#16
>Iris
コテージに戻りアリサ達に声を掛けた後、一番にしたのはお風呂に入ることだった。途中でエア切れになったせいて髪が思いっきり海水に浸かってしまったからだ。
私もトワも髪が長いし、早めにケアしないと塩分で髪が傷むだろうからね。
そう考えながらお風呂の準備をしている最中にふと気がついた。もしかして、セレスティエルだと髪のダメージも修復されるんだろうか?
そういえばトワの髪は殆ど手入れしていないのにいつもつやつやすべすべだ。もしかして、私もその恩恵を受けられるのだろうか?
思わず期待したけど、いや、まだダメだ。過信して髪の毛がパサパサになるとか、乙女としてありえないからね。セレスティエルの性能が明らかになるまではこれまでどおりの生活を続けないと。
「アイリス、お風呂入れるよ」
「わかった。どうする?先に入る?」
「ううん。お姉ちゃんと一緒に入る」
「そっか、久しぶりだね」
「ちょっと待ったー!一緒にお風呂ですって!?そんな羨ま……いえふしだらな事が許されるとでも!?」
「姉妹だから、問題無い」
あ、珍しくトワがむっとしている。まぁ、久しぶりだからね。今日はアリサには我慢して貰いっぱなしだけど、もう一つ我慢して貰おう。
「アリサ、ごめんね。埋め合わせはまたいつか」
「ホントですか!?一緒にお風呂で埋め合わせですか!?」
「ええ。一緒にお風呂ね。私と」
「ノォォォーーー!」
崩れ落ちるアリサと、寝室から何事かと顔を出したレイラに軽く手を振って、私はトワと一緒に浴室へ向かった。
コテージの浴室は私達が二人で入っても余裕があった。たぶんファミリー向けの物件だから、親子で入ることも想定してるんだろう。
ゆったりと足を伸ばせる浴槽は本当に気持ちいい。トワは洗い場で髪を洗ってるけど、かなり適当だ。
「トワ?そんな洗い方で良いの?」
「いつもこうだよ」
「そっか、それでそのサラサラつやつやが維持できるんだね……ほんとセレスティエルってチートだね」
「よくわからないけど、アイリスもセレスティエル」
「だね。私もサラサラつやつやになれるかな」
「アイリスは元々綺麗。髪も、肌も。美人だし、スタイルいいし」
「褒めすぎだよ、トワ」
そんなことを言いながらトワと洗い場を交代する。湯船に浸かったトワが大きく息を吐いている。うん、いいよね、湯船。
「アルカンシェルに、湯船を入れよう」
「おー、いいね。でもシャワーはどうするの?」
「シャワーも置いておく」
「風呂場おける場所あったっけ?」
「船倉をお風呂にする」
トワのトンデモ計画を脳裏でイメージしてみる。確かに使われていない船倉は広々してるけど……あそこがバスルームだと、軌道ステーションで荷物の積み込みする時に風呂場の横を通る事になる。
航宙船に立派なバスタブが据えられているのを見た作業員達が目を疑う様子までリアルに想像できてしまった。
「浴槽はいいけど、船倉は止めた方がいいかな。シャワールームを改装したらいいじゃない」
「わかった、そうする」
簡単に決めてるけどいいんだろうか。まぁ自分の船なら好きに改装できるんだろうけど、引き受ける船大工や作業員がどう思うことやら。
そんな事を考えながら髪を洗っていた私はある事に気がついた。指通りがいい。それも、尋常じゃないレベルで。
まるで生まれたばかりのような……って、何を考えてるんだ、私。この体は先日再生されたばかり……つまり、生まれたてだ。いくら私の遺伝情報から再構築されたとはいえ、髪のダメージなんて遺伝子に記録されてないからね。新品なのは当たり前だ。
以前はキャメル067での長旅の影響で髪の傷みがちょうど気になっていた所だったんだ。せっかくの新しい髪、大事にしよう。
「お姉ちゃん、一緒に入ろう」
そう言ってトワがバスタブから手招きをしている。この子、ほんと普通にお姉ちゃん呼びしてくるようになったよね。
嬉しいけど、いつもお姉ちゃんって呼ばれると、少しありがたみが無くなるというか感動が薄れるというか。前にトワが「癖になるから良くない」って言ってたのは、こういうことだったのか。
でもお姉ちゃんと呼ぶなというのもおかしな話だし、そんな事を言ったら絶対トワは傷つくだろうし。まぁ、私の感動とかは二の次だ。トワのしたいようさせるのが最優先だからね。
「こうやって二人で湯船に浸かるの、子供の時以来だね」
「うん。懐かしい」
「でもたまにはいいかもね。ね、トワ。これからも時々一緒に入る?」
「入る!絶対に入る!」
「はいはい、お風呂で暴れないの」
湯船の中で抱きついてきたトワを軽くたしなめながら、私は幸福感を感じていた。
ああ、お風呂はいいものだね。生き返った気分になる。……私が言うと洒落にならないかもしれないけど。
風呂上がり、いつもの様に服を着るのを嫌がるトワに無理矢理シャツだけを着せて、私達はリビングへ戻った。アリサとレイラが黙って杯を傾けている。……って、結構な酒瓶が転がってるけど、何かあったんだろうか?
