#9
>>Towa
ブリーズを降りたときは手ぶらだったのに、気付いたら大量の荷物を抱えていた。でも、買い物がこんなに楽しいものだったなんで、思ってもみなかった。
独りで旅をしていたときは時々宇宙食を補充していただけだったから。スイーツも、おつまみも、みんな美味しそうで、夜のパーティが待ち遠しい。
久しぶりに会ったレイラとは買い物中にも沢山話をしたけど、もっと話をしたい。それに何より……アイリスがいてくれる。それだけでも十分なのに、アリサもいてくれる。幸せだ。
アイリスの案内で私達はβ行きの下りエレベータへと乗り込んだ。上向きに上っていくのに下り?と思ったら、なんと途中でエレベータの籠が半回転するアトラクションがあるらしい。さすがリゾート惑星、お客を楽しませることに余念が無いんだね。
上下と前方がガラス張りになったエレベータは軌道ステーションを離れてすぐに回転を始める。ゆっくりと窓の外に見える光景が動いて行き、ついには上下が反転した!もっともエレベータ内は無重力だから上も下もないんだけどね。
このアトラクションは他の乗客の人にも好評みたいで、みんな感心の声を上げてる。私の向かいに座っているレイラも目を輝かせている。うん、面白いよね!もう2・3回転してくれてもいいぐらいだよ。
でもアイリスとアリサは少し浮かない顔をしている。回転で乗り物酔いしたのかな?そういえば乗客の中にも楽しんでいない様子の人が少しいるみたいだし。
「アイリス、アリサ、大丈夫?」
「え?……うん、大丈夫だよ」
「私もです。心配頂いてありがとうございます、トワ様」
二人とも元気はあるみたいだけど、どうしたんだろう。そんな事を思っているうちにエレベータはどんどん降下して行って、やがて一面に広がるミラジェミナβのアクアマリン色をした海が、私の視界の中でどんどん大きくなっていく。
地上駅の右手には白く大きな建物が連なっている。あれはリゾートホテルってやつかな?海岸線が延びる左手には……小さくておしゃれな建物がいくつも見える。あれも宿泊施設なんだろうか。
でも、その先にあるのは……集落と呼ぶのが相応しいような、少しみすぼらしい街。ペレジスのスラムほどでは無いけど、遠目で見てもどこか活気がないように思えた。まぁ、リゾートの方が華やかだから、相対的にそう見えるだけなのかもしれないけど。
「そういえばアイリスさん、宿泊先は決まってます?私、チャリティコンサートの主催者からあそこのリゾートホテルの部屋を押さえて貰ってるんです。宿がまだ決まってないなら、一緒に泊まりません?」
「あ、ごめん。実はコテージを一棟予約してあるんだよ」
そういえば泊まるところが必要だということに、今初めて気がついた。ここ最近はずっとアルカンシェルで寝泊まりしていたから、宿泊という概念を忘れてた……。
「えー、じゃあ私一人だけホテルですか!?」
「コテージのベッド数は余裕あるから、レイラもこっちで泊まったら?」
「いいんですか!?うわぁ、嬉しい!じゃあそうします!」
「……おかしい、私とトワ様のハネムーンの筈なのに……そうでです、コテージをもう一棟借りて、トワ様を連れ込んで、そこで初夜を迎えれば……!」
「アリサ、戦力の分散はダメだよ」
「うう……仕方ありません……」
アイリスとアリサが良くわからない事を言っている。どうしてリゾートに戦力が要るんだろう。あ、そうか食べ物を買いすぎたから、食べきるための戦力が……って事だね。
でも、ホントにアイリスは頼りになる。私一人じゃリゾートへ来ても何も出来ずにぼーっと立ってることしかできなかったと思うから。アイリスに、感謝を伝えたい。隣に居たアイリスの腕を掴み、私は感謝の言葉を告げる。
「お姉ちゃん」
「どうしたの?」
「好き」
ちょっと思っていたのと違う言葉が出たけど、私の気持ちに偽りは無い。アイリスの事が好き。大好きなお姉ちゃん。私はずっとお姉ちゃんと一緒に旅をするんだ。
「ちょっ、トワ様!?ハネムーン中に浮気ですか!?空港離婚ってやつですか!?」
「いや、そもそも結婚してないからね、あなた達」
「お茶目なシノノメさん、可愛いですよね」
周りの観光客の人達から物珍しそうな目で見られている気がするけど、どうでもいい。だって私は今、最高に幸せだから。
「ところでトワ、その髪飾り綺麗だよね」
「うん。アイリスがプレゼントしてくれた」
「そうなの!?それ、ルミナリーフだよね?」
「たぶん、そう」
「すごく貴重なものだって聞いてるよ?ミラジェミナβの主要な観光資源で、保護活動が積極的に行われてるって」
「レイラ、詳しい」
「ふふふ……だってね、私そのルミナリーフの保護活動を応援するチャリティコンサートに招待されてるの!」
そういえばレイラはコンサートをしに来たと言ってたっけ。星外からチャリティコンサートの主役として呼ばれるなんて、とても光栄な事なんだろうな。レイラ、立派になったなぁ。
「あの失礼。横からお話を聞かせて頂いたのですが……もしかして、明後日のコンサートで演奏されるレイラ・クロウリーさんでは?」
