#27
>>Iris
コンサート会場へ入るためには主催者側が提示したドレスコードに従う必要がある。なので、私達は水着に着替えてから出発することになった。
私とトワは昨日と同じ水着。アリサは……さすがに違う水着にするかと思ったんだけど、何故か昨日と同じマイクロビキニを着てきたよ、この子。ジト目で見つめる私の視線に気付いたのか、アリサは少しむっとした表情で弁解を始めた。
「だってアイリスさん!別の水着に着替えたら、この水着だと痴女っぽいって認める事になるじゃないですか!私、痴女じゃいので!」
「……いやアリサ、何言ってるか判らないし、どこからどう見ても痴女だし」
「違います!着替えたら負けなんです!」
何と勝負しているのか判らないけど、まぁ彼女も大人だ。なんなら私達の中で一番年上なんだし、好きにさせておこう。
ちなみにレイラはドレスコード対象外なので、彼女はβの民族衣装であるムームーを着ている。環境保護と現地の人達を応援する意味では正しいチョイスだと思った。
出発前に装備の最終チェック。
今回は間違いなく戦闘になるので、私はパレオの下に隠したサイホルスターにブラスターと予備カートリッジを二つ装備しておいた。
カートリッジの片方にはトワから貰った白のイグナイトを刺してある。臨機応変にグレネードにも予備弾倉にもなるとか、便利すぎでしょう、これ。
トワは会場に武器を持ち込めないからイグナイトを一つと、例のスイッチをだけジャケットのポケットに入れている。念のために暴露映像だけを記録した予備の記憶媒体も持たせたけど、まぁこれの出番はないだろう。
アリサは……例の日傘、ジュラナイ刀だっけか。あれを持っている。まぁぱっと見は武器っぽくは見えないけど、よく見るとどう見ても不審物だよね。金属のカバーで覆われた、C3のついた日傘なんて普通に考えればあり得ないし。
レイラには本来の手荷物以外は何も持たせなかった。彼女が厳密なチェックを受けることは無いと思うけど、この子には演奏に集中して欲しかったからね。
準備が出来たので4人でコンサートホールへ向かった。軌道エレベータの地上駅の方を伺ってみたけど、遠目ではヒナが言っていたネクスの私兵の姿は見えなかった。
既にコンサートホール周辺に展開したのか、それともまだ地上駅の中にいるのか……。いずれにせよ、敵の動きが読めないのはあまりよろしくない兆候だ。トワとレイラを先に行かせ、私が地上駅の方向を見ていることに気付いたのかアリサが声を掛けてきた。
「敵の出方、気になりますね」
「うん。どの程度の規模が来るか、どう動くかが判れば対処しやすいんだけど」
「じゃあ、調べちゃいましょうか」
「……え?」
確かアリサはドローンを持ってきていないと言っていたはず。今から偵察に向かうつもりなんだろうか?私がそう思っていると、アリサは眼鏡に手を当て、ボイスコマンドを発した。
「タブ、周辺のC3通信に対してモニタリング開始。暗号強度が高いものをピックアップして、随時強制デコードを」
「ちょっとアリサ!?それ、盗聴だよね!?」
アリサが命じたのは、周辺のC3通信の盗聴だ。通信に用いるC3がギルドの専売品である以上、ギルドがあらゆる通信を傍受、介入できるというのは暗黙の了解になっている。
ただ、ギルドは倫理的な側面から通信への介入はしない……という建て前になっているのだけど、もちろんそんな綺麗事を信用しない人間は多い。
だから、通常はC3通信に乗せるデータには暗号化が施されている。で、アリサはそれを真っ向から破るつもりらしい。
「……現役の管理官が盗聴していいの?」
「あら、相手も通信傍受しているそうですから、おあいこです。むしろ、向こうが先ですから、正当な権利の行使ですよ」
そう言ってアリサはにっこりと微笑むけど……いや、それ詭弁だよね?
