#26
>>Alyssa
立ち去るヒナを呼び止め、少しだけ話をしました。
彼女の言葉に耳を傾け、私が行った二つの提案に……驚きながら、ヒナは何度も頷きました。心なしかその目には涙が浮かんでいたようにも思います。
一つ目の申し出が彼女のためになるのかどうかは判りませんが……何故かヒナのことは人ごととは思えなかったのです。
ええ、何せ私もトワ様に「連れ込まれ」て、あんな事やそんな事をして頂いたのですから。
二つ目の申し出は、これはもう誰からみても美味しい話でしたから、最初は驚いていたヒナも笑いながら頷いてくれました。
さて、ヒナの同意も得られたので、仕込みをしておきましょうか。
それはさておき、レイラのコンサートに関する準備です。アイリスさんの事で少々ぐだぐだにはなりましたが、暴露のための映像についてはメナさんがしっかりと仕上げてくれていました。
私も共有して頂いた映像を確認しましたが……いやはや、もはや呆れるしかないですね、このネクスとかいう企業は。
表向きは清廉潔白、人道的な企業を装ってますが、裏は真っ黒。潤沢な資金に物を言わせ、ロビー活動で惑星政府を裏から操って好き放題しているようです。
しかし、所詮は企業。株式上場を行っていることが確認できた時点で、私はこの企業にどう落とし前を付けさせるか見えた気がしました。
ネクスは武力や権力を使って制圧しないといけないマフィアや、ギルド内部の不正に比べれば与しやすい相手です。それが大企業であっても――いえ、大企業だからこそ、対応は極めて容易です。むろん油断はしませんけれど。
「じゃあ、この後の動きを決めようか」
そういうアイリスさんの顔をじっと見つめます。……うーん、難しいところですが……とりあえず、表向きには立ち直っているようには見えます。
これなら、作戦指揮を任せても大丈夫でしょうか。
「アリサ?」
「いえ、なんでも。それで、どうされます?レイラの配置は固定ですけど、私達はどうしましょうか」
普段ならそこまで口は出しする必要はありませんが、今回は少しだけ作戦にも口出しすることにします。アイリスさんの事ですから、滅多な間違いはしないとは思いますが。
ですが、私の言葉にアイリスさんは少し躊躇した後、こう言いました。
「……アリサ、配置の検討については任せてもいいかな?私、今客観的に物事を決められる自信が無いんだ」
あら、思ったよりダメだったようです。いえ、自分がダメだとを客観視できている分だけマシなのかもしれませんね。それならば……。
「判りました。ではトワ様、レイラについてバックアップをお願いします。動画の切り替えスイッチは演奏中のレイラには押せないと思いますから、舞台袖でトワ様が押して下さい。レイラ、タイミングの指示はお願いできますか?」
私の言葉にレイラは頷いてくれました。なら、映像切り替えについては問題無いでしょう。
「トワ様はシンガーですから表向きはクリスタルオルガンの調律を担当している事にするとレイラの近くにいられると思います。あとは……会場に武器の持ち込みはできませんが、トワ様のアレなら、持ち込めますよね?」
「わかった。何色がいい?」
「そうですね、会場内に敵兵が雪崩れ込む事態になれば、その時点で私達の負けは確定です。その場合は無駄な抵抗をすると余計な被害が出るだけなので……」
口には出しませんが、その場合は私とアイリスさんは死ぬか、重傷を負って拘束されているかという状況になるでしょう。まぁ、よほどのことが無い限りそんな事にはならないと思いますが。
「トワ様が遭遇するとしたら少数の敵、例えばリゾート施設のスタッフが敵対するというレベルだと思います。なので、備えとして『蒼』を用意頂くのが良いかと思います」
以前見たトワ様の停滞フィールドであれば、僅かとは言え時間を稼ぐことができます。その隙に逃げるなり隠れるなり、敵の囲みを破ったり、臨機応変に対応できると思います。
それに、フラッシュバンと違って、蒼なら作動してもレイラのコンサートには影響がでませんからね。
「わかった。蒼に調律しとく」
「それで、アイリスさん」
「うん」
「私と、デートして頂けますか?」
「……わかった」
「ええっ!?アイリスさん、抜け駆けはずるいです!」
あれ、この反応、もしかして、私惚れられましたか?いえそんな事ありませんよね。私の冗談に乗ってくれているだけでしょう。だから、そんなふくれっ面で見ないでください、レイラ。
「レイラ、私もアリサも武装するからコンサート会場には入れないんだよ」
「あ、そういうことですか!びっくりした、アイリスさんがライバルになったのかと思った!」
いや、だからそういう話ではないと……。というか、レイラは本気なんですね。少し困りました。
「ではそのような手はずで。おそらくダーククロウの連中は先鋒……というか、捨て駒にされると思います。本体のネクス私兵がどのタイミングでβへ到着してくるか、ですが……。ヒナ?聞こえてますか?」
『はい、管理官様!感度良好です』
「あなた、これから軌道ステーションへ戻るのでしょう?β行きのエレベータの近くで動向の確認をお願いできますか?」
『承知しました!あ、でももう既に部隊の降下は始まっています。先ほど軌道エレベータの地上駅に20人ぐらいいましたから。観光客の人達がすごく迷惑そうにしてました!』
……ネクスの連中、観光客と同乗して降りてきたのですか?ちょっと、気の抜ける話ですね、それ。
「武装はわかりますか?」
『ごめんなさい、そこまでは……でも、荷物はそんなに大きくなかったです。観光用のトランクを引いてましたよ、ボディアーマー装備で』
偽装する気があるのか無いのか、良くわからない連中ですね。
おそらく急に決まった出撃で現場も混乱しているのでしょうか?「武器は隠せ」とだけ指示されてるとか。そんな事を考えていると、これまで黙っていたアイリスさんが口を開きました。
「なら、暴徒鎮圧用の装備と、標準装備のブラスター、あとは……アサルトクラスの小銃が少々、かな」
「でしょうね。まぁ、それぐらいなら対処できそうです」
アイリスさんの口にした仮想敵に対する分析は的確なものでした。私が想像した通り、トワ様が絡まないところではいつも通りのようですね。
「では配置は以上の様な形で。ヒナ、何かあれば随時連絡を」
『はい、管理官様。あ、でも今エレベータに乗ったのでしばらく通信が――』
ヒナの声は軽いホワイトノイズにかき消されました。彼女がステーションに着くまでは連絡が取れません。
偵察用のドローンでも用意していれば、もう少し情報を得られたのですが……さすがの私もビーチリゾートで本格的な制圧戦をする羽目になるとは思っていなかったので、アルカンシェルに置いてきてしまいました。
ともあれ、私達はまずレイラとトワ様をコンサート会場へ送り届けることにしました。
そこから先の対応は流動的ですが、観客の入場開始までにはまだ時間がありますし、今ならレイラの付き添いとしてボディチェック無しで入り込めるかもしれません。もし入場可能なら会場内部で敵襲に備え、入場不可の場合は会場周辺で敵の侵攻を抑える形とするしか方法はないでしょうす。
まぁどうしても会場入りが必要になるようであれば管理官の地位を使ってごり押しして入場する方法もないわけではないですが……この件に星外のギルド関係者が関わっていることが知られると面倒なことになります。なのでおそらく私とアイリスさんは会場に入らず対応に当たることになるとは思うのですが――。




