#34
>>Iris
転がったままのダーククロウの連中は無視し、一気に階段を駆け上がり……その勢いのままコンサートホールの扉を蹴破る!
セレスティエルとなり鋭敏になった私の目に飛び込んできた状況。それは既に高まっていた心拍数をさらに跳ね上げるのに十分なものだった。
クリスタルオルガンが設置されたステージ上に3人の人影。1人はレイラ。もう1人は昨日リハーサルの際に見かけたこのリゾートホテルの支配人と名乗っていた男。そして最後の1人は――私にとって誰よりも大事な、そう、自分の命よりも大事だと断言できる存在。トワだ。
そしてそのトワはレイラを背に庇い、刃物を振り上げた支配人の眼前に立ちはだかっている。一目で見て取れたその光景に、頭の中は一瞬で朱色に染まる。
トワを傷つけようとする者は――殺す!
手にしていたたブラスターの銃口が無意識のうちに支配人の頭を狙っている。指がトリガーに掛かり、意識が『絆』に持って行かれそうになる。
待て、間違えるな、アイリス!
私がすべきことはトワを守る事であって、あの男を殺すことじゃない!優先順位を間違えるな!
私は心の中で絶叫する。そして僅かな腕の動きと共に……指がトリガーを引ききった。
手の中のブラスターから撃ち出された朱の光弾は、狙い過たず男の頭……をかすめ、振りかざしていた刃物を打ち砕いた。
……よかった、『絆』を押さえられた。優先順位を考え、殺意をペンディングする。
これなら、私は自分をコントロールできるかもしれない。ただ、これは無理矢理に衝動を抑えつける応急措置でもあるから、反動は大きそうだけど…。
安堵の息を吐く私の隣に追ってきたアリサが現れた。一目で状況を把握したのか、歌声でレゾナンスブレードを起動したアリサが一足飛びにステージ場へ上がる。
「二度目は、ありませんよ?」
アリサは発振状態のレゾナンスブレードが生み出す蒼い刃を支配人の首元に押し当て、笑顔で恫喝した。目が全く笑っていないし、アリサの冷たい殺意がここまで届いてくる。
あっ、支配人が泡を吹いて倒れた……。職業軍人であるネクスの兵士達すら昏倒させていたんだ。素人である支配人があの圧を受けて耐えられるはずもないか……。
「アイリス!アリサ!」
「アリサ!アイリスさん!」
会場に飛び込んできた私達の方をみて、ステージ上にいた2人が声を上げた。呼ぶ順番で、どちらがどちらかよく分かる。そんなどうでもいいことを考えながら、私も観客席の間を通りステージに上がると、トワを抱きしめた。
「トワ?大丈夫?怖くなかった?もう大丈夫だからね?ほら、お姉ちゃんに甘えていいのよ?泣いても大丈夫だから。ね?可愛いよ、トワ、大好き!ああ、私の妹はどうしてこんなに可愛いの!?もう、大好き!!」
自分の意思とは関係無く、トワへの好きがあふれてくる。これは……きっとペンディングにした『絆』の反動だ。
でもこれは必要な事。棚上げにした殺意をため込んだまま「排熱」しないと、きっと私は『絆』に飲まれて暴走してしまう。なら……トワへの想いを過剰な可愛がりという形で、熱を逃がすのは一つの方法だ。
頭ではそう冷静に考えているけど、体と感情はトワを愛でる事に全力で集中している。たぶん、傍目から見ると私の行動はかなりぶっ飛んで見えるんだろうな。
そう感じながらも、私は衝動に流されるままトワを抱きしめ、愛で続けた。
「すばらしい!感動的だ!」
「真実の暴露に続いて、まさかこんな美しいドラマまで見られるとは!」
「さすがレイラ・クロウリーのコンサートだ!演出もすごい!」
「いや、さっきの殺気、本気だったよな?おれ、ちょっとチビっちまった……」
――はい?
