だよね。私だって、トワの前で調律しようなんて思わないから。
「アリサ、シンガーのランクは?」
「それ、今聞きますか?」
「いいじゃない、教えてよ。私はCランクだけど」
「アイリスさんの意地悪」
「で?」
「どうせ私は落ちこぼれのEランクですよ!」
そんなことを言っていると、私の腕の中で休んでいたトワが目を開いて私の方を見つめていた。瞳はまだ白いままだ。
「アイリス。アリサ。二人にお願いがあります」
「どうしたの、改まって」
「私に出来ることなら、なんなりと」
いつもと違う、自然な口調でそう言ったトワは、柔らかく微笑むと「お願い」を口にした。
>>Alyssa
トワ様の「お願い」は私にとって青天の霹靂でした。
「あのね、私……アリサとも姉妹になりたいの。だめかな?」
私が?トワ様と姉妹に?
私は、ただお二人の旅に付き従う同行者に過ぎないのに……?
あまりのことに言葉が出ず、ただ呆然とトワ様の白い瞳を見つめることしか出来ませんでした。
「私は、賛成だよ。もちろん、アリサが良ければ、だけど」
アイリスさんが微笑みながらそう言ってくれました。トワ様も黙って頷かれます。私が?本当に?そんな事が……許されるのでしょうか?
「私で……いいの……ですか?」
自分でも情けないことですが、声が震えていました。刻の流れの中で私は両親を失い、義父を失い、そして育んできた子供達とも別れました。そんな私が、新しく家族を持つことが許されるのでしょうか。
「アリサは、私と姉妹になるのは嫌?」
「そんな事ありません!」
あるわけがありません。ただ、怖いのです。私はもう家族を失いたくないから。でも……お二人なら。私と同じ長い刻を生きられるお二人なら。私は、今度こそ大切な人と最後まで人生を共に歩むことが出来るのでしょうか?
トワ様も、アイリスさんも黙って私の事を見つめています。私は――。
「……ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
「アリサ、それ……嫁入りの挨拶じゃない?」
「ホントだね。アリサ、嫁入りするならブースタリア家?それともエンライト家?」
「それはもちろん……って、あれ?もしかして、姉妹になったら、私トワ様と結婚できないのでは!?」
「ん……でも、家族にはなれるよ。ダメかな?」
私は恋愛感情を通じてトワ様に何を求めていたのでしょうか……?
改めて考えると、私は……トワ様と家族になりたかった……?もしそうだとしたら、叶わないはずだった私の恋心は、姉妹という形で成就するのかもしれません。これは失恋なのかもしれませんが、それでも……私が望んだ形の関係になれるのなら。
「いえ。嬉しいです。お二人と姉妹になれることが」
私の言葉に、トワ様もアイリスさんも頷いてくれました。
「白い砂浜。白い光。そして白夜の様な惑星明かり。白づくめだね」
そういってトワ様は優しい表情で周囲に目を向けられました。
「――なら、私達が義姉妹になる誓いは……『白夜の誓い』だね」
そう言ってトワ様が差し出された手に、アイリスさんが手を重ねます。お二人の、姉妹の絆。そして……そこへ、私も手を重ねます。
「ずっとふたりと一緒に、皆で遠くへ、どこまでも大宇宙を旅したい。私は自由を象徴する碧の調べであることを誓う」
「なら私は情熱を象徴する朱の旋律だね。旅の道行きを照らす炎として、皆が迷わないように先導することを誓うよ」
「私は見守るもの。守護するものとしてお二人の旅を支えます。そして共にあらんことを。調和と理性の蒼き旋律となることを誓います」
「私達は……ずっと姉妹だよ」
涙がこぼれました。今この瞬間……私の100年の恋は破れ、そして新たな絆が成就したのです。
その後、疲労で眠りに落ちたトワ様……いえ、もう姉妹になったのですから、トワと呼ぶべきですね。ともあれ、トワをコテージに運び、私達の誓いの夜は更けてゆきました。




