#20
>>Towa
海で遊ぶのは楽しかった。アイリスも、アリサも、レイラも。みんな楽しそうで、そのことが私にとっての幸せだった。
ここには怖いことも、悲しいこともない。リゾート施設の宣伝文句に「常夏の楽園」って書いてあったけど、本当にここは楽園なのかもしれないね。
気付くと少しお昼を回っていたので、私達はいったんコテージへ帰り、軽めのランチと着替えを済ませて二手に分かれた。
私とアイリス、レイラはリゾート施設へ。アリサは買い物に行くらしい。ルミナップルは昨日少し食べたけど、確かに美味しかったからアリサが追加で買いたがるのも判る気がした。
「トワ様、晩ご飯は何がいいですか?」
「魚は昨日食べたから、他のもの」
「とてもざっくりした指示ですが、賜りました」
出がけにアリサがそう聞いてくれたけど、ごめんね。何も思いつかなかったんだよ。
私も少しは料理の勉強をすれば、食べたいものをぱっと思いついたりするのかな。
私達はレイラの先導でリゾート施設へ向かった。レイラが受付で名乗ると少し待たされた後に支配人という人が出てきて案内をしてくれた。
レイラが一人ではなく、連れがいた事に少し怪訝げな表情はしていたけど、特に何も言われなかった。たぶん、付き人か何かと思われたんだろうね。
「こちらがコンサート会場になります。ご覧の通り、今回のコンサート用にミラジェミナαよりクリスタルオルガンを移設しております」
2000人ぐらい収容できそうな大きなコンサートホールには支配人がいうように立派なクリスタルオルガンが設置されていた。これ、移設するのにもの凄くお金が掛かると思うんだけど。
私はそんな疑問を口にしようとしたけど、アイリスに手で止められた。何かあるのかな?そう思っていると、アイリスが私の耳に口を寄せて小声で囁いてきた。
「トワ、あとで話すから、ここは黙っておいて」
「わかった」
その後もレイラが支配人と打ち合わせを続けている。さすがレイラ、一流の音楽家だけあって機材のセッティングや演出の確認にも余念が無い。
どうやらコンサートの中盤にオルガンの音色に合わせて保護対象となっているルミナリーフの映像を投影する演出が行われるらしい。レイラのオルガンにあわせて昨夜見た幻想的な光景が投影されることを想像すると、ワクワクしてくる。
明日のコンサート、楽しみだ。
「では、少し試奏させてください」
「もちろんです、お願いしますレイラさん」
どうやらレイラのオルガン試奏が始まるようだ。私とアイリスは手近な席に腰掛けて、レイラの演奏を待つ。しばらくオルガンの設定を確認していたレイラだが、軽く頷くと鍵盤に指を踊らせた。
重厚なクリスタルオルガンから紡ぎ出されるレイラの音色。これは……そうだ、前にヴェリザンの大音楽堂でレイラが弾いていた、あの曲だ。
確かあの時は少したどたどしいところがあったけど、今は不安定な要素は全くない。……それもそうか、だってレイラは銀河で随一のオルガニストなんだからね。
身近な友達感覚だったけど、本当はすごい人だったんだ、レイラは。
目を閉じて演奏を聴いていると、あの大音楽堂の様子が頭の中に浮かんでくる。
でも脳裏に浮かぶ大音楽堂は私の記憶にある荒れ果てた実際の光景じゃなくて、光と人々の賑わいを取り戻した、本来在るべき光景。きっとこれはレイラが夢見ていて、そして実現した現在のヴェリザンの姿をイメージしているんだ。
そんな事を思いながら私は曲に身を委ね、素敵な一時を過ごした。
「トワ、どうだった?私の演奏」
「すごく良かった。上手になったね、レイラ」
「えへへ……これでもヴェリザンで一番だからね」
「あら、謙遜するじゃない。銀河で一番って聞いてるけど?」
私達がそんな事を言っていると、支配人が近づいてきた。
「オルガンの調子はいかがでしたか?いえ、先ほどのお見事な試奏を拝聴すれば、問題は無さそうでしたが」
「はい、大丈夫です。ところで映像演出の件なんですが、私が撮影した画像を入れることって、できますか?環境保護のチャリティと聞いてますので、テーマと曲のイメージに合ったホロを撮影してこようと思ってるんです」
レイラの申し出に支配人は一瞬戸惑った表情を浮かべたけど、納得した様に答えた。
「なるほど、演奏だけでなく演出にもこだわりをお持ちなのですね。映像投影は自動制御になっていますが、データの変更は可能です。コンサートの2時間前ぐらいまでにご用意頂ければ差し替え可能だと思います」
「わかりました、では明日のお昼にまでに撮影してきますね」
「はい、承知しました」
レイラはアイリスの方を向いて頷いている。うん?アイリスも撮影に行くのかな?
「アイリス」
「じゃあ、今日はここでおいとましましょうか」
「そうですね……支配人さん、ではまた明日」
「こちらでスイートルームをご用意しておりますが……」
「いえ、お友達と気兼ねなく過ごしたいので」
「そうですか、ではまた明日お待ちしております」
むぅ、アイリスがちゃんと答えてくれない。私はアイリスの服の袖を引くけど、アイリスがこちらを見てくれない。
お姉ちゃん、どうして私を無視するの?
不満を感じたまま、私達はリゾート施設を出た。硬い表情を浮かべてるアイリスとレイラ。
二人と並んで黙って浜辺の小道を歩き、コテージの方へと戻る。アイリスに話を聞きたいけど、また無視されたら……そう思うと、怖くて何も聞けない。
「……そろそろいいかな」
「はい、誰も付いて来ていないみたいです」
「……?」
アイリスとレイラは周囲を確認すると、深く息を吐き表情を和らげた。
「ごめんね、トワ。ちょっと事情があって……あそこの連中に話を聞かれたくなかったんだよ」
アイリスはそう言うと私の事を抱きしめてくれた。無視されてた訳じゃなかったんだ。よかった……。
「トワの言いたいことは判るよ。あんな大きなオルガンを移設するお金があるんら、それを環境保護に使えばいいって思ったんでしょ?」
「うん」
さすがアイリス、私が思ってたことをちゃんと理解してくれている。いや、これはアイリスも同じ事を考えてたってことかな。
「ホントにそうですよ!自分たちが言ってることが矛盾に満ちあふれてるって、気付いてないのかな……」
「気付いてても、上からの指示とやらがあるんじゃない?支配人といっても単なる現場責任者っぽかったし」
「そうですよねぇ。でもあんなホテルに泊まらなくて済んで、ホントよかったです」
「独り寝は寂しい?」
「そんなお子様じゃないです!」
良かった、いつも通りのアイリスだ。私が何か間違った事をしたのかと思って心配だったけど杞憂だったんだ。でも、この話の流れだとレイラはコンサートしないんだろうか?
「レイラ、明日コンサートするの?」
「もちろんするよ?最高のコンサートをね!」
そう言ってレイラは、いたずらっぽくウィンクしてみせた。最高のコンサートか……楽しみだな。あっ、でも私って入場できるのかな?
「アイリス、コンサートのチケットある?」
「……そういえばないね。というかプラチナチケットでしょ?今からじゃ手に入らないじゃないかな」
「残念」
「もう、何言ってるのよ。ここに演奏者本人がいるんだから、私の力で3人分席を用意させるよ。もちろん、特等席でね!」
「ありがとう、レイラ。好き」
「わっ、トワに告白されちゃった!」
告白したつもりは無いんだけど、ともかくコンサートを聞けるのは嬉しい。ああ、リゾートって本当に良いところだな。




