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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部2章『白夜の誓い』ミラジェミナβ-虚楽の双星
140/211

#18

>>Iris


 早朝に目覚めたトワはアリサを伴い、散歩に出かけていった。どうやら昨晩見たルミナリーフをアリサにも見せたいらしい。朝食までに戻るように告げたので、アリサがどこか遠くへ妹を連れ去る心配はないだろう。

 で、問題はこっちだ。


「で、朝食は無理そう?」

「は゛い゛……」


 ソファーでぐったりしているレイラに声を掛けると、とんでもないダミ声が返ってきた。この子、オルガニストで良かったよ。もし声楽家だったらとてもコンサートなんて出来ないでしょ、これ。


「飲み過ぎだよね?」

「た゛っ゛て゛……ア゛リ゛サ゛か゛ひ゛と゛い゛ん゛た゛も゛ん゛」

「ああ、もう判ったから、しばらく黙って寝てなさい」


 このまましゃべらせると喉が潰れそうなので、とりあえず朝食の前にレイラのための準備をしておこう。たしか昨日アリサが買ってきたフルーツがまだ残っていたはず。


 私はルミナップルの果肉を小さな角切りにし、ミキサーにかけて滑らかなジュースにした。それをこし器で静かに濾すと、鮮やかな黄金色の液体がコップに滑り落ちる。

 少しだけ蜂蜜を加えてスプーンでゆっくりと混ぜると、甘さと酸味が絶妙に調和した香りがふわりと立ちのぼった。うん、これなら二日酔いでも飲めるだろうし、喉の痛みも取れるだろう。


「ほらレイラ、飲んで」


 私が手渡したルミナップルジュースをレイラは一気に煽る。男前な飲み方だけど……昨日もきっとそういう飲み方をしてたんだな。まったく、この子は。


「おいしい……。アイリスさん、おかわりください」

「はいはい。私の分だったんだけど……まぁ仕方ないか」


 飲み終えたレイラの声は少しましになっていたけど、まだ飲み足りないのかおかわりを要求された。さすがに二杯目は味わって飲んでいるようだけど。


「……はぁ、生き返りました」

「レイラ、ここにいる間は禁酒ね?」

「うっ……わかりました……。でも、聞いて下さいよ!」


 あ、来たか。私は半ば諦めの心境でレイラの向かいに腰を下ろした。きっと長い話になるだろうからね……。


「先に言っておくけど、私、恋愛相談無理だからね?」

「予防線張られた!?」

「まぁ聴くだけなら聴くよ、話すと楽になることもあるだろうからね」


 私が先手を打ったことでレイラは若干気落ちした様子だけど、まぁ実際の所恋愛相談はギルドの管理官としても業務範囲外だ。それにそもそもレイラはギルドの人間じゃないしね。


「で、アリサの事なんでしょ?」

「うう……どうしてアイリスさんが気付いてるのに、アリサは気付いてくれないんですか……」

「気付くとか気付かない以前に、アリサはトワの事しか見てないでしょうに。大体レイラだってアリサとそんなに接点無かったでしょ?」


 確かアリサに聞いた話だと、ペレジスで2回ほど会った事があるだけだと言っていた。しかもコンサートの演奏者と客としてという、非常に薄い繋がりだったとか。

 これがアリサの側が熱を上げているのならまだ判る。いわゆる推しというやつだから。

 でも、この二人の場合は逆だ。本来推されるはずの立場であるレイラが、推す側のアリサに夢中になっている。どういう関係なんだろう。


「私、アリサに……シノノメ評議員に憧れてたんです。初めて会ったときにこんな素敵な人がいるんだ、って思って」


 そう言ってレイラが語ったのは「私の知らないアリサ」の話だった。

 なんでも当時ペレジスの評議員であったアリサは近隣の星々にも名の知れた存在だったらしい。表向きはオブザーバー的な立場の一評議員ながら、オリジネーターに連なるシノノメ家の後継者でもあるアリサは本人の意思とは無関係に実質的にペレジスの統治者と見なされていたらしい。

 美貌の権力者、永遠の女帝(エターナルエンプレス)という二つ名もその頃のものだとか。


 一方のレイラは当時気鋭の音楽家とはいえ性格的には私達が出会った頃の、普通の――いや、普通よりも少し幼い女の子だった。

 自身もサクセスストーリーを歩んでいるとは言え、目の前におとぎ話から抜け出てきたような「お姫様」が現れたら、憧れを感じるのも致し方の無いことだったのだろう。そして――。


「アリサったら、私の手を握りしめて情熱的に言うんですよ?『レイラさん、ファンです、好きです!』って。そんなの、本気にしちゃうじゃないですか」


 ――ああ、それ、アリサが悪いよね。ここ数日アリサがトワに迫っているノリをそのままウブなレイラにやったんだとしたら、普通は落ちる。

 なにせアリサの本性は残念美人だとはいえ、見た目に限って言えばすこぶる付きの、それも星が傾くレベルの美人なんだから。


「それに二度目のペレジス公演の時なんて、軌道エレベータの駅まで出迎えてくれたんですよ?しかも熱烈に抱擁までされて……憧れの人にそんな事されたら、もう私……舞い上がっちゃって」


