#33
>>Iris
そうか、「恋」か……。私はトワに、妹に恋してたんだ。アリサの例え話に、思わず微笑みが浮かんだ。
ねぇ、トワ?お姉ちゃんはあなたの事が好きでたまらないみたい。まぁ、恋愛感情じゃないのは承知しているけどね。
そして、思い出した。昨日のレイラの事。恋愛相談を持ちかけてきたレイラに、私は言ったじゃないか。まずは目先のことに集中して、色恋沙汰は先送りだって。
そしてレイラはそれを見事に実践してみせた。なら、私だってできるはずだ。『絆』がどれだけ私を振り回そうとしても、その強制力をペンディングにして、自分がすべきことをする。それができれば……大丈夫だ。
そして改めてレイラの事を思う。こんなに胸を焦がす想いをしながら、それでも自分のすべきことをちゃんと進めている。
すごいな……いつの間にか、そんなに強い子になってたんだ。私、あの子の事を少し侮っていたのかもしれない。後でちゃんと話をして謝らないと。
そして……乗って貰おう。私の「恋愛相談」に。
私がそんな事を考えていると、アリサが拾い上げたレゾナンスブレード再起動し、それをネクスに突きつけながら宣言していた。
「貴方たち。これ以上やるなら全員死ぬことになりますけど、どうされますか?私もこの馬鹿の言葉に心底腹を立てていますので、もう手加減する気はありません」
アリサの言葉に既に戦意喪失していた私兵達は全員武器を捨てた。賢明な判断だね。
この人達も私達やレイラに恨みがあって攻めてきた訳じゃないだろうし。つまらない仕事に命を賭けることもないと考えたんだろう。これで一件落着――。
「ところでアイリスさん。この指揮官だけは始末しませんか?トワ様を狙うとか、罪が重すぎます。ギルティです。丁度あそこに海がありますから、死体の処理は簡単ですよ」
アリサの言葉に、一瞬私の中で殺意が芽生えかける。いやまて、指揮官は今完全に気絶している。危険性はない。私は『絆』にそう言い聞かせる。
「いやいや……って、それ本気で言ってるでしょ?」
「もちろん本気です。魚たちも思わぬ餌に喜ぶことでしょう」
「だから洒落にならないって」
「洒落じゃありません」
「トワがドン引きするよ」
お願い、アリサ。あまり強弁しないで。私の理性はアリサの言葉を否定しているけど、彼女が言葉を重ねる度に感情の奥底で同意したい気持ちがわき上がってくるから。
なので、私はトワの名前を出した。
「……もちろん、冗談です。リゾートジョークってやつです。でもお魚さんが喜んで環境保護には役立ちそうですけど」
「そんなジョーク聞いたことないし、不法投棄は環境破壊だからね?それより戻ろう、まだレイラのコンサートやってるかもしれないし」
なんとかアリサの誘惑を断ち切ることに成功した私はネクスを放置してコンサート会場の方へと踵を返した。
ネクスは私達に目もくれず倒れた仲間を介抱して撤収しようとしている。あの怯えた様子、こちらを見ると視線で殺されるとでも思ってるんだろうな……。うん、まぁあながち間違ってないけどね。
でも、こんな極上の水着美少女二人を捕まえて、その態度は失礼じゃないかな。
それはともかくこれでコンサート会場が襲撃される事は防ぐことが出来たし、ネクス私設軍の動きも当面封じることが出来るだろう。
なにせ「小娘」二人、それも一人は「痴女」だ。そんな二人に部隊が壊滅させられた訳だし、まっとうな感覚を持つ指揮官なら追撃の指令を出したりはしないだろう。
……そういえばアリサの眼鏡を預かったままだった。私は水着の胸元に引っかけていた眼鏡をアリサに手渡す。彼女は受け取った眼鏡を自然な様子で掛けた。
「ありがとうございます」
「眼鏡無しであの銃弾の雨を見切ってたの?」
「あ、言ってなかったですね。これ、伊達眼鏡なんですよ」
「そうなの?じゃあ最初に出会ったときから?」
「いえ、あの頃は本当に殆ど見えてなくて……でも、目の傷も癒えましたから」
その言葉の意味を理解した私の中にベルンハルトへの怒りがこみ上げてきた。あいつ、そんな事までしていたのか……!
