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少女は大宇宙で虹と歌う  作者: 羽生ルイ
第2部2章『白夜の誓い』ミラジェミナβ-虚楽の双星
134/220

#12

「アイリスさん!」

「ええ、あそこだね」

「お嬢さん方、行っちゃいかん!」


 物音の方へ賭けだそうとした私達を老店主が強い口調で呼び止めた。


「あそこで暴れておるのはザックの奴じゃ。腕っ節が強くで町であやつに逆らうものはおらん。悪いことは言わん、奴が来る前にビーチの方へ戻りなされ」

「ご忠告、ありがとう。でも……私達、食後の腹ごなしをしないといけないから」

「あとで、ルミナップルを試させて頂きたいので、取り置きお願いしますね?」


 私達の事を心配してくれた老店主に礼を告げ、私とアリサは未だ続く怒声の方へと走り出した。

 セレスティエルの視力を持ってすれば、通りの先で狼藉を働いている男の姿はすぐに捉える事ができた。見るからにチンピラ然とした大柄な男が一人。丸腰のようだ。


「アリサ、任せてくれる?」

「私の腕前をお見せしなくて良いのですか?」

「ほら、この体のウォーミングアップしたいから」

「なるほど、ならお譲りします。周囲の警戒はお任せ下さいな」

「ありがとね、アリサ。愛してるよ!」

「それはトワ様に言って頂きたい台詞です!」


 まさか街中で全力ダッシュする訳にもいかないので、小走り程度だったけどすぐに現場に到着した。中年の女性が営んでいる雑貨店らしき露店がザックとかいうチンピラに荒らされている。


「大人しく上前寄越さねぇからこういう目に遭うんだよ!」

「もうやめておくれ……お金なんてないのよ……」

「うるせぇ!」

「はい、そこまで」


 この星の揉め事に首を突っ込むつもりは無かったけど、目の前で乱暴狼藉している不埒な輩を放っておく程、私は腐っちゃいない。

 女性店主を足蹴にしようとするザックに待ったを掛ける。


「あん?なんだ、お前ら……観光客か?ひっこんでな。それとも……俺様と楽しいことでもしにきたのか?」


 下卑た笑いとしか表現のしようのない顔でザックが私達を舐めるような視線で見つめてくる。正直、気持ち悪い。


「アイリスさん、殺っていいですか?」

「だめ。私に譲ってくれるって言ったでしょ?」

「譲らなきゃよかったです……」

「ああん?お前ら何言ってるんだ?俺らダーククロウはガキ相手でも容赦しねぇぜ?」


 指をバキバキ鳴らしながら威嚇してくるザック。ああ、チンピラ感もここまでくると立派なものだと感心する。それにダーククロウって何?そのダサい名前。

 まぁ、向こうが容赦しないと言ってるなら、こちらも容赦しなくていいだろう。私はザック店から引き離すために通りの反対側から挑発した。


「いかにも小物っぽい御託はいいよ。掛かってきな」

「舐めやがって!」


 大ぶりなパンチ。小娘相手にホントに全力で打ってきたよ、このチンピラ。私が普通の小娘なら一撃食らっただけで死ぬかもしれない。このパンチだけでも殺人未遂罪が立証できそうだね。

 だけど、その程度のパンチなら元の私でも余裕で避けられた。そして今の、セレスティエルになった私なら――!


「なっ!?馬鹿な!」

「なに、この軽いパンチ。お遊戯のつもり?」


 正面から片手で受け止めてやった。うん、衝撃も殆ど感じないし、受けた手のひらに痛みも感じない。渾身の一撃を軽く止められたザックは驚愕の表情を浮かべていたけど、再度の挑発に顔を真っ赤にし、今度はラッシュを繰り出し始めた。

