#35
その後、コンサートホールを離れた私達はとりあえずコテージへ戻り、水着から普通の服へと着替えることにした。
私はジェミナポートで買ったガーリーなベビーブルーの夏向けシャツワンピース。パフスリーブやリボンウエストが特徴なやつだ
。
トワにはペールイエローの色違いで同じデザインのやつを着せた。トワはいつものように服を着る事にちょっとだけ抵抗したけど「お姉ちゃんとおそろいは嫌?」と聞いたら意外とすんなり納得してくれた。
あまりの可愛らしさにちょっと『絆』が暴走しかけたのは秘密だ。
アリサは体型がわかりにくい服を着ないと動画の「女神」だとバレるからと言って、レイラのムームーを借りて無理矢理に着せた。アリサは腑に落ちない顔をしていたけど、何故かレイラが盛り上がっていた。
コンサートの打ち上げを兼ねたディナーパーティをしようということになったので、アリサとレイラが厨房で準備をしてくれている。
私も手伝おうかと言ったのだけど、じきにメナが来たらどうせ厨房にはいられないからと言われてしまった。それ、私が捕まって尋問される前提だよね……。
手持ち無沙汰になったので、私は一度寝室へ引っ込んでXthの分解整備でもすることにした。
慣らしもなしにフルチャージショット使ったからちょっと心配なんだよね。トワは私にくっついてきているけど、何をするでもなくXthを分解する私の手元を見ている。
「見てて、楽しい?」
「うん。アイリス器用だなって」
「そっか、ならいいけど」
そんなことを言っていると、いきなりコテージのドアが乱暴に開かれる音が聞こえた。ネクスかダーククロウの襲撃!?
いや、そうじゃない事はわかってる。
「レイラっ!さっきステージにいた人っ!」
挨拶もなしに大声でレイラを詰問している声が聞こえる。私の記憶にある良く通る自信に満ちた彼女の声より、少しだけ年期を重ねた印象。
でも、その声はメナ・クロウリーの声だということはすぐには判った。トワと目を見合わせ、一瞬肩をすくめた私は静かに席を立ち、リビングへ向かう。
「メナ、声が大きいよ?」
「……!英雄アイリス……どうして?あなた……あなた、死んだって……!」
それまでの激高が嘘のように、幽霊でも見たかのような表情でそう呟くメナ。うん、まぁ気持ちはわかる。公式に死んだとアナウンスされた人間が生きてる訳だからね。
「もしかして、あなた……アイリス・ブースタリアのクローン……?でも、じゃあどうして私の名前を……?」
さすがジャーナリストだ。人間が生き返ったと考えるより、もっと現実的な可能性……クローン再生をまず考えるとは。まぁ、私だって死んだ人間が生きてると聞いたら真っ先にクローンを疑うけどね。
「未来を信じて生きること……ちゃんと贖罪になったみたいで良かったよ」
「その言葉は……!じゃあ、あなた、本当に……アイリス、なの?」
「ええ、お久しぶり。『私』にとっては数日ぶりの再会だけと」
かつてメナに告げた言葉を再び彼女に投げかけたことで、私がクローンではなく彼女と出会ったアイリスだと言うことを伝えた。
ただ、私の中で現在進行形で自己認識に若干の揺らぎがあるので、本人だと断言することはできなかったけど。まぁ、それでも伝わるだろう。
そんなことを考えていると、いきなりメナに抱きつかれた。えっ!?私達ってそういう関係だっけ?確か私とメナって敵対……とまでは言わないけど、対立関係だったよね?
