#25
>>Towa
アリサがアイリスを連れて戻ってきた。よかった、お姉ちゃんがいなくなったら私はどうしたらいいか判らなくなるところだった。
でも、どうしてもう一人増えているんだろうか。見覚えのない、褐色の肌とヘーゼルの瞳が綺麗で、エキゾチックな雰囲気がある美人さん。私と同じぐらいの年頃だろうか?
昨日レイラが着ていたムームーに似た感じの服を着ている。ここの星の人なんだろうか。アリサ、出かけたついでにナンパしてきたのかな?
「アリサ、美人を連れ込み?」
「ちがいます!いえ、連れ込んでますけど!」
連れ込みなのは間違いいらしい。もしかしたら「ご休憩」と言うやつなのかもしれない。レイラに聞いた予定だとこれから色々と大変らしいけど、アリサなら事前に一休みするぐらいの余裕はあるんだろう。
「アリサ、私はお姉ちゃんと話するから、寝室で『ご休憩』楽しんで」
「え!?ワタシ、そういう目的で連れてこられたんですか!?あの、管理官様……?」
「いや、しませんよ!?私、トワ様一筋ですからね!?」
「トワ、あまりからかわないで?話がややこしくなるから」
アイリスにそう言われたけど、私は特にからかってるつもり無いんだけどな。そういえば、まだこの女の子の事を聞いてなかったっけ。
「それで、誰?」
「あの、ワタシ、ヒナ……ヒナ・カイラニと言います。モーリオンギルド、ミラジェミナ支部の連絡員をしています」
「私はトワ。シンガー」
羽織っていたジャケットのポケットからギルド章を取り出してヒナに示す。
「黒水晶持ち……!あの、失礼しました!」
「別に、失礼されてない」
「あれ?でもトワさん……って、『英雄アイリスの妹』トワ・エンライト様!?」
「アイリス、英雄なの?」
いつの間にか私の姉は英雄になっていたらしい。確かにアイリスはすごいから、英雄と呼ばれていても不思議はないけど。ちょっと誇らしい。
「ヒナ、その呼び方やめてね?メナが勝手に言ってるだけだから」
「いえ、でも実在されていたんですね……ギルドにも、正義を成される方が」
そう言うヒナが浮かべた表情が何を意味しているのか、私にはわからなかった。
>>Iris
聞くとはなしにヒナとトワのやり取りを聞きながら、私は先ほどの小競り合いを思い返していた。
私は……自分の意思で自分を制御できていた。この体も、心も、私のものだ。ヒナに対するダーククロウの行動は腹立たしく思ったけど、ザックを脅した時とは違ってそれ以上の感情――具体的に言うならば殺意のようなものは欠片も感じなかった。
これは私が自分をコントロールできる様になったということだろうか?いや……たぶん違う。義憤は『絆』に影響を与えない。
私の『絆』はトワだけと結ばれたものだから。ただ、それだけの事だと私は結論づけた。
「アイリス、英雄なの?」
気付くといつの間にかそんな話題になっていた。メナのせいで風評被害が広がっている……。早めに本人に口止めしないと。いろんな星で講演してるらしいから、もう手遅れかもしれないけど。
「ヒナ、その呼び方やめてね?メナが勝手に言ってるだけだから」
「いえ、でも実在されていたんですね……ギルドにも、正義を成される方が」
引っかかる物言いだ。まるでギルドに正義は無いとでも言いたげな……いや、ここの支部しか知らなければそう考えるのも無理はないか。
アリサに聞いた限りでは、相当腐っているらしいかね、ここの支部は。でも、私達は世直しをしにきた訳じゃない。故あってレイラに手を貸すけど、支部のことは支部で解決すべきだ。
「それで、ヒナはレイラとアリサに用事があったんでしょ?」
「はい、そうでした。実はメナ様から言付けと、お預かりしているものがありまして」
そう言うとヒナは懐から小さな箱を取り出した。箱の中には……イヤホン型の通信機らしきものが3つ。あとは、記憶媒体と……何かのスイッチ。
「コルドー達ネクス……あ、ネクサス・ダイナミクスというのが正式名称なのですが、ともかくネクス側がメナ様の秘匿通信を探知している気配があるとの事です。ギルドネット経由ならネクスも手が出せませんので、ワタシが用意したこれを使って頂ければ」
ヒナが差し出したイヤホン型通信機を手に取った私は、フォトンタブに音声コマンドで命じる。
「タブ、通信機の周波数と暗号化形式をサーチ。エミュレートできる?」
[Searching ...... completed.]
