#28
周辺確認の結果、ネクスの先遣隊の配置がおおよそ確認できた。もちろん、近づくような真似はしていないよ?近づくまでもなく見えるからね。こういうときセレスティエルとテロマーの感覚は便利だ。
確認できた先遣隊は定石の3人一組で行動しているようだった。見つけたのは5チームで15名。おそらくは現状確認と、ダーククロウの連中が「仕事熱心」すぎたときの制止が任務なんだろう。
分散配置されているのが少々面倒だけど、各個撃破できると考えれば対処はしやすいかもしれない。まぁ、ネクスは自分たちがオフェンス側だと信じているだろから、初手については不意打ちもできるだろうし。
その後も通信に耳を澄ませたけど、さすがに本隊の配置や部隊総数までは判らなかった。まぁ、それもそうか。現地に到着してから作戦の概略を改めて無線で確認する無能な連中なら、そもそもメナの動きを察知してここまで来るなんてできなかったろうからね。
状況が把握できたのでトワと連絡を取ってみた。
「どう、そっちの様子は」
『問題無い。セットもすんだ』
「疑われてない?」
『もちろん、疑われてる』
「それもそうか……で、主役は?」
『今最終リハーサルしてる。投影込みで』
やはり、相手は無能ではない。映像に仕掛けがされている事を懸念してチェックを入れてきたのだろう。
敵の警戒ぶりとともに、メナの用意周到さに改めて感服した。メナ、いつもこんな事やってるんだろうか。面白そうだけど、ストレスで胃に穴が開きそうだ。私にはジャーナリストは無理だな。
『お姉ちゃん』
「なに?」
『無理、しないでね』
「判ってる。あなたもね」
無線では名前を呼ばないようにとトワには言ってあったけど……まぁ、姉と呼ぶぐらいは許容範囲か。
私はトワにしばらく通信を控えると告げて、送信モードを切った。むろん、トワからの送信はいつでも聞き取れるようにしてある。そのための通信機だからね。
「そろそろ時間ですね」
「そうだね。じゃ、行こうか」
アリサの言葉にそう返し、私達はコンサート会場の入り口へ向かった。まもなく開演の時間だ。
コンサート会場の正面に回った私達が目にしたのは手に武器を持った20人程度のチンピラの集団。このミラジュミナβに複数のギャングがいるとも思えないから、これはダーククロウの連中で間違いないだろう。
なにせ先頭に立っているのは……先日私が叩きのめしたザックだからね。ザックは釘を打ち付けた大きな棍棒のようなものを手にしている。あれは……釘バットと呼ぶには大きいけど、粗暴な田舎ギャングには相応しい武器だといえるだろう。
見るとコンサート会場を警備していた人達が地面に倒れている。頭部から出血しているけど、死んではいないようだ。ザック達の仕業だろうけど……仕事熱心なことだ。
それにしても私とアリサが大人しくするよう説得した威圧効果は、数日どころか、2日しか保たなかったか。
私の姿を視認したのか、ザックは棍棒をこちらに突きつけて大声を上げた。
「てめぇ、この前のくそガキ!そうか、上の連中が言ってたのはてめぇの事だったか!」
「それがどうしたの?」
「丁度いい、暴れるだけの仕事だと思ったが、借りを返させてもらうぜぇ?おい、お前らは先に行け!」
ザックの指示で残りのダーククロウ達が私の横をすり抜け会場に突入しようとコンサートホールへの階段を駆け上がる。だが、私は動かない。いや、動く必要が無い。なぜなら、私の後ろにはアリサがいるからね。
「あれだけ無様にぼろ負けしておいて、どうして今回は勝てると思うの?」
「この前は1対1で負けたかもしれねぇ。だが今回は20対2だ。つまりオレたちの方が10倍強いって事だ。簡単な算数だろ?」
私の問いに対して、得意げな表情でザックはそうのたまった。なんだ、その頭の悪い算数は……。数を頼みに戦うなら判らなくも無いけど、部下を先に行かせておいて10倍とは片腹痛い。そもそもザコが何人集まったところでザコであることには変わりはないというのに。私は南進でそんな事を思いながらも、あまりにも馬鹿馬鹿しくて誤りを指摘する気にもならなかった。
だが、馬鹿馬鹿しさはともかくとして、ザックにはもっと大事なことなら指摘しておく必要があった。
「二度目は無いって言ったよね?」
「安心しな、俺には一度目しかねぇ。ぶっ殺してやる、お前も、妹とやら――」
――それ以上は言わせない。
「殺す」そして「妹」。ザックの発したその二つの単語を耳にした、私の頭の中が朱に埋め尽くされた。
私の体は意識するまもなく地を蹴ると、その勢いのままザックに飛びかかり、奴の頭を右手で掴むと……そのままの勢いで自然に後頭部を地面に叩き付けていた。
「妹に手を出すと言ったら、殺す。そう言ったよね」
ザックから返事が返ってこない事は、何かが潰れる鈍い手応えで判っていたが、なぜかそう告げる必要があるように思えた。
私は、トワのためならこの手を血に染めることを躊躇しない。それを自分に言い聞かせるために。
――いや待て、私は今、何をした?それは本当に私の意思による決断だったのか?
目の前のこの結果は……『絆』の暴走ではないと言い切れるか?判らない。
気付いたら右手が小刻みに震えていた。そして……手の震えを押さえるために、私は拳を強く握ることしかできなかった。
「だから、二度目は不要っていったじゃないですか」
「……それでも、ダメだよ。私は殺人狂じゃない。正義の味方でもないけどね」
後ろから掛けられた不満げな声に、私は手の震えを隠しながら平静を装ってそう返した。
振り向くと日傘を肩に掛けて悠然と微笑むアリサの姿があった。その周辺に残りのチンピラ全員が倒れている。……一応、生きてはいるが、手足がおかしな方向に曲がっている連中も多い。
大丈夫だ、あの連中に対して朱の感覚は湧いてこない。私は、殺人狂ではない。
すくなくとも、今はまだ。
「間を置かずにネクスの連中が来ます。二手に分かれますか?」
「その方が効率は良さそうだね」
「ところで、先にこの連中を始末しておきたいのですが」
「アリサ、それはダメだよ。一度目は警告。二度目をどうするかはそいつら次第だけど」
「子供達を虐待する連中に情けを掛けるのは不本意なのですが……でも、わかりました。この連中が警告を聞く耳を持てば良いのですけど」
「そこまでは責任もてないよ。私は……ただトワを守るだけだから」
アリサを心配させない様にそんな軽口を叩くが、内心では私は自分自身に恐怖を感じていた。ザックを手に掛けたことそのものではなく、自分の意思を離れたところでそれが行われたことに。
だけど、今は内省している場合ではない。レイラのコンサートを妨害させないために。そして何よりもトワを守るために、今は立ち止まる訳にはいかない。私はそう強く想った。
――この想いが、自らの内から出でるものだと願いながら。
手の震えは、まだ止まっていなかったけど。




