#15
>>Alyssa
トワ様達を見送り、私はレイラと寝室へ入りました。ええ、もちろんイチャイチャするためではありません。「レイラとよろしく」するためにです。レイラと一緒に、母親のメナさんに。
「ママ、聞こえる?」
『聞こえてるわ。あら?ホテルじゃないの?』
「うん、偶然すごい人に再会しちゃって、お招きされたの!」
『レイラ、その人は信用できる人?』
「うん。ママも知ってる人だよ」
レイラが目でこちらに合図をしてきました。通信に加われという事でしょう。
私はレイラの後ろへ移動し、自分の姿が通信相手……メナ・クロウリーに見える場所へと立ちます。
「メナ・クロウリーさん。ご無沙汰しております」
『シノノメ評議員!?どうして、ここへ?』
「休暇です。たまたまレイラさんとお会いして、同行させて頂いております。あと私、もうずいぶんと前に評議員は引退しましたので……普通にアリサ、と呼んで下さいな」
『……わかりました、アリサさん。それで、娘からは話を?』
挨拶もそこそこにメナは話を切り出してきました。さすが一流ジャーナリストと言われるだけの事はありますね。ですが……私達にとってここは「敵地」でもあります。先に確認しておくことがありました。
「ええ。ところで通信傍受の対策は?」
『それはもちろん』
さすがに彼女もそのリスクは把握していたようです。娘との私的な通信だというのに、ちゃんとスクランブルを掛けていたとは。抜かりありませんね。
そして、そういう人なら信用することが出来ます。
「では本題を。環境保護名目で良からぬ事を企んでいる動きがあるとか?」
『そうです。この星の大企業の一部、特にネクスと称される複合企業が私利私欲に走り、ミラジェミナβから富を違法に搾取している形跡が見つかりました』
「やはりそうでしたか。私達も今日、ルミナリーフを違法採取している現場を目撃しました」
『ルミナリーフ!そうか、金銭だけで無く環境破壊も……レイラ、チャリティコンサートの裏はたぶんこれだと思う』
「うん、アリサ達に話を聞いて私もそう思った。違法採取を隠すために環境保護のチャリティをやって、目くらまししようとしてるんだよね?」
夕食前にレイラが言っていた疑念は、メナの調査によってある程度裏付けが進んでいるようです。そこに私達が目撃した光景を加えることで、この星で起きていることのあらましが見えてきた気がします。
「それで、お二人はこの悪行を止めるおつもりなのですか?縁もゆかりも無い星のことなのに」
『私は縁もゆかりも無い私達の星のために命を賭けてくれた英雄を知っています。彼女の死に報いるためにも、私は……』
「ママ、気負いすぎ」
『ごめんなさい。ともかく、ジャーナリストとしても見過ごせないので。アリサさん、協力して頂けるという認識で良いのかしら?』
「もちろんです。強力な援軍もいますしね」
『援軍?』
本当はここでアイリスさんの名を出すべきなのでしょうけど、本人から今はまだ話すなと口止めされています。でも、匂わせるぐらいはいいでしょう。
「トワ・エンライト。覚えておられますか?」
『忘れられる訳がないでしょう?英雄アイリスの妹。えっ、もしかして……』
「はい。今は外出していますけど……私、トワ様と一緒に旅をしているんです」
『そう、でしたか。彼女は心の平穏を得られたのですか?』
「ええ、今はとても幸せそうにしておられますよ」
『良かった、本当に良かった。でも、彼女には直接会って謝罪をしたい』
「トワ様は謝罪など望んでおられないと思いますけど。まぁ全てが終わったあとに直接お会いできれば、そのときにでも」
『判りました。では今後の動きについてですが――』
その後、私達はチャリティコンサートを利用して悪事の暴露を行う計画を立てました。
こういう悪巧み、楽しいですよね。特に悪党を叩き潰す類いの悪巧みは。久しぶりに政治家時代を思い出し、不謹慎にもワクワクしてしまいました。
「では明日、レイラはコンサートの打ち合わせに。会場の下見にはトワ様と協力者も同行します。私は別行動でもう少しルミナリーフ乱獲現場の映像証拠を集めておきます」
『方針はそれでかいませんが……協力者?信用できる人物ですか?』
「ええ、貴女が私を信じてくれるぐらいに。いや、それ以上に信用できる人物ですよ」
『……アリサさんがそう言うのなら、信じます。ではレイラも無茶はしないように』
「わかってるよ、ママ。お休みなさい」
『お休み、レイラ。愛してるわ』
通信が切れました。いいですね母娘の間柄って。私もマリエルお母様の事を少し思い出しました。もう百年以上も前に亡くなった母の面影。
あの肖像画、もってくればよかったかな……。などと考えたりもしましたが、元々は客船で移動する予定でしたし、手荷物に母の肖像画はさすがにマザコンが過ぎるでしょう。そう思い直して、私はレイラの方へ視線を向けました。
レイラはいったんリビングへ戻り、飲み物を取ってきてくれていました。自分の分としてビール。私にはグラスに入った白ワイン。いや、嬉しいですけど、打ち合わせの後に白ワインで喉を潤すのは少しヘビーではありませんか?
