#7
>>Alyssa
ああ、きっと今頃アイリスさんはトワ様とキャッキャウフフしながらブティック巡りとかされているんでしょうね。
それなのに私ときたら、どうしてこんなシケた場所で仏頂面の男の相手をしているのでしょうか。さっさと片を付けて私もショッピングへ参加したいのですが。
「ですから、そう言われましても……」
「ギルド職員の要請に従えないと?何もギルドの貴重品を提供しろと言っている訳ではないのですよ?」
「いえ、ですがいくらギルドの同胞とはいえ、星外の方に武器をお渡しするのは……」
アイリスさんが希望されたブラスターを徴発しに来たのですが意外とごねるのです、ここの職員。
念のため管理官という立場を隠しているので、正式な業務命令ではなく私の私的な依頼になることもあり、規則を守るという意味では拒否するのが正しい対応なのかもしれませんが。
「では紛失したということにして、提供を」
「いえ、それはさすがに……私達の方も問題が。でもまぁ……方法はない訳ではないですが」
……この反応。そうですか、そういうことですか。規則を守っているという訳ではないのですね。
わかりました、もう面倒なのでそちらの流儀に乗って差し上げましょう。
「それは困りましたね……そういえば私も先ほどGCのトークンを落としてしまったかもしれません」
「……おや、それはお困りでしょうね?」
「ええ、丁度ブラスターの価格の二倍ぐらいのトークンなのですが。急ぎですので、見つけてくださった方にお渡ししても良いかと思っています」
「そうでしたか、では後で職員に探させておきましょう。ところで紛失されたブラスターの件でしたね。そういえば届けがあったかもしれません。……少しお待ちください」
こういう腹芸は評議員時代にも何度も行いましたが、正直好きではありません。
どうしてもっと正面から「賄賂をよこせ」と言わないのでしょうか。そしてこちらが「カネを払う」と言うと拒否するのでしょうか。
本当に面倒くさいです。内心のイライラが募ります。ああ、早くトワ様を抱きしめて癒やされたいです。
「お待たせしました。こちらのテンスキャリバーでお間違えないですか?」
「モデルはいくつでしたかしら。私、ど忘れしてしまって」
「たしか落とされたものは骨董品の7型だと伺っておりましたが」
「ええ、そうでしたわね。ありがとう、助かりました」
「いえいえい……ところでトークンの落とし物は……」
「あら、カウンターの下に落ちていましたわ。でも私のものかどうか判りませんので、拾得物としてお預けしますね。処理、よろしくお願いしますね?」
「ええ、それはもちろん」
「では、お世話様でした」
なるほど……ここのギルドが抱えている問題はこれですか。実にくだらない話です。
私が手渡した現金を受け取り、下卑た笑いを浮かべる職員に虫唾が走りますが、表面上だけ取り繕った笑顔を浮かべて私はその場を後にしました。
帰り際、支部の出入り口で荷物を抱えていた、いかにもリゾート惑星の所属らしい褐色の肌をした若い女性職員が申し訳無さそうな顔で頭を下げていました。
が……再度ここへ立ち寄るつもりは無いので気にしないことにしました。アイリスさんのために徴発……は失敗したので、調達した銃を持って、私はこの忌々しい支部を立ち去ります。
受付から離れて支部の外へ出た私は大きく息を吐きました。ここの支部、空調機能がおかしいのか空気が腐っていたような気がします。いえ、たぶん気のせいだろうとは思いますが。
それでも腐ったような空気を長時間吸い込んでいたせいか、自分自身も腐ってしまったような気がします。気のせいであって欲しいのですが。
トワ様達と合流するまでに、少し気分は変えておきたいところです。たぶん、今の私はとても険のある表情をしているはずですから。
「あの……シノノメさん、ですよね!?」
そんな事を考えていると、横合いから熱の籠もった声を掛けられました。記憶の片隅に引っかかっている、聞き覚えのある声。特徴がある訳ではない女性の声ですが……これは。
「レイラ・クロウリー……さん?」
振り向いた私の前にいたのは、頬を朱に染めた銀河的オルガニスト、レイラ・クロウリーその人でした。
