#32
>>Iris
「ええい、こうなれば手段は選んでおれん!もう一人の小娘を探せ!多少痛めつけてもかまわん、人質にし――」
敵陣の中でその声が聞こえた瞬間、私の頭の中がまた朱色で埋め尽くされた。
もう一人の小娘。
トワ。
私の妹。
殺さないと。
トワを守らないと。
それ以外の事が考えられなくなる。
ブラスターのトリガーに掛かった指が自分の意思で動かせない。引いたままの引き金。ブラスターのチャージが始まる。
違う、そうじゃない。
このままチャージショットを撃ったら、アリサまで巻き込んでしまう!
だめだ、でも殺す!
心の中で『絆』が叫び、荒れ狂う殺意と私の理性がせめぎ合う。トリガーに掛かった指は動かない。だが、チャージは進んでいく。
このまま指を離せば、アリサが死んでしまう。だけど――
[MAXIMUM CHARGE]
――殺す!!!
Xthキャリバーがチャージ完了を告げた瞬間、私の指は自分の意思とは無関係に、エネルギー弾を放っていた。
トワの調律と私の改造。両者がもたらすシナジーは子供用ブラスターを重火器並みの破壊力へと変貌させていた。
巨大な朱いエネルギー弾は、膨れ上がった私の殺意そのもののようだった。
ごめん、アリサ。謝っても謝りきれない。私は……何をしてしまったんだろう……。
一瞬の殺意が消え、制御が戻った心と体は自分のした事に恐怖し、絶望していた。エネルギー弾はアリサを巻き込み、敵の司令官を……。
あれ、は?
私の殺意そのもののように朱に輝く空間に、清浄な蒼の輝きが食い込んでいる。
そしてその蒼は……朱を切り払い、爆散させた。
アリサ……?
呆然としている私に、アリサが静かに告げた。
「アイリス。この男は『一度目』ですよ?」
彼女の持つレゾナンスブレードが蒼と朱の間で明滅し、やがて力を失った様に昇華して消えた。
「ごめん……私……」
「らしくないですよ、アイリスさん。そういう暴走は私の十八番なのに」
軽く息を吐いたアリサはそう言うと私の方へ近づいてきた。背後に立っていたはずの指揮官は先ほどの爆風で地に倒れ伏しているけど、もうそんな事はどうでも良かった。
「らしくない」
……本当にそうだろうか?私がアイリスではない、アイリスを真似た存在だとしたら、今の状態が「らしい」私だとしたら。
「らしくない」と言う言葉は「私」の存在意義を根底から否定する言葉だ。また、自己認識が揺らいでいる。
「らしい」私。
「らしくない」私。
私とは、一体――。
思考がまとまらないまま硬直していた私の前に、アリサが立つ。
アリサは力を失ったブレードの柄をその場に落とすと、私の両手をブラスターごと包み込んだ。
暖かい手だ。でも、私はこの手を……アリサを殺そうとした。「らしい」私が。自分がした事なのに、自分のしようとした事が恐ろしくてたまらない。
「――アイリスさんでも、怯えることはあるのですね。私、あなたに怖い物があるなんて思ってもみませんでした。そんなに怖いですか?ご自身が」
――アリサは何を言って……?
……そうか、トワが言っていた。アリサは触れた相手の心を感じる事が出来ると。そして今、彼女は私の中の恐怖と絶望を感じている。
ああ、伝わるのなら、この後悔と懺悔をアリサに伝えたい。
「ほんと、お二人は似ていますね。アイリスさん?このどす黒い負の感情……トワ様と同じ色ですよ?」
「ごめん。私は……アイリスじゃ、ないかもしれない」
「そうですか。では、なんと呼べば?」
私の告白にもアリサは動じない。飄々とした様子で私の名を聞いてくる。今の私にとって、一番答えることが難しい問いを。
逡巡した私は、心の中にある答えをそのまま紡ぎ出した。この答えは……私とアリサ、そしてトワの関係を決定的に壊すものだと覚悟しながら。
「私は、『絆』。……トワを守るためだけに在る存在、だよ」
「なるほど。それならやはり、あなたはアイリス・ブースタリアじゃないですか」
アリサはそう言うと柔らかく微笑んでくれた。その言葉の意味を理解するのに、少し時間が掛かった。アリサが言っているのは……『絆』は私そのものと言うこと……?