「それに、こんなビーチリゾートで強力な暗号使って通信している時点で、悪事を働いてると自白してるも同然じゃないですか。戦場じゃないんですよ、ここ」
アリサはそう付け加えると片手で周囲の穏やかな光景を示し、悪い顔で微笑んで見せた。いや、どっちが悪事を働いてるのか判らないよ、アリサ。
「でも、ギルドの幹部として――」
「あ、解析できましたよ。繋ぎますね」
「ちょ、アリサ!?」
『――の配置は未確認。先行偵察部隊が状況を確認中だ。以上、報告完了』
『こちら司令部、了解した。現地協力員の到着を待ちつつ、作戦開始の準備を整えておけ。行動開始に備えろ』
「あら、ビンゴですね」
私が止める間もなく、アリサは傍受した通信を外部出力した。あちゃ……聞いた以上は私も共犯者だ。どうしたものか……。
「アイリスさん?私達は英雄ではなく、正義の執行者でもないですよね?」
「それは……うん、そうだね」
「私達が今すべきなのは、お友達を助けること。それと、せっかくですからついでにこの自然を守ること」
「……まぁ、そうだね」
「もし統括局にバレたら……私が勝手にやったと言ってください」
「……うん。って言うと思った?」
「いえ。アイリスさんなら、一緒に怒られてくれると思いました」
「確信犯だと、怒られるだけですまない気もするけどね?」
私はそう言って肩を竦めた。よく考えればこの後、場合によっては――いや、高い確率でネクスの連中を叩きのめすことになるんだ。
そうなれば通信傍受どころの騒ぎじゃないし、アリサからすれば何を今さらという感じなんだろうな、多分。
その後、トワ達の後を追いながらネクスの通信に聞き耳を立た事で連中の作戦が把握できた。
ダーククロウの連中を使って騒ぎを起こすところまでは私達も予想していたけど、ネクスの作戦ではダーククロウをコンサート会場に乱入させて混乱を引き起こし、「暴徒」の存在を口実としてネクスを会場に突入させるつもりらしい。
そして治安維持の名目でコンサート会場を掌握しつつ、保護という名目でレイラの身柄を確保する。体面を気にする企業らしいというか、ずる賢いというか……。
しかしダーククロウの連中、仕事だと言ってたけど、まさか自分たちが捨て駒にされるなんて思ってもいないだろうな。場合によったら口封じされる可能性もありそうだよ、この作戦だと。
「ね?確認しておいて良かったでしょう?」
「いや、結果論だよね?」
「結果を出すのは管理官としての責務ですから」
アリサはとぼけた事を言っているけど、その目には怒りが浮かんでいる。
もちろん、ダーククロウが口封じされる事にではない。連中がレイラに手出しを企んでいることに、だ。そしてそれは私も同じだった。
コンサートホールの裏手にあるスタッフ用出入り口からトワとレイラを会場入りさせた。少し離れたところで二人の様子を見ていたけど、やはり厳重な手荷物チェックを受けている。
コンサートの主役である演奏者やそのスタッフに対するセキュリティチェックなんて普通はおざなりで形式的なものであるはずなのに……まるで不審人物であるかのような厳重さだ。
このリゾート施設はネクスの傘下だ。そこがこんな対応をとると言うことは、ネクスはレイラに対して強い警戒心を抱いているとみて間違いないだろう。
この状況で武装している私達が二人に帯同しているのは少々まずい。アリサに目配せし、私達はそっとその場を離れた。
「トワ様とレイラ、大丈夫でしょうか」
「イグナイトは気付かれなかったようだし、表向きはゲストだからね。会場の中にいれば大丈夫じゃないかな」
口ではそう言ったものの、内心では気が気じゃなかった。トワが危険な目に遭うのではと考えただけで、心拍数が上がる。
心なしか、視界に朱いもやが掛かったような気もする。これは……もしかしたら『絆』の影響なんだろうか?
だけど、武器を持って私が同行すると余計な騒動になる。それにダーククロウやネクスの連中を排除することが出来れば、トワに危険は及ばない。
それなら、私がすべきことは一つだけだ。そう考えて私は自分自身を……『絆』を落ち着かせる。
観客の入場は既に始まっているようだけど、先ほど傍受した通信ではダーククロウの連中が動き出すまであと1時間ほどの時間がある。私とアリサは散歩をしているリゾート客を装い、周辺確認を行う事にした。




