#15
着替えた服をトランクにしまい、キャメル067への乗船手続きを行った。手続きと言っても出国……いや出星ゲートのようなものがある訳でも、チェックインカウンターがある訳でもない。なにせギルドの直轄地だからね、うちは。
なので手続きといっても、船のエアロックで船長に名前と身分を告げ、ギルド章を提示するだけ。教えてくれた父さんによると、これは古来から続く伝統的な作法らしい。
「アイリス・ブースタリア、モーリオンギルドの管理官です。乗船許可願います」
「おう、若き管理官殿か。乗船、許可する」
「トワ・ブース…じゃなくてトワ・エンライト。クリスタルシンガー」
「シンガー殿も、歓迎だ。俺はキャメル067の船長、オットーだ。乗船を許可する」
オットーと名乗った船長さんは体格の良い40代ぐらいの男性だ。もっとも亜光速船の乗員なので戸籍上の年齢はもっと上……たぶん300歳とか400歳とかだろうけど。ともあれ堅苦しくなさそうな人なので、ちょっと安心した。船長に案内されてエアロックから乗船、私達は船上の人になった。
「ここからペレジスまでは亜光速で飛ばしても船内時間で2ヶ月ちょっと掛かる。狭い船内でたいした娯楽もないから退屈だと思うが、まぁゆっくりと船旅を楽しんでくれ」
「はい、船長のご厚意に感謝します」
「あー、あとその堅苦しい話し方は勘弁してくれると助かる。俺たちもそれに合わせて丁寧に返さないといけなくなるが、正直そういうの苦手でな。下手に気を使って、かえって失礼なこと言っちまうかもしれないからな」
「わかったよ。正直、私もかしこまった話し方は好きじゃ無いから、気楽にいかせてもらうね」
「おう、ありがとうな嬢ちゃん。なんかそっちの方が『管理官殿』って感じがしなくて、安心するぜ。しかし、2人ともその年で黒水晶持ちとは、なかなかのもんだな?ここから何人か乗せたことはあるが、若い連中はみんなギルドを抜けたやつばっかだったからな」
「アイリスは超優秀。私はただの付き添い」
「いや、逆だよね?トワの用事で星外に出るんだよね?」
「そういう説もある」
「はははっ、仲が良いんだな」
「私達、姉妹だから」
「ん?ああ、そうか……なるほど」
一見すると大雑把そうな船長さんだが、さすが宇宙を飛ぶ船の管理を任された人だけの事はある。乗船許可の際にトワが言い間違えた名前と今の言葉から、私達の事情と関係をある程度推測したのだろう。
「この船のクルーは俺を含めて4人、全員が男で航行中は二交代で回してる。残りの3人は積み込み作業中なんでな、出航準備が整ったら改めて紹介する」
船長はそう言いながら、船内の廊下を進む。廊下は狭く、無駄のない設計だ。左右に4つずつ計8つに区切られたスペースが整然と並んでいる。どうやらあれが船員用の簡易ベッドなのだろう。
各スペースの通路側には透明なシールドが設置されているが、おそらく就寝時には不透明になって外部の光や音を遮断する仕組みなんだろう。いくら航宙船とはいえ、プライバシーは必要だからね。
この手の装置の常として密閉状態で内部の気圧や温度が快適に保たれるのは当然として、横になったまま照明や温度などを調整したり、必要に応じて娯楽コンテンツ等を表示したりして長い航行中に少しでもリラックスできるよう工夫されているはずだ。
「今通ったエリアがクルーレスト、寝室みたいなもんだ。個室を取れる程スペースが無くて申し訳ないが、嬢ちゃん達にも専用のスペースを割り当ててあるから後で確認してくれ。で、ここがラウンジ。ブリーフィングルームも兼ねている」
気密性の高そうな扉の先には比較的広めな空間になっていた。テーブルと四人分の椅子が中央に機能的に配置されている。航行中の揺れに対応できるように床に固定された椅子には回転機構が付いており、座ったまま方向を変えられるようになっているようだ。
よく見ると座面にマジックテープの様なものがついている。これで椅子とコスモスーツを緩やかに固定するんだろうか?無重力だと椅子はいらないように思えるけど、立ったままより座ったポーズの方が気分的に楽なんだろうね、きっと。
ラウンジはブリーフィングルームを兼ねているのでテーブルには操作卓が、壁面には大型のホロディスプレイが備え付けられている。今はホロディスプレイに外部カメラ経由の積み込み作業の様子が映し出されいるけど、オットー船長の説明によれば航行中はブリッジで扱う情報なんかも表示もできるようになっているらしい。食器やツール類は全て壁面の収納に収められて普段はパネルで覆われているとの事だ。
「まぁ食器を使うことなんて殆ど無いけどな」
「ご飯、出ないの?」
トワの瞳が悲しみを示す深い蒼になっている。いやいや、食事が無かったら生きていけないでしょう。
「心配無用だ。ちゃんと毎日3食あるぞ。楽しみにしておいてくれ」
「わかった。超期待する」
「トワ、たぶん超期待するとあとでがっかりするんじゃないかな?」