 うん、スローモーションのように全てのパンチの軌跡が見える。これなら受け止める必要もないし、全て軽く躱せる。


「くそ……なんで、当たらないんだ……!」

「あなたがトロいからじゃない?」

「くそっ、くそっ!」


 そう言ってザックはパンチを繰り出し続けるが……特にもう新しい攻撃方法は無いようなので、これ以上やっても能力確認にはならないかな。なら、もう終わりにしてあげるか。


「じゃ、おやすみ」

「なっ」


 私が少しだけ力を込めてボディに打ち込んだ一撃はザックの体を数十センチ宙に浮かせ……一発で意識を刈り取った。

 通りの真ん中に大の字になって倒れるザック。泡は吹いてるけど、血は混じってないから死ぬことはないだろう。


「どうでした?ウォーミングアップは」

「うん、まぁこんなものかな。でもアリサ、これより強いんでしょ?」

「さぁ、どうでしょう?アイリスさんは素でお強いですから、倍率が高くても勝てるかどうか」

「やっぱり後で手合わせしてもらおうかな。こんな雑魚じゃ限界も判らないし」



 そんな話をしていると、私達の後ろから老店主が追いついてきた。


「お嬢さん方……って何事じゃ、これは!?ザックの奴が……エマ、何があった?」

「このお嬢さんがザックを……一発で……」

「エマさん?お怪我はありませんか?」

「ええ、ありがとうございます。あの、あなた方は……」

「ただの観光客の小娘ですよ。ちょっと普通じゃないみたいですけど」


 私はそう言って笑顔を見せたけど、エマさんも老店主も呆然とした目で私達を見るばかりだった。うん、その気持ちはわかるよ。私も少し前までそちら側だったからね。


「えっと、店主さん……」

「あ、ああ。儂はトーマスじゃ」

「トーマスさん。まぁ見ての通りなので、私達の事は心配いりません。とはいえ話しにくいこともあると思いますので……一つだけでいいので教えて頂きたいことがあるのですが」

「……あ、ああ。」

「このザックとかいうチンピラは、例の入り江と関係ありますね?」

「ああ、そうじゃ」

「ありがとうございます。それだけ教えて頂ければ結構です」


 老店主――トーマスさんの返事である程度事情が見えてきた。

 つまり入り江で悪巧みをしている連中は町にもちょっかいを掛けている。そして、その連中はこの町の人間。

 一方でリゾート地を支配している「上」の連中がいるということは、チンピラの背後に上役がいる可能性は高い。さて、どうしたものか。

 そんな事を考えていると、アリサがザックの横でしゃがみ込んでいるのに気がついた。


「アリサ?何してるの?」

「ちょっと所持品検査を。カラスのマークが入った財布がひとつ……あー小銭ぐらいしか持ってませんね」


 ダーククロウってカラスの方なのね。てっきり爪の方だと思ってたんだけど、案外平和的な連中だった?いや、平和的な連中が上納金目当てで店を壊したりしないか。


「エマさん、少しですけどこれ、慰謝料としてどうぞ」

「えっ!?そんな、ザックのカネを取ったなんてバレたら何されるか……」

「ああ、大丈夫ですよ。この方、拷も……じゃなくて尋問して、その後はちゃんと処け……じゃなくて、片付け……でもなくて、そう、処理しておきますから」

「いや、それ全然安心させてないからね?まぁ、二度とやんちゃする気にならないように、心は折っておいた方がいいとは思うけど」

「心だけですか?腕の2、3本も折っておいた方が良いのでは?」

「物騒なこと言わないでよ、アリサ。それにこいつ、腕は2本しかないから3本も折れないでしょ」


 アリサの言葉にドン引きしているトーマスさんとエマさんに軽く手を振って、私達は気絶したザックを引きずって町外れへ移動した。

 トーマスさん達には聞けないことを、このチンピラから聞き出す必要があるからだ。専守防衛の為には、情報は必須だからね。


「ところでアイリスさん、専守防衛はもう止めたんですか?」

「止めてないよ?」

「え?でも思いっきり攻撃に転じてますよね、私達」

「今のはただの腹ごなしだから」

「それ、詭弁ですよね。というか詭弁にもなってませんよね」


 まぁあれだ。それはそれ、これはこれってやつだ。

 その後、町外れの路地裏でアリサが「丁寧に説得」した結果、ザックが色々な事を囀ってくれた。

 予想通り、ダーククロウと言う連中はこの町のチンピラ集団で、ザックはそこの頭目なのだそうだ。入り江にいた連中もやはりダーククロウで、何か表沙汰にできない作業を上から請け負っているらしい。