けどまぁ奴はもう私がこの手で仕留めている。実感無いけど、100年も前に。
「じゃあどうして今も眼鏡を?」
「支部長とか評議員の仕事をしている時は眼鏡をしていなかったので、イメチェンですね。これだとペレジスでも私だと気付かれませんから」
そういえばトワがアリサは映画に出演したとか言ってたっけ。ペレジスでは有名人なんだろうか……って馬鹿か、私は。
絶世の美女でギルド支部長と評議員を兼務してて、しかも老化しない人間が有名ではないなんてこと、あるはずもないじゃないか。
「あと、トワ様にとっての私は、こちらの姿でしょうから」
「あの子の為に気を遣ってくれてるんだよね。ありがと、アリサ。あなたがトワのそばに居てくれて本当に良かった」
「もったいないお言葉です。でも、一緒に居たのはほんの数日ですけどね。予定では15年の旅だったんですが」
「ああ、アルカンシェルのせいだね……便利だけど旅情ってものはなさそうだよね、超光速航行」
「そうなんですよ!聞いてくださいよ、アイリスさん!」
ちょっと不満げにそんな事を言うアリサは、先ほど殺気だけで大の男を昏倒させていた「殺戮の女神」と同一人物にはとても見えなかった。
遠巻きにこちらを見ている観光客達をよそに、私達はコンサートホールへの道を急いだ。
>>Alyssa
道すがら雑談を交わすアイリスさんの様子は普段通りでした。どうやら、何かの気付きを得た……と思って良いのでしょうか。
願わくば彼女がこのまま、これまで通りの彼女でいられると良いのですが。
そんな事を考えていると、眼鏡にメッセージ着信の表示が浮かびました。どうやら、ネクスのジャミングが解けたようです。
メッセージは……メナからですね。内容は――。
「アイリスさん、メナさんから報告です。レイラのコンサート暴露は成功、ネット上でネクスに対する批判の声がもの凄い勢いで……あれ?」
メナさんのメッセージにあったネクス関連の情報をネットで確認していた私はある事に気付きました。ネクスに関する大きな話題が二つあります。
一つはチャリティコンサートでの不正暴露に関する話題。こちらはニュースサイトやメディアを中心とした正規の報道もあり、確定情報として扱われています。
そしてもう一つは……ネクス私設軍が女神に敗北?こちらはSNSやアングラネット系で出回っている噂話のようです。
私の言葉にアリスさんもフォトンタブを操作していたようですが、違和感に気付いたのかきょとんとした表情を浮かべ……あ、笑い出しました。
「アリサ!これ、アリサの事だよ。ほら、この動画!」
そう言ってアイリスさんが示したのは……私がネクスの軍勢に飛び込んで大立ち回りを演じているシーン?
遠景で撮影されているので顔まではわかりませんが、画面でひときわ目立つ蒼いレゾナンスブレードは、間違いなく私のものでした。
動画に付けられているコメントは
「女神降臨」
「ただし殺戮の女神」
「遠目でも美人確定」
「スタイル良すぎ」
「なんで顔映ってないの?撮影者無能すぎ」
「無双動画?」
「フェイク動画じゃね?」
「おれ、この女神様の薄い本描くわ」
「マジ痴女」
等の褒め言葉で……って最後のは褒め言葉じゃないですよね!?
「どうやら観光客か誰かが撮影した動画をネットに公開したみたいだね」
「えっと、これ……まずいのでは?」
「他にも上がってる動画みたけど、私達の顔が映ってるのは無さそうだよ。まぁ、アリサはスタイル良すぎるから、顔無しでもバレるかもしれないけど」
個人が特定されるとギルドにバレるかもしれません。もしこれが統括局にバレたら……「シノノメ管理官。お話があります。七番会議室で」って言われるやつじゃないですか!
「アイリスさん、管理官権限で動画の削除を……」
「いや、無理でしょ、この勢いだと。たぶん消してもすぐに再アップされるし、余計に悪目立ちするよ?」
もはやこうなったら一刻も早く、この星を離れて動画も見なかった事にするしかありません。深いため息をつきながら、私がそんな後ろ向きなことを考えていたその時でした。
アイリスさんが突然何かに弾かれたように、コンサートホールの方に目を向けたのは。
彼女の動きにつられて私もそちらを見ましたが……特に何も変わった様子はありません。何があったのかと、アイリスさんに確認しようとした瞬間、アイリスさんが走り出しました。
なんですか、今の!?
アイリスさんが踏み込んだ石畳、爆砕して破片が飛び散ってますけど!しかも……速い。私の動体視力を持ってしても動きを追うのが精一杯です。一体、何がどうなって――。
『アリサ、助けて!支配人が……トワが!』
遅れてフォトンタブから聞こえる、レイラの救援要請。もしかして、アイリスさんはこれを……トワ様の危機を察知して?いえ、今は考えている場合ではありません。
「すぐに向かいます!レイラ、現在位置と状況の報告を!」
私は全力で走りますが、先を行くアイリスさんには追いつけそうな気がしません。
テロマーはセレスティエルより運動能力が優れている?
それ、とんだ自惚れでした。どんどん距離を引き離されながら、そんな事を考えつつ……私はコンサートホールへ急ぎます。
おそらく今のアイリスさんは『絆』の力を解放している。願わくばアイリスさんの気付きが本物で、『絆』の衝動を抑えることが出来ますように。私にはそう願うことしかできませんでした。