「どうして?宇宙でご飯。超期待」
まぁ、妹の夢をわざわざ壊すこともないか。どうせ、最初の食事で壊れることになるだろうし。
そんなことを考えながら改めて見回したキャメル067の船内は全体的に金属や樹脂の質感が際立つ無機質な空間だけど、必要なものはすべて手の届く範囲に揃っていて機能性を極限まで追求したデザインになっていだ。
まあ航宙船っていう存在自体が合理性の塊だから当然と言えば当然なんだけど。男所帯と聞いて乱雑な船内を予想してたんだけど、思ったよりも整然としている事に驚くと共に安心した。ここで2ヶ月を過ごすことになるのだから、快適であって困ることはないからね。
船内の案内――といっても立ち入れるスペースは限られているため見て回るのにそう時間はかからなかったが――を受けた私達は割り当てられた簡易ベッドスペースへ手荷物を放り込み、ラウンジで一息ついた。
その後、出航前のブリーフィングが行われクルーの紹介を受けた。
副長兼航宙士であるアドバーグさん。おそらく50代。オットー船長より年上でベテランの航宙船乗り、それも叩き上げらしいので、色々と面白い話が聞けそうだ。
医療の心得がある機関士、ボースンさん、40代後半ぐらい。甲板長も兼任しているのかと聞いたらニヤリと笑って「そうそのボースンだが、俺の仕事は機械と人体の修理なんでな、名前で混乱するなら機関士ドクター・ボースンって呼んでくれ」と返され、トワが混乱していた。どうも鉄板のネタらしい。見た目は厳ついけど、お茶目な人なんだろうな。
最後に新人で通信士兼デッキクルーを務めているジョウさん。新人と言っても26歳だそうで、私よりも10歳も年上だ。いかにも船乗りといった様子の先輩3人と違って物静かな印象の人だ。
出港時や入港時は全員勤務、亜光速航行中は二交代制のシフト勤務で、船長と新人のジョウさん、アドバーグさんとボースンさんが組になって当直を務めているらしい。乗客である私達はシフトに関係無いから好きな時間に寝起きしてくれていいと言われたけど、どうせなら全員と話をしたいのでシフト交代のタイミングを挟んだ時間帯で起きていることにした。ブリーフィングが終わり船長さん達はブリッジへ向かい、私達はラウンジでブリッジと軌道ステーションのやりとりが中継されている壁面ホロディスプレイを見ながら待機することになった。
「いよいよ出発だね」
「私達の旅はこれからだ?」
「いや、それコミックとかの打ち切り常套句でしょ」
「アイリス先生の次回作にご期待下さい?」
「次回作って何よ……」
トワとのいつものじゃれ合いをしているうちに出港準備が整ったようだ。ホロディスプレイにジョウさんとステーション側の管制官がやりとりする様子が映っている。今日の担当管制官は私の顔見知りだ。そう親しいわけでもないけど、彼の顔を見るのもこれが最後になるかと思うと少し感慨深く感じる。
『ポートコントロールよりキャメル067、出航前最終確認を行う。推進システムおよび通信システムの状態を報告願う』
『こちらキャメル067、システムオールグリーン。出港準備完了しています』
『キャメル067、発進ルートはクリア、出航を許可する。いつもの通り安全運航と定時到着を祈る。それと……うちのお嬢様方のエスコート、よろしく頼む』
『キャメル067、船長のオットーだ。よろしく頼まれた。団長殿に任された、と伝えておいてくれ』
『了解、交信終了』
最後に交信に割り込んだオットー船長が一言付け加え、ステーションとのやりとりは終了した。さあ、出航だ。
レゾナンスドライブが作動し、共鳴波が低く響き始めた。C3がその力を解き放ち、船全体が共鳴するように振動を始める。微かな低音が骨を伝って体の奥に響く。体の奥にこだまするその音は旅の始まりの合図であり、そして故郷から旅立つ瞬間であるという実感を私の体に刻み込んでゆく。
深く息を吸い込む。航宙船のエアコンから吹き出す空気は冷たく、微かに金属とオゾンの匂いが混じっていた。
気付けばホロディスプレイに映し出された軌道ステーションと、その向こうに見えるCM41F3Cがどんどん小さくなっていた。トワと私が食い入るようにホロディスプレイを見つめる間にも見慣れた星々が遠ざかり、星の海が視界いっぱいに広がってゆく。
「ありがとう、そして。
――さようなら」
隣に座るトワが小さく呟いた言葉に、私は黙って彼女の手を握った。ぎゅっと握り返すトワの手は微かに震えていたけど、視線はホロディスプレイに映るCM41F3Cから離れない。
もうすでに小さな点にしか見えない星を、2人でずっと見つめながら。
――私達は、星々の世界へと、旅立った。
第1部1章はこれにて終了です
3人称視点の幕間を挟み、本編は次回からは惑星ペレジスへ向かう航宙船(この世界での宇宙船)での船旅が始まります
なお次回以降の本編更新は毎日 06:00 / 12;00 / 18:00 の1日3回でお送りします