「二人とも、飲み過ぎじゃない?」
「そうですね……少し酔ったかもしれません」
「……」
レイラは無言でアリサを睨んでいる。ああ、そういうことか。大変だね、アリサも。お風呂のこともあるから、少しアリサにもサービスしておこうか。
「アリサ、頼みがあるんだけど。私、湯あたりしちゃったみたいでさ。トワも少しのぼせてるからデッキで夜空を見ながらトワの髪を梳いてあげてくれない?」
「はい、喜んで!」
どこかの居酒屋店員のような返事と共に、アリサは素早くトワを連れ去る勢いでコテージのデッキへ出て行った。たぶん、しばらく帰ってこないだろう。
……帰ってくるよね?そのままどこかへ妹を連れ込んだりしないでね?信じてるよ、アリサ?
それはさておき、レイラだ。
「レイラ?」
「アイリスさん、私って魅力ないですか?」
面倒なことを言い出したよ、この子。いや、私より10歳ぐらい年上になってる大人を捕まえて「この子」もないと思うけど。
レイラがアリサに向ける熱っぽい視線から、おそらくそういうことだろうとは思ってたけど……正直、色恋沙汰は私の守備範囲外なんだよ。
「んー、私には良くわからないけど、レイラの魅力がどうとか言う以前に、アリサはトワ一筋で100年も待ってたから……今は他の人は眼中に無さそうな気はするけど」
「そう、ですか……」
お願いだからしょんぼりしないで、レイラ。あの幼かったレイラが恋愛に悩む年頃になったのを見るのは感慨深いけど、それが自分の妹を巻き込んだ女性同士の三角関係とかだと、ちょっと複雑だから。
「ところでレイラ、メナさんとの打ち合わせはどうだった?」
「えっ……ああ、そうでした。えっと、ママとアリサが――」
そう言ってレイラはメナと協議した今後の動き方について報告してくれた。そう、私がしたかった話は恋愛相談じゃなくて、これなんだよ。
レイラの話をまとめると、メナはコルドーがミラジェミナαで行っている後ろ暗い活動、特にルミナリーフの密輸に関する帳簿や証言を集め、私達はこちらでその裏付けとなる現場の映像を収集し、双方を合わせたものを使ってチャリティコンサートの会場で暴露と告発を行う……という手はずになったらしい。
「基本的な流れはそれでいいと思う。ただひとつ気がかりなのは……」
「トワのこと、だよね?」
そう。私達がこちらで証拠集めをするということは、危険な目に遭う可能性もあると言うことだ。
私も、アリサも、降りかかる火の粉を払える自信はある。
だけど、トワを巻き込むことは絶対に避けたい。それにダーククロウとやらのやっている悪事をトワの目に触れさせたくない。私の妹に見せるには不適切なコンテンツだからね、連中は。
「私が、トワについてるよ。あと、アイリスさんとアリサも交代でついてくれれば、どちらかは手が空くでしょ?」
「そうだね、それしかないか……」
たぶん、当面トワの付き添いはレイラだけでも問題ないとは思う。
だけど、遭遇戦とは言えコルドーの手先であるザックを叩きのめしているし、こちらの動きが相手に察知されたらレイラやトワが狙われることは十分に考えられる。その場合は戦力を分散する必要があるだろう。
ことがことだし、実際に違法採取現場のチンピラ連中が武装しているのも目にした。状況を勘案すると、戦闘を回避出来る可能性は低い。これだから、この星の揉め事に首を突っ込みたくはなかったんだ……。
「ごめんね、アイリスさん。巻き込んじゃって」
「ノープロブレム、とは言えないけど……まぁ友達のためだからね」
「うん、ありがとう」
笑顔で「問題無い」と言い切れない自分が少し歯がゆく、情けないと思いながら、私はレイラにそう告げた。