よく見ると、客席にいた聴衆達がスタンディングオベーションを送っていた。演奏を終えたとおぼしきレイラにではなく、ステージ上で抱き合う私とトワに。
え、もしかして今の私の奇行、みんなに見られてたの?
「アイリスさん、このコンサート、惑星中に中継されてるよ。αにもβにも」
昏倒している支配人の横で、アリサに抱きついているレイラがそう言った。
「ちょっと待って?私、惑星中にトワ大好きを晒したの!?いや、大好きだけども!」
「お姉ちゃん、私も大好き。ちょっと恥ずかしかったけど」
「……だよね。でも、恥ずかしがってるトワも素敵。可愛い!天使だよ、トワ!ああ、好き好き大好き!」
……まだ「排熱」は終わってなかったようだ。まぁ、かまわない。どうせ私たちは明日にはこの星を離れるのだから。
旅の恥はかき捨て。いい言葉だ。
満場の拍手を浴びながら、私はぼんやりとそんな事を考えていた。トワを愛で続けながら。
その後、楽屋裏に引き上げた私の前にもう一つの難敵が現れるという予告があった。
楽屋に置いてあった携帯端末を手にしたレイラが、一瞬ギョッとした表情を浮かべてからしばらく端末を操作し……そのあとで、額に汗を浮かべながら私に向かって声を掛けてきたんだ。
「アイリスさん。私のホロフォンに鬼電が入ってます」
「大体想像付くけど、一応聞いておこうか。誰から?」
「ママからです」
「デスヨネー」
レイラの言葉に、思わず感情のこもらない声でそう答えてしまった。まぁ、予想は付いていたよ?なにせレイラのコンサートはミラジュミナαにも中継されているということは今回の曝露作戦の肝になる要素だから、私だって承知していた。
そして現在ミラジュミナαにいるであろう子煩悩なメナが中継を見ていない訳がない。なにせ自分たちが陰謀を仕組んだステージだしね。レイラの晴れ姿を見るために、そして仕込みの成果確認も兼ねて……必ず中継は見ているだろうから。
そして、その壇上で死んだはずの「英雄アイリス」が登場した。それも、衆人環視の中で妹を愛でるというぶっとんだ奇行を晒しながら。そりゃ、どうなってるのか娘に問い合わせたくなるのも当然だ。
メナの側の状況が想像できる以上、彼女がここへ来ることは不可避だろう。ならせめて迎撃の準備ができるように状況だけは把握しておくべきだ。そう考えた私はため息をついてから、レイラに問う。
「で、最後の着信は?」
「えっと……79回着信があって、メッセージが121件入ってるけど、20分前が最後かな」
「αからβまでって、最速でどれぐらい掛かるんだろうね……」
『アイリス様、ヒナがお答えします!VIP用乗り継ぎルートを使うと最速で135分で到着します!』
「えっと、ヒナ?もしかして、ずっと聞いてたの?」
『はい、トワ様への想い、じっくり聞かせて頂き――』
「タブ、回路強制遮断。この秘匿通信網ごと破壊して」
[Ready...Completed.]
「アイリスさん、ちょっと酷くないですか?」
「今、余計なことを言われると殺意が抑えられなくなるかもだから」
「ヒナさん、味方ですよね!?」
ともあれ、状況は判った。あと2時間ぐらいしたらメナがここに来るらしい。元々この件が片付いたらメナとコンタクトをとるつもりではいたけど、予想外の形で私の生存場バレてしまったことで、随分と面倒なことになりそうだ……。
レイラとトワ、アリサは無事にコンサートと暴露が終わって一息ついた雰囲気だけど、この後の展開を思うと、私はとてもそんな気にはなれなかった。
もちろんメナに会うのが嫌なわけじゃないけど、「生き返った」ことを根掘り葉掘り聞かれたら面倒だからね……。どう弁解しようかと頭を悩ませる私を余所に、時間だけが過ぎてゆく――。