そう思いながらも、せっかくですからグラスを受け取り、軽く乾杯を交わしました。ベッドに腰掛け、ゆっくりと静かにお酒の味を楽しみます。
「アリサ、すごいね」
「何がですか?」
「ママとあんなにスムーズにやり取りしてるなんて」
「そうですか?メナさんが有能なだけでは?」
「ううん。やっぱりすごいよ、アリサ。初めて会った時からすごい人だなぁって思ってたけど」
レイラと初めて会ったのは……惑星時間で今から70年ぐらい前でしょうか。私がまだ評議員やギルド支部長をしていた頃だったと思います。
銀河的演奏家の来訪ということで惑星をあげて開催した演奏会と、その後にごり押しして設けた食事会。個人的にレイラと話したのはそのときが初めてでした。
当時、お義父様の影響で芸術というものに再び興味を持ち始めたところだった私にはレイラの演奏は青天の霹靂で、彼女の曲が見せる未来の希望に涙したことを今でも覚えています。
ファンになって、握手もして、色々と話しました。あの時の私の唯一の失敗は……調子に乗って永遠の女帝の話をしたことです。
だって、憧れのレイラに私の事を覚えて欲しかったので……お酒の席ということもあって、つい口が滑って。そういえばあの時も白ワインを飲んでいた気がしますが。
「初めて会ったときは、私の方がレイラに圧倒されてたんですよ。まさかこうやって同じ部屋でお酒を酌み交わす仲になれるなんて、思いもしませんでした」
「私だってそうだよ。自分よりも年下に見える子が惑星の代表者で、しかもすっごく綺麗で。こんな物語から抜け出してきたようなお姫様がいるなんて、って思ったもん」
お姫様、ですか。まぁ実際は女帝とか影の支配者とか呼ばれていたので、私の事を姫扱いしてくれていたのは後にも先にもお義父様……ウォルターだけだったのですが。
「まぁ、あの時既に今のメナさんの倍近く生きてましたけどね」
「そう、それも!ずっと若いままでいられるなんて、女性としては憧れるよ」
「まぁ……良いことばかりでも無いですけどね」
刻の彼方に置き去りにしてしまった大切な人達の事を思い、私はそう呟きました。でも、この感覚はきっと私にしか……。
いえ、今の私にはこの感覚を共有できる親友が二人も居るのです。一人は嫁、もしくは婿ですが。
そんな事を考えていると、いつの間にかレイラの顔が目の前にありました。少し愛嬌のある、年齢よりはずっと若く見えるレイラの瞳は少し潤んでいるように見えました。
「ねぇアリサ……私のこと、好き?」
「え?ええ、もちろん――」
友達として好きですよ、そう言おうとしたのですが、言い終える前にレイラに押し倒されました。
えっ、これどういうことですか!?どうして私、あのレイラ・クロウリーに押し倒されているんですか!?
