#10
店内へ入り、メニューを見てもどんな料理か判らなかったので注文は全部レイラに任せた。アイリスとアリサは何か言いたげだったけど。しばらくメニューを睨み付けていたレイラが店員さんを呼ぶ。
「スパイシーデビルフィッシュグリルを2つと、ルミナパエリアも2つ。あとは……シーフードスライダーを4つと、ヤムヤムスプラッシュカクテルも4つで!デザートは食後に頼みますね!」
レイラは手際よく注文を済ませてくれるけど、頼んでるメニューがどんなものなのか名前では全く想像が付かない。これは楽しい料理が出てきそうだ。
「そんなに頼んで大丈夫ですか?全部食べられますか?」
「シノノメさん、沢山食べるでしょ?」
「えっと……はい」
「なら大丈夫だよ!たぶんね」
うん、食べる事に関してはアリサがいれば問題ないよね。注文も終わって落ち着いたので、改めて店内を見回してみた。
海底をイメージしたインテリアに、天井にはクラゲのような形の照明。壁には海洋生物のホログラムが映し出されてる。
さすがリゾート地、飲食店でも楽しめるようになってるんだね。そういえばさっきの店員さんも不思議な魚みたいな被り物してたけど、あれも演出の一種なのかな?ということは食べ物にもきっと趣向を凝らしてくれているはずだよね。
「お店、面白い」
「そうだね、いかにもリゾート地っぽい感じがするよ。レイラはこういう所にも良く来るの?」
「うーん、普段は割とフォーマルなところが多いかな?ほら、クリスタルオルガンって大聖堂とかに設置されてる事が多いから。リゾート地で演奏するのは初めてだよ」
「レイラ、すごいね」
「えへへ……ありがとう。でも、みんなトワとアイリスさんのおかげだよ?」
「まぁ、トワと違って私は特に何もしてないけどね」
「そんな事ないよ?アイリスさんだってオルガンのC3を整形してくれたじゃない。あの時のレゾナンスチューナー、うちのリビングに飾ってあるんだから」
「え、何それ」
「でね、ママが自殺未遂したときにそれを持ち出して――」
レイラが楽しそうに話してるけど、たぶんその当時はとても大変だったんだろう。でもこうやって乗り越えて今では笑い話にしてる。
私もいつか、独りで旅をしていた時間の事を誰かに笑いながら話せるようになるのかな。
そんな事を考えていると被り物をした店員さんが山盛りの料理をもってやってきた。
「はい、まずはヤムヤムスプラッシュカクテルとシーフードスライダー、スパイシーデビルフィッシュグリルです!パエリアは今炊いていますのでもう少しお待ちくださいね!」
そう言ってテーブルに並べてくれたのは……デビルフィッシュのグリル料理。
タコとかイカとか言う種類の生き物だと思うけど、表面が香ばしく焼かれて炭火とスパイスの香りがとても美味しそうだ。でもこれ二人前のはずだけどびっくりするぐらい料が多くて山盛りになってるよ?それも二皿あるし。
あと、小さなバンズにフライを挟んだミニバーガーが全員分。赤いソースが見えてるけど、これピリ辛風かな?
さらに青と赤の二層に分かれたカクテルも4つ。上の層はフルーツっぽいけど……下の層、これバーガーのスパイスと同じに見える。どんな味か想像も付かないけど、でも楽しそう!
「じゃ、再会を祝して乾杯しよっか?」
アイリスの言葉に全員が頷いてカクテルを手に取る。いいな、こういうのも何時ぶりだろう。故郷でスクールの卒業パーティーしたとき以来かな。
「じゃ、私達のリゾートに、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
掲げたグラスからキンキンに冷えたカクテルを口に含む。フルーツの甘みと、ピリ辛スパイスの入り交じったカクテルはとても不思議な味だった。
さぁ、食べるぞ!