 アリサ、その頃は確か予知能力使えなかったはずなのに。政治的に手を回してレイラの予定を掴んでたとか?用意周到なところはさすがだけど、やり過ぎだよアリサ……。


「でもレイラ、昨日のアリサを見ていて判ったでしょ?あの子、基本的にああいう感じだから」

「うう……それはそうなんですけど……。でも、ここで偶然出会ったのが運命なんじゃないかって思ったんです。だって、ここへ来るのは少し怖くて、心細くて、誰かに助けて欲しいって思ってた所で、アリサを見かけたから」


 ああ、そういうことか。レイラはこの星のチャリティコンサートに裏がある事を覚悟して公演依頼を受けたと言っていた。

 ということはレイラにとってもここは「敵地」だ。そんなところで偶然にも憧れの人と出会えれば……まぁ、普通は運命を感じるよね。


「しかも、ダメ元で一緒にいて欲しいってお願いしたら、微笑んで『よしなに』って言ってくれたんですよ?こんなの、もう告白OKだと思うじゃ無いですか!」

「なに、その返事……」


 内心ではなく、思わず口に出てしまった。アリサ、あなた何やらかしてるのよ……。


「それなのにアリサったら、私の気持ちに気付かないんですよ?酷くない!?」

「うん、それはアリサが酷い。全面的にレイラを支持する」

「でしょ!じゃあアイリスさん、責任取ってアリサを攻略するのを手伝って!」

「ごめん、それはパス」

「なんでー!」


 まぁレイラの気持ちはわかった。そしてアリサが悪い事も。

 でも、その事をレイラに納得させるのは難しそうだ。それに……私が今すべきことはトワを守りながらこの星の揉め事をなんとかする事。悪いけど、レイラの恋愛成就はそのミッションには入っていない。

 まぁ、レイラにも幸せにはなって欲しいけどね。


 若干の罪悪感を感じながらも、私はレイラに方向付けを行うべく、口を開いた。


「それで、私にアドバイスして欲しいってことかな?」

「そう、それ!私には援軍が必要なの!」

「まぁ私も恋愛事は分からないから、ギルドの管理官としての戦術的アドバイスとしてなら。それでいい?」

「いいです、管理官殿!」


 そう言ってレイラは敬礼してみせるけど、あなたうちのギルドの人じゃないでしょう。それにギルドは軍隊じゃないから敬礼する習慣とかないし。


「じゃあまず最初に戦術的な展望だけど……事実だけ言うと、勝算は限りなく低いね」

「うう……やっぱり……」

「なにせアリサはトワのことを100年待ち続けてたんだよ?身近にアリサの事だけを見て、一途に支えてくれる男性がいたのに」

「えっ……そうだったんですか……?」

「ええ。私達も面識あるけど、とても素敵なおじさまだった」


 ウォルターさんとアリサは正直お似合いのカップルだと私も思っていた。でも結局二人は結ばれなかったらしい。それがトワの事が原因なのか、他に要因があるのかまでは私には判らないけど。


「でもね、このまま告白せずに別れたら……それはそれで後悔すると思うんだ」

「うん、それは……私もそうだと思う」

「なら、答えがどうであれ、レイラが想いを伝えるのは必要な事だと思う」


 レイラは無言で頷いている。私は言葉を続けた。


「とはいえ今は喫緊の事情があるでしょ?たぶん、今告白してもアリサはレイラの事をちゃんと受け止められないと思う」

「まぁ、確かにそうだよね……」

「なら、まずは目先のことに集中して、それが終わってから告白するというのはどうかな?物事が上手くいった勢いならアリサがうんと言う可能性も……もしかしたら高くなるかもしれないし」

「そう、ですね!」


 ごめん、レイラ。最後のはリップサービスだ。残念だけど、私の見立てでは0を何倍しても結果は0にしかならないから。

 イエスセットのような方法で友人の行動をコントロールするのは気が引けるけど、今は色恋沙汰にうつつを抜かすと命に関わる可能性がある。申し訳ないけど、色恋沙汰は事が片付くまではペンディングにさせてもらうしかない。


 私が引き受けたのは友人としての恋愛相談じゃない。あくまでも「管理官としての戦術的アドバイス」なんだからね。

 とは言え、廃墟と化した大音楽堂で所在なげに佇んでいた幼いレイラの姿を思い出すと、どうしても無碍に突き放すことは出来ないんだよね……。

 確率が0でも、せめて+1するぐらいのフォローはしても良いかもしれない。まぁ、そういうのは私のガラじゃ無いのはわかってるけど。



 レイラの件は一段落したので急いで朝食の準備をする。ただし量は控えめだ。なにせ、このあとはビーチへ出る予定だからね。

 せっかくマリンリゾートに来たのに、水着を着る機会をみすみす逃すわけにはいかない。これはトワのためというよりも、半ば自分のためだけど。

 朝食の準備があらかた出来たタイミングで、トワとアリサが帰ってきた。


「ただいま」

「ただいま戻りました。あ、良い匂い……」


 帰宅の挨拶もそこそこにテーブルの上の料理を確認しに行っているアリサはさすがの食い意地だね。


「トワ、楽しかった?」

「うん。夜とは違う感じで綺麗だった」

「ずいぶんと気に入ったのね、ルミナリーフ」

「うん。親近感を感じる」


 髪飾りに手を触れながらトワはそう言うけど、海洋生物の死骸に親近感を感じられても困るんだけど……まぁ、トワが言ってるのはきっと色味の事だろう。……そうだよね?