[Emulate: Possible.]
私の声に反応してフォトンタブは処理を開始する。
それは機械であるタブは私をアイリス本人だと認めてくれている証だ。そんな小さな事が気になるぐらい、私の自己認識はまだ揺らいでいる。
だけどそんな内心とは関係なく、フォトンタブは命じた処理を完了してくれた。
こんな事もあろうかと、ファームウェアをアップデートしておいた甲斐があった。私の、すでに旧世代のものとなっているらしいフォトンタブはどうにか最新機器にも対応できたようだ。
ついでにちょっとした細工も施しておこう。アリサも同じように通信機のスキャンを行っているけど、私のと違って新しいモデルだから、余裕だろう。
「じゃあ、私とアリサの分は不要だから、レイラとトワに。最後のは念のためヒナが持っておいて」
「え……今ので解析できたんですか?」
「優秀でしょ、私の相棒」
「それは……フォトンタブ、ですか?幹部の方が使われているという」
「ええ、私のはもう旧式になったみたいだけど」
「初めてみました……本当に管理官様なんですね、アイリス様は」
「その呼び方、やめてよ。アイリス、でいいよ」
「そんな、英雄様にむかって、恐れ多いです」
「その英雄はもっと止めてね?」
そんなことを言いながら、私はアリサに合図をして通信機能の確認を行った。トワとレイラに渡した通信機にもちゃんと通話が届く。
「大丈夫です、暗号化も正しく処理できています。ところで、アイリスさん、ボイスチェンジャーも仕込みましたか?」
「確認ありがとう、アリサ。一応念のためにね。それで、こっちの記憶媒体は?」
私の声とは違う声。その事に一瞬また心の中に私が私ではないかもという疑念が浮かぶけど、今はそんなことで悩んでいる場合じゃない。
思考を目先のことに集中させ、あくまでも平静を装って私が指さしたのは通信機と一緒に入っていた記憶媒体とセットになったスイッチだ。
「はい、これはメナ様からの預かり物で……今日使われる映像データが入ってると」
「データ?ネットで送ってくるんじゃなかったっけ」
「通信傍受の可能性があるので、手渡しで、と」
なるほど、慎重な事だ。さすが敏腕ジャーナリストだね。
「このスイッチ、何?押していい?」
「全てのスイッチは押すためにあるのです、さぁトワ様押して下さい!」
「駄目に決まってるでしょ……。トワはともかく、アリサはちょっと反省して」
そんなことを言っていると、ヒナが不思議そうな顔で私達を見ていた。そんな顔で見ないで、ギルドの管理官といっても私達はまだ小娘――いや、アリサは違ったか。
「それで、このスイッチは?」
「はい、この記憶媒体内部のデータを切り替えるスイッチだそうです」
データを切り替える?どういうことだろうか。
「おそらくリハーサル時に本番映像を使えと言われるだろうって。なので、ネクスに見られても問題の無い映像と、本命の映像を2種類記録してあるそうです」
「なるほど、それを切り替えるスイッチって訳か」
「はい、そう聞いています」
えらく慎重だね、メナは。急に用意できる装置じゃないと思うし、この事態を想定していたか、それともこれまでにも似た様な事をやっていたのか……。
まぁ、それはどちらでもいい。しかし、ここまで対応が必要になるとは、相手は相当に手強いんだろうか。
「しかし……ネクスだっけ?思ったより手際がいいね」
「ネクスは……ミラジェミナの経済だけでなく政治にまで影響力を持つ大企業ですから」
「大変なものを敵に回したね、私達」
「アイリス、全然大変そうじゃない」
ヒナが言うように、影響力の大きい大企業ならそれなりに頭の回る人間もいるのだろう。