「……もう、食べれません……」
「私も、これじゃ晩抜きでもよさそうだよ」
レイラがチョイスしてくれた料理はどれも美味しかった。グリルは外がカリッと中はジューシーだったし、バーガーもピリ辛ソースがとても刺激的だった。
全体的にスパイスを使う料理が多かったので、ちょっと口の中がヒリヒリしてるけど。
そして最後に来たパエリア!あれも美味しかったけど、量がすごかった。あとでメニューを確認したら、1オーダーで4人前って書いてあったよ。でもまぁ最終的には殆どアリサが食べてくれた。もちろん私達も自分の取り分は完食したけどね。
「トワ様、私、大変な事に気付きました!」
「どうしたの?あと、様が付いてる」
「そんなことよりも……ほら、私お腹がぽっこりと膨らんで……こんな状態では水着姿になれません!」
アリサが半泣きで主張している。確かに白いドレス越しにもアリサのお腹がかなり膨れているように見えた。隣に座っているレイラも若干お腹がぽっこりしている。アイリスのお腹を見ようとしたら、睨まれた。
「じゃあ、宿へ荷物を置いてちょっと散歩でもしようよ。腹ごなししたら水着になれるかもしれないし!」
「散歩ではなく、マラソンが良いかもしれません」
「気持ちはわかるけど、嫌だよ……食後にマラソンとか」
レイラの提案にアリサが全力で食いつき、アイリスが呆れてる。いいなぁこういうやりとり。私が幸せをかみしめていると、アイリスが言った。
「トワ?あなた人ごとみたいな顔してるけど、十分お腹ぽっこりしてるからね?」
言われてみると、確かに私のお腹も十分にぽっこりしていた。まぁ幸せの証だと思えば気にならないけどね。
お会計を済ませて私達はアイリスが予約してくれているコテージへと向かった。
白い砂浜が輝いて見える海岸線沿いの道。そこを少し歩いた先にある、小さな建物が並んでいるエリアがコテージ街のようだ。
管理棟の受付で鍵を受け取った。普通、建物のセキュリティは生体ロックやパスキーが主流だけど、ここではレトロな雰囲気を出すためにあえて金属製の鍵を使ってるんだと管理人さんが説明してくれた。
「本当にこんな鍵で管理できるのですか?」
「んー、これだとハックツールやフォトンタブからの強制介入ではどうしようもないから、逆に安全なのかも」
「そういうものですか?まぁ、壁やドアを爆破されたら鍵は関係ないですけど」
アリサは何か物騒な事を心配してるみたいだけど、こんな平和そうなリゾートで壁や扉を爆破して侵入してくる人がいるとはとても思えない。
そう考えた瞬間、ポケットの中に放り込んだイグナイトの事を思い出した。むしろ、爆破するとしたら私の方だね。使わないとは思うけど、あとでちゃんと調律しておかないと。
管理人さんの案内で到着したコテージは海の見えるテラスが付いた、可愛い白壁に赤い三角屋根が目立つ木造の建物だった。
故郷では建物と言えば複合素材のユニット式が中心だったから、こういうホロムービーに出てくるような建物はちょっとワクワクする。鍵を開けて中に入った私たちは管理人さんに屋内の設備を簡単に案内して貰う。
ベッドが二つ入った寝室が二つ。小さなキッチンとダイニングを兼ねた広いリビング。
ユニットバスではなくて、ちゃんとお風呂とトイレがセパレートになっている。内装も白壁で家具も木製。金属や樹脂で造られた航宙船や軌道ステーションばかり見ていたせいか、どこか暖かみのある木製の家具はとても心が温まるような気がした。
……アルカンシェルにももっと木製家具を入れると少しは雰囲気が変わるかも。いつか機会があればリフォームしてみようかな。
「ではごゆっくりとお過ごしください。滞在予定は2泊3日と伺っておりますが、しばらく他の予約が入っておりませんので、2週間ぐらいまでなら延長も可能ですよ」
「ええ、ありがとう。じゃあ、連れの予定があるのでとりあえず1泊分だけ延泊させて頂けますか?居心地が良ければもうしばらく逗留させて頂くかもしれません」
アイリスが事務的なやりとりを済ませてくれた。やっぱり頼りになる。でもアイリス、私と一緒でこういう所へ泊まるのは初めての筈なのに、どうしてそんなにスムーズに話を進められるんだろう。
「トワ様!寝室、寝室ですよ!ハネムーンな寝室です!」
「ほほう」
「2人部屋ですから、当然トワ様は……」
「アイリス、こっちの部屋でいい?」
「どっちでもいいよ、トワの好きな方にして」
「じゃあアイリスの荷物も入れとく」
「待ってください!どうして、どうして何の迷いも躊躇いも無くアイリスさんと同室を選ぶのですか!?ハネムーンですから私と同室では!?」
アリサが何か言っているけど、荷物を運ぶのが先だ。結構沢山買ったから運ぶのも一苦労だよね。
「アリサ、今回は我慢してね。次は……まぁくじ引きか何かで決めましょ」
「腑に落ちません!納得いきません!」