どうして彼女がこんな所に?そしてどうして私が居ることを?突然の出会いに思考がまとまりません。
「よかった、やっぱりシノノメさんだった!お久しぶりです!ギルドへ入って行かれる所をお見かけしたので……お仕事でこちらに来られているんですか?」
「いえ、今回は休養というか……あの、レイラさんは?」
「私ですか?私はチャリティコンサートの依頼でお招き頂いたんです。シノノメさん、休暇と言うことはミラジェミナβへ行かれるんですか?」
「ええ、その予定です」
「わっ、良かった!私、ママと一緒に来てるんですけど、ママがαの方でお仕事なので独りなんです。コンサートはβなので、良かったらご一緒しませんか?」
顔見知りのいないところで心細かったのでしょうか。
そういえばギルド支部へ向かう道すがらに、なにやら人だかりが出来ていた事を思い出しました。どこかのVIPか有名人でもいるのだろうと思って気にも留めなかったのですが。確かに有名人でVIPですよね、レイラ・クロウリーは。
そして彼女の方も通りがかった顔の私を見かけて、声を掛けるために支部の前で待ってくれていたようです。あの、レイラ・クロウリーが。
数日前までの私なら舞い上がって大喜びするところです。なにせ私は、職権乱用して私的な食事会を設定するぐらい、彼女の大ファンなのですから。
推しに顔を覚えて貰えるなんて、光栄以外のなにものでもないですからね。
ですが、今は……今だけはまずいです。
なにせ、レイラ・クロウリーは……トワ様のお知り合いでもあります。と言うことはアリスさんが亡くなった事を知っている可能性もあるでしょう。
さらにレイラ・クロウリーの母親は高名なジャーナリストと聞きますが、そのような人にアイリスさんの再生を知られると……。
あれ?母親?
そういえばどこかで見た覚えがあります、レイラのママ……職業扇動者のメナ・クロウリー!アルカンシェルで見たトワ様の記録にあった人!二重の意味でまずいですよね、それ!
「シノノメさん?」
「ええ、そうですね。よしなに」
何を言ってるんですか、私は。動揺のあまり訳のわからない答えを返してしまいました。
「わっ、ありがとうございます!すっごく嬉しいです!」
「……へっ」
思わず変な声が出てしまいました。あれ?私なんて言いました……?「良かったらご一緒しませんか」という彼女の問いに「よしなに」って答えましたか、私。
それ、合意ですよね。
何勝手に合意してるんですか、私!頭の中がパニックになりかけたその時、私を呼ぶ声がしました。
「アリサ、もう用事終わった?」
トワ様。私の愛するトワ様。
とても会いたかったです。
でも、今は会いたくなかったです。
どうしてこのタイミングで来られるのですか。いえ、私がここに居る事をご存じで、思ったより時間が掛かったので迎えに来て頂いたのは判りますが。タイミングがまずすぎです。だって、ほら。
「うそ……トワ?」
「……誰?」
「私だよ、ヴェリザンのレイラだよ!ほら、オルガン直して貰った!」
「レイラ?ホントに?」
「そうだよ!大音楽堂で出会って、一緒にママを止めてくれたこと、今でも覚えてるよ!」
「レイラ……まだ、生きてた……。星で暮らす人は、みんな刻の向こうへ逝ったと思ってた」
「あはは……私、トワのおかげで音楽家になれたんだよ!今はね、星を巡ってオルガンを弾いてるんだよ!だから私の年齢はまだ25歳、トワと別れてからもう16年も経ったけどね」
「そっか、音楽家になれたんだ。良かった、良かったね、レイラ」
ああ、感動的な再会シーンが始まってしまいました。いえ、これはいいんです。トワ様とレイラさん……いやレイラはかつて友人関係だったそうなのですから。
問題は、トワ様が来られたということは。
「トワ、アリサいた?」
「うん、いた。あとレイラもいた」
「え?レイラちゃん?どういうこと?」
「……嘘……アイリス……さん?どうして!?アイリスさんはもう何年も前に亡くなったってママが!」
少なくとも、私があれこれ悩む必要は無くなったようです。あとはアイリスさんにお任せしてしまっても良いでしょうか。いえ、お任せしたいです。
レイラの過去については第1部4章ヴェリザン編、および幕間「追憶のアーカイブ」をご覧下さい