「ごめんなさい。本当にごめんなさい……私が起こした騒動のせいで、あなたを死なせてしまった。多くの人を救うことが出来る、英雄であるあなたを……」
私に抱きついてそういうメナは……沈着冷静なイメージがある彼女にはそぐわない、滂沱の涙を流していた。
彼女の言葉の内容は半分ぐらいしか理解できなかったけど、それでも彼女が何か重い罪悪感を背負ってこれまで生きてきたのだということは判った。
「でも、どうして?ギルドの記録では確かに死亡除籍だと……何かの特殊任務で、死亡を装って……?」
「いや、本当に死んでたみたい。冷凍睡眠の事故でね」
「……!じゃあ、どうして……」
「記事にしないって約束してくれるなら、教えるよ」
「しません。誓います」
「ジャーナリストとして、そこを即答していいの?」
重い話になる気がしたので、予防線として少し軽めのジャブを放ってみたけど、メナには全く効果は無いようだ。変なところで真面目で思い込み強そうだからなぁ、メナって。
そんな事を思いながら、私はメナに事情を話した。と言ってもレイラに話したのと同じ、セレスティエルや再生という真相は伏せ、機族の技術で蘇生したという体でだけど。
「そう……そんな事が……。じゃあ、私の罪は、無かったことにはならないのね。私があなたを死なせたということは事実だから」
「んー、それは違うんじゃない?あなたが何かをしなくても、誰かが同じようにしていたかもしれないし。そもそも大統領が逃げた時点で星の荒廃は必至だったでしょ?第一、疫病の蔓延はあなたが原因じゃないんだし」
「それは……」
「ヴェリザンへ向かった事がアイリスさんの死を招いたというなら、ヴェリザンへ向かう原因となった私の方が罪深いですね」
厨房がら私達の会話を聞いていたのか、アリサが料理の手を止めてそう声を掛けてきた。
そういえばアリサも昔、理不尽な目にあいながらも自分が悪いんだって思い込んでた時期があったっけ。メナの話を聞いて、昔の自分を思い出したのかもしれないね。
たしかにメナの理屈では、私達がクレリス行きの船に乗りそびれる原因を作ったアリサやベルンハルトが悪いという事になる。
いや、それ以前の話をすれば、私が故郷を旅立つ理由となったトワの存在が悪いということにもなる。そう指摘すると、メナは何事かを考え込んでいたようだが、それ以上は自分が悪いとは口にしなかった。
その後、アリサとレイラの手料理と、ため込まれていたスイーツやつまみでコンサートの成功を祝う打ち上げを行った。
二人の料理は美味しかったけど、トワに抱きつかれて動けない私に、ぐでんぐでんに酔ったメナが――意外な事に彼女は泣き上戸だった――が絡んできて、本当に大変だった。
話を聞くとメナもかなり大変だったらしいけど、彼女が作り上げたという「芸術復興アーカイブ」の構想とその成果については私も手放しで称賛を送った。
私の称賛にレイラが何か口を挟みかけたけど、たぶんその話を聞くと今夜は話が終わらなくなる気がした。なので、私はレイラを焚きつけて、アリサと二人で夜の散歩に行く様に仕向けることで難を逃れることにした。
酔い潰れたメナをレイラ達の寝室へ運び、リビングへ戻ったタイミングでレイラとアリサが戻ってきた。
アリサはいつも通りの様子だったけど、レイラは少し元気の無い様子だったので、少し気になって声を掛けてみた。すると……。
「コンサートも無事に終わったし、星空が綺麗だったから、思い切ってアリサに告白しようと思ったんです。でも……アリサが星空の下で告白に失敗したって言う話を思い出して、急に勇気が出なくなって」
私が「恋愛相談」する前にカウンター恋愛相談を喰らってしまった。いや、だから私そういうのは良くわからないんだけど……。
「アイリスさん達、明日にはここを発つんですよね?」
「うん、そのつもりだけど……」
「じゃあ、明日には……覚悟を決めて、告白します。次にまた会えるかなんて、判らないから」
この宇宙では、星々の世界を旅する人々の出会いは常に一期一会だ。よほどの幸運、偶然が無ければ「次の機会」は存在しない。
だから言わずに悔やむより、結果がどうであれ告白する方がきっと前向きなんだろうと私は思った。そして改めて、レイラは強い子だと思った。いや、レイラはもう、私より10歳近く年上の大人の女性だけだけどね。
でも、どうしても初めて会ったときの、幼かったレイラを思い出しちゃうんだ。それだけ彼女が純粋な心を持ち続けているって事だと思うけど。