「で、その表沙汰に出来ない仕事って言うのは?」

「ルミナリーフだ……」

「ルミナリーフって、あの?採取が制限されてる保護対象じゃない」

「高く売れるんだよ、αの金持ちやら、馬鹿な観光客やらに」

「何?妹にルミナリーフの髪飾りをプレゼントした私が馬鹿ってこと?」

「ひっ……ち、ちが……そういう意味じゃ……」


 私はともかく、トワの事を馬鹿にすると許さない。そういう思いを込めてザックを睨み付けると奴は一瞬で口ごもった。

 いやいや、アリサの「丁寧な説得」が良く効いているね。でも、黙られると尋問出来ないから喋って貰う必要があるんだけど。


「保護対象なら流通量を確認するため検査されてるはずでしょ?そんなもの乱獲してどうするのよ」

「知らねぇよ……俺らはただ上の連中に言われた通りにルミナリーフを採って、カネ貰ってるだけだよ……」


 上の連中、ということはダーククロウには上部組織でもあるんだろうか?


 しかし、ザックの言葉で気になる点があった。「αの金持ちやら、馬鹿な観光客やら」――観光客に売るという話は理解できる。このβで販売すれば、観光客が土産物として買い込み、軌道エレベータを使って持ち帰ることだって可能だ。

 少なくともβに降りる時に手荷物検査なんて無かったから、ルミナリーフを少量持ち帰る程度なら問題にはならないのだろう。それに、アレは高いからそうそう買い求める人がいるとも思えないしね。


 だけど、それだけでは規模が小さすぎる。ザックが言う「αの金持ち向け」となると、個人レベルの販売ではなく、まとまった量が流通しているはず。問題はそこだ。

 ルミナリーフは保護対象で採取量が厳しく管理されている品だと聞く。もしαに大量に流すとしたら、軌道ステーションであるジェミナポートでの星間交易品の検査に引っかかるはず。

 それでも流通しているということは……何かおかしい。検査をすり抜ける仕組みがあるのか、それとも検査そのものが形だけのものになっているんだろうか?


 アリサが言っていたギルド支部の状況と合わせて考えると、嫌な予感しかしない。そして、たぶんその予感は当たっている。

 ここから先へ踏み込むと、間違い無くトワを巻き込んで面倒なことになる。ここが潮時だろうか。だが、ザックがエマさんに報復するのは止めておかないとね。


「ザック、人を殺したことは?」

「ね、ねぇよ……」

「そう。私は、あるわ」

「えっ……」

「そしてこれからも、必要があれば躊躇わない。言いたいことは判る?」

「わかった、もう町の連中には手をださねぇ、本当だ!だから殺さないでくれ!」

「二度目はないからね?それと……もし私の妹に手を出そうと考えたら、その時点で殺す」

「約束する、本当だ!あんたの妹にも絶対手出ししない!」

「二度目なんて不要だと思いますけど」


 そういうアリサに怯えた目を向けつつ、こくこくと頷きながらそう約束するザック。

 まぁ、こういう連中の命乞いなんて一過性ものだろうから、数日もすれば痛い目に遭った事を忘れて暴れだすに違いない。

 だけど、その頃には私達はもうこの星を離れている。ザックをどうするのかは、私が決めることじゃないし、私はメナが言うような英雄なんかじゃない。

 私が守るのは――守りたいのは、トワだけだ。だからこの男がもしトワに手出しを考えたら、その時点で私は躊躇無くこいつを処理する。それは脅しでも何でも無く、ただ事実を告げただけだ。


「……でも珍しいですね、アイリスさんがあんな事言うなんて」

「そう?私はいつもこうだよ?」


 そんなことを言いながら、路地裏にザックを転がしたまま私達はその場を去った。あまり遅くなるとトワが心配する。食材を仕入れて、コテージへ帰ろう。

 もちろん、トーマスさんからルミナップルを買うのも忘れないよ。だって、約束したからね。


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