私達の話を聞いていたのか、隣のボックス席に座っていた老齢の男性が声を掛けてきた。見たところ、私達と同じ観光客風だけど……。
「はい、レイラ・クロウリーです」
「おお、そうでしたか。実は私も妻も貴女の演奏のファンでして。コンサートも現地で聞かせて頂こうとこうやってβへ向かっていたところなのです」
「そうでしたか。明後日、頑張りますので是非楽しみにしていてくださいね」
レイラは人が出来てるなぁ。突然声を掛けられてもにこやかに対応してる。私だったら……いや、私にいきなり声を掛けてくる人なんていないか。
「お連れの方も演奏をされるのですか?」
「えっと……トワ?」
「演奏はしない。歌なら歌うけど」
「おお、歌手の方でしたか!ではコンサートでオルガンに合わせたコーラスを?」
そっか、普通の人は歌うというと歌手をイメージするものだよね。特にレイラと一緒に居るなら。
でも、私は、私の歌は違う。私の誇りであり、私を私たらしめる歌はC3と共に奏でる歌だ。だから私は自信を持って告げる。
「ううん。私はシンガー。ギルドのクリスタルシンガー」
「……ギ、ギルドの方でしたか……それは大変失礼いたしました。レイラさん、明後日のコンサート楽しみにしております……」
私がシンガーだと名乗ると、男性は急に会話を切り上げると自分の席に戻っていった。レイラと話していた時のフレンドリーさが一瞬で消えて、どことなくよそよそしい感じになったみたいだし……この反応はどういうことだろう。
シンガーが珍しい?いや、でもさっきのステーションにもギルド支部はあったし。アイリスに視線を向けると、アリサとアイリスが頭を抱えていた。
「どうしてこうなったでのでしょう?」
「どうしてだろうねぇ」
「はかない平和でしたね、アイリスさん」
「言わないで、アリサ……」
二人の言っている事がまったく判らない。レイラの方に目を向けるとレイラも小首をかしげていた。良かった、私だけが判ってない訳じゃなかった。
微妙な空気感のまま軌道エレベータは降下を続け、やがて私達は目的地であるミラジェミナβの地表へ到着した。
軌道エレベータの地上駅を出た瞬間、風と陽光を感じた。透き通った青い空の先には双星の片割れであるミラジェミナαが大きな姿を見せている。
頬を撫ぜる風は優しくて、少し湿っぽい、あれ?なんとなく塩っぽいような……?そうか、ホロムービーで見たことがある。これが潮風ってやつだ!
日差しは故郷のように強いけど、ギラギラと焼け付く感じではなくてむしろ心地いい。きっと潮風のおかげなんだろう。空にはとても大きな鳥も飛んでいるけど……あれ、原生生物じゃないよね?鳥だよね?
軌道エレベータから見えた白いホテルは地表から見るとまるでお城のように立派だ。どの建物も洗練されていて、遠くに続くそれが一つの街のように見える。
レイラはあそこに泊まる予定だと言ってたけど、キャンセルしていいのかな?むしろ私が泊まってみたいぐらいなんだけど。
左手の方に広がる海は……上空から見た色とはまた少し違った風に見える。なんだろう、ただ地表に降りただけなのにとってもワクワクする。そうか、これがリゾートってやつなんだ!
「トワ、気に入った?」
「うん。でもアイリス、あの大きいの襲ってこない?」
「ん?……ああ、あれ?アレはたぶんこの星の『星鳥』の信天翁だね」
「アルバトロス?」
「とっても大きい鳥で、人を怖がらないらしいよ」
さすが私のお姉ちゃん、何でも知ってる。教えてくれたこと、それにリゾートへ連れてきてくれたこと。ちゃんと感謝しないと。
「ありがとう、アイリス」
「私は何もしてないよ。それに、お楽しみはこれからなんだから!」
そう言ってアイリスはにっこりと笑ってくれる。この星の太陽も心地良いけど、私にとってはアイリスの笑顔の方がもっと心地良い。
たまらなくなって、私はまたアイリスに抱きついてしまった。
「ちょ、トワ……危ないって」
「うん。でも、こうしたい」
「もう、甘えん坊さんなんだから」
「……ダメ?」
「いいよ。アリサ、レイラ、宿へ行く前にちょっと早めのランチでもしていかない?」
「「はいっ!」」
アイリスの提案で私達はまず軽めの昼食を取ることにした。
よく考えたらここ最近はペレジスでアリサの孤児院でごちそうになったぐらいで、それ以外はずっとアルカンシェルの中でグリットしか食べてない。久しぶりに美味しいものが食べられるのは楽しみだ。
「レイラ、何かお勧めのお店とかチェックしてない?」
「もちろん、してるよ!シーフードの美味しい店が……えっと、あそこ!ヤムヤムデビルフィッシュ!」
「……えっと、名前からして邪悪そうなんだけど、大丈夫?」
「大丈夫!たぶんだけど!」
「アリサ、レイラと食事したことあるって言ってたよね?この子の食事の好み、大丈夫なの?」
「えっと……食事会はこちらでセッティングしたので……」
アイリスとアリサがなにやら心配そうにしている。でもレイラがおすすめしてくれるなら大丈夫だろう。私はアイリスの手を引いて、先頭に立ってヤムヤムなんとかへ向かうレイラを追った。