「トワ様を守ろうとするのは、アイリスさんにとって自然なことでしょう?なら、『絆』はアイリスさんそのものではないですか。ただ、少々お転婆は過ぎましたけど」
お転婆で済まされる事じゃない。
もしあれがアリサでなければ。
レゾナンスブレードの性能があれよりも劣っていれば。
私は確実にアリサを殺していた。それなのに、アリサは微笑みながら私を受け入れてくれる。
「アリ……サ」
「はい。アリサ・シノノメはここにおりますわ、お義姉さん」
アリサはそれでも、私をトワの姉だと認めてくれる。私自身がそれを認める事ができないというのに。
>>Alyssa
これは、思ったよりも重症かもしれません。
最初は激高しての暴走かと思いましたが、どうやらそうではなく……。自らを『絆』と名乗ったことは、セレスティエルである事がアイリスさんのアイデンティティを揺らがせているように感じました。
彼女の手から伝わる感情は恐怖と絶望。いつも自信に満ちあふれ、トワ様を導いていた姉としての威厳は見る影もありません。でも、それも仕方のないことです。
彼女は……まだ16歳の女の子なのですから。
むしろこれまでが出来すぎていたのでしょう。史上最年少のギルド管理官というその称号は彼女の努力と、それ以上にトワ様への無償の愛と献身の証。
トワ様のために全てを投げ出す覚悟で生きてこられたからこそ、彼女は『絆』のエレメントになれた。そう考えれば、今の在りようは――少し極端ではありますが、アイリスさんそのものの姿にしか思えませんでした。
そしてなによりも理知的であるからこそ、制御の効かない自分自身に怯えている側面もあるのでしょう。そんなアイリスさんの姿を見て、私は不謹慎にも少し愛おしく感じてしまいました。
「怯えることはないですよ。自分を制御できないなんて、良くある事です。色恋沙汰に目がくらんだ記憶はありませんか?」
「……それは、ないけど」
「あら。でも今、身近に色恋沙汰に目がくらんでいる人がいるじゃないですか」
そう、例えばレイラ。彼女が私に向ける視線は明らかに好意を超えた、恋愛のそれです。いきなり押し倒してくるぐらい、行動の制御が出来ていない――
「……そうだね。アリサとか」
えっ!?私ですか!?ちょっと思ってたのと違う答えが返ってきたので、一瞬焦ってしまいました。
「アリサ、恋すると……自分を抑えられなくなるものなの?」
「ええ、そうですね。想いが体を、心を勝手に動かしてしまいます。でも、それは自分の内から出でるものですから。否定するものではないと私は考えています」
そう、彼女は――アイリスさんは、恋をした事がないと言っていました。常に理性的で、トワ様のことを第一に考えて行動することを意識していた彼女にとっては心惑わす色恋など眼中になく、そして理解の範疇にもなかったのでしょう。
「じゃあ……今の私は、トワに恋してるのかな」
「ええ、そうかもしれま……えっ、ちょっと待ってください!?なんですか、その唐突なライバル宣言!?アイリスさんが参戦したら、私、ただでも劣勢な勝率がゼロになるんですけど!!」
思わず本音が出てしまいました。でも、そうじゃないですか!トワ様がこの世で最も慕うアイリスさんが、トワ様に恋してるとか……そんな絶望の世界、どうしろと言うんですか!
「あはは……そうか、それが自分で制御できない『恋』なんだね。ありがとう、アリサ。少し判った気がするよ」
そう言うとアイリスさんは穏やかな笑みを浮べました。
彼女の手から伝わる感情には未だ恐怖が混じっていましたが……それでも、幾分か落ち着きを取りもどしているように感じられました。
……いや、でもホントやめてくださいね、ライバルになるのは。