「シノノメさん、私と一緒じゃいやですか?」
「あ、いえレイラさんと同じ部屋なのは嬉しいのですが、それとこれとは別で……というか、そろそろアリサと呼んでくださると嬉しいのですが」
「えっ!?いいんですか?」
「もちろんです。その代わり、私もレイラと呼ばせてもらいますから」
「はい!じゃあよろしくお願いしますね、アリサ!」
「こちらこそ、レイラ」
私が荷物の整理をしている間に、リビングの方では話がまとまったようだ。アリサとレイラが仲良くしてくれるのは私も嬉しいからね。せっかくだから、みんなでリゾートを楽しみたいし。
「トワ、着替えて散歩に行こうよ。ほら、さっき買ったリゾート用のサマードレスあったでしょ?」
「……着ないとダメ?」
「Tシャツ一枚でうろうろするのはバカンスらしくないよ?」
「わかった、着替える」
「うん、良い子ね」
「着替え!?トワ様の生着替え!?」
「はいはい、アリサも着替えてきて」
寝室に飛び込んできそうな勢いのアリサをアイリスが軽くいなして扉を閉めた。女の子同士なんだから、別に見られても問題無いんだけどな。
ともあれ、私はアイリスが選んでくれたサマードレスに着替えることにした。
「どういうことですか!?それ、裏切りですよね!?どうして私がのけ者なんですか!?どうしてペアルックなんですか!?」
着替えを済ませてリビングに出た途端、アリサがエキサイトしていた。たぶん、私とアイリスが同じサマードレスを着ている事に対して文句を言ってるんだと思う。
「トワもアイリスさんも可愛い!……けど、同じ服っぽくはないよ?」
レイラに言われて、アイリスの格好と私の格好を見比べてみた。ノースリーブで肩紐を使ったシンプルなデザインの白いワンピース。確かに服は同じデザインのはずなんだけど。
うん、レイラ。言いたいことは判った。
「それはほら、私はサッシュ巻いてるからね。差し色で雰囲気が変わるんだよ。変わるよね?変わったと言ってね、レイラ?」
「……あ、はい。変わります」
「アイリス、大丈夫。気にしてないから」
要するに体型が違うってことだよね。スタイルがいいアイリスと、幼児体型の私が同じ服を着たら当然見た目の印象が違うのはあたりまえだ。
実際、私の格好はすらっとした感じだけど、アイリスは……なんというか、女の私が見ても刺激的な感じに見えるからね。
そういえばアリサとレイラも着替えている。レイラのは……花柄の模様が入ったゆったり目のワンピース。
「レイラ、その服似合ってる」
「そう?ありがと!これ、ここの伝統的な衣装でムームーって言うんだよ!」
ムームー……?不思議な名前だけど、でも響きも可愛いね。柔らかい雰囲気のレイラにとってもよく似合ってる。アリサは……あれ?さっきまでリビングにいたのに、気付いたらいなくなっていた。
「お待たせしました!これなら、ペアルックに見えますよね!」
確かさっきまでブルー系のワンピース着てた気がしたんだけど、寝室から出てきたアリサは白のワンピースになっていた。私達のワンピースよりフリルが多めで可愛らしいデザインだ。アリサ、美人だけど可愛い系もよく似合うよなぁ。
「アリサ」
「……はい。あの、似合って……ませんか?」
「とっても可愛い」
「有り難うございます!トワ様もすごく可愛いです、というか天使です!」
「ありがと」
「はいはい、褒め合うのは良いから散歩行こうか。いつまでもぽっこりお腹じゃまずいでしょう?」
そうだった。全員衣装は可愛いけど、お腹はぽっこりしてるんだった。出かける準備をしないと。
「それで……どうしてそういう格好になるのかな、トワ?」
「おかしい?」
「そうね、色々とおかしいところがあるけど」
アイリスが私の格好を見て不満げな顔をしている。別に普通だと思うけど。
「どこが?」
「可愛い白のサマードレスはいいとして」
「うん」
「どうして、上からいつものワークジャケット羽織ってるのかな?」
「落ち着くから」
「そう……じゃあ、次」
「うん」
「どうして、足下がいつものワークブーツなのかな?」
「歩きやすいから」
「そう。じゃあ、仕方ないか」
「仕方ない」
うん、仕方ない。アイリスが言うように、私はお揃いのサマードレスの上からいつものジャケットを羽織って、足下もいつものブーツだ。
落ち着かないというのもあるけど、ジャケットにはブラスターとイグナイトを入れてあるし、足下が履き慣れたブーツならもし何かあってもすぐに動くとが出来る。
アイリスには言えないけど……お姉ちゃんを守るために必要な格好なんだよ、これは。
「まぁ、いいじゃないですか、アイリスさん。トワは十分可愛いですよ?」
「それは否定しないけど、ちょっと勿体ないよ……」
レイラがフォローしてくれたので、私は気にせずそのまま外に出た。外では既にアリサが、私がジュラナイ刀と命名した日傘を手に待っていた。