「ちょ、レイラ!?」
「アリサ……」
……えっと。私を押し倒した姿勢のまま、レイラは眠りに落ちていました。なんですか、この状況。というかどうしたらいいんですか、これ。
レイラは酔い潰れている。私はそう思うことにしました。ですが、トワ様に見られたら誤解されるではないですか!
「いくじなし」
小さくそんな声が聞こえた気がしますが、いったいそれは誰が誰に言ったものだったのでしょうか。
私には、気づかず、聞こえないふりをするしかできませんでした。
眠ってしまったレイラを起こすのは忍びなく――寝てますよね?この子。狸寝入りじゃないですよね?
まぁ、ともかく私は押し倒された姿勢のままでしばらくいたのですが、さすがにそろそろトワ様が帰ってくると思い仕方なくレイラを起こしました。
「ん……アリサ、ごめんね」
「いいですよ。疲れていたのでしょう?」
「……」
目を覚ましたレイラは何故か少し不満げな様子でしたが、ともあれトワ様に誤解される危険はなくなりました。
そういえばリビングの片付けがまだでした。コテージに残っていたのに片付けもせずに遊んでいたとなれば、トワ様の信用を失う危険性があります。私は急いで片付けにかかりました。
[レイラ、手伝って下さい]
「……んー、ごめん。パス」
拒否されてしまいました。まぁ、仕方ありませんね、さすがに。
私ひとりでも片付けを行うのです!そう決意してテーブルに残った食器に手を掛けたところにトワ様達が帰ってこられました。
「ただいま」
「いや、綺麗だったね、ルミナリーフ」
「最高。幸せ。お姉ちゃん、好き」
この姉妹、思いっきりイチャイチャしてきやがりましたね?しかも何故か二人とも服がボトボトに濡れていますし。
「トワ様?その服は?」
「海に潜った」
なんだかとてもワイルドな事をおっしゃっています。トワ様だけでなくアイリスさんもでしょうか?
「陸から見てるだけだと、勿体なくてさ。つい潜って海中から鑑賞しちゃったよ」
「海の中から見た方が綺麗。ありがとう、アリサ」
ワイルドな観光をされていたようですが、どうしてそこで私の名前が出るのでしょうか?そう思ってトワ様を見つめた私は、ある違和感に気付きました。
髪型が、髪型がいつもと違います!
普段のトワ様は艶やかな長い銀髪をストレートに垂らしておられるのですが、今は長いポニーテールを結われています。なんですか、これは。髪ですか?いえ神ですか!?
「どうよ、アリサ。うちの妹のポニーテールは」
「控えめに言って、最高です。どこの女神かと思いました」
「でしょ?私もそう思った」
アイリスさんがにやりと笑ってそう言いました。よく見ると……トワ様の結った髪の根元に付いている髪飾りは、私がアイリスさんに預けていたエアフィールド発生装置内蔵のやつじゃないですか。
え?ということはもしかして、海の中から観光って。
「あの、もしかして、それ……使いました?」
「うん、ありがとうね、アリサ。とても役に立ったよ。最後はエア切れになって二人とも溺れかけたけど」
「ちょ、それ、どういうことですか!?明日みんなでダイビングしようって言って渡したのに……しかもエア使い切ってるじゃないですか!」
「あはは……ごめんね、つい夢中になっちゃって」
なんということでしょう。明日私も一緒に海中でキャッキャウフフしようと思っていたのに、抜け駆けでエアを全部使い切るなんて。酷い裏切りです。
「エアの補充、できない?ダイビングショップとか」
トワ様がそう提案して下さいますが、これレジャー用品ではなくてがっつりした宇宙用の物、それも特注の試作品です。使い切ったら軌道ステーションまで持って帰らないとエア触媒を補充できません。つまり、キャッキャウフフできません。
私の分は残っているので、このあと一人寂しく夜の海にでも潜ろうと思います。探さないで下さい、アリサは海へ帰ります。