 4人で食卓を囲み、朝食を楽しみながら今日の予定を確認する。


「まず午前中はビーチへ行きます。水着で!」

「「「賛成!」」」

「お昼からは……レイラ、確かお仕事でしょ?」

「はい、会場確認と簡単なリハーサルがあるよ」

「トワ、レイラと一緒に見に行かない?」

「……アイリスは?」


 トワの瞳の色に陰りが見える。あれは置いて行かれる事を懸念してるな。でも、大丈夫だよ、トワ。


「私も一緒に行くよ」

「じゃあ行く」


 陰りは一瞬で消えて、黄金色に変わる。今回はトワのためのリゾートだからね。悲しませるような事をしたら本末転倒だ。


「アリサはどうするの?私のリハーサル見てくれる?」

「そうですね……そういえばアイリスさん、ルミナップルはもう全部使いました?」

「あ、ごめん。レイラの二日酔い覚ましに用にジュースにした」

「じゃあ、いくつか追加で仕入れに行ってきます。他の食材も。ごめんなさいね、レイラ」

「……はーい」


 アリサ、事情はわかるし予定通りの別行動だけど、もう少しだけレイラに配慮してあげて……。

 ともあれ、分担は決まった。私とレイラで会場の下調べ。アリサは乱獲現場の再確認と証拠映像の確保。言葉には出さないけど、そういうことだ。


「じゃあ、ランチを食べたら別行動、夜は……アリサの手料理?」

「お任せ下さい、愛妻料理を披露します!」

「いや、だから誰の妻なのよ」


 そんなことを言いながらモーニングは終わり、私達は水着に着替えることになった。



「おまたせしました!わっ、アイリスさん、大胆!」


 私とトワがコテージの外で待っていると、レイラが出てきた。彼女の水着は紺色の……モノキニって奴だね。

 前から見るとホルターネックのワンピースに見えるけど、後ろから見るとビキニに見えるやつ。うーん、大人な選択だね、レイラ。


 ちなみに私は白のビキニに赤いパレオを巻いている。別に体型を隠したい訳じゃないけど、他に隠すモノがあるからね。

 トワは……パステルグリーンのバンドゥビキニ。スリムなバストが逆に綺麗に見えるデザインのモノをえらんだから、トワにはバッチリ似合ってる。

 髪型も昨夜結ってあげたポニーテールが気に入ったのか、今日もポニーテールだ。


 で、そこまではいいんだけど。


「で、トワ?今日もジャケットなの?」

「うん」

「足下もブーツなのね?」

「うん」


 そうなんだ。この子、せっかく可愛い水着を着てるのに、いつものワークジャケットを引っかけて、足下はワークブーツを履いてるんだよ……。

 まぁ、海に入るときにはどちらも脱ぐとは思うんだけど。それによく考えたら、むしろ私の方が海に入れない格好かもしれないし。


「ごめんなさい、水着を選ぶのに手間取ってしまって」


 そんなことを言っていると最後にアリサがコテージから出てきた。全員の視線がアリサの格好に集中する。

 誰も何も言わない。

 このままビーチへ向かおうかと思った時、トワがぼそっと口を開いた。


「痴女」

「ど、どうしてですか!?これはトワ様を悩殺するために時間を掛けて選んだ水着なのに……!」

「痴女だねぇ」

「たしかに、痴女ですね」


 3人の意見が一致したので、アリサは痴女だと認定された。

 いや、上から羽織ってるライトブルーのパーカーはいいよ?リゾートっぽいからね。そして何故かパーカーの下に見えるベルト……というか剣帯だよね、それ。どこの世界に剣帯に日傘吊してる人がいるのよ。


 それに最大の問題は水着だ。黒のビキニ。まぁ、色はいいよ。

 でもその面積はアウトだと思う。マイクロビキニっていうやつだろうけど……大事なところ以外はほとんどヒモじゃない、それ。一体誰を悩殺するつもりなのよ。

 ……って、うちの妹か。


「アリサ、着替えてきて?」

「嫌です!せっかく時間を掛けてトワ様の為に選んだのに!」

「じゃあ私達3人で遊ぶから、アリサは予定通り別行動で」

「それ、昼からの事ですよね!?私も一緒に遊びますよ!?」

「……痴女はちょっと」

「酷くないですか!?」


 いや、頑なに着替えようとしないアリサが悪いんだけど、まぁ、いいか。いざとなれば他人の振りをしよう。そう思っていた時期が私にもありました。


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