ここが連中の拠点があるミラジェミナαなら面倒なことになったかもしれない。だけど、装備や人員を送り込む手段が軌道エレベータしかないβ側なら……まぁ対処できる範疇だろう。
「ところでネクスがどう動くつもりか、情報は無い?」
「いえ、ワタシは特に何も……あっ」
「何か気付いたことがあるなら、なんでも言ってね?」
「さっきダーククロウの奴らが『昼の仕事』って……。あいつらネクスと繋がりがあるんです。ルミナリーフの乱獲とか、お金貰って好き放題やってるんです」
「……ザックが言ってた『上の連中』ってそういうことか……なるほど、確かに上だね」
室内からは見えないけれど、私は思わず天空に存在するであろうミラジェミナαを見上げてしまった。
「となると、なら連中の言う『昼の仕事』はコンサートと関係あると考えた方が妥当だね。あの連中に精密な作戦行動が出来るとは思えないし、せいぜい陽動としてコンサート会場でも荒らすつもりかな……」
「そんなことより、アイリス」
トワが声を掛けてきた。何か他に気付いたことがあるんだろうか。この子、時々鋭いから私の見落とした事に気付いているかもしれない。聞く価値はあるだろう。
「なに?何か気付いたこと、ある?」
「うん。ヒナとメナ、名前が似てる」
……ああもう、可愛いな、私の妹は!でも今その話を言う必要あったかな。私がトワの発言にコメントする前に、ヒナが嬉しそうに口を開いた。
「そうなんです!実はワタシがメナ様の荷物をお運びしているときに、名札を目にされて『似てるね』って」
「ほほう」
「そこからお話が弾んで、お手伝いする事になって――」
あれ、多少は関係のある話だったらしい。それにしてもギルドの職員が荷物運び?連絡員だとしても、普通に考えればあまり無いことだと思うけど。トワと話をしているヒナに尋ねてみた。
「えっと……ワタシ、β出身の母と、観光で来た……たぶんギルドのシンガーだと思うんですけど、そんな父との間に産まれたんです。父にとっては旅先の恋愛だったみたいで、ワタシが産まれたあとは母も全く連絡が取れないと言ってましたケド……」
「なにそれ、無責任な男だね……」
「幼い頃に母も亡くなって、行き場が無くなったワタシをギルドが拾ってくれたんです。たまたまシンガー能力がちょっとだけあったみたいで」
本来であれば血統主義のギルドには外部からの参加はできないけど、例外的に私生児や脱退者なんかの子孫が参加出来るケースがある。おそらくヒナはその特例なんだろう。と言うことは父親はそれなりの立場にある人間か高位のシンガーだったのかもしれないね……。
「でも、ワタシ、βとの混血だから、ギルドでの立場はちょっと……。なので、あまり重要な仕事を任せては貰えないんです。大事なお客様の荷物持ちなんて、めったにさせて貰えない大仕事なんですよ」
そう言って少し寂しそうに笑うヒナ。その表情に私は軌道ステーションでの出来事を思い出していた。
頭上に見えるミラジェミナβを「下」と呼ぶ感性。
上っている事を隠すかの様に半回転するエレベータ。
あれらは全て、α側の人間がβ側を下に見ている差別意識の表れだった。そして、ヒナはまさのその差別の被害を受ける当事者なのだろう。
同じ公転軌道を回る二重惑星だというのに、どうして住む場所が違うだけで差別を受けないといけないのか。間違ったことだし、憤りを感じる。
……だけど、これは私達が口を出す問題じゃない。たとえ正義であったとしても、それはギルド憲章が定める内政干渉に当たるものだから。
私は「英雄」じゃない。でも、私以上に「英雄」に相応しく、またギルド憲章に縛られない人間なら心当たりがある。
託してみるか、彼女に。
その後、ヒナは恐縮しながらコテージを去って行った。彼女が立ち去る直前にアリサがヒナを呼び止めていたけど、あえて私は立ち入らないことにした。




